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――――1月13日の昼前、ジルの転移魔法で冥狂落坂から帝国の首都へと戻った3人は作戦会議をする為に、例の違法民泊施設にある食堂へと集まった。
忙しい朝と違って昼間の食堂には人が殆どおらず、奥にある調理場で皿洗いとか作業をしているのは使用人らしい猫人間。調理場の天井に小さく空いたパイプ穴は煙突の代わりになり、人目に付かない所へ密かに排煙される仕組みになっている。
その忙しそうにしている彼女に聞こえないように、窓のない食堂に置かれた長机の端に集まって座る3人は相談を始めた。
「作戦会議の前にまず聞きたい事がある」
「何が聞きたい?」
「ソウルウォーターは本当に安全な薬なんだろうな」
「今のお前は平気そうにしてるじゃないか」
「それはそうだが……」
《11日目は様子見でボスの能力を確認し、12日が本番で勝てた暁には……の予定だっ彼らだが、2人が弱いのでジルはボス戦をキャンセルする。で、11日の夜に宿へ帰って来たレヴィシア達は、ジルから黄金色の液体が入っている瓶ソウルウォーターを手渡されて飲むかどうか、飲んでも安全なのかと長い時間悩んだ末に飲んだのだ。》
「飲んで直ぐに俺達はひっくり返ったんだが」
「そう言う薬だからな。ソウルウォーターによる体への反動を抑えるために、魂が安定するまで強制的に眠らせる、つまり強めの睡眠薬が入っていた訳だ」
「丸一日眠りっぱなしだったが変な事はしてないだろうな?」
「その話はもういいだろう新政。私達は健康そのもので以前より体が軽い位だし、終わった事よりこれから先の話をしたほうがいい」
新政は座った目でローブ姿の男を睨んでいたが、彼女の話を聞いて切り替える。
「それで、此れからどうするんだ副団長?」
「まずこれを見てくれ……」
新政はポケットから畳まれた紙を取り出してテーブルに広げた。
「なんだこれは?」
「此れはサイレントオーの中心部にある∞E機関、その下にある地下通路の地図だ」
「描かれているのは五芒星のようだが何か意味があるのか?」
「∞E機関から漏れだす魔力とかで周囲に影響が出ないように、五芒星の聖域結界で付近一帯を清めている。都市の中心部が陽炎の様にぼやけて見えるのは、此れの影響で内側と外の気温とか魔力濃度が変わるからなんだぞ」
「ふーーんそれで?」
「ブラックウェディングを襲撃する前に、まずこの地下道へ爆弾を設置する。円に沿って天井に配置していって爆破すればだな……」
「水晶園を囲むように堀ができる訳か。地下道の広さは幅4m程だから闇帝を孤立させるには十分な広さになる」
「その通りだジル。爆弾は他の仲間が仕掛けに行くから任せるとして、俺達は水晶園の外に潜んで騒ぎが起きるのを待てばいい」
「闇帝を襲撃するのは何人だ? まさかたった3人でやるとか言わないだろうな」
「当たり前だ。40人程の仲間を近くの民家に潜ませておいて、爆破すると同時Fボードに乗って突撃する。彼らが時間を稼いでいる間に、俺とレヴィシアで闇帝に斬り掛かって倒すことになるんだ」
「その程度の数では話にならんな」
「そうだろうなだから……」
他にも騒ぎを起こす、テロをしたり都市にモンスターを放って暴れさせたりとか、ある程度の仕込みはしてあると新政は言う。
「後なジル」
俺達のすごく貴重な時間を修行で浪費させたんだから、お前もなにか出せ。
「出せって言われても困るんだが……」
神である俺は人に干渉するのは余りよくない、よくないんだがまぁ骸骨とゾンビの群れは提供してやろうという話になった。
「数は?」
「2、300体もいれば十分だろ。地下道から飛び出すのに合わせて敵をかく乱する為に水晶園とその回りへ召喚してやる」
「決まりだな。それじゃ後は……」
「少し散歩をしないか?」
「散歩だと?」
「襲撃をする前にその場所を一度確認しておいた方がいい」
