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 1月14日、ブラックウェディングの開催日。黒命祭を十分楽しみ豪勢な夕食を食べた銀の夜明け団は、しっかり寝て体力を蓄えるとテロリストらしい行動を開始した。

 《四角い建物がきちんと並んだ城塞都市の中心部には、六芒星に設置された巨大なが建っていてその光景から此処は水晶園と名づけられ、罠黒の花嫁達はその巨大水晶の中に収められて∞E機関のパーツとして機能する。》

「いま何時かな?」

「丁度11時30分になった所だな前儀式の開始まで後30分程だ。突入はそれより先になるが、早いうちにトイレとか用事を済ませておけよ団長。作戦中にしたくなってもそんな余裕は無いからな」

「私を子ども扱いするんじゃない」

 団長ほか夜明け団数名は、水晶園の近くに並んでいるアパートの一室に集まって窓から外を眺めつつ、突撃の合図である地下道の爆発が起きるのを今か今かと待っていた。

 ジルは普段通りのローブ姿で、レヴィシアは赤一色の全身鎧【クリムゾンウィル】、新政は群青色に斜めの雷が入った【蒼雷の軽鎧】、その他の仲間は厚めの戦闘服とか革鎧姿で居間のガラス戸際に集まっている。

「私をいつまで待たせるつもりだ、早く出てこい闇帝め」

「そう焦らずに落ち着けって団長」

 クリムゾンウィル程ではないが新政の軽鎧も、オリハルコン製で各所に魔法石が付いている。これに魔力を込めるとゴーレム狂騒曲で使ったMMアーマーの様に、全身をEシールドが覆って敵の攻撃をある程度防ぐことが出来るのだ。

「準備はいいかお前ら、Fボードはちゃんと持ってるな?」

「勿論だ」「いつでも行けるぜ」

 この部屋に居るのはレヴィシア達を含めて13人、居間に入りきらないので廊下にも人が立っていて他の仲間は別のアパートで待機中。

 その彼らを見回してからジルは「周囲の状況を確認したいから俺は先に行く。こっちは気にせずにお前らの好きなタイミングで始めてくれ」と言った。

「ここまで来て勝手な行動をするなジル!」

 影の中へと沈み始めた神を見てレヴィシアは声を上げたが、言われた方は耳を貸さずに消えていき、姿が見えなくなると団員達に不穏な空気が流れ始める。

「ジルは元々勝手だし気にするな皆。神の考えなど人に分かる筈がない、俺達は自分達がやるべき事だけを考えていればいいんだ」

「そうだな新政の言う通りだ」

 

「さてと……」

 銀の夜明け団から離れて団地から外に出たジルは、人目に気を付けつつ影から抜け出して周囲をざっと見回した。

「テロを警戒して人は殆どいませんと」

 昨晩、前夜祭まで賑やかだった景色は一変し、戒厳令が敷かれた城塞都市は人混みが消えてしんと静まり返っている。その静まり返った所には、ライフルや魔法武器で武装した兵士達がAFGと組んで見回りを続けていた。

「バレット号改を襲撃した時もだが……」

 (どうも敵側の準備が良すぎる気がする、魔導機関車には高位魔族が乗っていたし戒厳令まで敷くとは仰々しい。襲撃されるのが予め分かっているような感じだが、こちらの情報が洩れているのか? あるいは……まぁどうでもいいか)

 罠なら罠で潰すだけ、人間がどんな策を弄した所でジルは怖くなく、兵士に見つからないように影から影へと渡りながら目的の場所へと近づいて行く。

 (ここへ来るのは随分久しぶりだ、いつ以来だったか……)

 諸事情によりサイレントオーへの干渉を止めて早や50年弱、外から見守るだけだったジルが動き始めたのは理由があるのだが、それはいいとして彼はブラックウェディングが執り行なわれる水晶園への入り口までやって来た。

 ∞E機関は地下にあるので、地上部分になる水晶園は普段解放されている。ここの回りは幅の広い道路が囲んでいて簡易の柵が設置されていた。

「っと危ない危ない」

 外から様子を窺っていると巡回部隊が回って来たので、ジルは慌てて影の中に潜んでその集団をやり過ごした。(展開してる兵士が多いなぁ)とジルは思う、ここを守っている兵士達もだが全体で数百、3〜4個中隊は居そうだなと彼は思った。

 (レヴィシア達はそんなに有名なのか? 銀の夜明け団は2年ほど前から小さなテロや襲撃を繰り返してるが、此れほどの対策をするとは)

