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※5

 1月6日の土曜日、午前6時。

「眠い〜〜」

「寒い寒い寒い……」

 冬の夜明け前で気温はマイナス15度、深緑色をしたジャージの下に長袖のシャツやパッチを重ね着して手袋をした、レヴィシアとアラマサは民宿の前に集合した。平気そうに欠伸と背伸びする長髪の女性に対して、髪を後ろで纏めている男は躰を震わせ手で擦りながらどうにか耐えている。

 その彼らの頭上で光っている球は【ライトボール】と呼ばれる魔法で、サイレントオーの魔導士なら誰でも使えるごく一般的な魔法。呪文を唱えると自分の意志で自由に動かせる光球が発生して、周囲を明るく照らせるのだ。

「なんでジャージなんだジル! 今は真冬なんだぞ」

「服を着すぎると動いにくいからだ。レヴィシアは平気そうにしてるじゃないか」

「あんなメスゴリラと一緒にしないでくれ。俺は繊細な……」

 バキッと見事に決まると男は横倒しになり、「雪で手が滑ってしまったんだ済まない新政」と若くて強い女性は謝る。

「レヴィシア〜〜」

「悪気は無いんだ謝ってるじゃないか」

「話を始めてもいいか?」

「始めてくれジル」

 夜間外出禁止令で見回りに来る兵士に気を付けつつ、昨晩3人が宿の外で魔法を使って見せたりとか話し合った結果、闇帝へ仕掛けるより先に戦闘力が足りない2人をジルが一から鍛え直すことに決められる。

「14日は決行日で13日は準備時間、今日から12日までの7日間でお前達をできるだけ鍛えて闇帝と戦える力を身に着けさせる。分かってるな?」

「いててて、分かってるよさむさむ……」

「新政は情けないなぁ」

「強くなる為にまず精神修行から始める」

「精神修行だと?」

「時間が無いし2人とも基本は出来ている筈なので、手加減しないぞ……」

 体を解すためのマラソンから。ライトボールで周囲を照らしつつ柔軟体操を終えた2人は続いて、雪の上に置かれた背負い籠をそれぞれ背負うように指示された。

「うんしょっと、けっこう重たいなこれ……」

「籠の中には25Lの水を入れた瓶を入れてある」

「25Lの水瓶だと! この……」

「軍事訓練だとそれ位は普通だと思うんだが、情けない奴だな」

「それは陸軍とか新兵時代の話だ! 俺はエリートで遊撃部隊なんだぞ、重鎧を着て前線で戦う筋肉ダルマと一緒にされても困る」

「筋肉ダルマ!?」

「うぉっ」

 水瓶を背負って楽に立てたレヴィシアに対して、中々立ち上がれない新政が文句を言うと誰かが後ろから籠を抑えてつけて彼は尻餅をついた。

「筋肉ダルマとは聞き捨てならないな新政」

「レヴィシアの事じゃない。一般的な話、一般的な話だから勘違いするな」

「そうか一般的な話なのか」

 背中から感じる怒気に冷や汗を流しつついい訳した新政の、話を聞いたレヴィシアはそれなばと籠を抑えていた手を離し、彼に手を貸して地面から引き起こして行く。

「辛そうだが大丈夫か新政?」

「大丈夫じゃない! この寒さに加えて25Lもなんだぞ……」

「無理そうなら水を半分にしてもいいぞ新政、まだ準備トレーニングだからな」

「情けないなぁ新政、その程度の男だったなんて私は悲しく思うぞ」

「なんだと〜〜」

 目の前にいる団長が副団長を見下しつつクスクス笑うと、笑われた男は奮闘しジルの合図に続いて一斉に走り出した。


 灰色だらけで看板など余計な物が一切ない、スッキリとした都市の道路をレヴィシア達は郊外に向いて走り抜けて行く。

 朝5時までな夜間外出禁止令の警戒を解き、道端で休憩したり朝食のサンドイッチを食べたりする、兵士達と彼女らは挨拶を交わしながら進んだ2人は、都市と郊外を分断している水堀に渡した橋を超えて更に走る。

