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 《日が落ちて月が昇り始めた夜7時過ぎ、黒一色で絵本に出て来るような魔王城のようにも思える、闇帝の城にしんしんと雪が降り積もり始めた。城に住んでいるリーダーや役人達は窓から眺める雪景色を、酒の魚にして朝までよく飲み明かしたりする。

 しかし使用人やメイド達はそうはいかない。

 この雪は厄介者で放っておくと、城の回りに降り積もって緊急時に動けなくなる。なのでオルタナム城には雪掻き専門部隊【シャベルズ】が配置されており、24時間体制で彼らは雪と戦い続けているという訳だ。

 この首都一帯は豪雪地帯であり、酷い時には陸軍を加えた総掛かりで雪掻きをする。》


 《オルタナム城は階段状になった5階建て。ツインヘッドゴルドラゴンが住んでいる小屋があったり、近衛部隊が交代で寝泊まりする宿舎や、大浴場とか私的なパーティが開ける部屋が並ぶなどと、皇帝が暮らす最上階は広い造りになっている。》

「それじゃあしっかと説明をして貰おうか。銀の夜明け団は何のために造られて私は何のために戦い続けてきた、お前達は全員グルだったのか?」

「闇帝に対して無礼な物言いは許さんぞ」

「テロリストの私がなぜ闇帝に敬語を使わなければならない?」

「貴様ぁ!」

「良いのだグリーチン、彼女には儂を恨む権利がある」

「しかし……」

「良いと言った!」

「仰せのままに」

 氷点下、毛皮を着た動物でも凍り付きそうな外と違って、ジル達に大司祭と闇帝を加えた5人が場所は広くて暖かい所。入浴に食事とか準備を整えた彼らは、サイレントーオーで最も豪華かつ安全な闇帝の寝室に集まっていた。

「立ってないで座ったらどうなんだ? こういう時はだな……」

 闇帝が寝るベットの脇に黒く塗られたテーブルセットが置いてある、そのテーブルの上に神が1つ2つと酒を並べていくと、不満を抱えながらも皆その回りにある席に腰を下ろしてどうにか話が出来そうな雰囲気になる。

「酒なんかで私を誤魔化せると思うなよ」とか言いつつ、灰色のロングドレスを着た銀髪の女性は手近にあるワイン瓶を一つ掴むと、その栓を抜いて注ぎ口を咥えたら上を向いてンゴンゴと一気に飲み干していった。