「外はこんなもんか次は……」

 蜃気楼の様にぼやけた景色を外から見ていたジルは、影の中に沈むとそこを通って中に入って行った。

 神聖な儀式の場であるここは他と違って豪華な造り。敷き詰められた石畳は全てが白色で祭壇とか並んだ椅子も全てが大理石、白々と神々しさを感じさせる所で儀式のない日はイベント用に開放されたりもする。

 例年通りなら外国の招待客とか接待メイドが居たりして、少し賑やかやな感じだが今回はそのような人達は見当たらなかった。

 (分かり易いなぁほんと)

 祭壇の前には数百もの黒曜石の椅子が並ぶが、そこに座るのは灰色(帝国の国民)か白で統一されたリーダー及び軍人ばかり。海外の客はこのような色を嫌い外交特権でやり過ぎない程度に色を使うので、今回は呼ばれていないようだ。

 (みんなピリピリしてるし腕の立ちそうなのが何人かいる、兵士だけでなく客とも戦いになりそうな感じだがどうするかな……)

 人の動きに気を付けつつ影から顔だけを出して、辺りを探っていたジルは襲撃前の下見に来て良かったと思った。(これは明確な罠だ、新政達が気付かない筈がないがなぜ言わない? 後はあれか……)

 ジルが見上げたのは、祭壇を中心に六芒星の角へそれぞれ建てられたあれ。高さ10mにもなる水晶が太陽の光を浴びて輝いており、首都の象徴とも呼ぶべき存在の先端には似つかわしくない物が括り付けられていた。

 (血染めのドクロに魔法石と金貨の入った袋が6つ掛かってる、恐らくあれを召喚するつもりだろうがやり過ぎだろ。あれの狙いは俺で間違いないが、奴らはなぜ俺を知っているんだ? サキュバス姉妹から情報が上がったかあるいは……大体こんなもんか)

 水晶園の確認を一通り終えたジルは影の中へと沈んで身を隠す。銀の夜明け団が襲撃をするまで待つのだが、ただ待つだけでは良くなさそうなのでどうしようかと考える。


 《聖神族を追い出して造り直した帝国の国教は 空想上の水の女神であるラ・ミューティスと、実在する【魔神王セブラゴン】(五元素に時間と空間を足して七色王)の、2つを掛け合わせて造られた。

 その名を【ネクサム】と言う、NEKUSAMU ネオ、クリア、サタニズム。》  正午になると各所から祝砲代わりの花火が次々に打ち上げられ、晴れて澄み切った城塞都市の空は濃い目の色をした昼花火に埋めつくされた。

「此れよりブラックウェディングを開始する。総員起立!」

 《花火が終わると同時に説教台から高らかに宣言をするのは、黒の司祭服に首から銀の六芒星ペンダントを掛けた大司祭【グリーチン】。魔神族として人前に素顔をさらすのは余り良くないので白マスクを常に付けている。

 グリーチンは高位魔族で魔神王の命令を受けてここに来た人間の監視役。帝国が造られてからでも340年以上、それ以前から魔神王に使えていてかなりの高齢だが、衰えを知らない戦場の好きな武闘派だ。》

 水晶園の奥、教壇の後ろには魔神王と女神のブロンズ像が建っている。

「二神像に向かって拝礼!」

 彼の声は遠くまで大きくよく通り、鍛えて引き締められた彼の体をみて入信する女性信者も少なくない。背中に悪魔の翼を生やしている彼が、両膝を折って祈りを捧げると周りにいる数百人もそれに従って祈りを捧げた。

「総員起立! 着席……」

 祈りが終わるとみんな席に座り直し、それから政界の偉い人やら大司祭とかの祝辞やら説教とかが長々と続く。気の緩みは国の緩み、欠伸や居眠りとか私語をしたりすると怒られたり罰金とか、出世に影響するのでみんな真面目に話を聞いていった。


 ――――そんなこんなで約1時間後、前儀式には闇帝が出て来ないので銀の夜明け団は水晶園を見張るだけで動かず、それが終わると漸く動き始める。

「そろそろ頃合いじゃないか?」と団長は隣にいる副団長に聞いてみた。

 ただ座って待つのは性に合わない、狭い部屋の中むさ苦しい男達に囲まれていれば尚更である。イライライラとしながら赤い全身鎧を着ているレヴィシアは、副団長が発する号令を床板の上に胡坐を掻きながら待っていた。

「縁起が悪いから貧乏ゆすりは止めてくれよ団長」

「う〜〜〜〜まだなのか副団長、私はそろそろ限界だぞ」

 真冬なのに人の体温でムシムシする六畳間、拡声器に載せて広範囲に響き渡っている大司祭とかの嫌いな演説を、長々と聞かされる彼女はいつ爆発してもおかしくない。そんなこんなで団長が我慢していると暫くして、「闇帝が来たぞ!」と窓ガラス越し見張っていた1人の団員が声を上げた。