「どこまで行くんだよお前ら……」

「まだ2㎞も走ってないじゃないか」

 首都の南西には1mを超える深い雪が降り積もり、ここから大河の間までには家とか農場が点在する穀倉地帯。そこを直進するように首都から河まで、人力と馬で除雪された幹線道路が長く続いている。

 収穫を終えた人々は寒さで家へ籠るようになり、警備兵とか漁業関係者位しか使わない寂しい道。その道をずっしりと重い水瓶を背負いながらレヴィシア達は走って行く。

「10㎞程先にあるラ・ミューティス河まで走って貰うから、そこまで頑張るんだ」

「10㎞も走るだと!」

 最後尾を走るジルが発した声を聴いて、まず足を止めたのはレヴィシアだ。振り返った彼女はさすがに距離が長いとローブ姿の男へと詰め寄り、その横には呼吸を荒げて座りこもうとする新政がいる。

「ダークロード、ラクレス・ローは倍ぐらい簡単にこなしたものだが、お前達にはまだ難しいかも知れないな」

「闇帝も?」

「どう言う意味だそれ」

「どうもこうも……好きに想像してくれ。続きを始めるぞ」

「凄く気になる話なんだがそれは兎も角だ」

「こんな状態で10㎞とか無理だ! 俺を殺す気かよ」

「軟弱な奴らだな」

 吐く息まで凍りそうな寒さの中、汗を掻いたらそれも凍るので更に寒くなり、どうにか1㎞半を超える所まで頑張った新政だったが、もう限界だと座り込んで動かない。

「大丈夫か? 顔色が悪いぞ新政」

「寒いんだよ物凄く!」

 水瓶を背中から降ろしたら体を縮めてゴシゴシと、両手であちこちを擦っている長髪の男は唇が紫色でガタガタと震え始めている。

「レヴィシア、ちょっと新政を温めてやってくれないか?」

「分かった任せろ」

「やらなくていい! レヴィシアお前は何もするな、俺は平気だから……」

「まぁそう遠慮するな新政、私に任せておけば大丈夫だから」

「目が笑ってるぞ! 慣れない事はするんじゃない火傷をしたらどうするんだ」

「大丈夫だって……」

 道路の上を後ずさる新政をレヴィシアは追いつつ、右手に赤く燃える炎の塊を作り出すと相手へ投げつけようとした。

「ちょっとまて」と後ろから彼女のを掴んで止めたのはジルで、「そのまま投げたら新政は大火傷になるぞ、もっと考えて魔法を使うんだ」と注意する。

「どうやればいいんだ?」

「それはな」

 レヴィシアから手を離したジルは前に回ると、彼女へ深呼吸して炎魔力をコントロールして密度を下げつつ広げるように教えるが……

「私には難しくて出来ないんだが」

「肩から力を抜け、指先まで意識しつつ魔力を優しく繊細に広げるんだ」

「えーーーっとこうかな?」

 ゴウッと数倍に燃えがる炎の塊、下げる所か逆に上がった火力を見てジルの後ろに隠れていた新政は、「テストしろテスト! 一度試してから俺に使うんだレヴィシア」と彼女へ訴えていった。

「もういいレヴィシア、お前の性格はよくわかった。これは教えるのが大変だ……」

 ジルがパチンと指を鳴らすとレヴィシアと新政の周囲へ、ブワッと温風がいきなり湧き上がり冷えた体を温め、雪とか汗で濡れた服や靴が乾いていく。

「さすがだなジル」

「レヴィシアじゃなくて良かった」

「新政ーーーーーーー」

 炎の塊がフェニックスガルーナに変化する、目を吊り上げて炎魔法を放とうとした女団長に対してジルは、「一々怒るなレヴィシア! 本当のことを言って何が悪い」と自制するように促していった。