「そうするか」
「ブラックウェディングはお祭りなんだよな? 出店があったりサーカス団が芸を披露したりとかするとか聞いたんだが……」
新政で散歩をすると聞いた銀髪女性は妙にそわそわし始めた、その様子を様子を見ながジルは気になる事を聞いてみる。
「レヴィシアは今年で何歳になる?」
「21歳だがそれがどうした」
「レヴィシアはブラックウェディングを見たことが無いのか?」
「えっそれはどう言う……」
「お祭りなんだよなとかサーカス団の話をどこかで聞いたとか、21年もサイレントオーに居てレヴィシアは、ブラックウェディングを見るのが初めてなのか?」
「えーーーとそれはそのぉ……」
何か変だなとジルに言われたレヴィシアは首を傾げる。(私はこの都市で生まれて窮屈な生活に飽き飽きしてたんだ、あれ? お祭りを見るのは初めてなのかな……)
「家族や兄弟のことは覚えているか?」
「勿論だ。兄は戦場で死に、両親は闇帝に逆らったとかで処刑されて、孤児院に入った私はいつか復讐をしてやろうと剣と魔法の修行を始めたんだからな」
「孤児院の先生とか他の子供達はどうなんだ?」
「覚えてるぞ」
「そうか覚えているのか」
「何なんだジル、さっきから変だぞお前」
「悪かったなレヴィシア、この話は忘れてくれ」
ジルに向き合う女性の小顔は平然を装うも頭の中は疑問で一杯、何かがおかしいと彼女は思うがしかし確証も無いので、言われた通りに今は忘れておくことにする。
「ジルは変な奴だな」
「俺は神だからな、人間には理解しづらいだろうさ」
「そういうものか」
「そういうものなんだ」
「祭りが見たいなら早く出かける方がいいぞ。ブラックウェディングは今年で終わりだから見納めに少し遊んでおくのも悪くない」
「それはいい考えだ」
《他の国はサイレントオーに頭を垂れて教えを乞うべきだ、格差のない完全に制御された世界が羨む計画経済、【アルカディアがここにある!】と帝国国民はよく自慢する。
その城壁に囲まれた首都の北西側で最奥にある外来地区、その更に奥まった所にただのアパートに見える違法民宿から、作戦会議を終えてジル達3人は外に出てきた。碌に塗装もしていないコンクリートの建物と比べるのもあんまりだが……
「ほんとつまらない都市だな」と新政は呟く。
最下層で犯罪すれすれの人が集まるここと、外に出て見上げた国営ホテルの差が余り感じられない。内装には差があるだろうが外見に関して言えば、きちんと塗装がされているか無いかの違いがある位で、新政の目には殆ど差が無いように見えた。》
「ホテルが金銀で塗装されていれば満足か? 海外にはそういう所もあるんだぞ」
「そういう所に俺は住みたい」
「外に求めるのは盲目、物事の真理は常に内側にある」
「無いなら作ってしまえばいいってか、魔導士の基本だがこの国は規制だらけなんだよ」
「外壁なんか拘っても虚しいだけじゃないか、そんな金があるなら……」
「貧しい人に寄付しましょう。その寄付金で遊びやがって彼奴らーーーー、俺だってな豪邸に住んで優雅に暮らしたいんだよ」
「大勢の可愛いメイドを侍らせてちやほやと……」
「汝求めよ、求めれば道は開かれん」
「新政はやはり変態だったのか」
「誰が変態だ! お前らは誰の味方なんだよ」
「まぁそう怒るんじゃない新政。騒ぐと警察に職質されるから静かに行くぞ静かに」
「服ぐらい好きなのを着たっていいじゃないか」
「確かにな……」
新政は灰色のシャツに灰色のズボン、レヴィシアは灰色のワンピース、ジルは黒いローブから灰色に変えていた。目立たない様に道の端に寄った彼女らは、並んで歩きながら都市の中心部を目指している。
「どこに行く新政?」
外来地区にはホテルが並んでいて東の太陽を追えばいい筈だが、広めの通りを曲がろうとした2人に達に対して、1人はその道を無視して更に先へ進もうとした。
「どこに行くつもりだ新政?」
