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 1月8日の日曜日。

 背負い籠の重さは更に鉄棒を追加して35㎏になった。

 レヴィシアと不満をタラタラ言い続ける新政は、朝7時になるとジャージ姿で走ってウンディーネの泉に行き、ジルと精霊からあれこれと修業を受ける。

 ――――そして昼過ぎ。

「基礎訓練ばかりではつまらないだろうし時間もないので、昼からダンジョンへ潜って貰う事にする。戦闘装備は全て俺が出すので、お前達が部下に命じて隠した装備は持ってこなくてもいいぞ」

「そうか漸く面白くなって来たって、出来る訳ないだろーーーーーーー」

「情けないぞ新政、それでよく副団長が務まるな」

「その通りだな」

「め……どうにでもなれ、メスゴリラの化け物体力と一緒にするな! 俺はもう疲れ果ててこれ以上魔法を使えないんだからな。此れからダンジョンへ潜って戦えとかお前らはそんなに俺を殺したのかよ」

 極寒の中を12㎞も走らされ、朝8時から12時までウンディーネやジルを相手に魔力を使いっ放し。新政はこのまま宿に戻って(12㎞をまた走る)、直ぐにでも寝てしまいたい気分なのだがそれは駄目だと2人は言う。

「人間様に合わせろってんだ化け物どもめ、俺は第2級の魔導士なんだぞ」

「何か言ったかジル?」

「しようがない奴だなぁなら此れをやろう……」

「どんな構造になってるんだそれ」

「細かい事は気にするな魔法だからな」

 ジルが影に手を翳すと骨で造られた蛇が何かを咥えながら伸び出てくる。

「ハイマジックポーションか……」

「ひとつ5万R以上する悪魔の液体だ、有難く飲むんだぞ新政」

「勝手に言ってろ」

 《人なら1日1回だけ、2日以上は間隔を開けて飲むべき薬。飲み過ぎると魂が壊れて廃人になると言う少々注意をしなければならない液体。小瓶に入っているのは原液より光り方が弱いそれを砂糖水で希釈した液体で、300㏄あるハイポーションを新政は煽りながら一気に飲み干した。》

「ポーションの一気飲みは、ソウルショックを起こすから止めた方がいい」

「ほっといてくれ」

 ハイポーションを飲むと新政の身体がぼんやりと光りだす、胃や腸から吸収された魔力が全身に行き渡って身体と一つになるまで、余り激しい運動をしてはいけない。

「私も欲しいんだがそれ」

「そうか? ならほら……」

 新政と同じようにHMポーションを一気飲み、怪我や病気が治ることはないが魔力と疲労度を回復したレヴィシアと新政は、水瓶と鉄棒が入った籠を背負うとFボードに乗って次の目的地へ向かって飛び始めるのだった。


「……そうだった、今思ったって言うか寒すぎるーーーーーーーーーーーー」

 普通に走っても寒くてFボードを使うともっと冷える。時速60㎞で空を飛んだりすると体感気温では、-15℃から更に10℃以上も下がる感じだが、修行中の2人はジャージ姿で耐えなければならなかった。

 昨日ジルに教えて貰った【マヴェール】で全身を覆い、厚手なコートのように冷気を遮断して守っても身体はジンジンと芯から冷えてくる。

「雪が降ってるんだぞジル! 分かってるのかーーーーーーーーーー」

「煩い男だなぁ」

「レヴィシアを見習って少しは黙ったらどうなんだ新政」

「景色に意識を向けて寒さを忘れるんだ新政、見ろこの雄大な景色をお前の戯言なんか一瞬で掻き消されてしまうぞ」

 曇ってるような曇って無いような微妙な空模様、静かに雪が降る眼下に広がるのは白い帽子を被った杉林。修行中でなければ雄大な銀の世界が広がって綺麗だなどと、ホットワインを片手に観光を楽しみたい所だが……

