ep94.窮地
――一方、ナギサとアルシエルの方は…
「っ…!」
「…殺す!」
ナギサが剣でアルシエルの拳を押さえる。
「…強い魔力…いや、強い怨念が籠ってる」
ナギサがアルシエルの首元を見る。
ナギサが辺りの匂いを嗅ぐ。甘い匂い…アルシエルから漂う匂いが辺りに充満していた。
「…やっぱり、甘い匂いがする。恐らくソレイユさんからしてる…しかも強い匂い。ソレイユさんは強く洗脳されているから…そうなると…洗脳を解くのに時間がかかりそうか…」
「…何をぶつぶつ喋ってる?殺すぞ…!」
アルシエルが拳を振るう。
「っ…!」
ナギサが距離を取る。
「魔限突破をしてる私でも…この人を相手にするのは難しい…!というか…一対一だと絶対負ける…!ホワイトちゃんのために手加減するとか考えるの…無理…!」
ナギサが横に走る。
「…殺す」
「ったく…どういう強さしてるんだよ…ホワイトちゃんの家族は…!」
ナギサが歯を食いしばる。
「魔限突破をしても…私は…!」
「殺す…!」
アルシエルが拳を振るう。
ナギサがそれを避ける。
「…そこだ…!――」
一瞬のできた隙…
ナギサが剣を思いっきり振るう。
「ぐっ…!」
アルシエルの胸に大きな傷が付く。
「ごめんなさい…!」
「くっ…だが…この程度…!」
アルシエルが傷を回復魔力で治そうとする。
「っ!?」
アルシエルの胸の傷から更に出血。
血がナギサの剣に吸い取られる。
「吸収…!」
「…君の魔力か」
「そうだよ、ソレイユさん」
ナギサが剣を向ける。
ナギサの魔力…血を吸い取って相手の魔力を封じる。
血液という水を利用した魔力だった。
「俺はソレイユじゃない、アルシエルだ。最愛の娘エルの父である」
「…だから何?」
「殺す」
アルシエルが拳を振る。
「…またそれか。殺す殺すって…どんだけ殺したいのさ」
ナギサが拳を避ける。
「っ…?」
アルシエルが自身の動きが鈍っている事に疑問を持つ。
「拳、遅くなってるんじゃない?」
「っ…」
「人間って血を多く失うと、動きが鈍るんだよ」
ナギサが剣の柄でアルシエルの腹を殴る。
「ぐおっ…!?」
「…ふぅっ」
ナギサが息を吐く。
「これで気を失わせ――」
アルシエルが右手でナギサの首を掴む。
「っ…!!」
「殺す…と言ったはずだ」
「っ…くっ…!」
ナギサが咄嗟にアルシエルの腹に剣を刺す。
「っ…!」
アルシエルの腹から血が出る――
その時だった、ナギサの身体が急に持ち上げられるように…
「…!?」
ナギサがアルシエルの体術によって地面に叩き付けられる。
「今…動き…見えなか… ――」
「ふんっ…!」
アルシエルが左腕でナギサの腹を殴る。
「がはっ…」
ナギサが強く殴られた衝撃で吐血する。
「ふんっ…!」
アルシエルがもう一度殴ろうとする。
「っ…!」
ナギサが咄嗟にアルシエルの左腕を左手で掴む。
光り輝いている左腕…ナギサの手に強烈な熱さが襲い掛かる。
「っ…!」
「ぐっ…熱い…!」
アルシエルの光り輝いている左腕を掴むナギサの左手から湯気が出る。
「はぁ…はぁ…」
ナギサが痛みに苦しみながらも拳を押さえる。
「次この拳で殴られたら…絶対死ぬ…」
「…殺す」
「…そうなる前に…!」
ナギサが足を使い、アルシエルの身体を掴む。
「っ…!?」
「体術なら私も…!負けないから…」
ナギサがアルシエルを体術で振り払う。
「っ…!」
ナギサが咄嗟に立ち上がる。
「……ゲホッ」
ナギサが口から血を出す。
「さっきの殴られた衝撃が…まだ身体に響いてる…。血液の流れと呼吸を整えなきゃ…」
