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※2
《フライング(F)ボードについて。
此れはミスリルス製のスケードボードの、裏側に付いた魔法石で重力を遮断し、後ろにある魔法石から風魔法を発生させて進む装備。自身の魔力若しくはタンクに溜めたエーテルを消費して飛行し、最高速度は60㎞程とそんなに速くはなく、世界中で一般的に使われているマジックアイテムの一つである。》
「全員突撃だ! 花嫁を奪えーーーーーーーーーーーーーーーーー」
銀の夜明け団に属する戦士達はFボードと体を前に傾けつつ、目一杯飛ばしてバレット号の残骸を追い掛けていた。焦げ臭くて死体も散らかる鉄橋を通り抜け、惰性だけでかなりの距離を走って行くそれを、追って進むと何やら変なものが前から迫って来る。
「ぶっ殺してやるぞ貴様らーーーーーーーーーーー」
体の半分位はありそうな大きな戦斧、両刃のそれに雷の魔法を宿しつつ振り上げて勇ましく突撃するのは、サキュバス姉妹の姉リリスであった。
「戦闘配置! 散開して敵を取り囲むんだ」
「了解」
Fボードを立てて空中で急減速し、敵を囲むように左右へ散った戦士達に対して、リリスも急減速すると散開した戦士達の内、その1人の追うように右旋回する。
戦術的にこれは間違いだ。
リリスがその1人を追っている間に、他の奴らが残骸の方に行って花嫁を奪おうと動くからであり、味方の居ない彼女は壁となって戦わなければならないのに、リリスにはそんなのつもりなど全くない。
(黒の花嫁がどうなろうと私は知らん!)ただ憂さ晴らしをしたいだけ、嫌いな皇帝の花嫁が攫われても知った事ではなく、(人間如きがーーー)と猛スピードで迫ったリリスは最初の一人に目掛けて戦斧を振り抜いて行く。
戦士はリリスから逃げようとしたが、Fボードより翼で飛ぶリリスの方が速いので追い付かれてしまった。
「ライトニングアックス!」
「うわぁーーーーーーーー」
慌てた彼はライフルを捨てると腰から鋼の剣を抜くも、その剣ごと横に振ったミスリルの戦斧に両断されてしまう。
「サイラスーーーーーーー」
「はっはっはぁーーーーーー次は誰にしようかねぇ」
「撃て、撃てーーーーーーーー」
近衛が使う6.4㎜弾に対して一世代前の7㎜弾、ミスリル弾が無いので魔力耐性が弱い鉄の弾丸と頼りない装備であるが、残った9人の戦士達は銃身の長いライフル銃を使ってリリスを撃ち落とそうと射撃を開始する。
「なんだいその貧弱な装備は! ウィンドアーマー」
リリスが呪文を発動させると、小型竜巻のような風が体の回りに発生してそれが銃弾を弾き返していった。常時発動させるこの魔法は消耗が激しいので、扱える人間は中々おらず魔神族にも余りいないがリリスは高位魔族である。
魔力の消費など気にせずウィンドアーマーを使い、更に速度を上げたリリスは2人目の目標を決めると突き進んで行く。
「そらそらーーー、早く逃げないと死んじまうよーーー」
乱射できずに一定間隔で撃つ。8人が正確に狙いをつけて撃ち続ける銃弾の雨を、ものともせずに向かって来るリリスに対し、サイラスと同じく役に立たないライフルを投げ捨てた2人目は、鋼の剣を抜くと炎の魔法を宿らせる。
「ファイヤーウェポン」
「魔力が低すぎて笑いが止まらないね」
上段から斬りつける剣と、水平よりやや下側から振り上げる戦斧が空中で交差する。振り下ろした戦士は少しはと思ったが、折られこそしないものの凶悪なリリスの一撃で刀身を斬りこまれ、彼はその勢いのまま下の地面に叩きつけられてしまう。
「ぐはっこの……」
背中に走った激痛、ヘルメットのおかげで失神しなかったが頭も痛い。まさかあばら骨も……とか歯を食い縛りつつ、地面に手をついて立とうとし顔を上げると、そこに自分を見下ろして笑う悪魔の顔がある。
「止めろーーーーーー」とか叫ぶ間達が、サキュバスへ斬りかかるも間に合わない。
「サンダーシクスレイ!」
手放した戦斧を魔力で側に浮かせつつ、両手を重ねるように下へと突き出すリリス。彼女が放った雷の直線魔法は、その先にある六芒星で増幅されると轟雷となって、地面に寝ている戦士に突き刺ささる。
「うわぁーーーーーーーーー」
「トーマスーーーーーー」