「やっと来たか! 総員突撃……」「はまだだからな団長」

「うーーーーーがーーーーーーーーー」

 普通なら馬車とか装甲車に乗ってくる所だが、闇帝はそんな事はしない。

 闇帝の移動手段と言えば飛行竜、どんな遠い所にでも近衛師団を引き連れて自ら飛んで行くのが闇帝のやり方なのだ。

 団員が叫んだ闇帝が来たと言うのは、水晶園の南側から飛んで来るドラゴンの飛行連隊を見つけたからで、これを見たさに儀式へやって来る観光客も毎年少なからずいる。

 闇帝が騎乗するのは魔神王と契約をした時に、友好の証として受け取った【ツインヘッドゴルドラゴン】で全長14m、翼を広げた幅は20m近くにもなるという黄金色の鱗をした大型のドラゴンだ。

 対空攻撃を阻止するために地上部隊も必ず同行し、闇帝が乗るドラゴンを護るように数体の人が乗った強化型ワイバーンが取り囲む。闇帝が率いる飛行竜の群れが現れると例年であれば、上空を見上げる国民とか観客達の歓声やら何やらで、城塞都市が沸き立つほどの騒ぎになるが【今年は静まり返ったままだ。】

 (よくよく考えてみればだ、闇帝だけでも大変なのにあのドラゴンやグリーチンとも戦う事になるんだよな。あれ? 若しかして最初から勝算は……)

「総員起立! 敬礼して闇帝をお迎えせよ」

 グリーチンの指示を聞くと儀式に参加している人達が一斉に立ち上がる。

 海外からの招待客は立つだけでいいが居ないので、黒曜石の椅子から立った人達は全て右胸に付けた国旗のピンバッチ、満月を咥えたドラゴンの横顔【ドラゴンムーン】を左手で触りながら敬礼の姿勢を取った。

 グワォーーと威厳を示すように高く吠えつつ、都市を一蹴したゴルドラゴンは水晶園の上で停止すると翼を羽ばたかせながら、グリーチンが立っている教壇の後ろ、ブロンズ像と教壇の間にある開いた闇帝専用のスペースに降りて来る。

 そして(なんだとーーーーーーーーーーー)とジルは驚く。

 ドラゴンライダーと強化型ワイバーン達は儀式が終わるまで、交代しながら上空で警戒監視を続けるのが通常だが今回はなんと、闇帝を水晶園に降ろしたらそのまま基地に引き上げて行ってしまう……

 闇帝のボディガードであるツインヘッドゴルドラゴンまでもが、再び飛び上がると編隊と共に帰って行くと言う異常ぶり。(こんな事が許されていいのか? 任務放棄、近衛師団長が処刑されてもおかしくない状況なんだが……)

 戦闘で傷付けられたくないから誰かの命令で、ドラゴン達は帰らされたんだと容易に想像できるのだが、(それにしても……)ジルは首を傾げて悩むのであった。


「皆のもの大義である!」

 ゴルドラゴンから颯爽と飛び降りた闇帝は、グリーチンの代わって教壇に立つとまずこう宣言をする。《大粒の黒ダイヤが嵌められた金の冠を頭に載せている、金の長髪をした老齢の白肌は健康そのもので背筋がピンと伸びていた。

 若干やせ気味ではあるが特殊部隊と遜色がない程に筋肉質。神が鍛え上げた不老の黒騎士は400歳を超えてなお剣術大会で負けを知らない、伝説級の大剣【ファイブクラッシャー】を振り回して戦う覇王である。》

「少し長くなるが儂の話を聞いて貰いたい。この世界についてだが……」

 毎回この説明をするのは闇帝の役目、耳にタコができる程に何度も聞かされて嫌気を感じる人もいるが、闇帝に失礼があってはいけないのでみんな真面目に聞いている。

 《人が居なければ神も魔族も存在せず、人の意志がそれらを作り出してきた。一口に人と言っても人間・鬼人・エルフ等と多岐に渡るが、様々な軋轢やら歴史的な経緯から争いを繰り返してその度に、神と悪魔が生み出され続けてきたのである。》