「う〜〜〜」

 言い返せず不満そうに口を結んだ彼女を宥めつつ、新政へ水瓶を背負わせ直したジルは再び走るように指示を出す。

「だからそれは……」

「此れから朝夕10㎞を毎日走って貰う、走る度に重量を上げるから頑張るんだぞ」

「ふざけるな!」

「体を鍛えればそれだけ魔法による身体強化も強くなる、文句は無いな2人とも?」

「情けないぞ新政、お前はそれでも男なのか?」

「くそーーーーやればいいんだろやれば!」

 

「背筋をまっすぐ伸ばして手を振れ! 前屈みになると走りにくいし体幹トレーニングを兼ねてるから真剣にやれ真剣に、新政」

「分かったよ! ちくしょうめ……」

 ぶつぶつ文句を言いながら、雪に覆われた田畑を両横に眺めつつ彼らは走る。時々ジルの温風に温めて貰いつつ、左から昇る夜明けの太陽の暖かさに感謝しながら進み、レヴィシア達は1時間半程でラ・ミューティス河の畔まで辿り着いた。

「今思ったんだが……」

「どうした新政?」

「こんな所にいて俺達は大丈夫なのか?」

「どういう意味だ?」

 ジルが見つめる方向に釣られてジルとレヴィシアも北側を見る。そこにあるのは焼け焦げた鉄橋と川に落ちたバレット号の上半分、距離にして300mもない感じで幾人かの兵士が見張っていたりするのだ。

「大丈夫だと思うがなぁジル?」

「なぜ俺に聞く?」

「ここへ連れて来たのはジルじゃないか」

「そうだな……」

 戦闘中はみんな鎧や兜を着て顔とか体を隠していたし、近衛兵は全滅して戦っていた魔神族はどこかに逃げた。目撃者は居ない筈だし辺に構えず普通にしていれば、特に心配する必要は無いだろうと言う結論になる。

「お前らが使っていた鎧や武器はどうしたんだ、どこかに隠してあるのか?」

「サイレントオーは銃刀法が厳しいから、部下達に預けて適切な場所へ隠すように頼んである。戦いで必要になったら取りに行くさ」

「そうか。では訓練の続きを……」

「もう終わっただろジル」

「準備トレーニングをしただけじゃないか」

「寒中水泳とか絶対にやらないからな!」

「精神修行をするって始めに言っただろ。寒いと思うから寒くなる、心頭滅却して努力すれば酷薄なミューティスに振り向いて貰えるかも知れないぞ」

 《【ミューティス】とは、ここセントラルガルドで嘗て信じられていた神の一人で大地の神ルーザの妹、水を司る女神のこと。機嫌がいい時は恵みを与えて厳冬期など機嫌が悪くなった時は、酷い事をすると言う二面性を持った女神になる。》

「俺は宗教家になった覚えはない!」

「今はミューティスとは呼ばれてないな」

「ラ・ミューティスは、非道な神である大地の神ルーザや太陽神ラザッハを、闇帝側に寝返って共に倒した聖女として信仰の対象にされている」

「今の大地の神ミューラと太陽神ラティスはミューティスの子供達って、そんな事はどうでもいいんだ! 俺が言いたいのは……」

「河へ飛びこむわけじゃないから心配するな、結果は変わらないと思うがな」

「どう言う事なんだ?」

「こっちだ付いて来い」


 首都から幹線道路を進んで辿り着くのは漁港にして水運の中心地、河の畔にはコンクリートで固められた河港が広がっている。倉庫やら陸に上げられた漁船が周囲に並び、人影が殆どいない港から更に進んだジル達は暫く歩いて立ち止まった。

