第32話 兄貴と私と同期と先輩(前編)
異様なパッケージから「こんなの配信して大丈夫か?」と不安に思ったが、「超兄貴」は王道のシューティングゲームだった。
強制横スクロール。
パワーアップアイテムとオプションユニットで自機を強化していくスタイル。
通常弾幕と強烈なためビーム、広範囲攻撃のボムを使い分けて戦う。
敵の弾幕もそこまで激しくなく初期残機も常識的な数だった。
さらに無限コンテニュー。
ステージ冒頭まで戻されるがこれが地味に助かる。
難易度の高いものが多いレトロゲーにしては良心的と言ってよかった。
ただし――。
「なんなんバニか! この異様なグラフィックは! 出てくる敵キャラがことごとくセンシティブなんだけれど!」
「これぞ超兄貴の魅力でございます! 奇抜で笑いを誘うグラフィックと、一度でも聞いたら耳から離れなくなる濃いBGM!」
「あと、オプションユニットがマッチョのおっさんなんだけど⁉」
「サムソンとアドン! 頼れる舎弟のボディービルダーです!」
「主人公の周りでマッチョが舞うシューティング――地獄じゃないバニ⁉」
「お子ちゃまのばにらには、このセンスが分からないかァ」
「分かってたまるか!」
タイトルとパッケージ通り世界観がとんでもなく濃いのだ。
半裸の男が空を飛び変態的な敵を撃ち落としていく。
こんなシューティングがあったとは。
ゲームとしてはよくできてるのに――どうしてこうなった?
そんな「超兄貴」に翻弄され、配信は開始から3時間が経過していた。
現在時刻は4時。
うみが4面。私が3面。
両者とも、まだ最終面に到達できていない。
またしても泥臭い配信だ。
突発配信にもかかわらずチャンネルには大勢のリスナーが集まっていた。もしも、ゴールデン帯からはじめていれば、今月の同接数トップを獲っていたのではないか。
Twitterにも「#うみばにちゃん」のハッシュタグで感想が溢れかえる。
熱い展開になってきた――。
『あ、兄貴ぃ……!』
「サムソン! アドーン! だーもうっ! 4面ボス強すぎる!」
「ばにばにばに! あともうちょっとでクリアだったのに、コンテニューバニね!」
「お前はまだ3面のボスにもたどり着けてないだろうがよ!」
「すぐに追いついてやるバニじゃん! そこで待ってろ!」
とはいえ流石に3時間ぶっ続けの配信は辛い。
体力お化けのうみも喉が限界なのだろう、「少し休憩。飲み物を持って来ます」とリスナーに言づけて、彼女は配信部屋から姿を消した。
「よっしゃ! うみのいないうちに追い上げるバニ!」
そう言って、メイン配信者の不在をフォローする。
長時間のコラボ配信では片方が離席するパターンがある。
こういう状態をカバーするのもコラボに必要なスキルだ。
コラボ経験に乏しい私だが、ここはやるしかない――。
「うみもこんな濃いゲーム、どこから見つけてきたバニな。生存者(うみのリスナーの愛称)のみんなは、毎週こんなのにつき合ってるばに?」
うみのリスナーに話題を振ってみる。
コメント欄には「そんなことないよ」「今日はたまたま」「ばにらちゃんとコラボだから張り切ってる」など、好意的なコメントが並ぶ。
どうやら、出だしは好調のようだ。
「突発なのにみんな見に来てくれてありがとバニな。今日は、うみのラジオの収録があったんだけど、そこで『これから突発コラボしない?』って話になって」
「あ、うん、そうバニ。来週のうみとすず先輩のラジオに、ばにらとずんだ先輩が出るバニ。よかったらみんな聞いてくれバニ」
「え、次の3期生コラボ? うーん、お盆前にやるかなぁ?」
「へ、『また3期生のホストクラブみたいです』か。あれなー、うみの奴がドンペリコールしろってうるさくて、あんまりやりたくないバニよ」
(……なんか、遅いな。うみの奴)
気がつくと私は5分以上喋りっぱなし。
うみの奴がんぜか帰って来ないのである。
チャンネル主の不在に少しコメント欄がざわつきだす。
空気もなんだか重たくなってきた。
「なになに『委員長、遅くねえ?』って?」
「そうバニな。アイツ、いったいなにしてるバニかね」
「飲み物持ってくるだけバニでしょ? まさかトイレも行ってんのか?」
そう言いつつ「それはない」と心の中で首を振った。
うみはDStars所属のVTuberの中でも配信に対する姿勢が厳しい。
かなりのプロ意識を持って配信に臨んでいる。
彼女が筋金入りの社畜根性の持ち主だからではない。
彼女は本当にこの仕事を愛しているのだ。
同じ配信者だから分かる。
そんな彼女が5分も席を空ける?
(……なにか嫌な予感がする)
その時だった。
「えっ、ちょっ、待って! Discordに着信が!」
突然、Discordの着信音がパソコンから流れる。
相手はうみのラジオの相棒――生駒すず。
「これ、出てもいい奴ばにかね? 出ちゃっていい奴ばにかね?」
テンパった私はうみのリスナーに確認する。
するとすぐにコメント欄に「でてええんやで!」とすず先輩からのメッセージが。
まさか、配信を見ているというのかすず先輩。
すかさず私は通話ボタンを押した。
「こんこんこんばんは! お狐系VTuberの生駒すずだよ! いやー、こんな深夜までゲームをしているバカタレはお前たちか!」
「すず先輩⁉ いったいどうしたんですバニ⁉」
「いやぁ、配信終わってメンバーのチャンネル確認してたら見つけちゃって。こりゃ見過ごせないなと見守っておりました」
「すみません、こんな泥仕合をお見せして」
「いやいやナイスファイトだよ! ばにらちゃんはよく頑張ってる!」
「それで、どうして凸電を?」
「もちろん! ばにらちゃんとうみを激励するために決まってるでしょうよ!」
すず先輩はとても深夜4時とは思えないハイテンションだった。
そして彼女の登場と同時にうみが部屋に戻ってくる。
ただし、すぐに私の隣には戻らない。
扉に寄りかかってうみが笑う。
その手には光を放つスマートフォン。
液晶画面には「LINE」と「すず先輩のアカウント」が表示されている。
これは凸電じゃない。
うみが仕込んだ演出だ。
「あー、すずちゃん、来てくれたんだ!」
「おーっ! うみ、おかえりー! こんな深夜まで頑張ってるやんけ!」
うみがすず先輩をこの配信に凸らせたのだ。
彼女が配信に凸してくれたおかげで、明らかに風向きが変わった。
「お、他の先輩たちからも凸電が!」
これこそがうみの狙い。
私とずんだ先輩の関係を修復するための切り札。
突発併走への応援という体なら臆することなく凸電できる。かぎりなく自然に、そして気軽に配信へ凸できる環境をうみはここに作った。
彼女の目的は「突発併走コラボ」ではなく「突発凸待ち」だったのだ。
DStarsのコミュ力お化け。
全てのメンバーとコラボしたと豪語する、無類のコラボ&凸好き。
そんな「八丈島うみ」はこの深夜に配信の勢いを一段上げた。
私とずんだ先輩のために――。