「聖神族は傲慢にして無責任である! 前ヴェルラ王家やコアナイツの屑共は……」

 数百年前に直接関わった事なので闇帝はこの話になると、演説に熱がこもりを国民に理解させようと少々長めに続けられていく。

「冥界と言うのは……」

 《端的に言うと死体や悪霊の処理業者。古の時代に存在した魔導帝国が戦場で生み出された無数の死体やあれこれを、一か所に集めて管理し、様々な魔術に利用したのがその始まりだとされている。

 このシステムは今でも生き続けており、冥王の命を受けて動く死神達が、戦場の死体とか僻地で死んだりした無縁仏を冥界に集め続けていると言う。》

「∞E機関とは……」

 《日々拡大し続ける冥界から瘴気を吸い上げて、濾過・清浄化させる装置のこと。

 サイレントオーは死体を処理しない。燃やさず、埋めず、当事者が納得する儀式なり葬式が終わると死神に引き渡されて冥界に送られるのだ。冥界に送られた魂や死体は何らかの方法で転生して……とされているが、どう考えるかは人それぞれである。》

「よいか皆の者!【質実剛健を常とせよ。】【飾ってはならぬ富を求めてはならぬ、国は家族であり国民は宝である。】【富まぬ者には与え、富むものには責任を負わせ、全てを平らにして最強の国を目指すのだ】」

 (俺の教えをきちんと守り続けるとはそれでこそ闇帝だ。とそれはいいとして、銀の夜明け団はいつ仕掛けるつもりなんだ? 黒の花嫁が来るまで待つのかな……)


「まだなのかぁ副団長、いつまで私を待たせるつもりだ」

 貧乏ゆすりで床を叩き続けている【炎爆の戦乙女。】まだかぁまだなのかーーーーーと彼女が我慢をしていると突如ズドーーーーーンと大音響が響き渡って、アパートのガラス戸や窓がガタガタと震えた。

「副団長!」

「覚悟はいいなお前ら総員突撃ーーーーーーーーー」

「おーーーーーーーーーーーーーーーーーー」

 ガラッと勢いよくガラス戸が開けられると、Fボードに乗った革命の戦士達がそこから飛び立ち水晶園にいる闇帝に急襲を仕掛けるのだった。


 (やっと動いたか彼奴ら)闇帝やグリーチンの演説を長々と聞かされ、欠伸をしながら待っていた神の方へと漸くテロ組織が動き始める。それに応じた神は取り合えず骸骨軍団を50体ほど召喚しようと、影に手を翳すのだが途中でやめてしまう。

 ――――そして

 (お前ら真面目に仕事しろーーーーーーーー)とジルは大声で叫びたくなった。

 一体なにが不真面目なのか? 大爆発が起きて銀の夜明け団が攻めて来たのに、首都を警備している兵士達が騒がず一発も銃を撃たない所。(何がどうなってる、俺は夢を見ているんじゃないか????)と、水晶園の端からその光景を眺めていた神の頭は混乱して訳が分からなくなった。

 水晶園の周りは計画通りに大穴が開いてここは孤立状態なっている。なのに誰も騒がずブラックウェディングの参加者達は、安全地帯に批難したり武器を持って戦闘態勢になったりとか粛々と態勢を整えていく。

 誰も何もしないので暫くすると銀の夜明け団40名弱は、無傷のまま水晶園にいる闇帝の前にずらっと集合して一斉に武器を突き付けた。

「その首を貰いに来たぞ闇帝ラクレス・ロー! 覚悟して貰おうか」

「ふっははは覚悟か、この儂に覚悟だと……」

 【聖剣レヴォリューションレッド】、灼熱の炎に彩られた魔法剣にはレヴィシアの得意なイグニスソードが宿っている。彼女が掲げる収束された巨大な炎は、25式バレット号改を両断した時よりも更に数段大きくてちょっと熱く、側にいた新政とか戦士達は此れは堪らないと思わず距離を取ってしまった。

 (なんか凄いな私、此れがソウルウォーターの力か……)と、レヴィシア自身も驚きつつ闇帝に対峙するのだが、同時に(何かがおかしい)と思い始める。

 (なぜ誰も私を止めない、なぜ闇帝は笑っていられる)

「その小さな炎でこの儂を脅すだと! 笑わせるでないわ」

 闇帝はレヴィシアの間合いの中にいる、彼女が軽く長剣を振るだけで闇帝は死にその体は燃え尽きるのに慌てる様子が全くない。

 腕に余ほどの自信があるのか強気の口調で話す、金髪の老人は背中から身の丈程もある幅の広い大剣を抜く。その大剣はオリハルコン製のようで、柄に並んで付いた5色の魔法石も高級品のように見えたが、遠目に見たジルは一目でそれを偽物だと見破った。

