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「それで次の攻撃目標は?」
「ブラックウェディングだ」
「となると第2日曜日で1月14日、9日後になるな」
《ブラックウェディングとは∞E機関に繋いだ、花嫁達を入れ替える日のことで1月1日に皇帝の城へ運び入れた後、調整期間を置いてから行われる神聖な儀式のこと。》
「ブラックウェディングには必ず皇帝が出席するからそこを狙うんだ」
「黒の花嫁が居ないのに儀式なんか出来るのか?」
「驚くなよレヴィシア……」
「ただの人形だっただとーーーーーーー」
バンッと両手でテーブルを叩いたレヴィシアは勢いよく立ち上がり、前のめりになりながら抗議をしていった。
「どういう事だそれは! 黒の花嫁に関する情報は新政お前が……」
「調べたさ。黒ユリ園に潜入したり駅からバレット号に至るまでしっかり調べて、確証を得た筈なんだが何故こうなったのやら」
「今にして思えば……」
高位魔族が花嫁の護衛についていたのは変だった。彼女らが襲撃するのを事前に知っていたような厳戒態勢で、レヴィシアが魔導機関車を両断しなかったら近衛部隊に高位魔族を加えた混成部隊に、銀の夜明け団は壊滅していたかも知れない。
「私達の情報がどこかから漏れてるんじゃないか?」
「さぁな。それは此れから調べるとして、ブラックウェディングは予定通りに行われるから襲撃する準備をしなければならない。ほら此れだ……」
「新聞か、第一面にブラックウェディングを執り行なうと書いてあるな。なに、間抜けなテロリスト達に天罰が下されただと!」
勝てもしないが負けもしなかった戦い、(2人も犠牲者を出したのに……)とレヴィシアは体を震わせながら新聞の続きを読んでいく。
「バレット号改が破壊された事は一言も書かれていないだろ。新聞に載っているその写真は古い物か偽物だろうな、偉大な皇帝様とその近衛部隊はテロリストを撃退して、黒の花嫁を守り切ったという話になっている」
「ふざけるなぁーーー」とレヴィシアは、怒りに任せて持っていた新聞をビリビリーーーーーーーと2つに引き裂いた。
「何があったか知らないけどさぁあんた達、もっと声を抑えてくれないかい?」
飾らない灰色の服を着ているレヴィシア達は、安っぽくて拭き掃除も碌にしない長テーブルに向かい合って座りつつ昼食を食べていた。その彼女らに横から話し掛けるのは灰色のワンピースの上から、同色のエプロンを付けた宿屋の女主人。
長い髪をしたふくよかな中年の女性で、昔は美人だったろうが今は見る影もなく仕事に疲れているのか気怠そうに見える人。
「昼間の人が少ない時間でよかったねあんた達。民間の宿(違法)で幾ら自由だって言ってもどこで誰が聞いてるか分からないんだ、余り危ない話はしない方がいいよ」
「どこまで聞いていた?」
「私は何も知らないねぇけどさ……」
何かを期待するようにレヴィシア達へ、すぅと伸びて来るよく働いているようなごわついた手。彼女の口封じも考えたテロリスト達だが、その手に財布から取り出した2万Rを握らせた団長は「ばらしたら命は無いぞ」と脅しをかけていく。
「おお怖い怖い、無関係な私は早々に退散するとしようかね」
「食べ終えた食器を片付けたら、食後のワインを瓶ごと持って来てくれ2本だぞ」
「摘みも忘れないでくれ、何でもいいから2人分な」
「分かったよ」
〘外来区:海外から来た観光客や労働者達を集めて管理する区画の事。〙
《4日目はジルから貰った酒を飲み明かし、明けた5日目に問題を起こして居ずらくなった4号ホテルからレヴィシア達は出てきた。そんな彼女達が今いるのは外来区の奥まった所にある民間の宿泊施設だ。(違法)