「うぃーーそれで?」

「何から話せばいいのやら……」

「まずお前からだなジル、約束を果たして貰おうか?」

 レヴィシアと同じく灰色の服を着ている猛雷はジルを睨みながら言う。

「約束って?」

「闇帝を倒したら正体を明かす筈だろうが」

「倒したってそれは偽物の闇帝だろうが。まぁいいけど驚くなよ」

 フードを外したジルは続いて、頭に巻き付けてある包帯を外していくそして……

「お前は魔神族だったのか」

「冥界の眷属だろ」

「みんなそう言うよな悲しいなぁ俺」

 正体を現したジルは骸骨だった、一片の肉もないワックスで磨いたような人の骨。肺がや声帯が無いのになぜか話せる骸骨が、神だと言われても直ぐには信じられない。

「儂から説明しようこの世界にはな……」

 出会った時は今にも倒れそうな程に痩せ衰えていた闇帝は、ナスメリアに飲ませて貰ったエリクサーによってどうにか話せる位には回復した。

 《この世界、宇宙には4人の絶対神がいる。

 1人、2人目は極清神と極暴神の兄弟、これ等を纏めて【力の神】という。

 3人目は【静整神】、合理性を司っている神。

 4人目は【奇狂神】、戦わず働かず考えない、娯楽と突然変異を司る変った神である。

「絶対神それぞれの下には各星を司って治める神々がいて、その内の一人が儂らが崇めておる魔神王のセブラゴン様になるのだ。それでな……」

神様ランクは上から順番に、0:絶対神↓1:教導神↓2:聖神・邪神など↓3:聖王・魔王↓4:高位の聖神族や魔神族……となっている。》

「ジルはどのランクになるんだ??」

「この御方は静整神の教えを宇宙に広げる役割を担う、ランク1の教導神様だ」

「ふーーーん」

「それって凄いのか?」

「凄いのかってお前ら!!!!」

「教導神は絶対神の護衛にして、聖帝神とか魔神王を取り纏めて絶対神の理想を実現する為にムチを振って働かせる神、軍師や副大統領とかまぁ中間管理職になる」

「大した事ないんだな」

「俺は闇帝と組んでサイレントオーを造ったんだぞ」

「だから?」

「この国は静整神の教えに従って安定し上下関係が無いから、レヴィシアのように理解しにくい人が居てもおかしくはない。いずれ解る時が来るだろう」

「神がそれでいいのかよ」

「安定して騒がないのが最大の武器だから、いいんだよこれで」

「安定とは国民が法律に従って満足しておる証拠なのだ。慌てず油断せず無駄を排して一本杉の様にまっすぐ高く強く国を成長させていけばよい」

「私はそんないい国で革命を騒いでいたんだな」

 【ぼそっと呟いた戦乙女の言葉がグサーーーーーーーーッと皇帝、大司祭、若頭の心へ深く突き刺さっていく。】

「どうなんだ新政? お前はこんな事を言っていたな……」

〘「いつ見てもつまらない都市だ、息が詰まりそうになる、娯楽や賭け事は多くが規制・禁止されていてあーつまらないつまらない」〙

「止めろレヴィシア! それは……」

「嘘だったのか副団長?」

「逮捕しに来たAFGの記憶を操作してやったのになぁ」

 〘「労働には正当な対価ってもんがなぁーー、最高級のホテルでぼったくりだ他の国なら大クレームだぞーーと騒いだりとか、私はずっと聞かされ続けて来たんだが」〙

「止めろ、止めてくれーーーー」

 〘スーーっと大きく息を吸った炎爆の戦乙女は「恥ずかしい城だな世界中から笑われてやがるーーーーー、こんな酷い国は革命を起こして俺が倒してやるぞーーーー」と止めを刺すように大声で叫ぶのだった。〙

「うわぁぁぁぁーーー」

 席から飛び上がった長髪の優男は、皇帝のベッドに近付くとジャンピング土下座。

「本心じゃないんです! 任務だったんです! 許して下さい闇帝様、俺はこの国を愛しています革命なんか考えていません!」

「うーむ……」

床に額を擦り付けて必死に謝る猛雷を見下ろしている皇帝は、動かせる右手を顎に当てて考えつつ何ごとかを思案する。やせ気味の老人だが身長194㎝と大柄で高い戦闘力を持った男の目付きは、剣で突き刺さすように元副団長の心を抉っていく。

「確かにそれが任務だった儂が命じたのだが……」

「そうです俺は……」

 闇帝の言葉を聞いて顔を上げかけた猛雷だが、「しかし言い過ぎではないのか? 儂にはそれがお前の本心のように聞こえるのだが、どうなのだ闇鬼衆の頭領よ」と聞かれたので再び頭を深ーーーーく下げて謝った。

「国家侮辱罪、闇帝直属の3Dとしてあるまじき暴言なのだが……」

「それ位にしといてやれよラクレス、それ以上追い詰めたら猛雷は切腹してしまうぞ」

「暫くそのままにしておるのだ猛雷よ」

「仰せのままに」


 ――――話が進まなくなったので仕切り直し。

 酒を飲んだりハムやチーズにソーセージを食べたりとか、ジルが影から取り出したあれこれで小腹を満たしてから議論を再開する。

「さてと次は何を話すかな」

「私はまだ何も聞いてない、肝心な所は何も話してないじゃないか」

「そうであったな……」

 【なぜ銀の夜明け団が造られたのか?】

 《端的に言うと闇帝が死にそうだったから、闇帝の影響力は絶大であり跡目争いを避けるために結婚もしてこなかった。》

「400歳を超えるのに闇帝はまだ独身なのか?」

「遥か昔に妻と子供はおったが、権力闘争に巻き込まれて死んでしもうた。此れが儂が前ヴェルラ王家を恨んだ理由の一つなのだが、権力争い、中でも家族間でする事の悲惨は何度も見て来たので二度と結婚しようとは思わんよ」