「消える訳無いだろーーーー、寒すぎるーーーーーーーーーーー」と男は叫ぶ。

「マヴェールの出力が弱いから寒さを感じるんだぞ新政」

「私なんか全然平気だ根性をだせ根性を」

「そんな事言われたってなぁーーーーーーーーー」

 銀髪を風になびかせつつ「風が気持ちいいなぁ新政」とか言いつつ、レヴィシアは空中で立て回転したり高度を上げてから急降下をするなど、後ろに付いて空を飛んで来る副団長へ見せつけるように曲芸飛行で挑発する。

 マヴェールを長い時間維持し続けるのは、上級魔法を連続で撃つように辛い事。やすりで少しずつ魔力を削られていくような感じで、この先にダンジョンで戦闘が待っていると聞かされている彼は、魔力の消費を最小限で抑えたいとか考えていたりした。

「これは命がけでやる修行だぞ新政、分かってるな?」

「言われなくても分かってる! くそぉーーーーーーーー」

 Fボードに乗って空を疾走する3人が目指すのはミューラ山の奧。ミュネスの森と木こりの集落を超えて更に谷を進む、学者が時々調査に来るだけで登山家も滅多に訪れない険しい所に造られた人口の洞窟。

 籠を背負わせて長距離マラソンをしてもいいのだが、さすがに遠すぎるし時間もないのでジルは2人をFボードで走らせる事にしたのだ。

「――――約1時間、60㎞も……」

「何か問題でもあるのか?」

「ヘビーボードを知っているかジル?」

「軍隊がトレーニングで使う魔力供給装置の付いていない、ボードの浮遊術式と推進装置だけで空を飛ぶボードだろ。危険なので一般には使用が禁止されている代物だ」

「俺達が乗って来たのはそのヘビーボードみたいなんだが」

「そうか道理で体が重いと思った」

「修行の邪魔だから魔力の供給装置は外しておいたんだ」

「ヘビーボードの訓練ってやつは普通……」

「速度を抑えつつ5〜10分ぐらい、長くても20以上は使わないらしいな。長くやると乗ってる人の魔力が尽きて墜落の危険性が出てくる」

「危ない物なんだな」

「最高速で3倍も空を飛んだぞジル、しかもマヴェールを使いながらだ」

「いい修業になっただろ。この距離を飛べるとはさすが2級魔導士だな」

「今日の修行はこれで終わりだよな」

「まだ昼の2時過ぎじゃないか、ベッドに入って休むには早過ぎる時間だぞ」

「団長……」

「時間的にはまだ早いがおやつが食べたいな〜〜」

「少し休憩にするか」


 行き止まりで岩と崖に雪しかない周囲の景色、その崖の中に人一人がやっと通れる位の小さく開いた洞窟がある。

 その前で「疲れて動けない〜〜、凍り付きそうだ、死んでしまうーー」等と、グダグダと煩い男を視界へ入れない様にしつつ、ジルとレヴィシアは鍋に雪を入れてお湯を沸かしたり、近くの木を切り倒して椅子にしたりとか休憩の準備をしていく。

 そして休憩を終えた3人は、身体を回りへ擦らないように気を付けながら、狭い洞窟を進んで開けた空間へとやって来た。

「なんか臭わないかここ」

「禍々しい空気を感じるんだが若しかして……」

「この洞窟は冥狂落坂めきらくざかと呼ばれている」

「やはりな、となると最奥にはキメラの鏡がある訳だ」

「キメラの鏡?」

「冥界に通じている三面鏡で、悪魔を召喚したり素材を使ってキメラを合成できたりする特別な鏡のことだ。普通は闇帝から許可を貰わないと使えない所だが、まぁ無くても使えるので心配しなくていい」

「心配しなくていいって……」

 レヴィシアの銀の瞳が見つめる先には、漆黒の色をした分厚い大門が立っている。洞窟内に漂う臭気はその奥から漏れ出して来るようで、触るだけで汚れてしまいそうな不気味な雰囲気を漂わせていた。