「遊びに行くんじゃないのかお前ら?」
「だから商店街の方へ行くんだろ」
「分かって無いな……」
【遊びに行くなら中央大通り! メインストリート! サイレントパラダイス!】ここに行かなくて他のどこへ行くんだと彼は声を大にして訴える。
「つまらないのか楽しいのか今一分かりにくい名前だな」
「人が多いしAFGもウヨウヨ居るから、大通りには近付きたくないんだが」
「祭りが見たいんだろレヴィシア、闇帝に雇われたサーカス団も来ているんだぞ」
「ジル〜〜〜」
「分かった行けばいいんだろ行けば」
新政の話を聞いて媚びるように見つめるレヴィシアに折れたジルは、新政の案内でメインストリートへ向かうことにした。進行方向を東から南に変えて南西城門へ、統一規格の四角い建物に囲まれた歩道を歩きつつ、暫くすると「この国についてどう思う?」とジルは前にいる2人へ聞く。
「今さらそれを聞くのかよ」
「都市の景色は確かにつまらないが……」
銀髪を揺らしながら辺りを見回したレヴィシアは、「知らないだけかも知れないが私はこの都市で飢えている人を見たことがない、みんな顔色がいい」と素直に答えた。
「ホームレスを知っているか?」
「知らない。私は見たことが無いんだが何かの職業なのか?」
「レヴィシアはどれ位の間この都市にいる?」
「去年の4月初頭からだからえーーーっと……」
レヴィシアは指を折りながら考えて「あちこち飛び回ってたからこの都市にずっといた訳じゃないが、大体9カ月ぐらいかな?」と返事をする。
「それ以前のレヴィシアは孤児院に居たんだな? そこで神の啓示を受けたと」
「その通りだが、ホームレスって何なんだ?」
「そうか。ホームレスって言うのは……」
ジルと新政があれこれ説明するとレヴィシアはフンフンと理解し、色々と話をしながらら3人は城塞都市の南城門前へとやって来た。
「賑やかと言えば賑やかなんだが」
「なにかズレてる感じがする」
「この国は規制が大好きだからなぁ」
南西城門前から続くメインストリートに立って北東を見ると、威圧的な黒一色のオルタナム城が城壁の向こうにドンと聳え立っている。道幅は馬車4台が並んで通れるほどに広くて普段は、白い煙を上げて走る蒸気自動車と馬車が並んで走っている所。
黒の花嫁の調整状況によって多少前後するが、ブラックウェディングは2日前から祭りと前夜祭が行なわれて、メインストリートは終日規制になる。歩道に屋台が並んで車道が歩けるようになり、中央ではサーカス団が芸をしたり楽団が演奏をしたりするのだ。
「何て言うかその……」
まず「お姉さんの露出が少ないぞーーーーーーーーだな新政?」
「そうだそうだ」
レオタードやビキニは禁止、スカートは長くして露出を少なく、装飾品は木製にするか安いガラス・草花にして目立つ色合いを避けること。違反した業者は警察に連行されて長いお説教をされたり罰金を払うことになる。
「綱渡りをする金髪エルフがズボンを履くのってこの国位だろ……」
高い位置にあるロープ上でジャグリングをしたりとか、お姉さんの技術は高いようだがいかんせん映えず、美しなく、つまらない。
「みんな楽しそうに見てるしいいんじゃないかあれで?」
「知らないからあれで面白いんだよ、レベルの高い海外のを見たらびっくりするぞ」
「技術だけなら海外と遜色はない筈だが、見栄えは大事だよな」
「ただの変態じゃないか」
「変態じゃない! 団長には分からないだろうなぁ」
空中ブランコ、猛獣使い、ファイヤーダンス、歌ったり踊ったりと色々やってるが芸は芸として楽しむべきだ!【露出は絶対にダメーーーーーーと警察は凄く煩い。】
それでもブラックウェディングの前から行われる【黒命祭】は、サイレントーで行われる行事や公演の中では最も金が掛かり、最も派手な物であるため帝国中から人が集まりメインストリートはごった返している。
「つまらん、先に行くぞ先に……」