「ふーんそれで?」

「儂に子供がおらんという事は、サイレントオーを引き継げる次の皇帝がおらぬという事になる。儂が霊体癌なんぞに罹らなければそれでもよかったが、早急に新しい皇帝を作り出す必要に駆られてなその過程で色々とあったのだ」

「色々って?」

「新しい皇帝にはそれに相応しい功績や権威が無くてはならぬ。だが知っての通りサイレントオーは安定してしまっていてな、次の皇帝が功績とか権威を得られる機会はほぼないと言ってよい状態にある」

「その為に周辺国と小競り合いを繰り返している訳だが」

「小さな戦いに幾ら勝った所で名声にはなりません。相手国を攻める訳でもなく悪戯に戦費が嵩むだけで、逆に国民から非難される理由になるのです」

「困ったもんだな」

「そこでです……」

 【闇帝は銀の夜明け団を造って革命を起こさせようと考えた。】

 《レヴィシアに偽物の闇帝を討たせて国を揺るがしつつ、新しい皇帝を立てる。その新しい皇帝はまだ生きている闇帝に、権力問題とか国の在り方を密かに教わったり、抵抗勢力を倒しながらサイレントオーに相応しい皇帝へと成長する。》

「……此れが儂の計画だったのです」

「次の皇帝には誰がなる予定だった?」

「妙な言い方をされますな。次の皇帝は……」

「なるほどそれは悪くない判断だ、だがそいつはもう皇帝にはなれない」

「なんですと」

 ビクッと回りにいる3人は縮み上がった、闇帝が神に放った殺気が本物だったからで戦いになるのかと心配したが、「この話は最後にする、まずレヴィシアとか諸問題をかたづけてからにしよう」と神が言うので流された。


「レヴィシアは神の啓示を受けたとか、両親が殺されたとか言うんだがどうなんだ?」

「それらは儂らが施した洗脳です。彼女が本当に神の啓示を受けているのなら、サイレントオーに聖神族が攻めて来ないとおかしいではないですか」

「レヴィシアは試験管から生まれてまだ2年程しか経ってない子供だ」

「だそうだ」

 右掌に炎を作り出しつつ、ムスーーーーっと目を座らせた女性がそこにいる。神に皇帝や大司祭とか最強クラスの能力者が相手でも、暴れ出しそうな赤い英雄はその気持ちをググッと堪えて皆を睨みながら聞いてみた。

「革命の父ライアはどうなんだ? 私は武勇伝とか色々な話を聞かされたんだが」

「ぜんぶ俺が作った作り話しだ、革命の父Liarと書いて嘘つきになる」

「炎爆の戦乙女が獰猛なのは聞いておったが、まさか儂のバレット号改を両断するとは思わなんだ。かなり痛い話なのだがのう猛雷よ……」

「団長から事前に話を聞いていたら俺はちゃんと止めましたよ」

「想像は付くが、あれはどんな終わり方をする予定だったんだ?」

「猛雷」

「あの作戦は本来なら鉄橋を爆破して落とし、バレット号改の動きを止めてから襲撃して適度に戦ったら引き上げる計画だった。けが人も死者も出さず、黒の花嫁たちも奪えずに作戦が失敗して逃げる予定だったんだが……」

