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                  ※8

 ――――冥狂落坂の攻略、1日目。

「多い多い、多過ぎるって!」

「このーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」

 洞窟内は地面を掘っただけの至ってシンプルな造り、僅かな湿気で成長できる光苔が天井を覆って光量は十分だ。道幅は結構広くて壁の所々から頭を出している黒水晶は、冥界の瘴気が結晶化した物で錬金や召喚術の材料に使えたりする。

「20いや、30体はいるな」

「手前だけでな、奥から応援が来るのが見えてるぞ」

 洞窟を進み始めてから1時間弱、最初の3〜4㎞は魔除けの結界らしい呪符がベタベタ張られてて安全だったが、セーフティゾーンを抜けて直ぐに2人は集団と遭遇した。

 ウラ〜〜ズラ〜〜〜と洞窟を埋め尽くしている骸骨の群れ。手に手に安そうな剣に槍とか弓やら穴の空いた鎧を装備して徘徊する骸骨達は、銀髪の女性を見て久しぶりの餌が来たーーーーーーと一斉に襲い掛かって行くのだった。

「フェニックスガルーナ!」

 灼熱の炎で作った大蛇をレヴィシアは骸骨達へ叩きつけ、洞窟内に轟音が響き渡ると十数体の骸骨が粉々になり、天井から土がパラパラと落ちて来たりする。

「洞窟が崩れるかも知れないから、爆発系の魔法は余り使わない方がいいぞ」

「先に言え!」

「もっと頑丈に作れよ!」

 新政がつかう雷系魔法は骸骨に対して効果が薄く、レヴィシアが両手から炎を噴出して焼いても黒ずむだけで今一だった。2人とも力任せに砕いたりレヴィシアが爆発魔法で骸骨を砕いていったりするが……

「ただの骸骨兵がこんなに面倒だったとは」

「数が多過ぎんだよちくしょう」

 洞窟の横一杯に広がる人海ならぬ骸骨海戦術。それに対してレヴィシアは炎を宿したロングソードを叩きつけ、新政も雷の鞭を振り回して倒すのだが、倒しても倒しても後から後から増援がやって来て……

「こんなの無理だ」

「戦略的撤退!」

「異議なし、此れでも喰らえーーーーーーーー」

 レヴィシアはフェニックスガルーナを、新政は同じく上級魔法になるサンダードラゴンの魔法をそれぞれ骸骨の群れに叩きつけた。そして隙を作った所で振り返った彼らは冥狂落坂の入り口に向けて一目散に走りだす。


「はぁはぁはぁ……」

「もうだめだ休憩、休憩」

「骸骨兵は疲れないから逃げるのに苦労するよな」

「ジル〜〜」

 洞窟はほぼ一直線で隠れる所が少なく、骸骨の群れから逃げるのに彼らはかなりの距離を全力で走り抜ける事になった。

 セーフティゾーンに入っても骸骨達は暫く追い続け、あれらが諦めて居なくなる頃にはハーフメイルの下は汗でぐっしょり濡れていてて、もう動きたくないーーーと2人は洞窟の隅に座り込んでしまう。

「入り口付近でへばるとか情けないと思わないのかお前ら」

「あの骸骨兵はいったい何体いるんだよ」

「ここ数年ほど冥狂落坂は誰も使ってないし掃除もしてない。時間を置くほどモンスターは数が溜まって行く訳で、まぁあれだ200〜300体ほども倒せばだいぶ進みやすくなるんじゃないかな。全体だと800体を越える筈だから全滅させるのは無理だ」

「寝言は寝てから言え」

「私達は2人しか居ないんだぞ」

「闇帝は1人でだな……」

 新政は真剣な顔つきで側に立つローブ姿の男を見上げ、男勝りな団長も此れはあんまりだろうと顔を顰めてジルを睨みつけた。

「骸骨兵の群れがいるのは最初だけだ。あれらと戦うなら剣や鞭より鈍器を持つ方がいいんじゃないかな、殴り倒しながら強行すればいずれ居なくなる」

「何れってどれぐらい?」

「3㎞程先に批難用の小部屋がある。こういう小部屋は定期的に作ってあるが、そこへ逃げ込めば骸骨兵は追って来られない」

「3㎞も先だと……」

「小屋へたどり着く前に囲まれて袋叩きにされそうなんだが」

「文句ばかり言ってないで少しは考えたらどうなんだ。じゃあ此れを使うか?」

 そう言ってジルが影に手を向けると、金棒とFボードを咥えた骨蛇が影から伸びだして来て2人にそれぞれを渡す。

「後これもやろう」

 続いてジルが影から取り出すのは【持ち手の付いている手榴弾】、洞窟が幾ら脆いとはいえこの程度では壊れないと、雷魔法で対応が難しい新政へ数本を渡す。

「ありがとう。所でだ……」

 序盤で此れなら奧はもっと大変なのか? と新政は聞く。すると聞かれた方は「そんな当たり前のことを聞くな、死なないように頑張れよはははは」と笑って返事をした。


「――――準備はいいか新政?」

「いつでもいいぞ」

「よし、突撃だーーーーーーーーーー」

「2人とも頑張れよーーーー」

 邪魔になる武器をジルへいったん返し、ミスリルの金棒や手榴弾をそれぞれ持ったレヴィシアと新政は、ヘビーボードに乗って空中に浮くと骸骨兵の群れに向かって突進。

 呑気に手を振って見送るジルを無視。こう言うのは初手が肝心だと左右の手にフェニックスガルーナをそれぞれ作り出したレヴィシアは、ジルに少しだけ感謝しつつ驚いた新政に優越感を感じながら同時に骸骨達へ叩きつける。

「フェニックスガルーナダブル!」

 周囲へ響き渡った大轟音、馬車が並んで走れる程に広い洞窟一杯に、衝撃と爆炎が広がると前方に集まっていた骸骨兵達は壊滅。

「洞窟が崩れるから止めて欲しいって言った筈だが。直すのは俺なんだぞ……」

「うぉぉぉーーーーーー」と雄たけびを上げる新政は、長さ2mの金棒に雷の魔力を宿して振り回しながら空中を突き進む。下から槍を突き出した骸骨の頭を叩き潰し、飛来する弓矢を躱したりEシールドで防ぎつつ、八つ当たりをするようにブンブンと金棒を振り回しながら黒髪の男は猛進して行った。