「凍った河で何をやらせるつもりだジル?」

 《毎年11月の下旬から始めて年が明ける頃には完全に凍りつき、3月〜4月の春が訪れるまでの数か月間、ミューティスは硬く心を閉ざしたまま開かない。誰かに振られたせいだとか兄に虐められて拗ねたから、酷薄になった女神様は人間に辛く八つ当たりをしているんだと語られている。》

「取り合えず脱いで貰おうか」

「なんだと!」

 ジルに言われて即フェニックスガルーナを構えるレヴィシアったが、その為にジャージの下へ水着を着て来たんだと思い出して指示へ従うことにした。

「……なんだスク水かよ」

「文句でもあるのか? 私は此れしか持ってないんだ」

 トランクス1枚の新政は引き締まった体つき、筋力はそれなりで体格はあまり大きい方ではない。一方のレヴィシアは上から下までしっかり覆うタイプで、胸は大きく鍛えれたモデル体型だが面白みに欠けるようだ。

 ビューーっと風が吹いたら「ハーックション!」、風邪を引くかも知れないなと2人は思いつつラ・ミューティス河へ近付いて行く。

「は、早く始めてくれジル。寒くて凍えそうだ俺は長くもたないからな」

「これからもっと寒くなるのに今からそん調子で大丈夫か?」

「もっと寒くなるだと」

「つまりだな……」

 ジルが包帯の巻かれた右手を凍りついた河に向けつつ魔力を送ると、バキバキと豪快な音を立てながら凍った河が割れて行き、その下から半径1m位もある水の球が2つ空中に浮かび上がってきた。

「まじか……」

「何を驚くんだ新政?」

「あれは魔法じゃない。魔力だけで分厚い氷を割って、そこから水の表面を覆って持ち上げているんだ」

「よく分からないな」

「試してみれば直ぐに分かる。ほら……」

 ジルが右手をレヴィシア達に向けると浮かび上がった水の球が、2人の頭上までやって来てジルは彼女らに自分で支えるようにと指示を出す。

「支えるって?」

「こうやるんだよ」

 すっとジルは両手を天に伸ばして掌から魔力を放出し始めた。これは魔導士がよくやるトレーニングで固形物なら楽だが、水のように柔らかい物だとそうはいかない。これを支えるには高い集中力と潰さないように全体を覆う、繊細な魔力のコントロールが必要であり階級の高い魔導士でも困難だとされている。

「水球を放してもいいか?」

「まだ駄目だぞジル、もう少し待ってくれ」

 (片手で軽々と2つもやりやがってあの野郎……)伸ばした新政の両掌からモヤモヤと水蒸気のように伸びるのが魔力であり、それが段々と水球を覆っていきやがて全て覆いつくされた所で、ジルは水球を手放すと新政に受け渡した。

「よっと……」

「よし、新政は魔力の制御がきちんと出来るようだな」

「これぐらい出来て当たり前だ」

「そのまま30分支えているんだぞ、その間に俺はレヴィシアへ教えるからな」

「30分もだと! くそ」

 直径1mの水球は500㎏以上もある、並みの魔導士では支える所か直ぐに水を被ってしまうが、空中で支えられる新政はさすがと言った所。水球は自分の真上にあって気を緩めたら氷水を被ることになるので彼は頑張った。

「寒い寒い寒いこんなの無理だ、寒い寒い……」

 冷風に吹かれつつ頑張れる新政はいいが次は問題で……

「予め断っておくぞジル」

「レヴィシアに出来ないのは分かってる。分かってるが新政のを真似して同じようにやって見るんだほら……」

 言われたようにやってみるレヴィシア、両手を高く上げた彼女は魔力を送りつつ水球を包もうとするけど、どうにも上手く行かずに途中で止まってしまう。

「魔力が先の方で塊になってるぞ、もっと先まで手を伸ばすように意識を集中して全体へ広げるようなイメージを持つんだ」

「こ、こうかな……」

 水球を見上げる銀の瞳が真剣になるとどうにかしようとし、もたつきながらも何とか水球を魔力で覆えた彼女は受け取ろうとする。しかし、レヴィシアが受け取ってジルが水球の制御を放すと直ぐに崩れて、「キャン」とか言いながら彼女は頭から大量の氷水を被ってしまうのだった。