「団長が襲撃の直前になって作戦を変更したと」

「なぜ分かるんだジル?」

「話の流れ的にそうじゃないかと思ったんだ」

「俺が作戦に参加してればこうはならなかった」

「なぜ参加しなかったんだ?」

「それは黒ユリ園で……」

 ドジを踏んで駅の警備兵に拘束されたから、牢屋に入れられて銀の夜明け団と連絡が取れなくなり、尋問してくる奴らを説得するのが大変だったと彼は言う。

「予定通りに進んでバレット号に乗っていたら、団長に両断された可能性もあるからドジを踏んでよかったかも知れないな」

「私はいつも副団長の言いなりに戦うだけで肩身が狭かったから、偶には自分で考えて活躍しようと思ったんだ」

「おかげで近衛部隊だけでなく、逆上したサキュバス姉妹に俺の部下が殺された。ジルが止めてくれなければ団長も死んでいただろうな」

「神の慈悲にふかく感謝するんだぞお前ら。守って貰えた上にソウルウォーターまで飲めたんだからな、幾ら感謝しても足りない筈だ」

「ソウルウォーターを飲んだだと!」

「この2人が冥狂落坂を攻略したと言われるのですか!」

「攻略したぞ俺の手を借りながら、かなりズルをした感じだが一応攻略はした」

「私はズルなんかしてないぞ!」

「ジルがそれでいいって言ったんじゃないか!」

 机に身を乗り出したレヴィシアと、土下座から顔を上げた獰猛は揃って神へと抗議するのだが、詳しく聞きたいという他の2人に神はあれこれと説明をする。

「……なんと言う話だ」

「羨ましい奴らめ」

「そんなに騒ぐほどの事なのか?」

「普通はな……」

 〘超厳しい訓練を積み重ねつつ戦場とか任務で何十年も戦い、その実力を認められたものだけが皇帝と神、つまりジルの許可を得て冥狂落坂に挑戦できる。〙

「俺はジル様に認められるまで20年も掛かったんだ」

「儂は直ぐに認められたがそれは、コアナイツの騎士団長として何十年も戦ってきた戦果があってこその話になる」

「仮に冥狂落坂へ挑戦できたとしてもだ」

 殆どが逃げ帰って来たり運が悪いと死んでしまったりとか、神の試練に挑戦するのはそれはそれは大変な話なんだと、皇帝や大司祭は口を揃えて言う。

「通りで大変だった訳だ」

「この2人はジル様と契約を交わされたのですか?」

「それはまだだ、その話も後にするとして……」

 まずレヴィシアを説得しなければならない、謝ったり賠償の話があったりとか何でホムンクルスにと皆は思うが、それも後で話すからと神に従いながら続いて行く。

「……私は許した訳じゃないからな」

「レヴィシア」

「私は面白くないっ! ふゆかいだーーーーーーーーー」


「――――猛雷はいつまで土下座をしておるつもりだ」

「はい……」

「次は俺だな」

「グールイータ様はなぜ儂らの作戦を妨害されたのですか?」

「幾つか理由があるが最大の理由は、《皇帝が死に掛けていると知らなかったこと。》噂は聞いていたが確証はなかった、まぁ調べれば直ぐなんだが……」

「影に隠れて城に入ればいいだけだからな」

「そうだ。干渉を止めたので関わるのは良くないし、ほっとく事も考えたんだが何となく気になるし気に入らないのでちょっと調べに来たんだ」

「何が気に入らないのですかな?」

「聖神ルーザとか、聖帝神が言いやがるんだよ。サイレントオーはもう終わりだとか偉ぶってたが所詮は人間だとかなんとかさ、嫌味ったらししく」

 神は普通に話しているが、ビシッとウィスキーの角瓶やワインボトルに罅が入って中身がこぼれだすと、怒っているんだなと回りは理解した。汚れたテーブルを拭いたり割れた瓶を片付けたりしながら話は続く。

「セントラルガルドから神々を追いだす時に大喧嘩しましたからな、聖帝神や聖神ルーザは相当あなた様を恨んでおられるのでしょう」

「まぁなでだ……」

 《神々に一々言われなくてもジルは責任感から、この国についてそれなりに調べていたりしたのだが、2ヶ月程前からコノヤローーって感じで再び介入を始めた。であれこれ調べている内に……》

「銀の夜明け団がする襲撃計画へたどり着いた訳か」

「最初は見守るだけのつもりだったが、レヴィシアが美人だったから……」

「ほぉそれはそれは」

「怒る事ないだろ! サキュバス姉妹と戦ったのが男だったら、見捨てなかったがソウルウォーターを与える事も無かったと思う」

「猛雷はどうなる?」

「ただの気まぐれ。封魔一族とは古い付き合いがあってだな、偶にはいいかなぁって感じて与える事にした」

「神って結構いい加減なんだな」

「まあな」

「グールイータ様はなぜレヴィシアを鍛えたのです? 何かの計画に利用されるおつもりだと推察されるのですが」

「私を利用するだと」

「理由もなしに鍛えたりなんかしない。あ〜〜〜その……」

「ふざけるなぁーーーーーーーーーーーーーー」

 勢いよく立ち上がった戦乙女は、両手にフェニックスガルーナを作って神へ叩きつけようとしたが、スッと右手を翳した神に魔法を掻き消された上に、見えない力によって無理矢理に座らせ直させられてしまう。

