エピローグ
「素晴らしいかったわっ、リレィ!」
ライカはご満悦な表情でリレィを迎えた。それに対し、クロードアンシェルはゲッソリと疲れ切った表情。これはもしや…、と思ったとき、ライカが言った。
「この子、とても可愛かったわ。このまま側に置いておきたいのだけど、駄目?」
小首を傾げるライカの向こう側、クロードアンシェルが慌てて首を横に振っている。
「悪いな、ライカ。一応私の兄だし、彼は宮仕えなんだ。置いていく訳にはいかないよ」
「そう。残念」
肩を落とすライカ。そして、ふっと真面目な顔になるとリレィの耳元に口を寄せ、何か呟いた。
「ああ。……さて、帰ろうか、兄さん」
不敵な微笑みを浮かべ、リレィ。
クロードアンシェルは一理の不安を感じつつも、ライカの店を後にした。
「で、シェスタは無事だったんですか? あのあと、どうなったんです?」
矢継ぎ早に質問を投げかけてくるクロードアンシェルに、リレィの方が問いを返す。
「お前、随分ライカに気に入られたみたいだな。夕べは楽しかったか?」
「たっ、楽しいわけないでしょうっ!」
昨夜の出来事は、なるべく思い出したくはない。あんな……あんな目に遭うなんて。
「リレィ、私がどんな思いをしたかわかってるのですかっ? 一晩中彼女に体中を撫で回されて、お手やお座りをさせられてっ。それもお客の前でですよっ? 私は芸達者な犬じゃないんだっ。撫でくり回される私の気持ち、リレィにわかりますかっ?」
「……わからんね」
あっさりと言い切られてしまう。ここまで言われては仕方ない。クロードアンシェルは諦めてうつむいた。
「ま、操を守れただけでもよかったじゃないか。なっ?」
ポン、と肩を叩き、リレィは笑った。
「うー……、」
そういう問題じゃないのに……。
「……シェスタの方なんだが、」
リレィが重たい口を開いた。言い辛そうである。と、いうことはきっと面倒なことになっているのだ。クロードアンシェルは一瞬身を硬くした。
「裏の組織一つ潰しちゃったみたいなんだ」
あっさりと、リレィ。
「……へ?」
「多分お前にはこの意味がわからないと思うが、意外と大変なことをしたって事だ。で、後始末なんだが……、」
チラ、と都合のよい兄の姿を見上げる。悪寒が走る、クロードアンシェル。
「頼む」
ニコ。
それは世にも恐ろしい微笑みだ。詳細を語らないあたり、事態は最悪なのだろう。
「……リレィ、シェスタとマシュは?」
「先に帰した。事務手続きに必要なのはお前だけだからな」
「くっ、」
役に立っていると思っていいのか、厄介事押し付けられてるだけなのか、どうにも腑に落ちないのであった。
「……シェスタのことだが、折を見てお前の所に連れていく。そのときは頼む」
守護神つきの術師……宮仕えは逃れられない運命なのだ。
「……わかりました。準備はしておきます」
「しかし、面白いもんだな」
「何がです?」
「あの村から守護神つきの術師が出るとは、誰も思うまい?」
……特別な集落。確かに、国から追い出された爪弾き者の村から、国が泣いて欲しがる術師を生み出すとは、因果なものだ。
「あの村は素晴らしいですよ。魔物と人間のハーフだからって、何もあんな扱いしなくたっていいと思うんだけどな」
特別な力を持っている、という意味では守護神つきの術師だって同じなのだから。
「特別視されて生きるよりは、同じ境遇の者と一緒に住む方がよっぽど気が楽さ」
リレィが空を見上げた。
クロードアンシェルは、そんなリレィの横顔を見て複雑な思いを抱くのであった。
「リレィ様!」
走ってきたのはリーシュン。驚いて首を傾げると、彼は大きな溜息を吐き出した。
「親方様の命令です。私も行きます」
「行きますって、」
「親方様の命令です。あの倉庫での一件、証人がいないと困るんじゃ?」
なるほど、確かに報告書に記載する際、事情のわかる誰かがいた方がいい、が……。
「そんなことしたら、お前ここにはいられなくなるんじゃ……?」
リレィが言う。役人に協力などしたらこの世界では『裏切り者』という目で見られる。
「あの騒ぎの時、俺もここにいた。それを見ていた奴がいて親方様の耳にその話が入った。俺はもう親方様の側にはいられない」
「なるほどな。悪いことしたな」
リレィの言葉に、リーシュンはもう一度深く溜息をついた。
「大丈夫だ。お前の今後、一切合切は全部このクロードアンシェルが引き受けるから」
「ええっ?!」
「一人くらいなんとでもなるだろ?」
「そんなぁ……、」
組織を潰した後処理に加え、身請けまでさせられることとなった。やはり、リレィに関わってはいけなかったのだ。
しかし、時既に遅し、なのである……。