「あはははは愉しい、愉しいねぇ」
雷の上級魔法で消し炭になった戦士を見下ろしつつ、赤髪で豊満な体つきをした女悪魔は声をあげて笑うと、舌なめずりをしながら次の相手を探していく。
「散開して取り囲むのは止めだ集合しろ!」
2人の死にざまを見て作戦を変えた戦士達が、一か所に集まり始めて少々面倒になるも纏めて斬るだけだと、前屈みで戦斧を構えたリリスが突撃しかけた時だった。
「フェニックスガルーナ」
どこからか呪文を唱える声が聞こえると翼のある炎の大蛇が飛んで来る。
見た事のない魔法だが威力は高そうだと、リリスはその魔法を避けた。避けたのだがその魔法は少し離れた所で、急旋回するとリリスの方に戻って来て命中してしまう。
「このぉ!」
両手を前に出したリリスはEシールド、魔法の盾を作り出してそれを防ぐ。大爆弾が炸裂した位の炎と衝撃を防ぎ切ったリリスは、魔法が飛んできた方向を見ると敵の攻撃に備えて戦斧を構え直した。
「死ねっクソ魔神族がーーーーーーーーーーー」
赤い鎧を着た怒りに燃えるレヴィシアはリリスへ突進。状況は不明だが味方と戦っているのは分かるので、彼女はFボードで疾走しつつ炎を宿した長剣を振り上げ、巻き角のあるサキュバスへ斬り掛かって行く。
「舐めんじゃないよ!」
炎の剣を持った戦士を易々と打ち倒せるリリスだったが、レヴィシア相手にはそうは行かず戦斧と受け止めた長剣で押し合いになる。リリスは動きを止めると周囲から銃撃を受けてしまう訳で、一度離れようと戦斧をずらして受け流した女悪魔は、少し高速で直進してからレヴィシア達と向き合った。
「団長!」
「数が足りないが誰がやられた?」
自分を中心に飛び集まってくる戦士達にレヴィシアが聞くと、2人も殺されてしまったと彼らは言う。(くそっ私がもっと速ければ……)と彼女は思うが今は戦闘中、直ぐに気持ちを切り替えてレヴィシアは部下達に命令を下す。
「この女悪魔は私が相手をする、お前達は予定通りに黒の花嫁を奪って逃げるんだ」
「団長が1人でやるんですか?」
「この程度の悪魔の1匹や2匹どうという事は無いし、花嫁は6人も居るんだぞ。運搬役と護衛2人ではギリギリの数じゃないか」
「そうですね分かりました」
「死なないで下さいよ団長」
「当たり前ださっさと行け!」
――――戦士達が指示通りにバレット号の残骸に向かって飛んで行くと、途中で桜色の髪をした女悪魔とすれ違う。そして空中で停止しながら彼らは考えた、この女悪魔の後を追って団長と一緒に戦うかこのまま進んで行くのかと。
「団長の所へ戻らなきゃ駄目だろ!」
「1人で2匹の相手は大変だよな……」
戻るべきか戻らざるべきか悩む彼らを、チラと見たリリィは前を向くと気にも留めずに飛び去ってしまい、悩んだ末に戦士達は黒の花嫁を奪うことを選択する。
「団長ならきっと一人でも大丈夫だ」
「そうだな団長は強い」
そうなればと最大スピードでバレット号の残骸の所まで着た彼らは、黒箱を守るようにウジャウジャと囲んでいる骸骨兵を発見。戦士達は骸骨兵と戦おうと構えるも、骸骨兵達は彼らを見ると直ぐに影の中へ沈んで消えてしまう。
「なんなんだあれは」
「何かの罠か?」
「分からない分からないが……」
周囲を確認しても敵の姿は見当たらず、黒箱の中で安らかな寝息を立てる少女達に怪しげな様子はなくて何だか気味が悪い。
敵から全く攻撃を受けないのは不気味だが、敵が居ないならと黒箱から少女達を抱え上げた戦士達は撤退を始める。
飛んで来た道をそのまま引き返した戦士達は、団長とサキュバス姉妹の戦いに巻き込まれないように注意しながら低空を進んで、鉄橋付近に到達すると前方上の様子を見ながら河辺に降ると漁船に乗り込んだ。
(魔導機関車を両断するとは思わなかったが概ね情報通りか。さて……)
戦士達が花嫁を抱えて漁船へ引き返している頃、うら若きレヴィシアは2人のサキュバスと死闘を演じていた。戦っている場所は鉄橋の側で、河を見られると戻って来る味方が見つかるので、彼女はそこから離れるように前進しながら剣を振る。
「サンダーシクスレイ!」
「当たるかそんなの!」
「死んじゃえーーーーーーーーー」
(皇帝を倒すつもりならあの程度は圧倒して貰いたいが、彼女には難しいかな?)