「うがぁーーーーー拘束を解けーーーーーーーーーーーーーーー」


「――――少しは落ち着いたかレヴィシア?」

「落ち着かなくても無理矢理に話を聞かせるんだろ、ふんっ」

「【停滞指数】というのがあってだな、この国はいま……」

 改めて調べ直しあれこれ計算してみた神は驚いてしまったと言う。

「ラクレスはちゃんと調べているのか?」

「儂というか政府の調べでは1割の後半〜2割前後の筈です」

「そうか。俺の組織が集めた情報では既に3割を越えていて、あと数年で4割以上の分水嶺に届きそうだと言う報告があるんだが」

「なんですと! それはまこと話なので御座いますか?」

「この国を作る時にかなり言った筈だぞ。帝国のような一極集中型は、部下が自分の功績をねつ造したり利権を守るために、情報を曲げる事がよくあるので警戒しろと」

「警戒しておりますとも」

「俺が抑えていると停滞指数は悪化し続けるので、半世紀ほど前に干渉を止めた。一度は改善したがまた悪化して、闇帝が表舞台に出て来なくなってから急激に悪化したという報告もある。疑うなら自分の足で調べて回るんだな」

「そう言われましてもこの体では……」

「霊体癌には治療方法がある。人間界には存在しないが神には人間以上に問題になる話だから治す方法があるんだ、その病気は俺が直してやろう」

「霊体癌とか停滞指数って何なんだジル?」

「俺の話は聞かないんじゃなかったのか?」

「ふんだ」

「こういう話だ…」

 《霊体癌とは別名、魔力使い過ぎ症候群という。魔法は使うたびに僅かずつだが自分の霊体に反動を溜めて行き、限界を超えると皇帝のように体が結晶化し始めて、高熱・吐き気・食欲不振などと共に体が衰弱しやがて死に至る。》

「霊体癌の対処法は魔力を使わない事だ。グリーチン……」

 自分では出来ないので闇帝は、彼に命じて着ている長袖のシャツを捲らせた。すると複雑な呪文が彫り込まれた肌と、手首に嵌めたオリハルコンのブレスレットが現れる。

「人は生きているだけで極僅かだが魔力を消費し続ける、全身にこの様な呪文を掘り込むことでそれすらも封じて儂はどうにか生き長らえておるのだ」

「なるほどな」

「並の人間なら1年ももたないが、4年も生きているとはさすが闇帝だ」


「停滞指数は?」

「それはな……」

 【状況によって基準は変わるが停滞指数とは基本的に、3〜5年以内に変化がなかったり悪化した市町村やら都市とか、人を数えて表した数字とされている。】

「それで?」

「だからな……」

 【物を買ったり新しい知識を得たり技術を開発したりとか、人によって差があるが大なり小なり変化があるのが普通だ。だが経済が弱まったり格差から諦めたりとか様々な理由により物を買わない、学ばず技術開発をしない等と変化が止まる事がある。】

「……此れを停滞指数と言うんだが、分かるかレヴィシア?」

「何となくだが」

「1000人で1つの国を作ったとしよう……」

 【停滞指数1割とは1000人中900人が、何らかの形で変化をしたという事。】

「変化は何でもいいんだ何かを買ったり、物を買わなくても何かを研究して開発したとかでもいい。兎に角変化があればいい訳だが、何らかの理由で仕事が無くなったりすると家を売ったり借金生活になったりして、人は新しい事をしなくなる」