ここはコンクリート製の3階建てで建前は賃貸しのアパートだが、宿のように一泊幾らで部屋を貸している所。1階に食堂があるが各部屋は狭くて汚く、レヴィシア達のように堂々と部屋を借りられない、後ろめたい所がある人達がよく使う宿になる。》
「さてどこまで話したかな?」
女主人が皿やコップ等を積み重ねて運んで行って、居なくなると話を再開。女主人が話していたように昼の食堂には人がおらず、今ここで長テーブルに座っているのはレヴィシアと新政の2人だけ。
「私が新聞を破いた所からだな。くそっ面白くない!」
破いた新聞をクシャクシャに丸めたレヴィシアが、壁に向かって投げつけると「ゴミを投げ捨てるんじゃないよ!」って怒られた。食器を運んで行った女主人は、同じ部屋にある調理場で何かを作っている。
「御免なさい」とそれを拾ってゴミ箱に捨て直した彼女が、長テーブルに座り直すと新政は潜めた声で「ブラックウェディングを襲撃する為の、下見と準備を此れから始める訳だが昼間は目立つので夜に調べに行くからな」と話す。
「そうか頑張ってくれ、私は宿でお前が帰って来るのを待つことにするよ」
「手伝ってくれないのかレヴィシア?」
「そう言うのは新政の仕事だろ、だいたい以前に私が一緒に行ったらガサツな女とはもう組みたくない、此れからは一人でやるって言ったじゃないか」
「そんな事あったかな……」
「あったぞ。帝国軍の輸送車を襲う前に敵基地に潜入して、輸送車両の進行ルートを調べた時のことだ。私は娼婦の格好までして頑張ったのに新政に怒られた、酷く傷ついたからそう言うのは二度ともうやらない」
「思い出したぞあれはレヴィシアお前が、俺の指示を待たずにズカズカ進んで警報を鳴らしたからだ! ……ってよそうこの話は」
「そうだな精神的に良くない」
2人とも長い溜息をついて気を落ち着かせると、建設的な話を始める。
「それでどうなんだ新政、お前は私が協力しないと調べられないのか?」
「1人では難しいがレヴィシアには頼まない。だが他の団員もそれぞれ仕事で……」
ムスっと頬を膨らませた彼女は、顎に手をやりつつ考える新政の言葉を待つ。
考えている様子が様になる男、綺麗な肌に女のような美形をしていて、うつむき加減で考えるこの仕草はレヴィシアは好きだった。何かを考えているらしい彼は普段はもっと早く答えを出すのだが、いい案が中々出てこずそうこうしていると……
「あのーーーーーーもし宜しければですね」
「お前は呼んでない!」
「邪魔だ引っ込んでろ!」
「そうですか、俺は邪魔なんですか」
何処かからいきなり沸いて出る黑いローブ姿の男。レヴィシアの隣に現れたその男は直ぐに批難されるので、肩を落とすと影の中に沈んで帰ろうとした。
「あっちょっと待てジル!」
「貴様には聞きたい事があるんだ!」
「はいなんでしょう?」
「まずそこに座れ」
「はいはい」
長テーブルがあると邪魔なので隅に寄せた彼らは、椅子を三角形に奧とそれぞれに座りながら話を続ける。
「それで何が聞きたいので御座いましょうか?」
「まずその気持ち悪い丁寧語を止め貰おうか」
「宜しいので? では遠慮なく」
「貴様は一体なにものだ? 人間じゃないだろ」
「ジルは偽名だが名無しの権兵衛だ、人間ではない偉神と言った所だな」
「聖神族か? それとも魔神族なのか?」
「どちらでもない。知ってる人は分かるが話しても面倒なだけだし、革命が達成されるまで俺の正体は知らない方が利口だぞ」
「冥界の眷属なら聖神族でも魔神族でもない、死ねば皆同じ所へと落ちて行く」
