ep93.契約の悪魔
「………」
エルがアルシエルの手を掴んでサキュアの外に出ようとする。
走る二人。アルシエルが疑問を抱く。
「エルさん…?何処へ向かおうとしてるんですか…?」
「アルシエルさん、あの時私を救ってくれてありがとう」
「え…?あぁ…いいんですよそんな事。それよりも…何処へ向かおうとして…」
「私はもうサキュアに行くという目的は達成できた。この街の復興も見届けれたし、やる事はもう無くなったの」
「エルさん…?」
「あれだけ復興すればアルシエルさんがいなくともサキュアは安泰なはず。アルシエルさんは私と一緒に来て欲しいんだ」
「…どうしてですか?」
「どうしてか?」
エルが足を止める。
「…どうしてって、そりゃ…アルシエルさんと一緒だったら私は楽しいよ。それにサキュアだと美味しい物はあまり食べられない。アルシエルさんにもっと美味しい物を食べさせてあげたいんだ」
「美味しい物を…」
「アルシエルさんは私を助けてくれた。だからその分私がお世話してあげる。記憶喪失になったアルシエルさんを支えられるのは私だけだから」
エルがアルシエルの顔を見て微笑む。
「…待ってください、エルさん」
「…何?」
「俺を連れて行くのはいいですが…娘を連れて行かないと…!」
「娘…?」
「いつも夜中に会ってくれた娘です。最初は幻覚だと思っていたけれど、娘はきっとこの街に住んでる…だから…!」
アルシエルは娘想いの男だった。
だが…衝撃的な言葉がエルの口から零れる。
「その娘が私って言ったらどうする?」
「え…何を言って…」
アルシエルが疑問に思うと、エルが魔力で自分の身体を炎で覆う。
「っ…!?エルさん…!?」
「………ごめんね、今まで騙してて」
エルが炎の中から姿を変えて現れる。
エルの頭には角が生えており、背中からはコウモリのような黒い翼、鋭い針の先端を持つ尻尾が生えていた。皮膚はあまり晒さず、黒をベースとした少し清楚な服に、ミニスカートに黒のハイソックス。
そしてそれが…アルシエルに毎晩会った少女の正体だった。
エルは悪魔族だった。
「…!その姿…夜中に毎度会ってくれた娘…!」
「…そうだよ、お父さん。私はあなたをずっと待ってたの」
悪魔の姿と化したエルが空中に飛び、アルシエルを見下ろす。
「まさか娘が…悪魔族だなんて…いやでもそうなると…俺は悪魔族…なのか…?」
「いいや、違うよ。記憶は失ってるけど私はすぐ分かった。あなたは人間の中でも上位の存在。その左腕の包帯の中に秘められている力の持ち主」
「左腕に秘められてる…」
「もう包帯、ほどいていいよ。ずっと隠してくれてありがとう」
「…!」
アルシエルが包帯をほどく。
包帯がなくなった左腕は光り輝いていた。
そう…左腕が光り輝く人間…つまり、太陽神の族。
「アルシエルさん、あなたは太陽神の族っていう種族の一人でね…凄い力を持っている人なの。その力のおかげで死の淵をさまよってた私を助けてくれたんでしょ」
「…そうだね、この力のおかげで記憶喪失していながらも俺は君を助けれた。そして…君には俺に名前をくれた。でもまさか君が俺の娘だったなんて…」
「そうだよ、私はあなたの娘。たった一人のあなたの娘。偶然でも…この出会いは本物だよ、お父さん」
エルが微笑む。
エルの姿を遠くで見たサキュアの民が驚く。
「悪魔だ…!」
サキュアの民がエルの姿を見て叫ぶ。
「悪魔が現れた…!!」
「早く皆に知らせろ…!!」
「…ん」
エルがサキュアの民を見る。
「うるさいなぁ…」
エルがサキュアの民に近付き、口付けをする。
「っ…!?」
「悪魔…何をし…!?」
エルは二人目に口付けをする。
「っ…俺は一体何を…?」
「ほら、ラッシュ師団が帰るんでしょ。見送りに行ってあげなよ」
「…!そうだった…ラッシュ師団の皆さんを見送るぞ…!」
「すっかり忘れてた…行くぞ…!」
サキュアの民がシェール達のいる方角へ走り出す。
エルがキスをした瞬間…エルに操られたかのように…
「…エル、今の魔力は一体…」
「驚いた?これが私の魔力。口付けする事によって対象を洗脳する事ができるの。そしてその効力はとても強い。誰であろうと…女の人であろうと服従させる事ができる。誰も私の思惑に背く事はできないわ」
「っ…まさかその魔力で…俺の事も…!」
エルがアルシエルに口付けをする。