「段々分からなくなって来たぞ……」

「ホームレスが増えていく感じなんだがって、分からないよな見たことが無いし」

「うん分からない」

 ジルや皇帝達はホームレスと言うのを何だかんだと説明し、後で実物を見せてやるからとレヴィシアを強引に納得させてから話を進めて行く。


「停滞指数が高いという事は、国が全く成長していないという事なんだ。これは凄く怖い話なんだがレヴィシアに想像できるか?」

「全然できない」

「嘘だったとはいえ革命を騒いだんだ理解した方がいい」

「うーーーーーー私は難しい話が苦手なんだが」

「さっき設定した1000人の国の内……」

 【停滞指数3割とは1000人中300人が、ホームレスに近い状態になったという事である。年金で例えると理解しやすいが停滞指数5割は、働けず稼げなくなった500人の生活を残りの半分で支えるのと同意義なのだ。】

「分かるような分からないような……」

「3割だと2人で1人を担いで支える計算だ。これが5割だと肩車になり、5割を超えると支えきれなくなって国は終わる。帝国の人口は約7億人だから停滞指数5割で3億5000万人、百を超える市町村が纏めて消えていくような感じになるぞ」

「停滞指数3割越えとかってあり得る話なのか?」

「資本主義とかなら直ぐに分かる。路上にホームレスが溢れて犯罪が増えたり、偉い人が安全な所から底辺を見下ろして笑ったりするからな。同じ停滞者でもそいつらは最底辺になる訳だが、有名な所があるだろ」

「いま聖神ルーザを崇めてるファリス皇国ですかな? 上流階級は石炭と金鉱石で儲けつつ諸外国から工場を呼び込んで、底辺と奴隷を薄給で働かせる酷い国ですな」

「そう言う国からは新しい技術が生み出されない。生活水準は底辺でずっと固定されていて不満を高めた国民を、外国の軍事力で抑えつけてどうにか維持しているという、サイレントオーよりもつまらない国なんだ」

「なんだそれは、それでも聖なる神なのか」

「上下関係が無いと神や悪魔は成立しない。魔神族は力の論理で動くからまだ変えることが出来るが、聖なる何とかは一度固まってしまうと動かなくなる」

「どうしてだ?」

「対抗勢力が悪魔になるからさ。人類社会を脅かす天敵、天災とか疫病は魔女の所為だし人攫いは鬼とか悪魔の仕業で、生活が苦しいのは信心と寄付が少ない所為なんだ。自分達が悪いのに反抗を考える国民なんて居ないだろ」

「正義で清らかな権力構造が固定されてしまう訳だな」

「綺麗なのは外側だけで中身は真っ黒なんだぞ、政府ではなく企業が主導すると更に質が悪くなる。自由だの何だのと正義を掲げてやりたい放題だ」

「酷い話もあったもんだな」


 ジルとか皇帝の話を聞いていると、力の神は酷いなぁサイレントオーはいい国だなぁとかいう空気になるが、そんな簡単な話ではない。

「先程の話は力の神による理屈な訳だが、力の神による停滞指数は【悪徳指数】とも呼ばれるのだ。静整神・サイレントオーにとってはより深刻な問題でな、こちらは【安定化による怠惰指数】と呼ばれておる。【合理性における犯罪の起因性】もあるのだぞ」

「どう言う意味なんだ?」

「合理性における犯罪の起因性とはな……」

 【合理性を突き詰めると効率化の問題から、いらない人が追い出されて、追い出された人が犯罪に走ったり人生を諦めたりする事。】

「ふんふん」

「合理性による判断には容赦がない、放置していると無能呼ばわりされた人達が国中に溢れかえって制御不能になる。そこで生活再生委員会【ラ・ミューティスの祈り】の出番に

なる訳だが聞いた事は無いか?」

「家のない人には住む所を、無職の人には強引に仕事を押し付ける悪い組織だな。成人した人へ見合い写真を送ったり、年寄りを老人ホームへ押し込んだり、子供達を施設に集めて管理したりする酷い奴らだ。自由のない管理社会は嫌だーーって私は聞いたぞ……」