「あの先には進まない方がいい気がするんだが」

「冥界と人間界の狭間に造られた楽しい所なのに、興味が無いと言うのか」

「楽しくないだろそれ」

「今日まで3日間してきた修行で、お前達がもつ魔力量と制御力がこの試練に耐えられるものと判断する。闇帝もここで修行をしたものだが、俺が出す課題をクリア出来たらこの超純霊水ソウルウォーターを飲ませてやろう」

「ソウルウォーターだと!」

「余り美味しそうじゃないが何なんだそれは?」

 ジルが骨蛇を使って影の中から取り出した小瓶には、薄い金色をした透明な液体が入っている。彼の説明によると此れは、神や魔神と契約をした実力者が相応の力を得るために与えれる物で、飲むと自分の魔力量を大幅に上昇させる事が出来ると言う。

「……飲んだ時の反動に耐えられないと、そのまま死んでしまうリスクはあるがお前達ならまぁ大丈夫だ」

「ジルは俺達に契約しろと言いたいのか?」

「契約はいらないがお前達が闇帝を倒すのが条件だ、受けない理由は無いと思うが」

 実力は本物だが、素性を明かさない上に背後関係も全く話そうとしないジル。銀の夜明け団の2人は此奴を信じていいのかとまだ悩んでいるが、もうなるようにしかならないと指示に従うことにした。

「2人とも覚悟はいいようだな、ではこれを身に着けて貰おうか」

 骨蛇を使ってジルが影から取り出したのは鎧、それは飾り気のないスマートで銀色をしたハーフメイルに籠手や鉄靴。それぞれが身に着けたのを確認たジルは、「見て分かる通りに鎧はミスリル製だ、武器は何がいいんだ?」と2人に聞いていった。

「私はロングソードだけでいい」

「そうか新政は?」

「ルーンウィップとミスリルナイフをくれないか?」

「此れでいいか」

 中々いい魔法剣だなと受け取った武器を振ったりして、感触を確かめるレヴィシアの隣では新政が同じように鞭を振ったりしている。

 《ナイフは主に防御用で、右手に持つ魔法石の付いた霊銀ミスリル製の鞭は、一見するとただの筒に見えるがそうではない。筒の内側に呪文が刻んであって魔力を送ると魔法石の種類に応じた長い魔法の鞭が伸びる仕掛けなのだ。》

「新政に鞭で縛って欲しい女性は多いらしいな」

「そうなのか新政?」

「出鱈目を言うな!」

 いきなり変な事を言われた新政は、手近にあった岩をサンダーウィップで砕きつつ「その話は誰に聞いたんだレヴィシア」と怒りだす。

「誰って、銀の夜明け団みんなかな? 新政には隠し子がいるとか町から女性を鞭で縛って連れて来るとか、団員達は噂をしてたが本当の話なのか?」

「詳しい話を聞きたいな副団長」

「本当なら私は団長として綱紀粛正をしなければならない」

「殆ど嘘だからなそれ! モテないからって彼奴らはーーーーーーーー」

 ビシーーバシーーと新政は八つ当たりをするように鞭を振り回し、その様子を後ろから眺めつつレヴィシアは、「町とかに行くと新政はよくナンパするじゃないか。単独行動が多いがお前はいつもどこで何をしているんだ?」と更に突っ込んで聞く。