「フレイムソード! この儂を殺せると思うなら殺してみろ炎爆の戦乙女よ、魔王さえ退けるこの儂をその程度の炎で殺せると思うならな」

「あーーーそのなんだ、お前は本物のラクレス・ローなのか?」

 レヴィシアはガッカリしてしまった、黒一色な厚めの皮の服を着ている老齢の戦士は強そうで皆に尊敬されるのも少し分かる気がするが、いかんせん弱すぎる。闇帝が構えている大剣は立派だが魔力に関して言えば新兵より弱いかも知れない。

「さぁ掛かって来るがいいテロリスト共よ、この儂が返り討ちにしてくれるわ!」

 (そんなチンケな炎で私をか? どうしよう……)

 何かやりづらい空気、弱い者いじめをしているような気分になるレヴィシア。判断に迷った戦乙女は近くの副団長に視線を送って判断を求めるが、「何を迷うんだ団長このチャンスを逃さずに闇帝を斬れ!」と言われてしまう。

 (ジルが側にいてくれれば……)何かが変だがレヴィシアには分からない、神ならもっといい判断をしてくれそうだが彼女には分からない。心の迷いのからか戦乙女の掲げる魔法剣は若干弱くなり、中々動こうとしない相手に業を煮やした闇帝の方から動き出す。

「覚悟せよ炎爆の戦乙女、成敗!」

 (どうなっても知らないからな!)大剣を振り上げて突っ込んで来る、弱そうな闇帝にレヴィシアはイグニスソードを振り下ろした。闇帝はそれを魔法剣で受け止めようとするが出力が低いのでそのまま……

「ぐわぁーーーーーーーーーーーー」

 仰々しく叫びながら燃えていく闇帝ラクレス・ロー、少ししてその体は文字通りの消し炭に変わりレヴィシアは此れは罠だと確信を得た。

「団長が闇帝を倒したぞ」「俺達の勝利だーーーー」等と、団員達は万歳をしたり喜んだりとかはしゃぐのだが、彼女から段々離れて行って取り囲むような配置になる。最も驚いたのは信頼していた新政が自分に武器を向けたこと。


「どう言うつもりだ副団長!」

「気安く呼ぶな偽人間!」

 《顔を覆っているミスリル繊維の布頭巾に鉢がね、ミスリルの鎖帷子の上から着ている群青色に斜めの雷が入った【蒼雷の軽鎧】とつま先を補強した足袋。腰ベルトに巻物やら爆弾らしいのを付けて、両手に持つのは【双竜無変筒】(そうりゅうむへんづつ)。》

 新政は元遊撃部隊だと話していたが、似て非なるもののような姿でレヴィシアと対峙をしている。その回りに立っている団員達もいつもと雰囲気が違って殺意があり、団長に対する忠誠心が無くなってしまったように思えた。

「これはいったいどういう事なんだ!」

「お前が知る必要はない黙ってここで死ね」(なるほどなぁとなるとあの噂は……)

「新政が私に勝てると思っているのか?」

「ふっはははは、猪武者のレヴィシア如きがこの俺に勝てるだと!!!」

 今までの流れ的に考えればレヴィシアが一方的に勝つ! 筈だった。しかし迷いつつもイグニスソードを構えた彼女に対して高笑いした新政は、オリハルコンの本体に黄金の竜が描かれた筒へ魔力を蓄えつつ正面から仕掛けて行く。

 (仲間だと思っていたのに何故なんだ新政)彼から感じる殺気は本物だ、忍び装束のような姿をして前傾姿勢で向かって来る、相手を倒さないと命が危ない。迷いはあるがそこは革命を目指したテロリスト、唇を嚙みしめて心を殺し「私、私はーーーーーーーーーーーーーーー」と彼女は涙を堪えながら全力で斬りつける。

「縮雷爆砲!」

 斬りつけられた灼熱の魔法剣に対して左寄りに走る新政は、右手に持った黄金の筒から圧縮した雷魔法を撃ちだして対抗。魔法剣の左側から大きな圧力が加わるとレヴィシアは体勢を崩し、倒れそうな彼女へ新政は左手から「雷竜縛術!」を発動する。

「そんなうあぁぁぁぁーーーーー」

 左手の筒から伸び出るのは竜の形をした雷魔法で、対応し損ねたレヴィシアの身体に纏わりつく。雷竜に巻き付かれた彼女は数万Vの電流を全身に浴びて、絶叫しながら大理石の床へと倒れ込んで行った。