 じーーーっと団長に見つめられた元副団長は、顔を横に向けて口笛を吹く。

「揺り籠から墓場まで、国が全てしっかり面倒を見るのが計画経済の基本になる」

「鉱石や石油等のように人も大切な資源だから、儂らは何一つ無駄にはせん。無理に押し付けたりして悪かったのう元副団長、お主はまだ結婚しておらんのか?」

「ほっといて下さい!」

「猛雷は女遊びが好きだから結婚はたぶん無理だな」

「レヴィシア!」

「安定化による怠惰指数って?」

「それはだな……」

【人は楽な方へと流れる生き物であり、国が安定して満足すると思考と成長を止めてさぼるようになる。安定して戦う理由が無くなると人は退化し、合理化が進んでゴーレムや機械任せに出来るようになると、人はもっと怠惰になるのだ。】

「一度楽を覚えた人間を再び戦わせるのは非常に難しい。個人でも難しいが群集心理が働くと、戦争や天変地異でも起こらん限りは全く動こうとしなくなる」

「回りが成長するのに自分だけ怠けたらどうなると思う?」

「その国は亡ぶだろうな」

「そういう事だ。安定化による怠惰指数を減らすために、国民へ適度に刺激を与えなければならないのだが、戦争をしたり窃盗団やテロ組織を作るとか国は色々考える」

「国が犯罪を造るってなんか酷い話だな」

「人は比較対象を見比べながら学んで成長するのだ」

「犯罪が無いと警察はいらなくなる」

「戦争がないと軍隊や魔導士もいらないな」

「警察や軍隊が無いと人は弛むし、堕落した人間は国中へ邪な考えを広げていく。そう言うバカを利用して敵国に内乱を誘発したりするんだ」

「刺激を与える為に犠牲になる人達はどうなるんだ?」

「殉職や戦死者とかその家族に対して勲章や年金を出したり、国民の不満が高まってきたら金をばら撒いて誤魔化したりする。それでも全ての不満は無くせず煩くて面倒なのはこうなんと言うか……分かると思うのだが、のう闇鬼衆?」

「国を維持するには汚れ役が必要なんだよ」

「なんか私は人間が嫌いになって来たぞ」

「うむ、そうであろうな」

「とまぁここまでは基本なんだが、理解できたかみんな?」

 1人を除いてみんな首を縦に振る、その1人はイライラや不満が限界を超えそうで(私はこんな奴らに……)と、貧乏ゆすりをしながら我慢していた。


 ――――少し休憩を。

 頭が混乱しそうで目を白黒させるレヴィシアを落ち着かせつつ、メイド達に持ってこさせた夜食を食べたりしながら一息入れて話が再開される。

「長かったですがいよいよ本題ですなグールイータ様」

「いきなりだが俺はこの国を壊そうと思っている」

 えっ…と神と戦乙女以外はその表情が凍り付いた。

「喜べよーーーーーーー銀の夜明け団、お前らが望んだ通りに本物の革命を起こすことが出来るからな。神に感謝していいんだぞ」

「なっ……」

「なんだとーーーーー」

「そう言えばそんな話をしていたなジルは、海外に頼らず味方の居ないお前らの革命ごっこでも、俺に縋れば帝国を倒せる程の力が手に入るかも知れないとか何とか」

「よく覚えているなレヴィシア」

「冗談にしては度が過ぎますなそれは」

「冗談ではない。この国の停滞指数は3割を超えているし、海外で急速に進んでいる機械化は大問題なんだ。サイレントオーが現状のまま維持されると、早くて10〜20年遅くとも30年〜50年後には、勢力差が圧倒的になって手に負えなくなる」

「我が帝国が邪教徒共に敗れると言われるのですか!」

「今は勝ってるが時間の問題だ。機械化は全ての人間に戦う力を与えるし、力の神を崇める奴らは合理化によって急成長する可能性がある。今はまだ聖神族や魔神族が大手を振っているが、機械化によって人間が神を超える可能性もあるんだぞ」

「しかしですな……」

 神の指摘に対する闇帝の反論は、半死人・病人とは思ないほどの剣幕だった。

 闇帝が熱を込める停滞指数への反論に対してジルは……

「戦争に犯罪組織、チェスやスポーツ大会、技術者を集めて品評会とか色々やっても3割を超えている。国民が慣れて飽きた証拠だし、情報の拡散が早くなると停滞指数はもっと上がるだろうな、悪徳指数と違って安定化による怠惰指数は表面化しにくいんだ」

