第15話 古のヲタVTuber、炎上する(後編)
網走ゆきは北海道出身のVTuberだ。
元個人勢。そのあまりに【攻めた】配信スタイルで、個人勢ながらYouTubeチャンネル登録者数30万人という高い人気を誇っていた。
しかし、彼女の本領が発揮される場所はYouTubeではない。
海外のアダルト動画投稿サイトだ。
彼女はそこで「往年の名作エロゲ実況」で名を上げた。
さらにただの色物ではなく、彼女はエロゲ文化に対して造詣が深かった。
動画内でも語られる蘊蓄は多くの古のヲタクを唸らせた。
まさにエロゲマエストロ。
そんな彼女の活動が社長の目に留まり、零期生(特待生とは別枠でスカウトされた、個人勢VTuber)として、今の事務所に迎え入れられたのだった。
もちろん企業イメージもあるためエロゲ実況は封印。
事務所所属になってからはやっていない。
しかし、彼女は今でもエロゲへの愛を忘れていない。フリートークで気を抜くと、ついついその愛を語ってしまうセンシティブVTuberだった。
炎上するのも仕方ない。
ちなみにアバターは競泳水着と巫女さんの中間みたいな格好。
本人曰く「バーチャルVTuber対魔忍」らしいが――意味はよく分からない。
たぶんそういうのがあるんだろう。
「ところでばにら? 最近『FGO』ログインしてる?」
「全然です。ゲーム実況で手一杯。趣味のゲームまで手が回りません。第2部どころか第1.5部も進められてません」
「ダメだなぁ。ちゃんとゆきみたいに定期的に休みを取らないと」
「アンタのは休みじゃなくて謹慎でしょ」
「どっちでも変わんねえよそんなのさぁ。社会人なんだから、うまく休んでこそだぜ。ばにらは変に真面目だから、ゆきは心配だよ」
「アンタに心配されたらおしまいバニ」
「なーにぃ! 先輩の好意をなんだと思ってるんだお!」
ちなみに、私がゆき先輩になつくきっかけはソシャゲだ。
入社してすぐの挨拶で「趣味はソシャゲ」と私は答えた。当時ドハマリしていた「FGO」の名前を挙げると、それにゆき先輩が食いついてきたのだ。
同じソシャゲにはまっている先輩に嬉しくなる私。
そんな私の耳元で、彼女はぼそりとささやいた。
「ところで、ばにらちゃん知ってる?」
「なんですか?」
「『Fate』ってさ、元はエロゲなんだよ?」
端的に言ってセクハラだった。
しかも、これで終わりではなかった。
「アニメは『うたわれるもの』が好きって言ってたよね?」
「……まさか!」
「あれも原作はエロゲなんだよ?」
「嘘でしょ!」
「『Air』見て泣いたって言ってたよね?」
「やめて、私の青春を汚さないで!」
「あれも原作がエロゲなんだ」
「やっぱり!!!!」
「そうそう、『魔法少女まどか☆マギカ』は当然見てるよね?」
「見ました! 劇場版も見ました! まさかそんな!」
「大丈夫だよ、アレはちゃんと一般向けのアニメだから!」
「よ、よかった……」
「けど、脚本の虚淵先生はニトロプラスっていうエロゲ会社で、ギットギットのグロエロアクション作品を手がけていたんだ。キャラクターデザインのうめてんてーは、ねこねこソフトっていうエロゲ会社で広報用の四コマ漫画を手がけていたんだよ」
「オタク特有の早口でエロゲ知識を注ぎ込まないで!」
厄介なエロゲ先輩に目をつけられた私は、ことあるごとに「深夜アニメの残酷な真実」や「青春を彩ったゲームの大人の事情」を教え込まれた。
普通、こんなことされたら嫌がると思うんだけれど――。
「まぁ、一般向けには一般向けの良さがあるから。ばにらの好きな『うたわれるもの』も、ゲーム版の追加シナリオでクロウのキャラクターが掘り下げられていたし」
エロゲマエストロは妙な所で達観していた。
からかいはするけれども決してバカにはしない。
世の作品に対して深い愛を持って彼女は接していた。
ヲタクの鑑のような人だった。
いじめられつつ教えられつつ単純接触を重ねた結果、私はゆき先輩になついた。
そんな私たちふたりの関係性に目をつけ、事務所は一時期ではあるが私とゆき先輩を「セット売り」していたくらいだ。
DStarsといえば「ゆきばに」という時代が過去にはあったのだ。
つまり「百合営業」ってこと。
今はもう解消してしまったけど。
ただ、ゆき先輩との関係は今でもこうして続いている――。
そう。「百合営業」で私は昨日の出来事を思い出す。
「そう言えば、ずんだ先輩が言ってた私の引っ越し先についてですけど」
「あれなぁ。私もさぁ、今の家にばにらを住まわせとくのは、流石にどうかなと思ってたんだよ。トップVTuberがさ、住む所じゃないよあんなアパート」
「だから、ばにらはこのばにーらハウスが気に入ってるバニ!」
「およ? 引っ越ししたくないの?」
「……できれば」
「けど、美人先輩ふたりに囲まれて、不動産デートなんてなかなかない経験だよ?」
「しれっと自分を美人枠に入れるな! 年齢不詳!」
「ごるぁっ! さえずるな小娘が! ペッ!」
「なんだー、やるバニか! 全ロスして装備なくなったの、こっちは知ってるバニよ? ここでゆきバニ戦争やらかしても、こっちは構わないバニよ?」
「……ばにらさん、やめましょうよ。命がもったいない」
「それ、なんのネタバニ?」
「『ONE PIECE』の『コビー』」
そういやそんな台詞あったっけ。
こういうネタをさらっと出すあたりゆき先輩は本当に侮れない。
ヲタクとしての格が違うよ。
(これで炎上さえなければな……)
まぁ、炎上しないゆき先輩なんてゆき先輩じゃないか。
よく燃えるからこその網走ゆき。本人は「雪のゆき」だからと炎上するたびに主張するけれど、やらかしちゃって「網走(監獄)行き」とはよく言ったものだ。
「ま、楽しみにしてな。ゆきたちが、ばにらにぴったりの家を見つけてあげるで」
「思ったんだけれど、ゆき先輩って賃貸詳しいんですか?」
「まかせて! 勉強するから!」
「不安しかないバニ」
「まぁ、ずんだがいるし大丈夫だよ」
いやに自信満々の先輩に、私は渇いた苦笑いを返した。
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まさかの「過去の女」が登場! VTuberの「百合営業」の闇は深い! 先が気になる方は、どうか評価お願いいたします。m(__)m