ナギサが自身の腹を押さえる。
「それに…ソレイユさんの左腕…太陽神の族だから凄く熱い…身体に水の魔力を施してなかったら危なかった…火傷じゃすまない…!」
「………今の体術、女の割にはやるな」
アルシエルがナギサを睨む。
「…魔力や剣術だけじゃ、きっと今のソレイユさんには勝てない…全てを出し切らないと…勝てない…!」
「全てを出し切る…か。俺にその力を…証明してみなよ」
「っ…ソレイユさん…あなたって人は………!」
ナギサが剣を構える。
「スピアやその手下以上に…戦い甲斐がある相手だ…!」
「っ…!」
エルの分身がジンに殴りかかる。
「逃げてばっかりじゃ、つまらないよ!」
エルの分身が次々とジンに攻撃する。
「ほらほら!攻撃しないと勝てないよ?」
「っ…!」
ジンが銃を撃つ。
だがそれはエルの分身だった。
分身が銃弾を受けて消える。
「…!」
「残念、それは分身だよ」
エルがジンの横から蹴りを入れる。
「くっ…!」
「ジン…いい事を教えてあげるよ。君も素質があるんだよ、とても魔力が強いからきっといい子どもが生まれそう…私はそう思ってるよ」
「ふざけるな…!」
ジンが銃を撃つ。
銃弾はエルの分身に当たり、分身が消える。
「やけにムキだね?そんなに子どもを作るのが嫌だ?」
「…嫌に決まってるだろ…!そんな…自分が望んでもない奴と子どもを作るなんぞ…!」
「へぇ、強い思想だねぇ」
「ほざけ…!」
ジンが銃弾を撃つ。
だがまたしてもエルの分身に当たる。
「…ねぇ」
「っ…!?」
エルがジンの耳元に瞬時に移動する。
「どうして生き物ってここまで増えたと思う?」
「っ…どうしてって…」
「私はこう思うの。恋だとか愛だとか皆言ってるけどさ…結局は生物そのものの本能なんだよ」
「っ…何が…言いたい…?」
「結局人間も存続したい、結局人間も増えたいから子どもを作り続けてるんだよ」
エルが翼を使ってはばたき、ジンを見下ろす。
「でも…それだけじゃ増えるだけで何も成長しない」
「そんな事ないだろ…人間は歴史を作るごとに成長し続けてる…魔力を得たりして…それから…!」
「そうだね、成長はしてるよね。でも…作られた歴史は変わらない。それに、同じ人間だと限界があるよね」
「…なんだと?」
「生物は同じ生物同士でしか子どもを作ったことがない。だから新たな可能性に気付けない――」
エルがジンの首元に軽く噛み付く。
「いっ…」
「ねぇジン…私と一緒に人間と悪魔の子どもを作らない?」
「っ…離せ…!」
ジンがエルの耳元に銃口を向ける。
「私と一緒に子どもを作って…新たな可能性を見つけようよ。人間としても悪くない提案でしょ?ねぇ…?」
「っ…!」
ジンが銃を撃つ。
だがエルは瞬時に消える。
「っ…!?何処に…」
「ここだよ」
エルがジンの後ろに立つ。
「っ…!」
エルがジンを後ろから抱く。
「っ…離せ…!!」
エルがジンの口を右手で塞ぐ。
「っ……!………!」
ジンが必死で振り払おうとする。
「ねぇ…ジン…君はどうして洗脳できないのかな…?」
「っ……?」
「私がジンと再会した時にキスをしても…その前の殺し屋時代のジンと何度もキスしても…君は洗脳できなかった…あれだけキスすれば本当だったら君は今頃私の虜で…近い将来に何人も子どもを作ってたんだよ。私といっぱい子どもを作って幸せな運命を辿っていた。それなのに君は洗脳できなかった」
「っ………」
「洗脳できなかったから私を守り切る事ができなかった」
