第37話 お泊まりばにずん晩酌配信(後編)
「はーい、はじまりましたぁ~! 今日も今日とてばにらちゃんと突発コラボ! 題して、『お泊まりずんばに晩酌配信』だよぉ~!」
「ずんだ先輩! ここばにらのチャンネルですから!」
「あ、そうだったそうだった! それじゃ、いつものあれやらなくちゃだね!」
「……はい?」
「こんばにこんばに! DStars3期生の川崎ばにらバニ!」
「だから、人の挨拶を勝手にパクらんでもろて!」
「でゅははははは! はーい! ずんだだよぉー! 今日は、ばにらちゃんのお家にお邪魔しておりまーす!」
実際にはずんだ先輩の家に私がお邪魔しているのだがそこはご愛敬。
ゲームもねえ、時間もねえ、コラボのネタも残ってねえ。
そんな吉幾三の「俺ら東京さ行くだ」のように何もねえ状況で、ずんだ先輩は咄嗟に王道の配信内容を思いついた。
年に数回、人によっては月に1回。
キッズお断りで繰り広げられる無礼講配信。
画面の向こうのリスナーと、一緒に酒を酌み交わす大人の配信。
晩酌配信だ。
「晩酌配信ならうちにあるものでなんとかできるわ。配信内容はまだツイートしてないんでしょ? だったら、また突発コラボってことにしちゃいなさい」
「でも、お酒飲んだら、流石に、今日はその……」
「今日はその?」
「帰れなく、なっちゃい、ます、から」
「泊まっていけばいいでしょ。風呂まで入っておいてなに遠慮してんのよ」
「けど、本当に」
「私は良いのかとか聞かないでよ? まったくもう、ホントアンタってば配信以外に気が利かないんだから」
という感じで、強引にずんだ先輩に押し切られ晩酌配信をすることになった。
もちろん場所はずんだ先輩の配信部屋。
酒は彼女のコレクション。
あのカウンターキッチンの奥にあった高そうなお酒。
そして、冷蔵庫に入っていた見たことのないブランドのジュース。
これを使ってカクテルを作るのだ。
なんという贅沢。
明日――私は死ぬのでは?
「じゃあ、今日のばにらちゃんは『山崎ばにら』ということで」
「……はい?」
「聞こえなかった? 『山崎ばにら』ということで!」
「…………はい?」
「ばにらぁ! ボケを何回も言わすなァ! 川崎と山崎をかけた親父ギャグでしょ! そんな分かんない顔しなくてもいいじゃない!」
「初手からばにらの配信ジャックしてきた罰だばに! ばーにばにばにばに!」
「このクソ兎がぁ!」
「あ、けど、ウイスキーをアイスにかけるのはありバニな。あれはおいしいバニよ」
「えっ、えっ、なにそれなにそれ? 知らない!」
「普通にアイスクリームにウイスキーを垂らして食べるバニよ」
「……宇治金時に?」
「お茶とウイスキーが喧嘩するわ」
「……スイカバーに?」
「一番、組み合わせるのが難しい奴、持ってこんでもろて!」
「分かった! あずきバーだでな!」
「普通のアイスクリーム! バニラアイス! 『スーパーカップ』とか『MOW』とかに、ウイスキーをたらーってかけて食べるバニな!」
「なんか食べたくなってきたかも。ばにらちゃん、ちょっとコンビニ行ってきて?」
「チャンネル主をパシらせんな!」
軽快な入りのトークを交えつつリスナーの笑いを誘う。
どうやら、連日の突発コラボにもかかわらず喜んでくれているみたいだ。
同接数も良好。ほっと胸をなで下ろす。
そんな中、ずんだ先輩がキッチンから持って来たお酒をずらりと並べる。
「それで、ばにらちゃんはなに飲む? なんでもずんだが作ったげるよ!」
「ありがとバニな♪ 実はずんだ先輩がお酒とジュースを用意してくれたバニ。しかも、今日はそれを使ってカクテルを作ってくれるバニ!」
「せっかく飲むならおいしいお酒がいいよね。ってことで、今日のずんだはバーテンダーさんなのだ」
「ずんだ先輩、こう見えてお酒に詳しいらしいバニ」
「まぁね。DStarsのお酒博士と呼んでくれてもいいかもね」
「かもねってなんすか。自信あるのかないのか、どっちなんですバニ」
「あるある! あるよー! あるに決まってるじゃん!」
さっそくずんだ先輩がカクテルを作りはじめる。