「私だってーーーーーーー」

 こっちはもっと凄い。

 (止めて欲しいなぁ……)と思うジルを無視して、レヴィシアは【フレイムボム】サッカーボール2つ分位の火炎球を左手から連続で放ちつつ、右手だけで何十㎏もある金棒を振りましながら骸骨兵を蹴散らして行くのだった。

「うぉっあぶねぇ、団長ーーーーーーーーーーーーーーーー」

「悪い悪い、手元が少し狂ったんだ」

 ドゴーンドゴーンと背後で爆炎が上がり、レヴィシアの前にいて後ろから飛んで来たフレイムボムを慌てて避けた新政だが、自慢の黒い長髪その先端が少し焦げてしまう。

「先に行け先に! 俺の後ろに立つんじゃじゃないレヴィシア!」

「言われなくてもーーーーーーーーーーーー」

 (レヴィシアの戦闘力は思った通り、いやそれ以上だな。あれなら……)


 ――――とまぁこんな調子で骸骨兵を蹴散らしながら、進んだ銀の夜明け団は予定通りに3㎞程を突き進んで批難用の小部屋へと辿り着いた。

 小部屋は洞窟へ埋め込むように地面を掘って壁際に作られている。その入り口はミスリル鋼板の扉で壁も同じ、窓ガラスは錬金術で作った人工ダイヤと、鍵を閉めてしまえばドラゴンでも簡単には入って来られない頑丈な造りだ。

「あ〜〜しんど、今日はもう何もしないからな」

 10畳程の部屋には簡素な調理台と寝袋が幾つか置いてあり、同じく置かれたテーブルセットの椅子に深く腰を下ろした中年男は、だらけながら「酒をくれ〜〜〜〜ジルーーーーー」と側に立っている怪しい男に要求した。

「まだ3㎞程しか進んでないし夕日が落ちて来るぐらいの時間だぞ。酒なんか飲むな夕食を食べたら再開して第3休憩所まで行って貰うからな」

「第3って3㎞ごとに避難所を作ってあるんだよな?」

「そうだ。ここは第1避難所になる最低でも後6㎞は……」

「過酷すぎる〜〜〜私はもう無理〜〜〜〜」

 レヴィシアはいつもの調子で新政をからかうかと思ったが、テーブルに突っ伏したまま顔を上げず彼と同じように抗議する。

「調子に乗って魔法を撃ちまくるからそうなるんだぞ。もっと頭を使って効率的な戦いをしないとだな……」

「そう言うのは新政の仕事だから私に言わないでくれ」

 テーブルに顔を伏せたまま右手を上げてヒラヒラと、やる気のないアピールをしたレヴィシアを見てしょうがない奴らだなとジルは諦める事にした。

 望まれた通りに2人へワイン瓶とコップにチーズの塊を渡したジルは、キッチンへ行くと鍋に魔法で作った水を満たしながら、それへ影から取り出した鶏肉やジャガイモを切って入れたり調味料を加えながらカレーを作り出す。

「ジルは料理も上手いんだな」

「長く生きてて暇だからな、色んな事にチャレンジをしている」

「神なのに?」

「神だからさ、偉そうに講釈を垂れるだけの偽物にはなりたくない。人間にできて俺に出来ない事は殆ど無いと思うぞ」

「ふーん」


 ――――冥狂落坂の攻略2日目、1月9日の早朝。

 昨晩作ったカレーを温め直しつつ、ご飯を炊いたりコーヒーを入れたりと朝食の準備をしているジルの横では、レヴィシアと新政が準備体操を始めていた。

「いちにっさんし……」

「ごーろくしちはち、なぁジル……」

 手足を曲げ伸ばししたり身体を前に倒したりと、2人は戦いの準備を進めるのだが気になる事があるとレヴィシアはジルに聞いてみる。

「避難所に風呂とかシャワーはあるのか?」

「あるように見えるか?」

「……ないな」

 ジルに聞き返されて銀髪を揺らしつつ辺りを見回すレヴィシアだが、彼女の瞳にそのような物はなに一つ映らない。

「トイレも無いな」と言ったのは新政で、「避難所に水道や排水設備はない。用を足すならあれを使え」とジルが指さした方向には、トイレットペーパーにスコップと仕切り板が置かれた棚があった。