エルが声を低くする。
「でも…これを吸えば君も…洗脳できるよね」
エルがそう言うと…
エルが右手から匂いを発する。
「っ……!………!!」
ジンが必死で振り払おうとする。
手から直でジンの体内に匂いを入れる作戦だった。
「キスで洗脳できなくとも、私の悪魔族としての強い甘い匂いを出せば…君はすぐに虜になる。そして…私に洗脳されるの」
「っ…!っ………!!」
ジンが銃を撃とうとするが、腕に力が入らなかった。
「…ふふっ。暴れるジンも可愛いよ。でも…これで私の計画通りになるね」
「っ………」
ジンが腕を下ろす。
「…ジン、君も私と来てよ。大丈夫、アルシエルさんも一緒だから安心だよ。君一人だと怖いかもしれないけれど、彼がいれば大丈夫。そう、彼がいれば」
「っ………」
エルがジンから手を離す。
「………エル…」
ジンがエルの目を見る。
ジンの目からハイライトが消えていた。
ジンがエルを抱く。ジンは完全に洗脳されてしまった。
「…ふふっ、洗脳成功。君から凄くいい匂いがするよ。これで…私の目的が達成される…!」
エルが微笑む。
「………エル、好きだ」
「ふふっ…私もだよ、ジン」
「っ…!」
ナギサがアルシエルに斬りかかる。
「…どうした?さっきまでの速さは何処に行ったんだ?」
アルシエルがナギサの攻撃を避ける。
「…はぁ…はぁ…」
ナギサが腹を押さえる。
ナギサの身体から力が抜ける。
「力が…入らない…」
「…その程度の実力なのか?君は…」
「っ…そんな訳…!」
ナギサがアルシエルに剣を向ける。
「ここで私は…負ける訳にはいかないの…!私は…決して…ゲホッ…」
ナギサの口から血が出る。
ナギサが口を押さえる。ナギサの手に血が付く。
「…もう…身体の限界も近いんだろう?」
「…くっ…」
「君は強いよ。だけど…俺には到底及ばない。俺は…あの種族を滅ぼした一族の一人…君みたいな人間なんかじゃ…絶対に俺には勝てない」
「っ…あの…一族……」
ナギサがアルシエルの目を見る。
ナギサの目の前は霞んでいた。
「…はぁ…はぁ…もう…ダメ…かも…」
ナギサが膝を付く。
「…ホワイトちゃんのお父さんから…記憶を戻す事ができなかった………ゲホッ…」
ナギサが吐血する。ナギサの腹からも血が出る。
ナギサの腹の内臓はアルシエルの拳の影響で損傷していた。
(っ…そっか…さっき殴られた衝撃で…内臓が損傷…して…それで…)
「アルシエルさん、そろそろトドメ刺してよ」
エルがアルシエルの後ろに現れる。
「…あぁ、そうだな」
アルシエルがナギサに近付く。
「っ………」
「………最期に名前を聞くくらいなら、してやる」
アルシエルが左腕に力を込める。
「………ゴホッ…」
ナギサが吐血する。
「…言葉も発せないか。まぁ…強く殴ったから…かな」
アルシエルがナギサを見下ろす。
「…終わりだ」
アルシエルが拳を振ろうとする。
「………」
――真っ白な世界…
「………ん…」
ホワイトが目を開ける。
「……あ…繋命の…」
ホワイトが立ち上がる。
「っ…!?」
ホワイトが頭を押さえる。
「頭が…凄く痛い………うぐっ……」
ホワイトの立っていた真っ白な世界は不安定になっていた。
頭を強く打った影響か…脳を使う世界のせいか…不安定な状態だった。
「…そうだった…頭を強く打って…それで………夢の中がおかしくなってるんだ………」
ホワイトが膝を付く。
ホワイトの頭痛が強くなる。
「…はぁ…はぁ…頭が…ずっと痛い………!」
ホワイトが呼吸を整えようとする。