戦い慣れしているレオタード姿の女悪魔2人は、レヴィシアを左右もしくは前後から挟み込むと、1人が遠距離魔法で狙いつつもう一方が斬り込むという連携で戦っていた。
「正々堂々と戦え! このっ」
「機関車ごと斬ろうとしたテロリストに言われたくない! アイスニードル」
「なま言ってんじゃないよ! ギガサンダーアックス」
小柄な方は魔法で作った氷弾を撃ち続けて牽制し、Fボードで逃げるように走るレヴィシアを見ながら、姉はミスリルの戦斧を天に掲げて魔法を唱えて、ドォンと大きな音すると3発の雷がリリスの戦斧に蓄えられる。
「これが私の最強魔法さ、此れならオリハルコンの剣でも真っ二つだよ」
「テロリスト如きがオリハルコンの武器とか生意気!」
体半分ほどの長さで幅広の戦斧が雷の魔力を受けて光り輝くと、勝利を確信して薄く笑う女悪魔を引き立たせて更に怪しく魅せていく。
「覚悟はいいかいあんた? まだ名前を知らない相手だけど、自分を殺した高位魔族リリス様の名を死神に教えてやるんだね」
「私はアテナイ・レヴィシアだ! ふざけるな糞魔族め」
(割って入った方がいいのかな? もう少し様子を見よう)
「そうかいアテナイ。あんたの名前も分かった事だし此れで心残りは無いだろう」
「こっちも準備できたよお姉ちゃん」
「なんだと」
ハンマーで叩き潰すのが好きだが魔法は姉より得意な妹のリリィ。左手でアイスニードルを撃ちながら彼女は、右掌を上に掲げてそこに特級魔法を作り出していた。
「ダブルマジックを使うとは」
「お姉ちゃんと私ので3発同時だね。アテナイは耐えられるかなぁクスクスクス」
「舐めるな糞魔族がイグニスソード!」
左右から同時に上級魔法の連携攻撃が来る。空中で止まりながら両側を見て対処方を考えたレヴィシアは、【聖剣レヴォリューションレッド】を両手で前に掲げると、精神を集中させて炎神の力を借りた魔法剣を作り出す。
「それでバレット号改をぶった切った訳かい」
「バレット号改と同じように貴様のクビも飛ばしてやる!」
「おー怖い怖い」
怖い怖いと言うが姉や余裕の笑みを消さずに戦斧を構えて機会を伺う。一方のレヴィシアはこの一撃に掛けて真剣だった、幾ら魔法石で強化されたオリハルコンの鎧でも妹の特級魔法には耐え切れない。
選択肢は一つ、最初の一撃で姉を倒しきって妹の攻撃魔法を躱すこと。(私なら出来る筈だ姉に動きを止められた終わりだぞ。その為には……)
「ファイヤーボール!」
右手だけで魔法剣を維持しつつ、レヴィシアは左手からサッカーボール位の火炎球を姉へ放った。(乗って来い糞魔族!)