「それはそうで御座いますが」

「全てを闇帝とリーダーが決めて下さる理想郷、安心・安定で国民は怒れないけど?」

「娯楽や賭け事は多くが規制・禁止ときたもんだ……」

「あーつまらないつまらない」

「なぜ規制をしているんだ闇帝?」

「下らぬ絵画1枚に10億リムとか値段をつけるバカがおるからです! その10億で何人が救えるか! たかが絵画一枚を手に入れる為にどれ程の犠牲がガハっ……」

 興奮してベッドで咳き込んだ老人を落ち着かせつつ、神と闇帝がする話は長く続けられていく。前ヴェルラ王家と聖神族がした事とか奴隷や資本主義について、闇帝の譲れない思いはあるがそれでも神はこう言い切って変革を要求した。

「言いたい事は分かるし基礎を作ったのは俺だが、このままでは海外に負けるぞ」

「そのような事は決してあり得ませぬ」

「銃器があれば子供が戦場に立てるし奴らは奴隷が使えるんだ、計画経済と民主主義の違いは何だラクレス? 言って見ろ」

「選択肢の多さです。我々は無数の話の中から皇帝やリーダーが選んだ物を使っていきますが、奴らは個人レベルで勝手にどんどん進めて行く」

「個人個人が勝手に進めると制御できなくなるんじゃないか」

「かも知れないな、だが下手な鉄砲は数を撃つと当たるんだ」

「100人を成長させるために、100万人を犠牲にするのが自由経済。大勢の人が無数の球をとにかく投げ続けて、命中させた者が富を独占して豪邸に住めるのだ」

「何かカジノみたいな生活だな」

「いい事を言うではないか」

「自由経済は成長速度が速いが格差が広がる欠点があり、問題も多いがその差は機械化と情報化が埋めてくれる」

「機械化だの情報化とか俺には理解できないんだが」

「いずれ分かるようになる……」


【帝国と海外勢力との人口比率は1対3。兵器開発が進めば一般兵が高位魔族に勝てるようになり、戦闘機や爆撃機等という物が出てくれば、数による人の強さを身に染みて理解するだろうと神は言う。】

「それ程にですか」

「一部の天才を除いて95%人間には、殆ど差がないのになぜ差が生まれるのか?」

「分からないな」

「知らないからさ、知っているか知らないかその差があるだけ。正しい知識と勉強・訓練があれば誰でも一流までは来れる、後はやる気の問題だ」

「大した問題ではないと思うんだが」

「大問題だ、帝国のような国では特にな。7億の国民が全員リーダーになって見ろ少ない椅子を奪い合い、利権争いや家とか土地の広さを巡って大乱闘になるぞ。戦場だと逆になって此れが国の強さになる」

「人間って……」

「何のためにサイレントオーは、皇帝やリーダーに厳しい規制があるのか?」

「あ〜〜あれだ」

 《【嗜好性物品規制法の金粛条文】

 資産家の方は酒類やタバコが通常価格の3倍、飲み過ぎないように制限が付く。》

「労働には正当な対価ってもんがなぁーーーーーーーー、黄金で造られたホテルに住みたいぞーーーだったかな? 沢山のメイドを侍らせてだな……」

「そんな邪な考えを持つのは誰だ! 闇鬼集が成敗してやるぞ」

「頭を抑えて上下の差を縮めると国は安定する、逆をしてはならん絶対にな」

「言うのは簡単だが実行して維持できた国を、俺は殆ど見たことがない」

「なるほどなるほど」

「話を最初に戻すぞ。いきなり全てが変わる訳じゃないし、気楽にやればいいんだが俺が考えている革命計画では……」

「――――えっ今なんて!? 何て言ったんだジル!」

「だから新しい宗教を創る、炎爆の戦乙女はサイレントオーを救う救国の聖女になると言ったんだ。本当の意味で革命を起こせるぞ嬉しいだろレヴィシア?」

「この跳ね返り娘が……」

「獰猛な女戦士が……」

「メスゴリラが聖女になるだと!」

「いきなり言われても困るんだがって、獰猛な女戦士ってなんだ! 私の事をメスゴリラとかまた言ったな猛雷! 殴ってやるから表に出ろーーーーーーーー」

                  了

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