「バカ……な、なん、だこれは……」

「造られた人形の分際でよくも俺を殴ってくれたな、何度も気軽にだ……」

 全身が痺れて動けなくなったレヴィシアの赤の兜を新政は踏みつけた、本当は胴を蹴り上げてやりたいが自分が怪我をするので此れで我慢する。

「さてと……」

 右手に持った筒に魔力を集中させた新政は【雷剣】を作り出す。雷魔力の剣をレヴィシアの頭につきつけながら新政は、「側で見ているんだろ隠れてない出てこいジル!」と辺りを見回しつつ大声で言った。

「神を呼びつけるとは勇気があるなぁ新政」

 そう話しつつレヴィシア影からひょっこりと顔をだしたジルは、そのまま浮かび上がって自分を呼んだ男と対峙する。

「ふんっ貴様も俺を見下していたな、この俺を誰だと……」

「サイレントオーの属国【海明国】にある封魔一族の若頭、猛雷忠順もらただずみだったかな? 闇帝直属の諜報機関【3スリーデビル】の一つである、闇鬼衆を束ねている2級魔導士だ。回りに居るのは諜報機関の仲間とか闇鬼衆なんだろ」

「なっ……」

 自分は闇帝の身内で偉いんだぞと彼は言いたかったが、既にバレているので新政は口籠ってしまう。(このヤローーー)と思うが逆らっても勝てないのは証明済み、彼なりに対抗策は考えてあるのだが(くそっ一体なんなんだこいつは……)

 (気付いてもよさそうだが猛雷はまだ若いな。戒厳令は俺との戦いを想定して国民に被害意を出さないようにするため、都市の各所に展開している軍隊もそうだろうが彼奴はどんな手を考えているのやら)

「ジルはなぜ俺の正体を知っている」

「神だからさ」

 両掌を肩の上にあげておどける神。全くもって腹立たしいがそこは堪えて、忍びらしく冷静を装いながら猛雷は続けて聞いてみる。

「骸骨とゾンビ軍団はどうしたジル、200〜300体を呼びだす予定だったろ」

「テロリストを素通りさせるような帝国軍人に対して、亡者の群れを呼びだしても意味がないと思わないか?」

「そうだな」

「それでお前はこれからどうするもりだ? 何故こんなこんな事になったのか大体の見当は付いているんだが、本物の闇帝はどこに居る?」

「闇帝ならついさっき死んだろうが」

「あんな偽物と一緒にするんじゃない」

「俺が答えると思うか?」

 (そうだろうなぁ)戦いに対する気迫、抜け目のない体勢、副団長を装っていた時とは打って変わって今の猛雷は、2級魔導士を名乗るだけのオーラがある。(俺は奴の魔力を数倍に高めてしまった訳だがさてどうするか?)

「ソウルウォーターには感謝するが、ジルお前は俺の敵だからな」

「分かってる。高位魔族を倒せるぐらいにはなれたかな?」

 猛雷は足元にいるレヴィシアと正面のジル、そして周りにいる味方を交互に見比べながら考えていた。(援軍はあるしゴーレムも準備したが……)

 ジルには勝てない。氷剣の骸骨キング改、コルドナイトメア、ワイトキングやゴーストの群れそれらを赤子の手をひねる用に軽々と、倒せてしまう少なくとも魔神以上の神に対して猛雷はいい対抗策を考えつかなかった。

 (あれは使いたくないんだが……)とある人物から授けられた知恵、水晶園の象徴たる【清廉の水晶】に引っ掛けてある血染めのドクロと金貨の袋。(そもそもだ俺達はジルとどう向き合えばいいんだ???)


「私を舐めるな猛雷ーーーーーーーー」

 ゴウッとレヴィシア鎧が燃え上がった、魔法鎧クリムゾンウィルについた防御石から炎が吹きあがると、燃やされたくない猛雷は抑えつけていた足をどけて後ろに飛ぶ。

「あれを喰らってもう動けるようになるとは、さすがメスゴリラだな」

「闇帝が偽物だとか闇鬼衆がどうだとか、聞きたい事は沢山あるがまずお前を倒してから考えるぞ! ツインイグニスソード」

「おーーーーーーー」とジルは手を叩いて彼女を褒める。〘動物的な感覚、直感で考えて戦える有能な戦士、(彼女は使える此れはいい人材だ)とジルは思った。〙

 右手の長剣にイグニスソード、左手に武器は無いが膨大な炎を纏めて剣の形へ。次は負けないからと炎爆の戦乙女は二刀流で、自分を騙したらしい男、よく分からないけど腹が立つ猛雷と向き合った。