「最後の悪あがきかね?」
避けられると面倒だがレヴィシアの予測通り、感情が高ぶっていたリリスは避けずにEシールドで対応しようとする。しかし魔法はリリスに当たる直前で爆発し、爆炎で視界が塞がれるタイミングでレヴィシアはリリスへ突撃。
「あっこの!」
爆炎ぐらい鎧を着てればへっちゃらだ、レヴィシアの姿が見えなくなるとリリィは魔法攻撃が出来なくなり、彼女はイグニスソードを姉へ叩きつけて行く。
「死ねぇ糞魔族ーーーーー」
「舐めんじゃないよ!」
妹と同じように姉も一瞬敵が視界が効かなくなるも、そこはやはりプロ。感覚でレヴィシアを捉えたリリスは戦斧を振って相手を迎撃。こんのぉぉぉと2人の女性は炎と雷の魔法武器で押し合いになるも、やがて疲れから2人とも武器を引いてしまう。
「はぁっはぁはぁ、人間にしては中々やるじゃないか」
「くそっはぁはぁはぁ、こんな奴に……」
「お姉ちゃん!」
レヴィシアが動きを止めると妹が特級魔法を構えた。まずアイスニードルで牽制し、レヴィシアがEシールドで防いで動きを止めたら「サンダー!」
「しまった! がぁーーーーーーー」
大技を使った直後なので上級魔法は無理だが、下級の弱い魔法ならまだ使える。妹に合わせたリリスが手から雷を放つと、レヴィシアは直撃を受けてしまう。魔法の鎧が威力を減衰させて致命傷にこそならなかったが、彼女は躰が痺れて思うように動けない。
「これで終わりだよ! アイスヴォルフ・デスボム」
リリィが掲げている魔法は氷で作られた狼の体、その大きさは熊ほどもあってどれ位の威力かがからないが直撃すれば深手は避けられない。
「愉しかったけどこれで終わりだよアテナイ!」
「こんな奴らに、動け動けーーーーーーー」
姉がレヴィシアから離れると同時に特級魔法が放たれた。巨大な氷の塊が近づいて来て弱々しくもどうにか動かせた右手で、Eシールドを作れたレヴィシアがそれで魔法を防ごうとしたその時だった。
突然レヴィシアの視界を何かが塞いで、塞いだ者は軽く手を上げて作り出したEシールドで、アイスヴォルフ・デスボムを楽々と防いでしまう。魔法が爆発すると周囲は極低温まで下がり、破壊の力と共に周囲を氷漬けにしようとしたが誰も被害を受けなかった。
「なんだと」
「やれやれだ。まさかこの程度だったとは……」
「どこから湧いて来たのよ!」
いきなり降って湧いた近衛兵の鎧を着ている男。彼はバレット号の後部デッキで監視をしていた男であり、仲間を突き落として助けた男でありそして……
「裏切者ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
「裏切者?」
「黒の花嫁の守りはどうしたのよジル!」
「ジル? ああそう言えばそう名乗っていたな」
「花嫁の守りってどういう事だいリリィ?」
ここでリリスは初めて気が付いた、バレット号を斬ったレヴィシアの攻撃で近衛兵は全滅している、リリィが今ここに居るという事は、黒の花嫁は誰も守って居ないという事になるのではないかと。
「そいつよ! ジルが黒の花嫁を守るって言うから、私は彼に任せてここに来たの!」
「あーーーーー黒の花嫁か? 彼女達ならテロリストが攫って逃げたぞ」
「なんですってーーーーーーーーーーー」
特に悪びれもせず飄々と答える男に、リリィはどう反応していいのか分からない。最初から疑っていたがこうも堂々とやられては、怒ろうにも混乱が先に立つ。
「彼方が使役してた骸骨兵はどうしたの? それに守らせる約束だったでしょ」
「壊されるのが勿体ないので戦わせなかった」
「ふざけないで!」
離れた所から男を指さしつつ捲し立てる妹を見て、大まかな事情を理解した姉のリリスは戦斧に雷の魔力を宿すと振り上げて、男に勢いよく斬り掛かって行くのだがなんと素手に受け止められてしまう。
「ばかな……」
「色々思う所はあるだろうが。みんな落ち着いて俺の話を聞いてくれないか?」
正確には素手て受け止めた訳ではない。戦斧と右掌の間には薄いが魔力の壁のようなものがあって、それが戦斧を防いでいるのだ。
「魔法拳の使いてかい、あんた相当できるようだね」
「一度で分かるとはさすが高位魔族だな」