「情報収集だよ! 情・報・収・集! 団長達はそういう目で俺を見てたのか」

「うん。新政は女たらしのやり手、彼奴と飲みに行くと楽しくないってみんな言ってる」

「くそーーー彼奴らーーーーーーーーーーー」

「此れからダンジョンで戦うのに喧嘩は止めてくれよ2人とも」

「分かってるよそんな事!」 


「――――準備はいいか2人とも?」

「私は準備できたぞ」

「こっちも準備できた」

「そうかでは冥狂落坂へ通じる【愚者の門】を開くことにする」

 レヴィシアはジャージの上から、ミスリルのハーフメイルを着て背中にロングソードを背負い、新政は同じ鎧にルーウィップとミスリルナイフを装備している。

「見るからに危なそうな門だが、それを開いても大丈夫なのかジル?」

「門を開くには闇帝が持っている宝玉が必要なんだろ、どうやって開けるんだ?」

「この門と冥狂落坂を作ったのは俺なんだ。闇帝が修行と研究をする為だけに態々作ってやったんだぞ、俺が作った訳だからこうやってだな……」

 漆黒の前に立ったジルが右手を上げつつ、「魔に魅入られし愚か者に祝福を授けん闇の宴に参加する!」と叫ぶと、ギギィーーと鈍い音を立てて大きな門が開いて行く。

「ジルが冥狂落坂を作っただと?」

「なん百年も前にな。闇帝は元々聖神ルーザに使える聖教騎士団・コアナイツの騎士団長だったんだが、その神に絶望した闇帝を鍛えて対抗させるために、魔神族の力を得て覚えられる修行場が必要だったんだ」

「本当の話か? 怪しい奴だな」

「信じる信じないはお前らの自由だが……、2人ともどうしたんだ?」

 ジルが振り返るとレヴィシアと新政は、洞窟の一番後ろに下がって鼻を摘まんでいた。

「どうしたって」

「そんな臭う所に入れと言うのか」

「何かガスが溜まってるし、冗談抜きに死んでしまいそうなんだが」

「お前らは魔界や冥界に行った事が無いのか? マヴェールで体を覆えば冥界の瘴気とかは恐れなくてもいいんだが、自信が無いなら止めてもいいいぞ」

「随分と気楽そうに言うな」

「お前らはマヴェールを使いながら何時間も動けているじゃないか」

「その為のジャージ姿か」

「修行中なら維持できるが本格的な戦闘となると……」

「命の保証はしてやる。俺が後ろで見てるから安心して戦うと言い、試練を始める前にルールと注意事項を幾つか説明するぞ」

 《一、冥狂落坂には魔界や冥界から大量にモンスターが沸いて出る。

  二、空間を曲げて作った冥狂落坂は分かれ道の少ない簡単な構造だが、モンスターが    地上へ這い出るのを防ぐ為にかなり長く造られている。

  三、今回は俺がいるが基本的に命の補償はしない。》

「長いってどれぐらい?」

「全長45㎞ぐらいだ」

「本当にジルが造ったのかそれ?」

「まぁな。お前達には残りの修行日数を全て使って最深部を目指して貰う」

「全てってまさか……」

「最深部にいるボスを倒すまでここから外には出さない、テントや水に食料とか必要な物は俺が持ってるから心配しなくていいぞ」

「随分と厳しそうな修行だな」

「臆したか? 闇帝はこの距離を2、3日程で往復しながら、何度もボスを倒して強くなっていったんだ」

「闇帝、闇帝ってジルは本当に知ってるのか?」

「勿論だ、それよりどうする? ここから逃げるなら協力する話は無しだからな」

「考える時間をくれないか?」

「構わないが早くしろよ。もたもたしているとブラックウェディングが始まる前に修行を終えられなくなるぞ」

「そうなんだよな……」

 ――――そしてジルから少し距離を取った2人は、洞窟の隅でヒソヒソ話をするのだがどれだけ考えても此れしか道は無いので修行を受ける事にする。

「冥狂落坂のモンスターは無限に沸いて来るから、個々には余り拘らず先に進むことを考えるんだ。脇道が少しあるが基本的に一本道で迷う事はない、ポーションや各治療薬は本来なら自力でどうにかして貰うが今回は俺が出してやる」

「至れり尽くせりと言う訳か」

「そうだな。こんなサービスを受けながら鍛えられる機会は滅多にないぞ、お前達には知識も足りないだろうから此れも俺が教えてやろう。他に何か質問はあるか?」

「ないな」

「俺もない」

「そうか、命の保証はしてやるからそこは安心しろ。じゃあな頑張れよ2人とも」

 話を終えたジルは影の中へと沈んで消えていき、ジルが居なくなって気合を入れなおした2人は冥狂落坂へ通じる、闇宴えいえんの門を潜って奧へと進んで行く。


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