「私は女なんだぞ」

「だからどうした?」

「女には身だしなみと言うのがあってだな」

「団長がか? 男にだって……」

 鉄拳で殴り倒された優男は置いといて、レヴィシアが身体が気持ち悪いので欲しい欲しいとしつこく訴えるから、分かったどうにかしようとジルは約束する。

「次の3㎞で戦って貰う相手だが……」


「――――なんかLⅤUPした感じ?」

「だな。あれらは何て言うモンスターなんだ?」

「スケルトンナイトに、ウィザードとハガー(大男)そしてキングだ」

「骸骨兵の群れはもう居ないって言ったじゃないか」

「最初のような大軍は居ないぞ、数が減る代わりに個々の能力が高いんだ。ザコは面倒だし時間も無いからFボードで飛んでさっさと飛び越えてしまえ」

「ザコじゃない気がするんだが……」

「突撃ーーーーーーーーーーーーーーーー」


 ――――冥狂落坂の攻略3日目、1月10日の早朝。

「俺達はまだ生きている……」

「上級骸骨部隊とドラゴンボーン3体の共闘とか、過激なのはもう無しだからな私は死ぬかと思ったぞジル」

「此れからが本番なのに何を言っているんだお前らは? 残りは3日、ボス戦に2日は欲しいから1日半で最深部まで到達して貰うぞ」

「今どこだっけ?」

「確か第6避難所だ。昨日だけで12㎞、1/3は進めた計算になる」

「残りは30㎞。初日に第3避難所まで行けって言ったのに、お前らと来たら……」

「ここから先も骨ばかりなのか?」

「違う、ここから先はゴースト地獄だ。骨々軍団よりもっと大変だぞ」

「お家に帰りたい……」

「第13避難所まで続くゴースト地獄の次は、ゴーレムの砲撃を受けながらゾンビと踊れるゴーレム狂騒曲を聞いて貰う」

「お家に帰るーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」


 【冥狂落坂は別名、冥界のゴミ捨て場と呼ばれている。】

 《冥界へ日々積み上がって行く無数の死体や幽霊のなかで、いらなくなった物や多すぎて処理に困る物とかを、戦闘訓練用として提供して貰うのがここなのだ。》

 骨々軍団は正しくその通りだが、ゴーストやゴーレムは少々事情が違う。

「黒水晶はああやって使うんだな」

「冥界の瘴気はあれらのエネルギー源になるんだ」

 光苔のおかげて洞窟内の明るさは外と変わらず、戦闘準備を整えて避難所から少し歩いたレヴィシア達は、立ち止まると洞窟の壁から突き出ている黑水晶へ注目した。

「ゴーストなのに光は平気なのか?」

「この洞窟は瘴気で満たされていて、光の影響を緩和できるから問題ない」

「へーーーーーーー」

 右手にある尖って樽のように大きな水晶へ、人の上半身のような形をした黒い霧が数体纏わりついており、その霊達は水晶からガスの様なものを吸収し続けている。

「冥界の瘴気はほぼ無限にある。此れはつまり魔力なのだがその冥界から瘴気を分けて貰って冥狂落坂へ満たすことで、骸骨兵を動かしたりゴーストを作れたりする訳だ」

「なるほどな」

「奴らに見つからない様にそーーと行くぞそーーーっと、Fボードで空を飛ぶとか走るのは駄目だからな団長」

「なぜなんだ?」

「ゴーストの飛行速度はFボードより速い。空を飛んだり声を上げたりするとあっという間に取り囲まれて、俺達は四方八方から魔法攻撃を受ける羽目になる」

「この洞窟には隠れられる所が殆ど無いが、私達はどう戦えばいい?」

「隠れると修行にならないから、隠れられる場所は作らないようにしてるんだ。魔法で土壁を作ったり半球状のシールドとか対策はあるが、お前達は殆どできないよな?」

「うん、できない。私は攻撃専門だからな副団長?」

「何でもかんでも俺に振るな!」

「出来るのか?」

「まぁその少しぐらいなら……」

「ゴーストは何体ぐらいいるんだ?」

「それはだなぁ……」

 《冥狂落坂は居心地がいいのか、呼ばなくても冥界から押し寄せて勝手に増える。まぁザコならほっとけばいいがそれだけで済む訳がない。ワイトキングやゴーストメーカーなどと試練向けに戦闘型ゴーストを量産する奴もいて、そいつらは冥界から流れ込む膨大な瘴気を使ってこう……》

「何体いるんだ?」

 ぼそぼそと言いにくそうに説明するジルの言葉を聞いて、真顔になった団長は銀の瞳でジルを睨みながら端的に聞いてみた。

「50体」

「じゃないよな」

「あ〜100? 200かな……ちょっと待っててくれ」

 深呼吸をしたフード付きローブと包帯で身体を隠している男は、両手を下に向けると透明なもや、魔力を送りながら何かの準備を始める。

「いつもみたいに骨蛇を呼ぶんじゃないのか?」

「骨蛇では偵察が出来ないからそれ専用の召喚獣を使う」

 ジルがそう話して少しすると、彼の影から掌に収まりそうな生物が十数匹パタパタと翼を羽ばたかせつつ浮かび上がってび来た。

「よく見えないが蝙蝠かそれ?」

「透明な生物とはまた奇妙なのを」

「此れは俺と意識を繋げた探索用の魔法生物【クリアバッド】だ、生き物ではなくあそこにいるゴーストに近い存在になる。行けっお前達」

 魔力を殆ど感じず透明で小さいとステルス性に優れた小型の召喚獣、ジルとMラインで繋がっている小蝙蝠の群れは命令を受けると、一斉に羽ばたくのを止めて飛行機のように翼を固定し扇状に広がりなら飛び去って行く。

 《M(魔力)ラインとは、人形や召喚獣とかと契約して魂を魔力の線で繋げる事によって、五感を共有したり自在に操れる様になる魔術の一種》

 ジルの命令と魔力を受けて飛行するクリアバットの群れは、Fボードよりも高速で洞窟内を突き進みつつそこで見聞きしたものをジルに伝えていった。


「――――それでどうだったんだジル?」

「ゴーストは600体を超えるんだが、いつの間に此れだけ増えたんだろう?」

「俺達はどうすればいい?」

「突撃あるのみ……冗談だよ冗談、落ち着けって」

 召喚したクリアバットを回収しつつ茶化してみると、銀の夜明け団はそれぞれの武器をジルに突き付けていき、彼女らを両手で宥めつつ怒られた方は対応策を考える。

「うーーーんどうするかな……」とジルは両手を組んで暫く悩み、そうだあれを使おうと平手を打つと影から骨蛇を呼び出した。

「これはなんだ?」

「イリシャの手鐘だ」

「嘘だな」

「なぜ言い切れる?」

「本物はオルタナム城の宝物庫に保管されているからだ」

「作ったのは俺だけどな」

「なんだと……」

「魔導士イリシャは水晶……いやいい。兎に角これは本物で2番、セカンド……ああティトの手鐘にしよう、ティトはイリシャの弟なんだ」

「ティトの手鐘かどう使えばいい?」

「掲げつつ魔力を込めて振るだけでいい、子供でも簡単に使えるからやってみろ」

「これでいいのか?」

 呪文が彫られたオリハルコンの持ち手に、薄青色をした水晶の鐘が付いているちょっと高そうな手鐘。ティトの手鐘を受け取ったレヴィシアが、指示通りに掲げつつ左右に振るとリィーーンと予測に反した、高音で透き通るような音が洞窟全体へ響き渡る。

 すると黒水晶に張り付いていたゴースト達が、キジェーーだか何だかの気味の悪い声を上げつつ一斉に反応してレヴィシア達へ襲い掛かって来た。

「ジル!」

「大丈夫だ出力を上げてもっと大きく手鐘を振ってみろ」

「こうか?」

 黒霧の上半身に鋭い爪の手をした複数のゴーストが3人へ迫り来る。言われた通りにレヴィシアがティトの手鐘を強く振ると、そのゴースト達は動きが止まって何やら苦しみだしやがて悲鳴を上げながら蒸発してしまう。