「そういう事にしておこうか。骸骨を使役してるしな」
「使役だと、骸骨はジルの物じゃないのか?」
「骸骨は俺の物じゃない。冥王に話を付けて自由に使える契約になってる」
「なんて怪しい男だ……」
「そうだなレヴィシア」
レヴィシアと新政は揃ってジルを睨みつけたが暖簾に腕押し。顔に布を巻いていて表情は分かりにくいが、にっと笑った様に見える男はまずはと話し出した。
「銀の夜明け団に革命を起こせる力なんて無いよな」
「なに」「それは……」
ふざけるな! と2人は怒りだしたかったが冷静にその理由を聞いていく。
「話を聞く気はあると理由は……」
【銀の夜明け団には協力を約束したサイレントオーの州とか属国がない。】
「うぐそれは……」
「なぜ知っているジル!」
「こっちはプロなんでねやり方は色々ある。小さな組織なんか幾らあっても無駄だし約束なんか出来る訳がない、サイレントオーではない外国はどうなんだ? どこか協力の確約を取り付けているのか」
「そんなものは無い。サイレントオーは他の国とは全て戦争状態だ、今は休戦しているが協力要請なんかしたらこの国の領土と領海が奪われてしまう」
「状況は理解はしているようだな。それで、どうやって革命を起こす?」
「だから私達は……」
ダークロードの抹殺、∞E機関の破壊、黒と黄色の石板の破壊、護国石の強奪等とかレヴィシアは具体的な目標を上げていき……
「ふむ。まず皇帝の力の象徴を破壊して銀の夜明け団の力を証明してから、尻込みをしている州長か属国の協力を取り付けたいと。悪くはないが足りないな」
「なにが足りない?」
「皇帝を倒して新しい国にする理由さ、つまらないだけでは誰も付いて来ないんだろ」
「それはそうだ、だから私達は……」
前ヴェルラ王家を始めとする殆どの王族・貴族・民衆が崇めていた、聖神ルーザ兄妹を信じている【聖教騎士団・コアナイツ】、大陸から追われて海外に逃げた奴らの手を借りようとレヴィシア達は言う。
「聖教騎士団が海外に追い出されたのは、340年も前の話だし今の奴らは他の聖神族に吸収されて一つになってる。海外の力を借りたくないならそれは止めた方がいい」
「そうなんだよな」
「お前らは聖教騎士団が国から追われた理由を知っているのか?」
「王族や貴族と組んでやりたい放題をやったからだ」
「豪華な神殿を立てさせたり、神への寄進と称して民衆へ重税を掛けさせたりとか、学校の歴史授業で習うやつだな」
「それは大棟正しい、ダークロードが大陸を平定するまで酷い有様だった」
「まるで見て来たような言い方をするな」
「人でない俺は長生きだから実際にこの目で見て来たんだ。聖なる何とかとか偉ぶる奴らは大抵おかしいからコアナイツを信じるのは止めておけ」
「それで、その話がどうしたと言うんだジル?」
「海外に頼らず味方の居ないお前らの革命ごっこでも、俺に縋れば帝国を倒せる程の力が手に入るかも知れないぞ」
「冗談しては酷過ぎるなそれは」
「貴様はいったい何者だ!」
「だからそれは……」
名無しの権兵衛、革命が達成されるまでは知らないままでいる方が利口だと、ジルは繰り返すのだが信用して貰える筈もない。
「信用しないならそれでいい、俺はお前達へ勝手に付いて行くだけだからな」
「確認だが名無し、ジルでいいか。お前が銀の夜明け団に入りたがるって事は、革命を越せるある程度の目算はある訳だよな?」
「まぁな。今ここで話すつもりはないが、レヴィシア達の理想通りにはなると思うぞ」
「だがお前は信用できない」
「ストーカーは断じてお断りだからな!」
「ストーカー?」