話しをしている3人の横に1人、目を白黒させて混乱する女性がいた。魔法剣に炎を宿らせて誰に斬り掛かればいいんだと、彼らを順番に見比べているレヴィシアである。
「あんたは誰の味方なんだい?」
サンダーアックスを水平に構え、いつでも斬れる態勢を整えながらリリスは後退。正体不明な男とレヴィシアを常に視界へ捕らえつつ、最大限の警戒をして彼女は話をする。
「誰の味方でもない。まぁ銀の夜明け団側ではあるが、ダークロードの親友でもある訳で何て言うかその戦闘は良くないぞぉ、戦闘は。みんな痛いのは嫌いだろ、美人が戦って傷を負うのはよくないと俺は思うんだが……」
とその男は3人の女性へ順番に顔を向けながら話すも、誰も耳を貸してくれない。
「ダークロードの親友なら私の敵だな」「違う」
「裏切者とか許さないんだから!」「黒の花嫁なんかどうなってもいい癖に」
「まずこいつを全員で倒すよ! 私達の続きはそれからだ」
「なぜそうなる?」
「黙って死にな裏切者!」
戦斧を構えて再突撃しようとするサキュバスを見ながら、レヴィシアは考えた。(あの男の話が正しいなら黒の花嫁達は無事に奪えたらしい、ならば適当に戦闘をかき混ぜつつ混乱に乗じて逃げるのが正しいよな。となればだ……)
「悪く思うなよジル、飛び込んで来た貴様が悪いんだからな」
「助けてやったのに酷い女だな」
「私はテロリストだからな」
「3対1は卑怯だと思わないか?」
「私達は魔族だし卑怯は上等なんだから」
サキュバス姉妹だけでなく、雷魔法の痺れから抜け出せたレヴィシアも、それぞれ魔法を宿した武器を構えて男を取り囲む。高位魔族クラスが3人同時、並みの軍隊なら中隊レベルは必要になりそうな戦力を前にその男は……
「お前らぐらい楽勝だしまぁいいか、遊んでやるから掛かって来いよ」
「なんだと!」「貴様ーーーーーー」「殺してやるーーー」
斯くして何の因果か共闘して戦うことになった、赤い英雄と女悪魔達は3人掛かりで正体不明な男に切り掛かって行くのであった。
――――――――。
「馬鹿なこんな事が……」
「放せ放してよーーーーーーーーーーー」
「私にこんな真似をしてただで済むと思うな!」
魔法武器を振って3人同時に斬り掛かっても易々と防がれて、フェニックスガルーナにサンダーシクスレイとアイスヴォルフ・デスボム、3つの特級・上級魔法を同時にぶつけてもその男はびくともしない。
ならばこれはどうだ! 「イグニスソード」「ギガサンダーアックス」と彼女達はそれぞれ最強の魔法剣で、男の左右から切り込むが両手で軽々と受け止められてしまう。
「情けないにも程があるぞレヴィシア」
両側から最大出力の魔法武器に斬られつつ赤い英雄を見つめた男は、「この程度で魔神と互角以上にやれるダークロードと戦うつもりか? 高位魔族と戦えるだけで満足するような革命ごっことか遊びはもう止めた方がいい」と警告をしていった。
「貴様如きに何が分かる!」
「分かるさ、俺ほどこのサイレントオーを理解している男は居ないからな」
「くそっくそーーーーーーーーーーーー」
全身全霊で斬りかかり更にありったけの魔力を注いでも、魔法武器を素手で受け止めている男はまるで山でも斬っているかのように、微動だにせず余裕しゃくしゃく。
「ふざけやがって!」
「これならどう!」
「殺してやるーーーーーーーーー」
魔法武器が防ぎきられた後も激情に身を任せて戦う女達は、やがて1人減り2人減りと順番に倒されて行き、力尽きると全員拘束されてしまうのだった。
「このままで済むと思うなよ」
「気持ち悪いこんなの取ってってば!」
「ネクロマンサーめ私達をどうするつもりだ!」
殺意の込めた目で見上げて抗議する彼女達を拘束するのは、自分達の影から数mも長く伸びている骨の蛇。その悪魔が使うようなおぞましいモンスターに、武器を取り上げられたレヴィシア達3人は、グルグル巻きにされながら立っている。
彼女達が立たされているのは、回りが深い雪に覆われていて座ると冷たいからだ。
「話しても理解されにくいと言うか何と言うか、取り合えずだ……」
サキュバス姉妹に闇帝と交わした契約を解約して、魔界へ帰るようにとジルは言う。
