第4話 せやかて、ばにら。お前本当はやりたいんとちゃうんか……?(前編)
「ずんだ先輩! 社長直々の命令なんですよ⁉」
「断る!」
「私だってやりたくないですけど! そこはお仕事じゃないですか!」
「拒否する!」
「そこまで拒否されると私も傷つきます!」
「ことわる!!!!」
「追い打ちやめてもろて!!」
ずんだ先輩は社長から言われた「百合営業」を頑なに拒否した。
同じ意見の私が心配になるくらい、毅然と「NO」と言い切った。
どんな胆力してんだこの人。
私たち目の前の人に雇われてるんですけど。
「いったん落ち着きましょう!」
「アンタと一緒に配信なんて、あり得ない、したくない、考えたくもない」
「そんなはっきりいわなくてもいいバニですじゃん!」
「そういうことですので。社長、この話はなかったことに」
組んでいた手を解くとずんだ先輩は社長に背中を向ける。
濡れ羽色の艶やかな髪がふわりと舞う。その美しさに見とれているうちに、彼女は社長室から出て行ってしまった。
どうしたらいいんだろう。
「やっぱり百合営業はなしってことじゃ、ダメですかね?」
「ダメです?」
「ですよね~」
ワンチャン、なしにならないかと社長に尋ねたがダメだった。
ただし、流石の社長もずんだ先輩の強引な退室に表情が曇っている。
眉間を押さえて社長がため息を吐く。
そこに愛想笑いを私が重ねる。
液晶モニタには先輩と入れ替わりに彼女のアバターが登場していた。
もしも中身とガワが逆だったら「まかせてください」で終わっていたのかな。
いや、そんなことはないか。
ガワでも「やりたくないこと」は「やりたくない」と言うもんな。(白目)
「参ったな。今回の一件を機に、彼女の気が変わってくれると思ったんだが」
「……変わってくれるって?」
「ばにらくんも知っているだろう? ずんだくんがコラボを避けていること」
「コラボNGって、会社の指示じゃなかったんですね?」
「しないよそんなこと。むしろ積極的に絡んで欲しいと願っているくらいです」
そりゃそうか。
なんのためのグループだって話だものね。
「さっき言ったように、ずんだくんは入社前にわざわざ念押しするくらいコラボに対して否定的です。自分から誰かをチャンネルに招いたり、誰かのチャンネルに招かれたりするのに慎重なんですよ。彼女は人に対して『壁』を作っている」
社長が壁の液晶ディスプレイを見上げる。
画面の中ではしゃぐずんだ先輩に「壁」は感じられない。
けれども事実として、彼女はコラボを避けている。
画面の外では明確にメンバーたちに「壁」を作っている。
「ばにらくんの配信で、彼女はその『壁』を破ったと感じました。裏でゆきさんが動いていたのも聞いていますがそれはきっかけにすぎない。彼女は『自分の意思で』君とのコラボを選択した」
それがどういう意味か分かるかい――とでも言いたげに、社長が私を見る。
答えられずに、私はまた顔を伏せた。
「アイドルグループ『DStars』はこれからもっと大きくなる。来年の春には、4期生を迎える方向で話を進めています。VTuber界隈は今、最も若者に注目されているエンタメです。この勢いはこれからも続く」
「……ビジネスの話をされても困りますよ。私は、ただの配信者ですから」
「そんな中で、うちのトップがコラボに消極的なのはとても困る。ずんだくんもですし、ばにらくんもです。会社が君たちに求める『トップVTuber』のイメージは、そんな風に『小さく自分の殻に閉じこもったもの』なんかじゃありません」
それだけ言うと、「百合営業」について保留したまま社長が話を切り上げた。
椅子から立ち上がり、手ずから社長室の扉を開けた彼は、社長室から出ようとする私に「よく考えてください」と念を押した。
まるで私こそが「ずんだ先輩のコラボNGを解く鍵だ」とでも言わんばかりに。
よく考えようとは思う。
私はこの会社に雇われている身なのだから。
けれど、たぶん結論は変わらない。
だって、「百合営業」なんて虚しいだけだから――。
◇ ◇ ◇ ◇
会社から徒歩10分ほど。
駅前から続く大通りにある洋菓子店。
事務所職員とDStarsメンバー行きつけのお店だ。
2階が広々としたイートインスペースになっており、席を自由にひっつけて2人から10人まで座ることができる。
パスタなどの軽食もあるため、もっぱら喫茶店代わりに私たちは使っている。
そんなお店の2階で、私は同期と待ち合わせをしていた。
大通りを見下ろせる一番奥の席。
そこに座っていたうみは、私が到着すると立ち上がって手を振った。
「おぉい、ばにらぁ! こっちこっち!」
「そんな大声で叫ばなくても分かるって」
「いやぁー、すずちゃんとやってるネットラジオが好評でさ! 来期も決まっちゃった! しかもこれからはゲストに声優さんとかも呼んで、豪勢にやるんだって!」
「辞める辞めるって騒いでたのなんだったのさ」
「辞めません! 委員長はVTuberを辞めません! 生涯、委員長やります!」
「はいはい。ほんと、調子いいんだから」
そそくさとうみの席へ。
私を追ってきた店員さんにアイスティーとチーズケーキを頼むと、出されたお冷やで喉を潤した。レモンの果汁とミントが効いていて、もうこれだけでおいしい。
昼食を食べていたのだろう。
テーブルの端にオレンジ色に染まったパスタ皿が置かれている。
スポーツ刈りのいかにも快活そうな男子店員さんは、私のオーダーをエプロンにしまうと、「お下げしますね」とそれを持っていく。
なぜか得意げにうみが笑った。
「あの純情ボーイ、きっと厨房で皿とフォークを舐めるわね」
「配信でもないのに気持ち悪いこと言うな」
「はぁ、このフォークがあのお姉さんの口の中に入って――むちゅ、ちゅる、べろり! い、いけない! 舐めちゃダメなのに! 分かっているのに止められない! 延々と舐めていたくなっちまう! 間違いないこれは――スタンド攻撃!」
「トニオさんじゃねーんだから」
「そこは『やめるんだ億泰!』だぞ、ばにらちゃん!」
ジョジョトークを私はさらっと流した。
VTuberなんてオタクばかりだ。
ジョジョについて語りだしたら日が暮れる。
それよりもっと話したいことが私にはあった。
そのために社長室を出てすぐ、うみにDiscordで連絡を取ったのだ。「どこかでちょっと話せないかな?」と。
まだ、うみが電車に乗る前で助かった――。