ピエロまで白と灰青色に統一されて子供に渡す風船は地味な色のみ。演じる人が地味なら見ている人はもっと地味で、つまらないつまらないと新政の呟きを聞かされながら、銀の夜明け団はサーカス団とか芸人達を通り過ぎて行った。
「白と灰青色のピエロとかホラーかよったく」
「そんなに急がなくてもいいだろうが」
不満そうなレヴィシアに手を引きつつ新政はどんどん進んで、ここなら少しはと通りの半分程を過ぎた所で漸く止まる。
「なんか凄い所だな」
「メインストリートの前半は子供でも楽しめる遊びが中心。後半は各魔導士ギルドの自慢大会とか闇帝が好んでいる最新技術の展覧会だ」
「変わったドラゴンがいる! ちょっとどいてくれ……」
怪我を避けるためにメインストリートは一方通行。人込みに押されながら進んで行くとレヴィシアは並んだ頭の上に、ひょっこりと頭を出したドラゴンを発見、それを見て走り出した彼女を眺めながら2人は話をする。
「何だあれ?」
「あれを知らないとか遅れてるぞ新政」
「此れは凄いぞ新政にジル! こっちこっち」
高い所で手を振って呼びつけるレヴィシアに従って、人込みを掻き分けながら進んで行くと珍しいものを見ることが出来た。
《体長5〜6m、翼を広げると8〜10m、一見すると恐竜プテラノドンの様だがこれは魔導士ギルドが錬命術で作りだしたドラゴンの一種でその名を……
「〘プラティーン〙だろ、魔導士ギルド〘エアキャレッジ〙が造っていた送迎・運搬用の翼竜だが商品化できたんだな」と彼は話す。》
《ドラゴンだが空気抵抗を減らす為にゴツゴツせずにシャープな体、ワニ顔ではなく鮫のように細く鋭い顔立ち。Platin、プラティーンと名付けられたように、全身は太陽に照らされて銀色に輝く美しい鱗に覆われている。》
「知ってるのかジル? 可愛いなぁお前……」
鋼鉄の首輪と口輪をしているプラティーンは、運送業界で働くために人へ懐くように調教されており、人が近づくと翼竜は頭を下げて擦り寄せてくる。その頭を撫でながらレヴィシアはジルの説明を聞いていた。
「魔導士の界隈では有名な話だ。Fボードとか人力に頼って割高だった運送業界に革命を起こす救世主、滑空しつつ空を飛ぶことで疲労を軽減し、長距離の高速配達を安価で可能にした量産型のドラゴンだ。ゆくゆくは軍事用にも……」
「よくご存じですな。名のあるお方だとお見受けしますが、どちら様ですかな?」
ジルが話をしていると一人の老人が近づいて来た。
《身長は人間の半分位だが筋骨隆々とした体つき、黄白色の鱗に白みがかった金の盾髪をした彼は土竜族。分かりにくいが年齢は人間でいう所の老齢らしく、鶯色のつなぎ服を着てつば広の帽子を被りその上から角が伸びている。
一生の殆どを地面の下で暮らすので太陽の光、中でも紫外線が苦手な種族。地上へ出るときは常に長袖長ズボンで、服で覆えない龍の尻尾には日焼け止めの重ね塗りが必要だ。》
「東方にある村の出身で名前はジルだ、余り褒められない仕事をしている」
「それはそれは」
「プラティーンはワイバーンと何が違うんだ?」
「それはですな……」
《重量はワイバーンの1/3分以下、専用の飛行装置で飛ぶプラティーンは900㎞の距離を、無補給かつ5時間足らずで飛べると社長は胸を張る。》
「速度・飛行距離共にワイバーンの倍以上とか凄い性能じゃないか」
「ワイバーンより一回り大きいですが、軽量化の代わりに筋力と防御力を落したプラティーンは戦闘力が粗ありません。戦闘用のプラティーンソードは別に開発中となります」
「こいつは飛べるのか?」
「飛べますが騎乗は順番待ちになりますぞ、あの列がそうです」
社長が鋼並みの強度がある爪で指差した方向には、数十人からの長い行列が作られていてこれは無理だなと、しょぼんとしたレヴィシアを連れながら彼らは歩き出す。お腹が空いたので屋台で昼食を取ったりしながら、3人は黒命祭を長時間楽しんで行った。