「お前は可愛い声も出せるんだな」

「ゲホゲホッ、頭が取れるかと思った……」

「ただの水とはいえ500㎏もあるからな、油断してると危ないぞ」

「っと……」

 よそ見をすると球状から楕円形に変わり、崩れそうになった水球をジルは支え直す。

「ハックシュ」

 ずぶ濡れになったレヴィシアはクシャミをし、何だか寒そうな彼女は体が震え始めて新政も、これ以上は支えていられないと訴え始めた。

「心頭滅却すれば氷水でもホットワインになる。気合が足りないぞお前ら、そんな調子ではラ・ミューティスに笑われるだろうな」

「気合でどうにかなる問題じゃないだろ」

 太陽に照らされる純白の世界はだんだんと気温が上昇していくが、それでも氷点下を上回ることはなく、ジンジンと体の芯まで冷え手足が悴んできて少し痛い。

「凍傷になる前に私達を温めてくれないかジル?」

「しようのない奴らだな少し休憩にするか」

 新政から水球を回収しジルが指を鳴らすと、温風が広がってそれぞれの体が温まり濡れたレヴィシアの身体が乾いて行く。

「まぁ座れ座れ……」と骨蛇で影から2脚の椅子を取り出したジルは、ジャージに着替えた2人を座らせていく。続けてジルはバスケットと水筒を2つずつ、影の中から取り出してそれぞれを彼女らに渡した。

「これは?」

「お前達の朝食だ。宿の主人に頼んでおいた物で水筒にはオレンジジュース、バスケットにはサンドイッチとフライドチキンが入ってる」

「やっと朝飯かこのまま飲まず食わずかと思ったぞ」

「どうせなら暖かい物にしてくれよ」

「次はそうしよう。食べたら続きをやるんだぞ」

「それなんだがジル……」

 寒いからもっと厚着をしたいと訴えた2人に対してジルは、寒いなら身体強化魔法でどうにかすればいいんだと応じなかった。


「――――コツが掴めて来たぞ軽い軽い」

「さすが銀の夜明け団の団長だ、レヴィシアは呑み込みが早いな」

「もっと褒めてくれ」

「化け物どもめ」

「まだその程度なのか新政? 私なんかほら……」

 魔力の制御が中々うまくいかずに、最初の時間こそ水を被り続けたレヴィシアは新政に笑われていたが、感情に任せて全魔力を放出すると水球の維持に成功する。一度コツが分かれば簡単なもので昼を過ぎる頃には……

「嫌がらせのつもりかレヴィシア?」

「私は化け物だからなぁーーーーーーーー」

 両手を掲げて彼女が制御する水球が新政の方へ近づいて行く。空中で並べると分かるがレヴィシアが支えている水球の重さは新政の約3倍、1.8Mで3t近くと凄いサイズにまで拡大していた。

「この氷水を新政に落とすとどうなるんだろうな?」

「くそこっちだって」

 まだ幾らか余裕があるレヴィシアがニコニコしつつ、新政の頭上で水球を停止させるとそれへ対抗するようにもう一人も動かし始める。

「魔力ラインを交差させるな、お互いに干渉しあって制御できなくなるぞ」

 《【魔力ライン】とはレヴィシア達が水球を維持する為に、両手から送っているモヤモヤとした魔力の流れの事。》2人がそれぞれの方へ水球を送ろうと移動させたら、魔力ラインが絡んで交差する形になり、プツッと切れたらドーーーーーーーーーと大量の氷水をそれぞれ被ることになる。