「っ…!」
「…あなたは私の本当のお父さんだよ。ただ一人…エルと言う名前の悪魔族の娘がいる。それだけの事…」
「…エル…」
アルシエルがエルを抱く。
「…ずっと…会いたかったよ…俺のたった一人の…娘…」
アルシエルが涙を零す。
アルシエルもまた…エルの魔力の虜になっていた。
太陽神の族の能力を有していながらも、悪魔の洗脳には耐えれなかった。
「お父さん、来て欲しい所があるの。私のもう一つの目的のために…お願い」
「分かった、娘の頼みなら…なんでも…」
「待ちなさい…!」
「…!」
ホワイトとジン、ナギサがその場に駆け付ける。
「アルシエルさん…いや…ソレイユさん…その子について行ってはいけない…!」
「…ソレイユ…?その名前…どっかで…」
「チッ…もう来たの?早いね…」
「っ…その姿…エルに似てるな…お前がもしやあのエルか…!?」
ジンがエルを睨む。
「…ジン」
エルがジンを見て微笑する。
「ふふっ、そうだよジン。私があのエルだよ、ジンに会ってすぐにキスをしたあのエルだよ」
「っ…!まさかお前が俺やシェールさんに洗脳を…!」
「そうだよ。シェールさんって人が確信に近付く前に洗脳できて良かった。あの人…不意のキスに顔を赤くしちゃって、可愛かったなぁ」
エルが笑い始める。
「っ…なんて奴…!」
「ジンは…何故か洗脳があまり効かなくて困ってたけれど、洗脳によって記憶の一部を消す事には成功したからまぁいいかなって」
「は…記憶を消す…だと…!?」
エルができるのは洗脳だけじゃなかった。
ジンにキスをして…記憶を消す事すら可能だった。
その魔力でスピアとの戦いの前にジンに出会い…記憶の一部を奪っていたのだった。
「誰を救えなかったか…思い出せなかった時があったでしょ?そして…その記憶を奪った犯人をランスって人に向けて…シェールさんって人に疑いの牙を向けようとした時があったでしょ?」
「っ…あの時思い出せなかったのは…そういう事だったのか…!?」
「そうだよ。その時にシェールさんって人を撃ち殺してくれてたら良かったけど…思ったより上手くは行かなかったんだよねぇ…」
「っ…!」
「…お父さん…!」
ホワイトがアルシエルの方を向く。
アルシエルがホワイトの顔を見て疑問を抱く。
「…!君は…あの時の夢の少女…!どうして現実に…!」
「お父さん…!そんな事より…エルから離れて…!」
「っ…エルから離れる…だと…?」
アルシエルが拳を握る。
だがホワイトの声はアルシエルには届かない。
「…エルは俺のたった一人の娘だ。エルから離れる事なんて…」
「なら…どうしてエルは悪魔で…お父さんは人間なの…!?」
「っ…」
「…チッ」
エルが舌打ちをする。
「どうして人間から悪魔が生まれるの…!?どうして…」
「お父さん、失礼するね」
エルがアルシエルに口付けをする。
洗脳を強くしようとする思惑だった。
「っ…!?」
「お父さん…!!」
「ソレイユさん…!その子の魔力を受け入れてはいけない…!その子の魔力はきっと口付けによって魔力を付与し…」
「………」
エルがアルシエルから口を離す。
アルシエルは放心状態になっていた。
そして…
「お父…さん…?」
「…君が、娘を傷付けた犯人か」
「え…なんて――」
「殺す…!」
アルシエルが左腕に力を込め、ホワイトに突っ込む。
「っ…!?」
ホワイトがアルシエルの拳を避ける。
「お父さん…!?どうしたの一体…!?」
「ホワイトちゃん…!ソレイユさんは今ので強く洗脳されてしまってる…!きっと…ホワイトちゃんを娘を傷付けた犯人に仕立て上げて…!」
「っ…!?」
アルシエルがホワイトに近付く。
「…避けたか。俺は君を許さない」
「…お父…さんっ…!」
ホワイトが涙を流す。
「ホワイト…!」
ジンがホワイトに声をかける。
「辞めてよ…お父さん…お願――」
「ふんっ…!」
アルシエルがホワイトの腹を殴る。
「うぐっ…!?」
「ホワイトちゃん…!?」
ホワイトが奥にある家の壁まで吹っ飛ぶ。
「ホワイトッ…!?」
「あはははっ…!面白くなってきた…!子と親の戦い…!しかも親が子を殺そうとしてる場面…面白過ぎるわね…!」
エルが高笑いをする。
「っ…!エル…貴様………!」
ジンがエルに銃口を向ける。
「あははは…はは…笑い疲れたわ。アルシエルお父さん、あの二人も私の事をいたぶって笑ってた最低な奴等だよ」