「そんなの無理だよ!」
「闇帝に逆らったら私達は殺されてしまう! それに契約書には……」
逆らえないように呪いが掛けてあるんだと、サキュバス姉妹は口々に言った。
「呪いを解いて自由にしてやる契約書はどこにあるんだ?」
「それは……」
それぞれレオタードの中に隠し持っているらしい。なので影の中から新しく二匹の蛇を呼び出したジルはその内側へ滑り込ませて、ゴソゴソと探しやがて折り畳まれた羊皮紙を見つけた蛇達は、服から抜け出すと男へ差し出して行った。
「気安く触るな!」「へんたいーーーーー」「女の敵め!」
騒いで抵抗する女達を骨の蛇はしっかり押さえつけて、その前で羊皮紙を開いて中を確認した男は「此れなら簡単だな」と呟く。2枚の羊皮紙を再び蛇に咥えさせたジルが手ぶらになると、また新しい骨の蛇が革袋の紐を咥えつつ影の中から伸びて来て、それを受け取った男は何やら準備を始めた。
「勝手に契約を書き換えるな!」
「闇帝にばれたら首チョンだよ首チョン!」
縛り付ける骨の蛇を振り解こうと藻掻くがどうにもならず、声を上げて抗議するサキュバス姉妹を無視しながら、ジルは革袋から赤い液体が入った瓶を取り出していく。
「なんだそれは?」
「角羊の血へ粉末状にした魔法石を加えた物だ」
続いてジルは瓶の蓋を開けると、同じく中から取り出した絵筆を、底に沈んだ魔法石の粉をかき混ぜるようにしながら羊の血に浸していく。不安から騒ぎ立てる姉妹を横目にみつつ複数の骨の蛇を使って、縦向きに広げさせた契約書へジルは絵筆を近付けた。
「だから勝手にやるなと言ってる!」
「呪いが発動したら私達は死んじゃうんだからね!」
「大丈夫だから任せとけって」
姉妹の話には全く耳を貸さず、ルーン文字や魔法陣が書き込まれた契約書に絵筆で大きくバッテンを書いたジルは、そこに右手をかざして魔力を送り込む。すると契約書は緑色の炎を上げながら燃え始め、姉妹の首元にもある魔法陣も炎を放ちだし、
「いやーーーー私、死んじゃうーーーーー」と、それらを見たリリィは発狂したように悲鳴を上げるが何も起こらなかった。
「死ぬのは嫌ーーーーー、ってあれ?」
「だから言ったろ大丈夫だって」
「あの闇帝が掛けた呪いをこうも簡単に解くなんて」
「俺は簡単そうにやったが仕掛けはある。それは秘密だから教えないとして、此れで文句はない筈だ大2人とも人しく魔界に帰ってくれるな?」
「えっえーーーーーとその……」
小柄な妹としては直ぐに帰ってもよかった、3人掛かりでも勝てなかったし闇帝の顔とか二度と見たくないと妹は思う。(勝手に契約を解除したのに留まっていたら刺客が送り込まれるかも知れないし……、お姉ちゃんはどうなんだろう?)
「なんだいリリィ?」
横からじぃっと見上げる妹の顔に意味を察したリリスは考える。(横やりを入れて偉そうにするジルは腹立たしいがその実力は本物だ、気に入らないねぇ何もかもが)
「あんたは人間じゃないよね幾らなんでも強すぎるよ」
「かも知れないな。それよりどうするんだ?」
「魔王クラスかい? でもそれだと変に優しいし聖神族が私達を助けるのも変だ。私はまずあんたの正体を知りたいねぇ、返事をするのはそれからだよ」
「世の中には知らない方がいい事もある」
拘束されているリリスはジルの正体を探るように、金色の瞳で見つめるが見返してきた相手にゾっと背筋が凍るような圧力を感じると、思わず顔を逸らしてしまう。
(馬鹿な、この私がこんな事って……)
「どうしたのお姉ちゃん?」
「なんでもないよリリィ。いいだろうジル取引に応じようじゃないか」
「いいのそれで?」
「理由は無いけど彼奴には逆らわない方がいい気がする」
「それは良かった。命が惜しいなら闇帝には近づくなよ、近々大荒れになるからな」
「どういう意味だいそれは?」
「知らない方がいい事もある分かるな?」
「高位魔族に向かってよくも、いやいい忘れてくれ」
話が纏まるとサキュバス姉妹は拘束が解除され、彼女らを縛り上げていた骨の蛇が影の中へと沈んで消えて行く。そして自由になった姉妹は向き合って少し話すと、やがて悪魔の翼を羽ばたかせて浮きあがり何処かへと飛び去って行った。
