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第22話 こんなに早く内見のスケジュールが埋まるなんて(前編)

 レトロゲーム大会は高い再生数と同接数を出した。

 事務所の公式チャンネルでは初となる再生数50万超え。


 この結果に社長は大喜び。営業も大喜び。

 いろいろなゲーム会社から案件が舞い込み大あわてらしい。

 また、これを機に「ゲーム関連の公式番組」をYouTubeと地上波を交えてやろうか――という話も出ているのだとか。

 もちろん、レギュラーメンバーには私とずんだ先輩が推されている。


 そんな怒濤の配信が終わって三日後。


「……なんで私が原宿に?」


 私は原宿駅の一番線ホームにいた。


 東京に住んでいるのに足を運ばなかった若者の街。

 中学の修学旅行で訪れて以来だ。あの時も、班のギャルっぽい子たちに無理矢理連れてこられて、所在のない思いをしたっけ。


 私のようなゲーマーオタク女子には縁遠い街。

 秋葉原や池袋みたいなオタ街の方が正直落ち着く。


 さらに言うとこれから会う人物も、ちょっと落ち着かない相手だった――。


 一番線ホームに電車が停まる。

 平日とはいえ日本屈指の観光地にして若者の街。電車を降りてくる人は多い。

 そんな中、なんでもない格好なのに目を惹く女性が一人。


 腰まで伸びる黒い髪。

 えんじ色のサマーセーター。

 クリーム色のポンチョに、真っ白のスリムパンツ。

 靴だけが不釣り合いなスニーカー。なのにそれも、私が履いている安物とは違い、シックな色味で高級感のあるものだった。


 黒髪を夏風に揺らして歩いてくるのは青葉ずんだ先輩。

 私を見つけるなり、彼女は華やかに微笑んで手を挙げた。


「おはよう。晴れててよかったわね」


「お、おお、おはようございます! 今日は、どど、どうかよろしく!」


「なんでキョドってるのよ」


 ご機嫌な顔が途端にしかめっ面に変わる。

 さっそく私は「青葉ずんだ」の逆鱗に触れた。


 ダサい格好をしているからか?


 しまむらで買ったボーダーシャツにサロペット。

 ブランド不明のくたびれたスニーカー。

 茶色の帆布のリュックサック。

 JINSのセール品だった丸眼鏡。


 いったいどれがいけないの?


 まさか――化粧ミスってるとか⁉ 髪型が変だとか⁉


 見た目を確認しようとコンパクトを取り出そうとする私を、「いいから落ち着きなさいよ」とずんだ先輩が止める。

 むすっとした顔で女優クラスの美人が見下ろしてくる。

 怯えて胸の前に手を置くと、彼女はますます不機嫌な顔をした。


「アンタさ? 流石にこれだけ絡んでるんだから、慣れてもいいでしょ?」


「な、なんのことですかぁ~?」


「こうも世話のしがいがないと普通に嫌になるわね」


「やだーっ! 嫌いにならないでください!」


「はいはい、分かった分かった。アンタが慣れないなら、私の方が慣れるわよ」


 なんだかあきらめたように息を吐くとずんだ先輩が苦笑いを浮かべた。


 どうやら許されたみたいだ。

 よかった。嫌われなくて。


「とはいえ、終始この調子じゃ疲れるから、アンタも歩み寄ってね?」


「が、頑張ります! 今日は内見の手配どうもありがとうございます!」


「……こりゃダメっぽいなぁ」


 そう、なんで私とずんだ先輩が、原宿に来たかと言ったら他でもない。

 先日約束した「私の引っ越し先」を探すためだ。


 過密な配信スケジュールもあり、しばらくはないだろうとタカをくくっていた私だが、自分が一番下っ端だということを忘れていた。


 現在、絶賛活動休止中のゆき先輩は終日暇。

 ずんだ先輩が「この日は休めるから、アンタも配信夜にずらしてつき合いなさい」と命令すれば、新居探しの日程は拍子抜けするほどすんなりと決まった。

 さらに「知り合いの不動産屋に連絡しといたから。もう部屋も幾つか見積もってもらってるから内見もその日に済ますわよ」と、言われたら詰みだった。


 かくして、これから私は先輩ふたりに連れられて内見に行くのだ。

 私のような貧乏性女子には落ち着かない豪華なお部屋を――。


「はぁ、私にお洒落なお部屋なんて、やっぱり似合いませんよ……」


「でしょうね」


「でしょうねって!」


「けど、身の安全を考えたら、あんなセキュリティガバガバな部屋に住まわせられない。アンタくらいよ、貧乏学生の安アパートに住んでるVTuberなんて」


「……それは、自覚は、あります」


「退去後にお部屋公開企画でもしてみなさい。絶対にドン引きされるわ」


「……あ、いいですね、それ! その企画いただきます!」


「いただくな! 個人情報! 脇が甘いのよアンタってば! 前の住居の情報から、新居の情報を辿られたらどうするの!」


「そんなことする奴いるわけないじゃないですか。考えすぎですよ」


「そこが甘いって言ってるの。過激なファンはストーカーと同じよ。アンタの何気ないTwitterの呟きや写真から、住居なんてすぐ割り出されるわ」


「流石にそれはドラマの見すぎ」


「見すぎじゃない! 全部、事実よ!」


 語気を強めるずんだ先輩。

 食い気味に詰め寄る彼女に私は後ずさる。

 気がつけばホームの壁際に私は追い込まれていた。


 モデルみたいな年上美女先輩に壁ドンされるって――これなんのゲーム?


「というか、なんでずんだ先輩はそこまで身バレを気にするんです?」


 そもそも目の前の美女がやけに親身になって心配するのも疑問だった。

 私のことを心配しているというより――。


『まもなく、一番線に渋谷・品川方面行きの列車が参ります。危ないですから黄色い点字ブロックまでお下がりください』


 ちょうどホームにアナウンスが流れる。

 次いで、銀色に緑のストライプの列車がホームに入ってきた。

 ずんだ先輩が何かを言ったようだったが、列車と線路が立てるけたたましい音で私には聞き取ることができなかった。


 けれども、先輩が本気で心配してくれているのは真剣な眼差しから伝わった。


 列車が完全にホームに停車する。

 また、多くの人が原宿という街へと降りてきた。

 彼らの目に私たちはどう映るのだろうか。そんなことを考えて、私はずんだ先輩の視線から意識だけでも遠ざける。


 罪悪感を誤魔化すようにリュックサックを強く抱きしめた。


「あれー、何やってんのばにらにずんだ? こんな公衆の面前で百合ってたら、いろんな人に注目されちゃうよ?」


 私たちを正気に戻したのはふざけた声。

 山の手線内回り。つい今し方、私たちの前に停まった電車でやって来た彼女は、気合いの入ったオタファッション。


 チェック柄のシャツに萌えTシャツ。

 ダボダボのデニムパンツ。パンパンのリュックサックと謎ポスター。

 頭にはバンダナの鉢巻き。そしてダサい瓶底眼鏡。


「ゆき先輩!」


「ゆき。アンタってば、相変わらずね?」


「にゃはははは。木を隠すなら森の中、アイドルを隠すならオタの中ですぞ。この本格オタスタイルの拙者が、アイドルVTuber網走ゆきとは誰も気づくまいて」


「気づかないっていうか、それはもはや女を捨ててるレベルよ……」


 彼女こそ、今日のもう一人の同行者。

 VTuberの「網走ゆき」だった。

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