「俺の真似をしたつもりか、ふざけた真似を……」

 (この女のこういう所は大嫌いだ。弱いとテロリストにならないからって、無駄に力を与え過ぎなんだよ! 闇帝め……)何十年も頑張って修行した自分より造られた彼女の方が素質とか魔力量は数段上で、猛雷はいつも面白くないと思っていたのだ。

「覚悟して貰うからな猛雷」

「偽人間の分際で生意気な口を……」

「私は偽人間じゃない! 覚悟ーーーーーーーーーー、ってあれ?」

 猛雷に斬り掛かるべく地面を蹴ろうとしたレヴィシアだったが、身体がその場に固定されたまま動けなくなる。

「何をするんだジル! お前も私を……」

 レヴィシアの動きを止めたのは影の中から伸びてきた骨の蛇、それが体とか腕に巻き付いて彼女を動けなくしてしまったのだ。

「言いたい事は色々あるだろうが、レヴィシアが騒ぐと話が纏まらなくなる。この場は俺に任せてま大人しくしていてくれないか?」

「ふざけるな! う〜〜〜〜」

 レヴィシアはめちゃくちゃに怒っていたが、こうなってしまうと何も出来なくなるのは既に一度経験させられている。可能な限りの怒りを込めて彼女は神を睨むのだが、相手は気に止めずに猛雷と話を進めて行く。

「胸を貸してやるから好きにやって見ろ猛雷」

「なんだと……」

「レヴィシアだけならこんな大掛かりな仕掛けは必要ない。俺を倒すためにお前は色々仕込んだんだろ、無駄で意味のない努力だと思うが話が進まないから、お前に合わせて戦ってやろうと言うんだほら」

 掌を上に向けながらジルは右手を突き出して指を4本曲げ伸ばしする。

「こっ」

「こっ?」

「俺をコケにしやがって分かってるなお前ら!」

 闇帝とか帝国軍人に向けられる筈だった、銀の夜明け団が持つ旧式ライフルやロケット砲なんかが、猛雷の命令を受けて味方の筈なジルへ全方位から降り注ぐ。ゴースト軍団の魔法攻撃を防いだ神にとってこの程度の攻撃は、児戯に等しいが時間稼ぎのつもりだなと相手の出方を待ってやる事にした。

「レヴィシアといいお前といい……」

「逆恨みとか歪んでるなぁ猛雷、そんな調子で闇鬼衆の頭領とか務まるのか?」

「吠え面を掻かせてやるかな!」

 左手を上げて展開した範囲型のEシールドでジルは銃撃を防ぎ続けている。彼らにジルを抑えさせているつもりな猛雷は、その間にずーーと後ろへ下がると双竜無変筒を持った両手を掲げて何かの準備を始めるのだった。

「――――それがお前の最強魔法なのか?」

「そうだよ! ちくしょうめ……」

 サンダードラゴン、雷竜と読んだ方が正しいかも知れないドラゴン達が、筒の左右からそれぞれ2匹ずつ伸び出ると新政の頭上へ整列する。

 (双竜無変筒は確か雷魔法を増幅させる伝説級の武器だったな。さてこちらも……)