「凄いなこれ」

「伝説級の魔道具だからな。ヴェルラ王4世の死霊がゴーストや亡者の大群を引き連れて反乱を起こした時に、それを振ってとある町を守ったのが魔女イリシャなんだ」

「ティトの手鐘があればゴースト軍団は怖くない、意味は分かるなお前達?」

「やれやれだ……」


「ゴーストなんか怖くないーー」リィーーン

「襲えるものなら襲ってみろーーー」リィーーン リィーーン

 油断しないように気を付けつつ、ハーフメイルを着て魔法武器を持ったレヴィシアと新政は、手鐘を振る役を時々交代しながら軽い足取りで洞窟を進んで行く。

 高い鐘の音を聞いたゴースト達の内、ある者は逃げだしある者は攻撃的になって、レヴィシア達へ襲い掛かろうとするが尽く成仏してしまう。これは楽だなぁとか思いつつ残り30㎞のうち7㎞程を進んだ時の事だった。

「ゴーストなんか怖くないーー。怖くないったら怖くないんだーーー」リィーーン、リィーーン、リィーーンとしつこく鐘を振っても物ともせず、平然とレヴィシア達へ襲い掛かってくる強敵が現れる。

「ワイトキングでなくてよかったな」

「4体もいるけどな中級モンスターが!」

 前の方から飛んで来るフレイムボムをEシールドで防ぎつつ、「数が多いんだが少し手伝ってくれないかジル?」と2人はローブ姿の男に聞いてみる。

「この程度が倒せないなら闇帝は……」

「闇帝、闇帝って聞き飽きた!」

「やればいいんだろやれば!」

「感情的になると勝てないぞ、ちゃんと2人で連携をしてだな……」

「考えるの嫌いーーーーーーーーーーー」

「うぉぉぉぉぉぉ」

 長いミスリルソードの柄本に赤い魔法石が付いた、フレイムソードに炎の魔力を宿らせつつ銀髪の女戦士は敵に切り込んで行き、彼女とは別の方向に向かって走りだした新政はモンスターに斬り掛かる。

「これでも喰らえーーーーー」

 《使い古して傷だらけな鉄兜とか籠手等のフルアーマーに、黑い炎を宿したアイアンソードを持っているゴーストナイト。霧状になった身体は疲れる事がなく、巨漢が振るうハンマー攻撃にも対応して防げる力持ち。》

 《サンダーウィップは魔法なので、用途に応じてその形を自在に変えられる。》

 鞭の形状から剣へと魔法を収束させた新政は、ゴーストナイトに垂直斬りとナイフを使った連続攻撃をするも、魔法剣は躱されてナイフは敵の剣に受け止められる。そうすると同時に新政は武器から手を離して少し下がりつつ、「シクスマジック・メガサンダーー」と大技を発動させた。

 新政が両手を敵に向けて魔法を発動させると、ゴーストナイトの頭上に六芒星が出現してそこから極太の雷が落ちてくる。閃光と共にドォォンと轟音が周囲へ響き渡り、ゴーストナイトの本体は消滅してしう。

「成長したじゃないか新政」パチパチパチとジルは離れた所で手を叩く。

「ジルに褒められても嬉しくない」

 これは先日みた団長の戦いから、ヒントを得た新政が考えた新した戦法になる。魔法剣とは別に予め用意しておいた上級魔法を発動させて、剣と魔法攻撃を両立させると言う器用な戦いをやって見せたのだ。

 (頭の中で考えていただけだが想像よりも此れは使える、魔法の制御について教えてくれたジルに感謝するべきか……)

「新政!」

 作戦が上手くいって気を逸らしてしまうと激昂が飛んで来る、声だけでなくフェニックスガルーナも一緒に飛んで来て、新政に斬り掛かろうとしていたゴーストナイトに命中すると大爆発をして倒してしまう。

「戦闘中に気を抜くとか死にたいのか貴様! あとナイフ! なぜ武器を手放した」

「悪かったよ怒るなって副団長、ジル……」

「やれやれだな高いんだぞこれ、ほらっ」

 ジルの上級魔法を受けたミスリルナイフは黒焦げになってもう使えない。目前で起きた爆発の衝撃をEシールドで防ぎつつ新政が要求すると、ジルは足元の影から骨蛇を這い出させて新しい武器を取り出して彼に投げ渡す。

「あとなん体だ?」

「ゴーストナイトはあれで最後だな」

「イグニスソード!」

 ジルと新政がレヴィシアの方へ顔を向けると、高熱の炎を噴き上げる剣を横に構える女戦士がそこにいた。

「ああそうか忘れてた……」

「何をってあれか」

 レヴォリューションレッドの時ほど大きくはないが。魔力の制御が上達したイグニスソードはより収束されてビームソードの様に鋭くなっている。

「あれではミスリルソードが保たない。早く決めろレヴィシア! 剣ごとゴーストナイトを斬れる筈だ力に任せてぶった斬れ」

「了解だ! やぁぁぁぁぁぁぁ」

 灼熱の炎を宿した銀色の剣を構えてレヴィシアは突進、安物とはいえフルアーマーで武装したモンスターに振り下ろすと、ジルの予測通りに防ごうとした剣ごとゴーストナイトは両断されて悲鳴を上げつつ燃え上がって消滅した。


「大技で飛ばし過ぎると後の戦いが続かないぞ、ほら……」

「? どうしたジル、武器をくれないのか」

 刃の部分が溶けて使えなくなった魔法剣を投げ捨てたレヴィシアへ、ジルは鞘に入った新しい魔法剣を投げ渡そうとするも躊躇する。

「高いからなこれ」

「意味が分からない」

「レボリューションレッド程ではないが、オリハルコン製は家が一軒買えてしまう位に高い武器なんだ。今度のは壊すんじゃないぞ」

「神の癖してけち臭い話だな」

「神だってなぁ……いやいい。ほらっ」

 ジルが投げ渡す武器はシンプルで飾り気はないが質はいい。黑皮が張られた鞘に入っているロングソードを笑顔を浮かべつつ、鞘から抜いたレヴィシアは光苔に黄金色の刀身を翳して見たり振りながら感触を確かめる。

「中々いい剣だこれなら! って、モンスターはもう居ないのか?」

「まだ1匹残ってるぞ」

「あれか……」

 新政が指さす離れた方向に一匹、いや一つのと言うべきか、真っ黒な色をした宝箱がぽつんと立っていた。ボストンバック位のサイズに蔓の手足が付いた宝箱、宝箱の前に2つ付いた赤い宝石が目の代わりになる。