「…そうだ…回復…しようと…しな…きゃ…」
ホワイトが自身に回復の魔法をかけようとする。
だが、魔力を使うには脳を介する必要があった。
そのせいで魔力が使えなかった。
「っ……頭が…上手く回らない…」
ホワイトがふらふらする。
「っ………誰か…誰か……助けて………」
ホワイトが横に倒れる。
ホワイトがそのまま目を閉じそうになる。
「………こんなの初めてだ…この世界の中で意識が遠のきそうになるなんて…こんなの………今にも死にそうって言ってるようなものじゃん………」
ホワイトがそう言うと…
真っ白な世界の中で足音が聞こえる。
「……足音…誰か…いるの………?」
ホワイトが目を開ける。
ヒールのような足音…段々とホワイトに近付いていく。
その音には聞き覚えがあった。
「………この音…女性の靴のような音…まさか…お母…」
ホワイトが立ち上がろうとする。
「いいや、私だよ」
「っ…!?」
ホワイトの後ろには…
可能の災いスピアが立っていた。
そう、あの時ランスによって絶命したあのスピアだった。
ホワイトがスピアの目を見て驚いた表情をする。
「スピ…ア………!?」
「小娘、久しぶりだな」
「そん…な………少しの希望が…潰え…た」
ホワイトが再びふらふらする。
「ふむ、私と会うのがそんなに不服か、小娘」
スピアが小柄な身体でホワイトを睨む。
「っ………」
ホワイトが倒れそうになる。
「おっと」
スピアがホワイトが倒れそうになるのを押さえる。
「貴様は面白い小娘だ、ホワイトよ」
スピアがホワイトの目を見て微笑する。
「っ…スピ…ア………何を………」
「貴様は私に欲しいと思わせる程の魔力を持っていた。それだけで凄い事なのだよ、小娘」
「っ…今更…何を…こんな夢の中に現れて…私の事を…どうするつもり…なの…?」
「この夢に私を呼んだのは貴様だろう?」
「っ…あなたなんて呼ぶ訳………っ…」
ホワイトが頭を押さえる。
「ふむ、頭を強く打ったみたいだな」
スピアがそう言うと、ホワイトの額に手を当てる。
「っ…!?何をするの…!?辞めて…!!」
「ちょっと落ち着け、小娘」
スピアがホワイトの頭に魔力を与える。
「っ………?」
ホワイトの手に力が戻る。
「…これでいいだろ、小娘」
「は…何をして…」
ホワイトの頭の痛みがおさまり、真っ白な世界が安定していく。
「何を…どういう…つもりなの…?」
ホワイトがすぐさまスピアから距離を取る。
「繰り返すが、貴様が私を呼んだんだろう?」
「っ…あなたなんて呼ぶ訳ない…!あなたなんて…」
「ふん、あの世から貴様の動向を覗き見てた。どうやら貴様は…本来の力を更に強化したみたいだな」
「っ…どうしてそれを…!?」
「さっき貴様の動向を覗き見てたと言っただろう。貴様は素質がある」
スピアがホワイトを見てニヤリと笑う。
「っ…だからってあなたを呼ぶ理由なんて…」
「貴様は欲したはずだ、魔力を上手く扱える者を。自身が魔力を上手く扱えないから…参考になる者を探していたはずだ」
「っ…まさか…その対象が…スピアだって言うの…?」
「知らん、貴様が私を呼んだんだろう」
スピアが腕を組む。
「っ…」
「まぁ、貴様が私を呼んでしまったのなら、仕方ない」
スピアが手をホワイトに向ける。
「っ…まさか殺しを…」
「貴様に教えてやろう、私がする魔力の使い方を」
「は…魔力の…使い方…?」
「ククククッ…!」
スピアがホワイトを見て高笑いする。
――この時現れたスピアは、ホワイトに魔力に関するヒントを与えることになる。