 敵の攻撃を防ぎながらジルはハァハァと右手に息を吹きかけ始めた。

「なんだか急に冷えて来たんだが何をしてるんだジル?」

「氷魔法を圧縮しつつ右手に重ね掛けしているんだ直ぐに分かる」

 神の側で骨の蛇に拘束されている戦乙女の視線の先には、段々と大きくなっていく氷の塊がある。右手に作られているそれは人の顔程もある大きなグローブの様になった。

「覚悟は出来たんだろうなジル!」

「いつでもいいぞ猛雷。ハァハァハァ」

「とことんコケにしやがって、殺してやる! 四雷竜撃波ーーーーー」

 猛雷が掲げていた手を前に倒すと放たれた4匹の雷竜がジルに殺到する。しかし(そうじゃないだろ猛雷ーーーーーー)と彼はちょっと怒りたくなった。

「一つ目!」は氷のグローブで迎撃、「二つと三!」は影から炎を纏って伸びてきた骨蛇が食い破り、「最後だ!」は同じように氷のグローブで迎撃する。

「バカな……」

「センスが無いぞ猛雷! こうだろこう」

 ジルが左手を降ろしてEバリヤーを止めると同時に、影から伸びてきた4匹の骨蛇がジルとレヴィシアを取り囲んでバリヤーを作り出す。

「こうってなんだよ!」

「クロスだクロス! 相手は1人なのに雷竜をばらけさせてどうする」

 ジルは両手を挙げるクロスさせつつこうだこうだと言うが、指摘された猛雷は素手で殴り掛かりたい程に頭にきた。

「貴様ぁーーーーーーーーーーーーーーーー」

「忍びの本質を思い出せーーー、そんなんだから負けるんだぞーーーーー」

 両手を拡声器の様にしたらジルは大声で指摘し、その余裕振りにイラ立つも敵に教えるジルの態度にレヴィシアは素直にいい人だなと思った。

「このヤローーー」

 双竜無変筒から漏れる雷を剣に変えて斬り込もうとしたが、猛雷は踏み止まり、言われた通りに両手を挙げつつクロスさてもう一度やりなおす。

「此れでいいのかジル?」

「腕は交差させなくていい、雷竜をクロスさせて一か所に集中させるんだ」

 やりたくないなと猛雷は思った、自分の力量では制御できない耐えられる自信が無いからなのだが、神に挑むならこれ位の覚悟は必要になる。

「――――やるぞ! うぉぉぉぉぉぉーーーーーーー」

 2発でも大変なのに4発全てを一つに纏めなければならない、共鳴現象は2発で倍以上になり3発で4倍、4発で8倍と2の乗算でその威力が上がっていく。単純計算でも高位魔導士8人分の制御力が必要で、制御に失敗した魔法がどうなるかは経験済み。

「なんか凄い事になった見たいだが大丈夫なのかジル?」

「大丈夫々俺は神なんだぞ」

「幾ら神でもあれはちょっと……」

 4匹の雷竜が空へ昇りながら絡み合って一つになった。ワニ顔に鱗があって角もある東洋の竜は、数百万Vもの電流を宿して長さ7m以上もの胴体を持ち、まるで神の化身たるような風貌をしている。

「その魔法を何て言うか知ってるか猛雷?」

「名前だと……」

 ソウルウォーターを飲んでなければ耐えられなかった、意識ごと全ての魔力を持っていかれそうな圧力に猛雷は必死に耐えていて、話をする余裕などないのだが名前ぐらいはと思いつつジルの話を聞く。

「第3代封魔の頭領、天才と呼ばれた猛雷隼人。幼き頃より厳しい修業を積み重ねあまたの戦場を駆け抜けたるその姿は人にあらず、刀を振るわば山を切裂き術を使わば城を灰に変えてその恐ろしさたるや竜の化身と……」

「長話は後にしないかジル? 猛雷が怒ってるぞ」

「そうだった、その魔法は双竜無変筒を作った猛雷隼人が得意にした大魔法で……」

「そうか此れが」

「「神竜滅鬼砲かーーーーーーーーー」」

 いつも間にか銃撃が止まっていた、諦めたのか忘れているのかは分からないが闇鬼衆とかその仲間達は、2人の戦いに集中してじっと見守り続けている。猛雷が放った大魔法はその電力と熱量で床を焦がしながら直進し、神の如き雷竜はジルとその側にいるレヴィシアを一飲みにせんと襲い掛かって行った。

「大丈夫なんだろうなジル!」

「任せとけって必殺のーーーーーーーーーーーー」

 神竜滅鬼砲に対して右拳を振りかぶったジルは、「クリスタルブローー」とストレートパンチを繰り出していく。

 バカだと思った、みんな無理だと思ってしまった。間近で見ている銀髪の美女なんかは諦めて死を覚悟したりしたが、神の感覚など人に分かる筈がない。回りが呆れて呆然とするなかパンチをしたジルは猛雷の大魔法を打ち消してしまう。

「あちあちちちち、さすがの威力だな猛雷」

 相手を褒めながら振った、包帯を巻いてあるジルの右手は少々焦げている。その手に氷の息を吹きかけて冷やしつつ「次はどうするんだ猛雷?」とジルは聞いてみた。

「こっこの野郎……」

 初めて使った大魔法の反動から猛雷は膝をつく、息が荒くて汗を流し暫くは動けそうにない程に疲労しているが、望み通りにしてると周囲に目で合図を送る。

「奴らは何かするつもりだぞジル」

「そうだな。一体なにをするつもりなんだか……」

 ジル達を取り囲んでいる30人弱の戦士達は一斉に、懐とか腰に吊ってあるポーチとかから透明なクリスタルを取り出して構えた。

「封印魔法はいらないぞ、その程度で止めるのは無理だし俺はここから動かない」

「本当に動かないんだろな?」

「動かない」

「そうかなら……」

 ジルがこう言うとクリスタルを仕舞い直した彼らは、続けてある男に揃って顔を向けていく。その男とは(あんなのが相手とか聞いてないぞ!!!)と、冷や汗をダラダラ掻きつつジル達の戦いを見つめていた大司祭、翼のある高位魔族グリーチンの事である。

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