「私達が信じなくても、ジルは勝手に付いて来るって言ったじゃないか。人の話を盗み聞きしたり私をつけ回したりしてその……」
「性的な意味なら心配らないぞ。俺は興味が無いし、男勝りなレヴィシアを襲おうなんてバカな居ないから安心していいと思う」
「お前もか、お前もそれを言うのかジル……」
それを言う奴にはこうするのが流儀だと、すっくと立ち上がったレヴィシアは右手を上げつつ「フェニックスガルーナ」。
「室内だぞ落ち着けレヴィシア!」
翼を持った大きな炎の蛇、少し肌寒かった部屋の気温を上昇させたそれは、メラメラと燃え盛りつつ周囲を明るく照らした。新政は彼女を止めようとするが、男を蹴散らせるレヴィシアは耳を貸さず、「ここで魔法を使うんじゃないよ!」調理場から叫んだ女主人にも従おうとしない。
「謝るなら早い方がいいぞジル」
「早く謝るんだジル!」
「そんなに気にするような事なのか?」
「私はなぁーーーーーーーーー」
むさ苦しい男ばかりが集まる組織に咲いた紅一点、この手の話題には出来るだけ触らない様にするのが暗黙のルールであるが、偶にこうやって無神経に触れる男がいる。相手はレヴィシアより強いので謝ろうとせず、(ジルなら魔法をぶつけても大丈夫か? ならば遠慮せずに――――)と彼女が魔法を放ちかけたその瞬間だった、
「ディリップボイス(強制魔法消滅呪文)」
椅子に座っているローブ姿の男が右指をパチンと弾くと、レヴィシアが構えていたフェニックスガルーナが何かに搔き消されるように霧散、消滅してしまう。
「ばかな上級魔法だぞ!」
第2級魔導士である新政は知っていた、能力のある魔導士が格下の魔法をこうやって打ち消すことが出来るのを。だが魔法を打ち消すにはそれの数倍は魔力が必要で、まして上級魔法以上ともなればほぼ不可能に近い。
(レヴィシアの話は話半分にしか聞いていなかったが、指先でマッチの火を消すように簡単にだと。ジルは少なくとも高位ではないまさかな……)
「顔が青いぞ新政、上級魔法だからどうしたと言うんだ?」
なぜいきなり魔法が消えたのか分からないレヴィシアはポカンとし、1人で真剣に悩んでいる新政は冷や汗を掻きつつジルを見つめていた。
「後で説明してやるレヴィシア、それよりジル」
「なんだ?」
「お前は本気でサイレントオーを倒せると考えているのか?」
「考えてるな。予測が正しければお前達は少なくとも闇帝は倒せる、俺が力を貸してそこまで押し上げてやればの話だが」
「そうか。だが倒したとしても後が問題なんだ、俺達には新しい政府を作れる力が無い」
「今は何よりも力を示すことが必要だ、政治問題には対策が既にある」
「既にあるだと?」
「まず力を示せ、俺を納得させることが出来たら続きを教えてやろう」
「何様のつもりだ貴様」
「レヴィシア、いいんだそれは」
ジルの話を信じていいのかどうか新政は悩んでいた、相当の力はあるようだが話が出来過ぎているようにも聞こえる。(信じて裏切られたら恐らく皆殺し、ジルが本気になれば銀の夜明け団ぐらいは楽に潰せそうだが……)
「まあ差しあたってまずやる事と言えば戦力強化だな。特にレヴィシア、本気で闇帝と戦うつもりなら力が全然足りてないぞ俺が教えてやろうか?」
(俺達に力を与えると言うか。どんな物かは知らないが貰っておいて損はない筈だ)
「私はお前が信用できない」
「言い方を変える、俺に教わらなかったお前は闇帝に瞬殺されて終わりだ。最初に会った時にも話したが、高位魔族と戦える程度で満足する遊びならここまでにしておけ。それから新政お前の力も見ておきたい」
「いいだろう表に出ろ、俺の戦い方をお前に見せてやる」