「あれは何だジル?」

「説明したろあれがゴーストメーカーだ。瘴気と宝箱の内側にある魔法陣で戦闘用ゴーストを作れるが、あいつ自身は弱いので剣を向けると直ぐに逃げてしまう」

「ゴーストメーカーは倒したら駄目なんだよな」

「冥狂落坂で試練用のモンスターを作ってる奴だからな、壊したら罰金だぞ」

「どうすればいい?」

「ほっとくと俺達を追い掛けながらゴーストを作り続けるので、こうする」

 そう言うとジルは足元にある石を拾い上げて、ゴーストメーカーに投げつけた。するとガツンと宝箱に石が当たって次の瞬間、ブァーーーっと宝箱から紫色の煙が発生し、その煙に隠れるようにしながらゴーストメーカーは逃走する。

「これでよしと」

「今日は13避難所まで行くんだよな? 戦いながら20㎞以上も歩くのか……」

「それでも男か副団長」

「余裕があれば14避難所まで行きたい所だが、後13㎞位だな」

「銀の夜明け団、進軍再開ーーーー」


 ――――昼休憩を挟んで3人は更に前進、ゴースト軍団を倒しつつHMポーションで魔力を回復したりしながら進むと面倒そうなのが現れた。

「また変なのが現れたな」

「中央に居るのがワイトキングなのか?」

「違う。左右に侍ってるのがワイトキングだ」

「じゃあれは何なんだ?」

「あれはな……」

 首を振りつつモンスターとレヴィシア達を見比べたジルは逆に、「お前らが勝てる相手ではないと思うが戦ってみたいか?」と聞き返す。

「何なんだあれは?」

「魔神を守ったりする直衛モンスターで、コルド(極寒)ナイトメアと言う高位魔族よりも強いモンスターだ。彼奴がここにいる筈は無いんだが……」

「ワイトキングは高位だよな?」

「高位モンスターの中でもより上に近い方だ。ワイトキングはゴーストの群れを引き連れつつ遠距離から魔法をバンバン撃ってくる怖い相手だぞ」

「コルドナイトメアは?」

「レヴィシア3〜4人分、もっとかな……やはり止めた方がいいな」

 コルドナイトメア一体だけならまだ勝負になりそうだが、3体による連携攻撃には勝てないとジルは判断。彼奴らを追い払うからここで待っていろと、2人に命じたジルはモンスター達へ近付いて行く。

「丸腰で構えもせずに堂々と……」

「ジルの強さは私達とは次元が違うんだ」

 リィーン、リィーンと新政はティトの手鐘を振り始める、ワイトキングが連れているのや他の雑魚が気になるからだが、ジルは邪魔なのでやめるように言う。


「さてと……」

 《骸骨の頭へ金の冠を乗せてボロいローブを纏うのがワイトキング、指が鉤爪のように長くて鋭く黒水晶で作った魔法の杖をもち、常に空中に浮いて移動するモンスター。

 それを両隣に侍らせているのが馬面のモンスターで、2mを超えの身長にオーガのような筋骨隆々とした体を持つ強そうな奴。身体は青白い氷色をしていて鬣は真っ白、一見すると聖神族のようだがれっきとした悪魔である。

 武器や鎧を持ってないのは魔法の氷でそれを代用するからで、ワーウルフのような俊敏さとドラゴン並みの怪力を両立させた恐るべきモンスターだ。》

「お前はなぜこんな所にいる?」

 ジルを警戒してかワイトキングは左右に距離を取りつつ、ゴーストの群れと一緒に取り囲むが彼は気にも留めない。銀の瞳で自分を見下ろして来るコルドナイトメアを、じっと見上げながら彼は再び同じ質問を繰り返した。

「グルゥゥゥゥゥ」

 ??? 返事をせずにただ唸るだけの敵を見てジルは首を傾げる。直衛モンスターは知能が高い筈なのになぜ返事をしないのか? 試しに相手の名前を聞いてみると「ウゴァァァァァ」とか意味不明な単語を発しつつジルに殴り掛かって来た。

 氷魔法を纏って攻撃する剛腕を左手で軽く受け止めつつ、相手をよくよく見てみるとモンスターのズボンにピンで止められた紙切れをジルは発見する。

「これは? よっと」

 子供の手を捻るように巨体モンスター腕を捻って横回転、モンスターを地面に倒して動きを止めたジルは魔力で抑え付けつつ、ズボンに付いている紙切れを引き千切った。

「えーーーと何々……」

 紙切れには魔神族の文字でこう書かれている、『瘴気を浴びすぎて壊れたからこのコルドナイトメアはお前にくれてやる、好きに使ってくれ氷の魔神より』

「好きに使えってまぁいいか、そういう事なら……」

「危ないぞジル!」

「見えてるよ」

 コルドナイトメアが倒されると周囲に散開していた、ワイトキングやゴースト達が手を突き出しつつ一斉に魔法を放ってくる。

 それはフレイムボムだったり氷や雷魔法だったりするのだが、紙切れをポケットにしまいつつ右手を上げたジルは、範囲型のEシールド、Eバリヤーを展開して自分へ殺到する攻撃魔法の数々を簡単そうに防いで見せた。

「実力差を理解して欲しいんだが、無理だよな……」

 雑魚ゴーストはいいが、ゴーストキングを倒すのはちょっと勿体ない感じ。あれらにまともな知能は無く判断に迷ってるジルを、防戦一方だと判断したモンスター達は更に攻撃を拡大させていく。


「コルドナイトメアを押さえつけながらとか」

「どれだけ化け物なんだよジル……」

 攻撃魔法に巻き込まれたくないとレヴィシアと新政は後退中、吹き荒れる轟音や閃光を見ながら下がる2人は、その中心にいるジルを不安に思ったりしたが平気そうなので気にしない事にした。

 連射のできる下級〜中級魔法では歯が絶たないと、2体のワイトキングは何やら合体魔法の準備を開始する。

「レヴィシアと新政! よく見とけよ魔法にはこういう戦い方もあるからな」

「合体魔法か……」

「炎と雷って私達みたいだな」

 ジルの前方に集まったゴーストキング達は、黒水晶の杖を突き出しながら何やら呪文を唱え始める。人語ではないので意味は分からないが杖の前に、それぞれ炎と雷の魔力が集まってなにやら形になり始めた。

