第30話 いつか川崎ばにらを倒すVTuber! その名は……八丈島うみ!(前編)
「はー、収録マジかったるいわぁ! なんでばにらとの濃厚同期百合回のあとで、すずちゃん&スタッフと、ガチンコワンナイト人狼やらなくちゃいけないのさ! ジャスティスパンチの出しすぎで、もう委員長の喉のライフはゼロよぉ!!!!」
収録を終えたうみが休憩室にやってきた。
彼女はタイトなリクルートスーツのポケットから、がま口の小銭入れを取り出すと百円硬貨をつまんで自販機に入れた。
「ふふふっ、しかし事務所の自販機も分かってるわね。ナウでヤングなシティーガールにはやっぱりコレ――桃の天然水! ほのかに香るピーチ味がたまらないんだわ、やめられないんだわ! 疲れた喉に栄養ドリンクよりも沁みていく……! ずびっ! あっ! こりゃたまらん! もう一杯!」
500㎖のペットボトルを一息に飲み干したうみ。
空のペットボトルを分別回収用のゴミ箱に押し込むと、彼女はこちらを振り返る。
そこで、ようやく私の存在に気がついたようだ。
「アイエエエエ! ばにら⁉ ばにらナンデ⁉」
「ごめん、うみ。今、ちょっとそういう気分じゃないから」
「何があったんだばにら! お前、そんなに泣きはらして! いったい誰がてめえをこんな目に! オラ、許せねえぞ! オラの大事なばにらを、こんな目に遭わせた奴を、絶対に許さねえ! あぁっ、もうっ、おだやかな心を持ちながら、激しい怒りによって委員長は目覚めてしまいそうよ! 第二次性徴期にっ!」
「だから、やめてって言ってるじゃん」
「……なにがあったのよばにら。らしくないんじゃないの」
ようやく落ち着いてくれたうみ。
そんな彼女に私は「別に、ちょっと疲れただけ」とへたな嘘を吐いた。
「はい、ダウト♣ ばにらちゃ~ん♥ 君ってば嘘が絶望的にへた♦ けど、そういう純真無垢で危なげな所が気になっちゃう♠」
「だからいいかげんにして! こっちは真剣に落ち込んでんの!」
「オメェーが中途半端に誤魔化すからこっちもネタに走るんだろうが! なに同期に対して遠慮してんだ! もっと心からぶつかってこいや! どんな時だって、本音で向き合うのが3期生のやり方――俺たちのスタイルだろうが!」
「はじめて聞いたわそんな話!」
鬼殺隊よりしつこいうみに絡まれたら逃げられない。
どのみちコミュ力お化けの彼女相手に誤魔化せるものではない。
プリッツを一本咥えて、机にこぼれた炭酸水をうみがティッシュで拭う。
そんな彼女を横目に、私はずんだ先輩との間に起きた出来事を彼女に説明した。
最初から全て。
余す所なく。
「なるほどね。ずんだ先輩に前世の話題を振っちゃったわけだ」
「……うん」
「それで、それがずんだ先輩にとって地雷だったと」
「……うん」
「まぁ、そうだわな。VTuberなんてやってるのは、わけあり半分、脳天気半分。どう考えてもずんだ先輩はわけありの方でしょ。なんでそこでツッコんじゃうかな。バカなのかなばにらちゃんてば、もしかして?」
「……バカなんだと思う」
「……はぁ。とりあえず、片づけたから事務所を出るわよ。ほれ、出発進行!」
うみに背中を押されて私は会社の外に出た。
23時を回った御茶ノ水の街はひどく静かで道を行き交う人も車もまばら。
駅前だけが異様に明るく輝いていた。
「それで、これからどうする? ちょっと私と話そうやばにらちゃん」
「……やだ」
「やだじゃねえんだワ。今のお前をほっとけないんだワ。何するか分かんねえからこのままタクシーで返せないんだワ」
「大丈夫だよ。どうせ、寝て起きたらいつも通り」
「んなわけないだろ、そんな今にも死にそうな顔をして」
「……ほっといてよ」
「しゃーない! 日付またいでの腹ごしらえは、三十路にゃキツいが――入るぞファミレス! ロイホじゃロイホ! 悲しい時にはロイヤルホストで豪遊じゃ!」
「ロイホこの辺ないじゃん」
「ロイホという体で、サイゼに入りまーす」
「ていうか、やってんのこの時間に?」
「サイゼという体で、ファミマに入りまーす」
落ち着いて話そうにも深夜までやってるお店がない。
仕方がないので私たちは駅前のコンビニに入った。
ホットコーヒーとサンドウィッチを買うと、人気のないイートインコーナーへ。
間の悪いことに店内ではDStarsのコラボが展開中。
時折聞こえてくるずんだ先輩の店内CMに私の心はかき乱された。
卵サンドを一つ食べ終えて顔を上げる。
「うみ、私、どうしたらいいと思う?」
「どうしたらって?」
「ずんだ先輩を傷つけちゃった。私の勝手な思い上がりで」
「まぁ、前世を探ろうとするのは、どう考えても地雷だろうよ」
「けど、私、そんなつもりじゃなかった。先輩のことをもっと知りたいって、ただそれだけだったの。なのに、こんなことになるなんて」
「……で、どうしたいんだよ?」
「それが分かったら苦労しないよ」
「違うだろ。お前は、結局、ずんだ先輩とどうしたいんだよ。そこ決めないと、なんも話がはじまらないだろうが。このまま喧嘩別れでいいのか。ちゃんと仲直りしたいのか。それとも――なんか他の関係になりてえのか。お前がどうしたいのかはっきりしない限り、どうしたらいいかなんて語れねえよ」
厳しい言葉と裏腹に、うみの問いかけはやさしかった。
私に「ずんだ先輩とどうしたいのか」を真面目に考えて欲しい。
そんな感情が視線と態度から伝わってきた。
なのに、私は逃げた。
そんなの分からない。
私にそんなの決められない。
四角く空いたカップの飲み口から、黒いコーヒーを見つめる。
まるで私の心のようだ。なにも見えない。
たった手のひらに収まるだけの水の底を見通せない。
私はいったいどうしたいの――。
「だぁー、もうまどろっこしい!」
その時、うみが飲みきったコーヒーカップを机に叩きつけた。
あくまで――店の迷惑にならない程度の勢いで。
「……うみ?」
「なんだよなんだよ、さっきから見てたらまるで女性向けライトノベルにでも出て来そうなお仕事ガールのフリしちゃってさ! さぶいぼ立ったわ! ちげーだろ! アタシらはVTuber! そういうレーベルはお呼びでないの!」
「どういうこと? なんのネタ?」
「とにかく! VTuberにはVTuberのやり方ってもんがあんだろうがよ! 日本一のVTuberさまがよう、メソメソメソメソいつまでもしてんじゃねえ! いくぞ! そういうのは――全部配信にぶつけちまうんだよ!」