水でグラスの口を湿らせると、塩が敷かれたお皿にその口をつける。
グラスの口にうっすらと塩がついたら、氷と透明のお酒、グレープフルーツジュースを注ぎ込む。
「ばにらちゃんが迷ってるようなので、先にずんだから作っちゃうでなー」
できあがったお酒をスマホで撮影する。
しっかり自分たちの顔が映り込んでいないのを確認して、ずんだ先輩は自作のカクテルを配信画面に表示させた。
「じゃーん、ソルティ・ドッグだよ! 犬のずんだにはぴったりのお酒だね!」
「ソルティ・ドッグ? どういう意味なんですバニ?」
「塩をかぶった犬?」
「そのままですやん!」
「だってどんな意味って言われても、ずんだも分からないよ!」
「お酒博士どうしたバニか!」
「いいから! ずんだのソルティ・ドッグはいいから! それよりばにらちゃんは何が飲みたいん? なんでも言って! ほら、早く言って!」
「そう言われても、ばにら普段からあまりお酒飲まないから、分かんないバニ。強いて言うなら、梅酒みたいなの作って欲しいばに」
「ばにらちゃん、梅酒はカクテルじゃないでな? せっかくずんだがバーテンダーしてあげてるんだから、カクテル頼もうよ?」
「……はい。じゃあもう、おまかせで!」
「あらよー! おまかせあれー!」
事前の打ち合わせ通りずんだ先輩にまかせる。
ワイングラスに注がれたのはスパークリングワインと前に飲んだオレンジジュース。氷はなし。マドラーでかき混ぜれば細かい飛沫を上げて炭酸が抜ける。
さきほどと同じチェック工程を経て、彼女はそれを配信画面に乗せた。
「はい! 『ミモザ』だよぉ~! やさしい味で、いくらでも飲めちゃう!」
「知ってる! ゴスペラーズの歌バニな!」
「ばにらちゃん? 『ミモザ』は花の名前だでな?」
「分かってるバニよ! ボケただけバニ!」
「……ほんとに?」
「……え? ばにらって、そんな真顔で返されるほどバカっぽいバニ?」
「……そうかもしれないバニ」
「否定して!」
トークでしっかり温まった所で乾杯。
私たちはお互いのグラスをマイクの前で打ち合わせる。
コメント欄にも「乾杯」のメッセージや、ビールやカクテルのアイコンが流れた。どうやら、画面の向こうのリスナーたちもよろしくやっているらしい。
さて、せっかく用意してもらったはいいが――。
「やっぱり、炭酸は苦手?」
「……ですね」
ミモザのグラスを手に私は少し固まる。
炭酸が飲めない私にこのカクテルは刺激が強いかもしれない。
オレンジジュースで割ったはずなのに、今も泡が昇り立っている。
ただ、ずんだ先輩がせっかく作ってくれたカクテルだ。
「……ひとくちだけ」
私はグラスに口をつけた。
口の中に広がるオレンジジュースの味わい。
それに混ざって、弾けるスパークリングワインの炭酸とアルコール。
今まで飲んだどんな炭酸より、それはやさしく甘かった。
「……これ、飲めるかもしれないです」
「そう、よかったわ」
ずんだ先輩の作り方がうまいのか。
それとも、素材に使ったオレンジジュースとスパークリングワインがいいのか。
はたまた私がちょっぴり大人になったのか。
いや、きっと酒の肴がいいのだろう。
「「ぷはぁーっ! おつかれさまでしたぁー!」」
こちらをやさしい眼差しで見つめるずんだ先輩を眺めながら、私はなんだっていくらだって飲める気がした。
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VTuberで一番てえてえのは「お泊まり晩酌配信」! 異論は認める!
「これが見たかった!」と思った方は、どうか評価お願いいたします。m(__)m
あと、次回で最終回です! m(__)m
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先行連載しているカクヨムにて本日最終話更新しております。
もし続きが今すぐ気になる……という方は、よろしくお願いします。m(__)m
https://kakuyomu.jp/works/16817330649719403871