「蛇かな? ドラゴン違うな、何だろうあれ……」

「サルタスだ、サルペンタススネーク。ドラゴンも恐れて近付かない魔界の深い所にいる単眼の猛毒蛇だぞ」

「サルタスサンダーか、確か最強の雷魔法だよな」

「新政のサンダードラゴンより強いのか?」

「魔神や魔貴族(魔界貴族)とかが使う特級魔法で、使える人間は見たことがない」

「闇帝なら使える」

「また闇帝……」

「炎のはTSDだな」

「TSDって?」

「ツインサイクロンドラゴンで、フェニックスガルーナ約2発分」

「呑気に語ってていいのかよ俺達」

「平気、平気。俺は神なんだぞ」

 相性にもよるが合体魔法は魔力共鳴現象によって、その威力は通常の倍以上にもなると言われている。

「本当に大丈夫なんだろうなジル!」

 ゴーストの猛攻で足を止められている様に見えるジルは、平然としてるがレヴィシアの瞳には洞窟の半分近くを埋めした合体魔法が映っていた。雷の蛇と炎のドラゴンが合体すると球体になりそれが放たれようとしているのだ。

「蛇にドラゴンを合わせて雷炎の3スリーエスって所か」

「あの魔法は爆発するんじゃないかジル?」

「――――それは困る」

 どうという事は無いと気楽だったジルだが彼女の話を聞いて方針変更、炎と雷で縞模様になった合体魔法へ対抗策を取り始めた。

「また変なのを使うな」

「今度は何をするつもりだ?」

 左手にコルドナイトメア、右手はEバリヤー、ワイトキングに合わせてぶつぶつと唱え始めたジルの顔の前には、縦で網目状の変わった魔法が出現する。そうこうしていると奇声を上げながらワイトキング達は合体魔法を放って来た。

 赤くて黄色い巨大な魔法球、それは進路上にいた間抜けなゴーストを焼き尽くし、高熱で地面を溶解させながら進んで来て、爆発すると洞窟が壊れるかも知れなかったがその前にジルの対抗魔法が発動する。

「ディスペルネット」

 ジルが発動させた魔法が雷炎の3Sに接触すると、大きく広がりつつ魔法球を包み込んで動きを止める。そして「カットマジック!」と続けてジルが叫ぶと、網が魔法を押し潰すように収縮して細断し、細かくなった魔法は効果を発動させないまま消滅した。

「俺は夢でも見ているのか?」

「試してみるか?」

 洞窟の隅によって様子を窺っていた新政が呟くと、側にいるレヴィシアが拳を構えるので男は慌てて彼女から距離を取る。

「ただの冗談なのに警戒しなくてもいいだろうが」

「団長のは冗談に見えないぞ」

「……まぁいい。ジルーーー此れからどうするんだ」

「ちょっと待ってくれ」

 合体魔法を簡単に防がれて動揺するワイトキングを一喝し、追い払ったジルはコルドナイトメアをレヴィシア達と戦わせることを考えたが、時間が足りないので止める事にして影から取り出した魔法石に此れを封印すると前進を再開する。

「ジルってさぁ……」

「知りたいなら闇帝を倒して力を証明するんだな」


 ――――冥狂落坂の攻略4日目、1月11日の早朝。

「今いるのは予定通りの第13避難所だが感謝しろよお前ら」

「はいはい」

「俺達はジル様に感謝していますーーー」

 コルドナイトメア部隊との戦闘後、ティトの手鐘を振りつつ冥狂落坂を進んだ銀の夜明け団だったが、ワイトキングが大量のモンスターを引き連れて復讐に来たりとかその道のりはかなり大変だった。

 なので残り日数とか最深部のボス戦への影響を考慮したジルは、特例処置として自ら先頭に立ち、残りのゴースト軍団を押さえつけながらここまで2人を連れて来る。

「昨日は十分に休めた筈だな」

「しっかり食べて入浴もしたし、宵のうちから朝までぐっすりだった」

「よし。ではゴーレム狂騒曲について説明するぞ」

 《ここからキメラの鏡がある最深部まで約6㎞、Fボードで10分程、武装しつつ走っても30分と掛からない短い距離であるが……》

「簡単には進めないよな」

「まあな……」

 《最後の6㎞は洞窟ではなく円形状の広い空間で、その地下には巨大な魔法陣が敷かれているとジルは言う。その魔法陣は土で作ったゴーレムを地上に出現させて、数十体が全方位から魔法攻撃を仕掛けて来るそうだ。》

「ゴーレムは幾ら倒しても冥界の瘴気で無限に造られるし、ゴーレムの砲撃は榴弾砲並みだから2人とも気を付けるように……って、どこに行くお前ら?」

「ちょっと急用を思い出したんだ」

「家に忘れ物をしたので取りに帰る」

「ここがどこか分かっているか? 帰り道でモンスターに囲まれても俺は助けないぞ」

 避難所・土壁に埋め込まれたミスリルの扉、それに手を掛けて外に出て行こうとしていた若い女性と中年男性は、ジルの言葉を聞いてピタリと止まる。

「ゴーレム狂騒曲とモンスターの群れってどっちが怖いんだ?」

「ワイトキングが引き連れるゴースト軍団も、相当の数だとは思うがゴーレム狂騒曲よりはましだろうな。骨々軍団のドラゴンボーンは復活している筈だぞ」

「ドラゴンボーンが復活する?」

「ああそうだ。あれらは不死身でどれだけ砕いても、回りの骸骨兵を取り込んで何度でも復活する用に作ってある。帰り道には十分気を付ける事だ」

「帰るの止めようかなぁ……」

「イタッイタタタタタタタ、いでぇーーー」

 突然お腹を抱えてうずくまるジャージ姿の優男、レヴィシアに負けず劣らずの美形な男は苦しそうに床を転げ回り、その余りにも露骨な演技に周りは呆れてしまう。そんな男にジルは痛いなら此れをやろうと影から取り出した薬瓶を渡していく。