「っ…!?」
「…そうか、君らも――」
「お父さん、こんな奴等…殺してよ――」
「…分かった、いいよ。娘のお願いなら…何でもやる…!」
エルに洗脳されたアルシエルがジンに殴りかかろうとする。
「殺す…!」
「っ…早い…!」
「…!」
ナギサがアルシエルに斬りかかろうとするが、アルシエルが咄嗟に距離を取る。
「ナギサさん…!」
「…ジン君、ソレイユさんは完全にエルの支配下に置かれてる…こうなってしまったらもう…戦うしかない…」
「っ…クソッ…!」
「それより…吹っ飛ばされたホワイトちゃんが…!」
「…!そうだ…ホワイト……!!」
ジンが吹っ飛ばされたホワイトの方まで走る。
「ホワイト…!!」
ホワイトは頭から血を流していた。
「うっ…うぐっ…」
ホワイトが立ち上がろうとする。
「うっ…頭が…」
ホワイトが頭を押さえる。
「ホワイト…!しっかりしろ…!」
「ジン…君…の声…だ…ごめん…頭…強く打っちゃった…みたい…。目の前が…よく…見えな……」
「ホワイト…!兎に角今は自分の回復を…!」
「…ごめ…ん…ジン…君…」
「っ…ホワイト…?」
「………うっ――」
ホワイトが手を下ろし、意識を失ってしまう。
「…!?ホワイト…!!」
ジンがホワイトを揺する。
だが、ホワイトは起きなかった。
「っ…クソッ…!!」
「あはははっ、面白いねぇ…!」
エルがジンの後ろに現れる。
「っ…エル…!!」
ジンが振り向いてエルを睨む。
「面白くなってきたじゃん、ジン」
「…全部…前から立ててた計画だったのか…?」
「ん?」
「サキュアに辿り着く事も…ソレイユさんを連れて何処かへ行こうとしてたのも…全部…前から立ててたのか…?」
「その前からってのがよく分からないけど、そうだね。私は君が殺し屋時代に会った時からこの計画を立ててたんだ」
「…お前の目的はなんだ…?」
「そうだねぇ…私の目的は…人間との間に子どもが欲しい事」
「人間との間に…子ども…だと?」
「そう」
エルの目的は悪魔族と人間の間に子どもを作る事だった。
強い人間と悪魔族が交わる事で生まれる悪魔族と人間族のハーフ…それが悪魔族の更なる繁栄に繋がる。
アルシエルを悪魔界に迎え入れ、子どもを作ってもらうのがエルの目的だった。
「っ…!なんて奴…!!恩を仇で返し…しかもホワイトの親父さんとの間に…子どもを作らせる…だと…!?」
「その通りだよ。私は『契約の悪魔エル』。口付けした者と契約という名の洗脳を施し服従させる。それにジン、実はこの計画の対象は元はジンだったんだよ?」
「は…え…何を言って…」
「殺し屋時代の時のジンを見て…素質があると思ったの。サキュアに連れて行ってもらった後は洗脳したジンを悪魔界へ連れて行き、悪魔族との間に子どもを作ってもらう予定だった」
「っ…貴様…!!」
「あはははっ、いい計画でしょ!でも…そうでもしないと悪魔族は繁栄できない。このまま惰性で悪魔族を続けても、何も進まない。何も進まないからこそ…強い人間が必要なの。だから…」
エルが言葉を続けようとすると、ジンがエルを銃で撃つ。
「っ…!」
エルが咄嗟にかわす。
「お前は絶対殺す。俺だけなら兎も角…ホワイトの親父さんまで巻き込み…ホワイトを精神的に追い込みやがった。それがお前の殺す動機としては十分だろう…!!」
「…ふふっ、やってみなよジン。もっとも…人間如きに悪魔が倒せるかしら?あはははっ…!」
エルが高笑いし、何体もの分身を作り出す。
エルの分身がジンに襲い掛かる。
「私に逆らった事、後悔させてあげる…!」
――ジンがエルに殺意を向けるように、契約の悪魔エルもまたジンに対して戦意を向けていた。
後書き~世界観とキャラの設定~
『契約の悪魔エル』
…サキュアで出会ったエルの正体。頭には角、背中からは悪魔の黒い翼が生えている。
口付けする事によって対象を洗脳する事ができる。そしてその効力はとても強く、男性だけでなく女性ですら服従してしまう程。シェールはエルにこっそりキスをされた事が原因で洗脳されてしまっていた。
アルシエルに毎晩会って洗脳を施し、自身の住まう悪魔界へ連れて行って悪魔族の子どもを一緒に作るのが目的。
手段は問わないタイプの少女で、サキュアの人々に感謝しつつも洗脳を施していた。