 そして「キャーーーー」「どわーーーー」っと、水に押し潰された2人は氷の上でうつ伏せ状態になり、どこか痛めでもしたのか暫く起き上がろうとしなかった。

「大丈夫かお前ら?」

「ううう冷たくて痛い」

「イデデデ寒い、なぜ水着なんだ」

「遊び気分でやるからそうなるんだ。氷の上に寝ていたら風邪を引くぞ早く立て」

 痛いだの寒いのと訴えながら立つ2人をジルは温風で乾かしてやり、制御が上達すればこういう事も出来るようになるんだぞと、彼女らが椅子に座って休憩をしている間に曲芸じみた事をやり始めた。

 まずジルは左手から魔力を送ると、割れた氷の間から1Mサイズの水球を5個ほど呼び出して空中に固定し、右手も同じように5個の水球を浮かび上がらせる。

「人間技じゃないな」

「ジルはいったい何者なんだ」

 空中に浮かんだ5個の水球を見上げていた2人の視点が低くなる。水球がその位置まで下がって来たからで2人が見つめる前で、ジルはお手玉を始めるのだった。

 手まり歌を口ずさみつつ500㎏の水球10個がグルグル回ると、レヴィシアと新政は手を叩いてそれを褒めた。続いて一つに纏まった氷水は、ひも状になって蝶結びになったり家の形に変わる等と様々な形に変わっていく。

「そんな事まで出来るんだな」

「大したものだ」

「訓練次第で何でもできるぞ。もう休憩はいいだろ、次は左右の手で一つずつ水球を支えて貰うからな。此れが出来ると戦闘でかなり役に立つ」

「両手でも大変なのに片手でやるのか」

「戦闘とは?」

「よく見てろよお前ら」

 水の塊を河に戻したジルが改めて両手を前に伸ばすと、左右の手からそれぞれ炎の紐のような魔法がまっすぐ伸びて行った。

「な役に立つだろ?」

「ただの炎を伸ばしているだけだよな?」

「そうだぞだが……」

 ジルが伸ばした炎は鞭のように自在に変化する、氷を叩いて割ったり巻き付いて溶かしたりとか、片方を剣に変えもう一方を盾にして装備したりもした。

「攻撃魔法もアイデア次第で変化を付けられるし、魔力量しだいだが制御が上達すれば上級魔法もこうやってだな……、フェニックスガルーナテムス」

「バカな」「こんなのありない」

 テムスとは10発の事、レヴィシアが使ったような翼をもつ炎の大蛇が、ジルが掲げた両手の上に現れてメラメラと燃え盛り始める。これは相当の大火力であり一個中隊なら消し去れる程の威力になるだろう。

「高位魔族を圧倒できる訳だ」

「蛇のサイズは私のより大きいし、爆発したらどうなるんだこれ?」

「こうなる」

 ドッゴーーーーーーン、ジルの呟きに合わせて天に昇った蛇達はある程度の高さで一つに纏まると、巨大な雷が落ちるような轟音と共に大爆発をする。

「これは凄い、私も使いたいな……」

「確かになあっジル!」

 ピーーーーーーーーーーーーと警笛が鳴り響く、笛を吹いたのはジルが複数の水球を作り始めた頃から、(何か変だぞ)と鉄橋付近で監視をしていた兵士達で、大魔法の轟音を聞いて一斉にこちらへ駆けつけようとしていた。

「ジル〜〜〜〜」

「どうするんだよこれ」

「どうやらやり過ぎたらしいな」

 ジルが影に手を翳すと2匹の骨蛇がそれぞれFボードを咥えつつ顔を出す。

「俺は先に逃げるからお前らもちゃんと逃げるんだぞ」

「先に逃げるって、あっずるいぞ1人だけ!」

 言うが早いか黑いローブ姿のジルは影の中に沈んで消えて行く。骨蛇からFボードを受け取ったレヴィシアと新政は、それに乗ると全速力で空を飛び始めるも追って来る兵士達はかなりしつこくて、振り切れたのは太陽が夕日に変わり始めた頃だった。

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