「そうじゃないと思うんだが……」

「これは?」

「ゲキタイナオールX薬だ。寄生虫とか細菌感染なら一発で全て治るぞ」

「寄生虫ではない感じなんだ、食中毒かな?」

「そうかならまず下剤だな。この腸クリーンを飲んでからエリクサーで……」

「盲腸! 盲腸かも知れない! 痛いっイタタタタ」

「睡眠薬を飲んでテーブルの上に寝るんだ新政、盲腸なら俺が切って治してやろう」

「出来るのかジル?」

「出来るぞ。サッと切ってサッと塞ぐだけの簡単な手術だが、お前もやってみるかレヴィシア? 何ごとも経験をしておいた方がいい」

「そうだな一度経験しておくのも悪くないか……」

 ニターっと不気味に笑った団長は部屋の隅に置いた長剣を、手にしようと動き始めるので慌てた新政は「嘘です、ほんと嘘なんです。それだけは許して下さい」と土下座した。

「嘘はよくないな新政」

「情けないぞ副団長……」

「しょうがないだろ! だってなぁーー」

 勢いよく立ち上がった新政は抗議を始める。ドラゴンボーンとの戦いで死に掛けたしワイトキングより過激とか俺には無理、命より大切な物はこの世界に無いんだぞーーーーーーーーーーとか大声で叫んだりした。

「革命を起こす為ならどんな事でもして、命を惜しまないのが銀の夜明け団だろうが」

「それはそうだが此れは修行であって革命ではない」

「男に二言は無い筈だが今さら逃げるのか新政?」

「副団長は団長の命令に従わなければならない」

「男に二言はあるし! 部下にも逆らう権利があるんだよ!」


 ――――それから色々あって朝9時過ぎ、ミスリルの重鎧セットを着たレヴィシアは抵抗する男を引きずりつつ、ジルの後ろに付いてアースホールへとやって来た。

「俺は嫌だーーー、戦いたくないんだーーーー、殺されるーーーーーー」

「まだ言うのか副団長、いい加減にして諦めたらどうなんだ。周りをよく見ろ、モンスターなんかどこにも居ない安全そのものじゃないか」

 レヴィシアが引きずっていた手を離すと、新政は気を落ちつけて周囲を見回す。

「地面ばかりで何もないな、本当にゴーレムやゾンビは居るのか?」

「ゴーレムやゾンビはふだん土の中で休んでいる、暫く歩いていると足音に反応してぶわぁーーーーと一気に現れるんだ」

「だってさ団長……」

「あれが見えるかお前ら?」

 ジルが指さした前には小さな小屋が一軒建っている。

「あれは第14避難所だ。あそこから半径50m以内にはゾンビが出現せず、ゴーレムの砲撃も届かないようになっている。戦闘が激しくてどうにもならなくなったら、あそこへ逃げ込んで休憩をするといい……」

 《アースホールは飛行禁止空域であり、飛行魔法とかFボードは空が飛べないように特殊な結界魔法が展開されている。死にたくないなら必死に駆け抜けること、修行がしたいならゴーレム軍団へ……》

「正面から突っ込むバカは居ないからなジル」

「闇帝はだな……」

「闇帝はもういいっての!」

「これで説明は終わりだ」

「そうか説明は終わりなのか」

 ……説明は終わったが臆したのか、2人とも入り口付近で立ち竦んだまま中々動こうとしないので、ジルは少し手伝ってあげる事にした。

「そのまま真っ直ぐ前を向いてろよお前ら、身体を動かすと危ないからな」

「何をするつもりだ?」

「ウィンドブローーーー」

「キャーーーーーーーー」「どわーーーーーーーーーー」

 

 ジルが魔法を発動させると風速60mを超える突風が吹き、その風に押し出されたレヴィシアと新政は無理矢理にアースホールを走らされ出す。

「ジルなんか嫌いだーーーーーーーーーー」

「――――!? 来たぞ新政!」

「来たって何が」

 2人が2〜30m程を進んだ所でボコッボコボコッと、地面が沸騰するようにあちこちで隆起してまずゾンビ軍団が出現。

「え〜〜ひのふのみーの……」

「数えるんじゃない焼き払え副団長! フレイムストリーム」

 吐き気がする異臭を漂わせっつ出現したゾンビは、左右それぞれに十数体ずつで割と至近距離に沸いて出てきた。それに対して両腕から炎を噴き出させたレヴィシアは、ゾンビを次々に燃やしていくのだが新政が警報を上げる。

「団長前だ、前! ふざけるなーーーーーーーーー」

 左右ばかりに気を取られていた団長はそれに気づかなかった、前、彼女達の進行方向を塞ごうと続々集結するゾンビの群れに。目の届く範囲だけで100体を楽に超え、アースホール全体では数千体にもなる凄い数である。

「ゴーレム狂騒曲って確か……」

「ゾンビと踊りながら砲撃を受けるんだよな」

「無数にいるゾンビに構って魔力を消耗するな、早く走らないと砲撃が来るぞ」

 レヴィシアの影から少し顔を覗かせつつジルは注意を促し、「覚悟を決めろ新政!」「うぉぉぉぉぉぉ」と漸く2人は走り始める。

 レヴィシアは炎を宿したオリハルコンの聖剣で攻撃し、新政が同じようにするサンダーウィプと合わせて2人は、ゾンビをぶった切りあるいは叩き潰したりとか、どす黒い血をまき散らしつつ走って走って走り抜けて行く。

「何か来る!」

「なんだあれ!」

 ヒュルヒュルーーーと風を斬る音が聞こえた、それは一つではなく複数で空を見上げたレヴィシアと新政の所へと降り注いで来るのだった。

「ロックボムだ! あれは爆発するぞ団長」

「私はこんな物ではーーーーーーーーー」

 《岩石の中に魔力を溜めて遠距離から撃つ榴弾砲擬き、装甲車を破壊する程の爆発力があって、炸裂と同時に飛び散った岩石は散弾のように周囲を攻撃する。レヴィシア達が着ているのは前日までの軽鎧と違う【砲撃に対応したMMアーマー。】

 肩と膝部には防御用の魔法石が付いていて、Eシールドを態々使わなくても魔力を込めるだけで全身を護れるミスリル製の高級品、重装のフルアーマーである。》

 榴弾砲擬きが直撃するとさすがに怪我をするが、爆風とか散弾なら衝撃があっても鎧で十分防げるレベルであり、レヴィシアと新政は直撃されないようにひたすら走る。鎧が重くてちょっと走りにくいけど、優男にはきつい話だが贅沢は言っていられない。

