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第23話 こんなに早く内見のスケジュールが埋まるなんて(後編)

「そう言えば、なんで原宿の不動産屋なんですか?」


「原宿は若者の街。最先端のカルチャーが生まれる場所だからね」


「……なるほ、ど?」


 竹下通りを田舎ものとモデルとオタクが並んで歩いている。

 ハロウィンでもないのに仮装しているような異色な組み合わせ。けれども、そんな私たちを原宿という街は排斥しない。


 昔、修学旅行で訪れた時には、ぼっち感と場違い感に今すぐ地元に帰りたくなったものだけれど、時代と共にずいぶん変わったみたいだ。


 先頭を行くずんだ先輩が「ここよ」と足を止める。


 お洒落な衣服屋・雑貨屋さんが立ち地並ぶ商店街。

 その中ほどにぽつんと立っている2階建て&正面ガラス張りの建物。

 看板はない。どころか不動産屋名物、ガラス戸に張られた物件情報もない。


 白い木目のフローリング。

 革張りのソファーとガラス張りのローテーブル。

 背の低い観葉植物が並べられた向こうにはカウンターキッチンがあった。


 ぱっと見、「カフェかな」と勘違いするようなお店。

 とても不動産屋には見えないが――。


「ここ、大丈夫なんですか? 怪しいお店とかじゃありません?」


「あら、よく分かったわね?」


「えぇ⁉」


「嘘だぞばにら。ずんだもからかうのはやめてやれ」


 怯える私を引きずって、ずんだ先輩とゆき先輩が店の中へと引き込む。

 ガラス張りの両開きの扉を引くと、どこからともなく鈴の音が鳴った。


「はい、いらっしゃい。ようこそ、お待ちしてましたよ」


「こんにちは。その節はどうも」


 奥から出てきたのは細身の男性。

 アフロヘアで黒いYシャツの上からカラフルなベストを着ている。

 エメラルドグリーンのチノパン。


 顎髭を真ん中だけ残した彼は、女性みたいな柔和な笑顔を向けてきた。


「どうぞそちらへ」


 名乗る間もなく私たちは革張りのソファーへ。

 男性はバーカウンターに一度引っ込み、コーヒーが入ったグラスを人数分持ってきた。銀色の盆の上から落ち着いた所作でローテーブルにグラスを置く。


「ガムシロップ、あと、フレッシュはどうします?」


「あ、いえ、お構いなく」


「そうですか」


「あの……私、実はVTuberの」


「名乗らなくていいわよ。事前に説明してあるから」


 名乗ろうとした私にずんだ先輩が釘を刺す。「でも、ずんだ先輩」と口にしかけて、彼女は私の唇の先にそっと指を添えた。

 それ以上は言っちゃいけない――と目が言っていた。


 店員さんが口元を隠して笑う。


「うちにはいろいろな事情を抱えたクライアントが来ますから。人通りの多い場所でもありますし、名前は伏せてお話していただいてるんです」


「あ、そう、なんですね……」


「ご用件はあらかじめうかがっています。防音室とネット回線が快適に使えること。御茶ノ水駅へのアクセスが良好。女性の一人暮らしに必要なセキュリティが揃っていること。以上の条件で、めぼしい物件をピックアップさせていただきました」


 タブレット端末が差し出される。

 そこには都内にある物件の写真、間取り、築年数、インターネット回線の種類、家賃、特記事項、などなどまとめられたデータシートが表示されていた。


 スワイプして次々に物件を眺めていく。

 どれも――やっぱり家賃がお高い。

 ただ「会社からのお給料でなんとかなる」程度に収まっていた。


 その辺りも、既にずんだ先輩が通達してくれているのだろう。


「会社の住宅補助があるからもう少しグレード上げてもよかったけど。まぁ、身の安全が保障できればそれでいいし、店長さんには悪いけれど下限を攻めてもらったわ」


「え、住宅補助なんてあるんですか?」


「アンタ、本当に何も知らないのね?」


 ずんだ先輩とゆき先輩が顔を見合わせる。


 あきれかえって頭を抱えるずんだ先輩。

 彼女に変わり、ゆき先輩が「いい、ばにら?」と話を引き継いだ。


「家賃の40%相当。上限20万円まで。会社が家賃を負担してくれるのよ。入社する時の契約書に、これは書かれているはずだけれど?」


「知らなかったです」


「ちゃんと契約書は読もうね。まぁ、防音室だとか仕事上のセキュリティだとか、配信することを考えると普通の物件には住めないからねぇ」


「なにそれ。それ知ってたら、もっと良い所に入居したのに」


「「ちゃんと契約書を読まないアンタが悪い」」


 つい「ばにぃ」と嘆きそうになってあわてて口を噤む。

 うなだれてタブレットをスワイプすると――どこかで見た間取りを見つけた。


 L字型の間取り。2LDK。風呂トイレ別。

 2部屋とも防音室になっておりどちらも光回線が入っている。

 5階建て。各階には二つしか住居はなく、中庭には特徴的な苔むした庭が。


「あの、ここって――?」


「あぁ、その物件ですか。ちょうど、この春先のタイミングで一部屋空きまして」


「いえ、そうではなくて」


 ちらりとずんだ先輩の方を見る。

 そっと彼女にタブレットを差し出すと、彼女の目がぎょっと見開かれた。

 間違いない。ずんだ先輩のマンションだ。


 すぐに「店長ォ!」という「圧」の籠もったずんだ先輩の怒声が店に響いた。


 というか、結構いいお家賃の住宅だ。

 リストの中でも一つ抜けたお値段。


 良い所に住んでるんだなずんだ先輩ってば――。


「なにさりげなく、私の部屋を候補に入れてるのよ! やめてよね! 同僚と同じ家だなんて、家に帰った気がしないじゃないの!」


「すみません。後輩の部屋を選んであげたいと聞いたから、仲がよろしいのかと」


「よろしくない! 私とこいつは、ただの先輩と後輩!」


「……あの、私、ここが、良いです。会社に近いですし。先輩もいますし」


「絶対にダメ! こればっかりはダメ! 却下よ却下!」


 感情のままタブレットをローテーブルに振り下ろすずんだ先輩。

 流石にまずいと私とゆき先輩がテーブルの盤面すれすれでキャッチして止めた。


 一緒のマンションに住んでいれば、コラボとかもやりやすくなるし、防犯という観点でも安心だと思ったんだけれどなぁ。


 そうかダメかぁ。

 まだまだ、ずんだ先輩と私の心の距離は遠いみたいだ。


「やっぱり、仲がよろしいんですね」


 うちひしがれる私に何も知らない店員さんが言った。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 なし崩しでお隣さん? まさかの同棲?

 それはエッ……過ぎませんか?


 主人公の新生活が気になる方は、どうか評価お願いいたします。m(__)m

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