「――――これでよしと。さて次だ……」
飛び去る姉妹を見送ったジルは残った1人へと近付いて行く。
「私をどうするつもりだ?」
後ろ手にされ赤い全身鎧ごと脹脛から上半身まで縛られたレヴィシアは、前に立っている鎧を着た男を兜の内側から敵意を込めて睨みつけた。
「どうするって困ったな、どう話せば分かるって話しても分からないだろうしな」
「私を舐めるな、早く拘束を解かないと後悔するぞ」
「それは怖いな。うーん……」
レヴィシアを上から下まで品定めするように、じっくり見たジルは続いて鎧の胴に手を当てたりカンカンとノックしてみたりする。
「貴様は何をしている?」
「この鎧は本物のオリハルコン見たいだが、誰に貰ったんだ?」
「答えると思うか?」
「帝国で此れを扱えるのは闇帝直属の灰色魔団か、魔女連合の上層位なんだが……」
「どちらでもないな。私は聖剣と一緒に神から此れを授けられたんだ」
「神って光のほうか? それとも魔神?」
「光に決まっているだろう。女神像へ祈った時にってそんな事はどうでもいい!」
拘束から抜け出そうと身動ぎし早く解けと煩いレヴィシアを、無視しつつ雪上から魔法剣を拾い上げたジルは今度はそれを調べ始めた。
「炎の聖剣か此れもよく出来ているが、本当に神から授けられたものなのか?」
「そうだと言っているだろ! 何なんだ貴様はどう言うつもりで私を拘束してる」
「ふむ、武具は本物のようだがその割には……」
「その割には?」
「弱すぎる、レヴィシアお前がな。何故こんなに不自然なんだ、神の啓示を受けているならもっとこう……」
「私をバカにしているのか?」
「本当に神から力を授けられたなら高位魔族に負けたりしない、本物の勇者はもっと桁違いに強いもんだ。情報通りだな」
「情報通りだと?」
「気にするな。だとすればだうーむ……ちょっと失礼」
「何をする貴様!」
縛られたまま抵抗するレヴィシアに手を掛けたジルは、頭から兜を外すとその瞳をじぃっと覗き込んで行った。
「気持ち悪い奴だな」
「長い銀髪に人間離れした綺麗な顔……」
「気持ち悪いと言っている!」
「顔を逸らすなこっちを向け!」
耐えかねたレヴィシアが顔を動かすと強い力で戻されるので、諦めた彼女はジルの気が済むまで我慢する事にする。
「何なんだ一体……」
見つめて来るので仕方なく見る事になるジルの瞳は、まるで底が無いように深い。その視線は自分の中、心の奥底まで見通すように鋭くて、レヴィシアは早く顔を逸らせたいと思ったが両手を握りしめつつ耐えた。
「やはり無いな」
「何が無いと言うんだ」
ジルが漸く顔から手を離して自由になると、レヴィシアは横を向きながら聞いてみる。
「ルーンだよ、お前の魂にはルーン文字が刻まれてない」
「ルーンが無いとどうなると言うんだ」
「それはつまり、いやいい。レヴィシアお前は神に選ばれた存在だ、銀の夜明け団として戦い抜くのを止めるんじゃないぞ」
「当たり前なこと言うな! 貴様はいったい何なんだ」
「ふむいいだろう。レヴィシアは団長だから、銀の夜明け団の全権限を持っていると考えていいんだな?」
「その通りだが」
「よしならばだ、今日から俺は銀の夜明け団の一員として一緒に戦ってやる。レヴィシアの部下になる訳じゃないぞ、同じ目的を持つ仲間としてあくまでも対等な立場で、お前達と一緒に戦ってやろうじゃないか」
「ふざけるな貴様!」
「ふざけてないし俺はお前より遥かに強いんだ。味方にしておいて損は無いと思うぞ」
「闇帝を倒すのは私達だけで十分だ! 貴様の助けなんか絶対にいらないからな」
「そう怒らず素直にだな……」
「そんな事よりも!」
拘束を解けだの、ただでは済まないぞ等とレヴィシアは煩く、話を聞いてくれるような雰囲気ではないからジルは一旦諦める事にする。
「いつでもお前の事を見守っているからな、何か問題が起きたら直に呼んでくれ」
「神にでもなったつもりか貴様! いい加減にしないと……」
「分かったからそう怒るなって」
大声で叫ぶレヴィシアは拘束が解かれると、側に落ちている聖剣を拾ってジルへ斬り掛かろうとしたが、その男は「また会おうレヴィシア」と笑いつつ影の中へと沈んで行きやがて姿が見えなくなった。