「砲撃の多重奏に載せて奏でられるゾンビ軍団の合唱とか 聞いていて楽しいだろ?」

「ぜんぜん楽しくないーーーーーー」

「趣味が悪すぎるぞジル! お前ら邪魔だどけーーーーーー」

 死を恐れずに集まってくる腐った血肉の群れ、地面から生えた土人形達は口からロックボムを容赦なくぶっ放す。【燃え上がる戦場、心を躍らせる爆撃音、焼け焦げた血肉がシャワーのように振り注ぐ大舞台!!!】

 【神の力を求める戦士を鍛えるのに、ここほど相応しい場所は他にあるか? 否! 断じて否である! ゴーレム狂騒曲はジルが苦労して作り上げた神の試練なのだ。】

「あーーそうだゲストの紹介を忘れていた。ここには狂騒曲に相応しいアーマーゴーレムも居てな、スクラムを組んで突進してくる事があるから注意した方がいいぞ」

「鉄塊の悪魔がいるだと!」

「なんだそれは?」

「砲弾を浴びながら敵陣へ突っ込む2t近い金属の塊だ、戦車以上の怖い相手になる」

「少しぐらい手加減してくれてもいいからなジル!」

「昨日は楽をさせてやっただろうが」

「今日も楽がしたいーーーーーーーーーーーーーーーーー」

 ヴォォだかウガァとか呪いの声を上げつつ押し寄せるゾンビ軍団。

 ドゴーーン、ドゴーーンと砲撃されて濛々と土煙が上がる中、爆発の衝撃とか岩石の散弾がMMアーマーをゴンゴン叩きつつ、こんな痛い戦いは嫌だーーーとガチャガチャと鎧が擦れる音を立てながら2人は走り続けるのだった。

「ジルも俺達と一緒に走れよ!」

「はっはっはぁ俺は神なんだぞ」

「死ぬ、本当に死んでしまう。砲撃を止めてくれーーーー」

「フェニックスガルーナーーーーー」


 ――――どうにかこうにか銀の夜明け団は中間地点まで到達できた。

「ゼーハーゼーハー死、死ぬかと思ったぞ」

「だから言ったんだよ戦うのは嫌だって」

 バンッと勢いよく扉を開けて避難所に飛びこんだ2人は、肩で大きく息をしながら床にへたり込むとそのまま動かなくなる。

「鎧の中は暑過ぎて蒸し焼きになりそうだ、水をくれないかジル?」

「水より先に此れだろ団長!!!」

 新政の怒りは爆発寸前だった。砲弾の雨の中を走らされてカンカンに、まぁそれはいいとしても爆風に乗せられて飛んで来た、血肉の雨について彼は許すつもりはない。フルフェイスを脱ぎながら彼は「鎧が黑い血で汚れたし肉片がこびり付いている! ゾンビの死体で俺達が感染症になったらどうしてくれるんだ!」と訴えるが……

「あっ対ゾンビのワクチンを打つのを忘れてた。もう感染してるだろうからワクチンではなく抗生物質の方がいいな、えーーーとどれだったか……」

「ジルーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」

 ポンと平手を打った黒ローブ姿の男は、飄々としながら影から革袋を取り出して薬瓶とか注射の準備を始めるのだった。

「ワクチンとか抗生物質ってなんなんだ? 誰か説明してくれないか」

 こう言うのは神暦1531年代だとまだ新しい技術である。魔導士の新政は理解しているが、レヴィシアには分かりにくいのであれこれ説明し、準備をしたジルは2人の腕に抗生物質を注射をしていった。

 フルアーマーの中の身体には余り汚れてないけど、まだ先があるので身体や鎧は洗わずにタオルで顔を拭くだけにする。注射を終えて椅子に座った2人は、次に水が欲しい気分直しに酒があるともっといいなぁとか要求をした。

「水か? ちょっと待ってろ」

 他の避難所と同じようにここにも簡素な台所がある。丸みを帯びた分厚いフルフェイスから頭を抜きつつレヴィシアが訴えると、そこの棚からコップを2つ取ったジルは魔法で水を注ぎいでから彼女らに渡していく。

「ぷはぁもう一杯、次は冷やしてくれると嬉しいなぁ」

「此れでいいか?」

 要望通りに魔法で冷やした水を渡しつつ、ハムやチーズで軽く腹ごしらえをした2人はジルを見ながら訴え始める。

「正直な話、私はもう動きたくない感じなんだが……」

「俺もだ」

「まだ道の半分なのにへばり過ぎだぞお前ら。そんな調子では狂騒曲の終わりにあるビッグイベントに耐えられそうにないな」

「ビッグイベント?」

「ダンジョンの終わりにはボスが居るのが普通だろ」

「どんなモンスターなんだそれ?」

「砲撃をしてるゴーレムは、正確にはスモーラホウゴーレムと言う。その親玉的な存在になるビッグホウゴーレムと言うモンスターが、アースホールの出口になる門を守っているんだ。砂で造られたそのボスは砲撃とかを受けてもびくともせずにだな……」

「もういい分かったジル。俺は戦わずに逃げるからな」

「根性を見せるんだ副団長」

「ビッグホウゴーレムは炎や雷魔法が全く効かない相手だ。此れを倒すには凍らせたり封印魔法を使うとか特殊な戦い方が……、できないよなお前ら?」

「できない! 私に期待しないでくれ」じーーーーーーーー

 フルフェイスを脱いだ鎧姿でエッヘンと胸を張るレヴィシアと、ジルは揃って新政へ視線を集めて言葉を促すのだが、「俺にもできねぇよ! 団長がどうにかするべきだ」と言い返されたので神様へと視線を集め直す。

「やれやれだ仕方ない」

 ハァとため息を一つ「闇帝なら……」とまた呟くジル。

 ジルの話し通りに避難所は砲撃されないが、追い掛けて来たゾンビ軍団がウラ〜〜ズラ〜〜〜とここを取り囲んで窓や扉を引っ掻いている。その悍ましい様子を窺いつつ仕方がないと諦めたジルは、狂騒曲のボリュームを下げる為に彼女らへ抜け道を教え始めた。

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