ep1.敵の敵は味方と
――ラッシュ師団の基地に…少女が帰る。
彼女の名前はホワイト。ラッシュ師団の団員だ。
黄緑色の瞳を持ち、白くて長い髪に…三日月のヘアピンを付けた少女…彼女は『回復』の魔力を持っていた。その名の通り傷を回復するための回復魔法を得意としていた。
ラッシュ師団としては…かなり気弱な部分があり、精神的にも弱い一面がある。そして、自分に自信がない。
そして…ホワイトは今日も暗い表情で自分達の部屋に戻った。
「ホワイト、今日はどうだった?」
ラッシュ師団の団員の一人、ミカがホワイトに話しかける。
ミカはホワイトの先輩的存在。と言っても、ホワイトとの年齢は一緒…かもしれない。
水色の瞳に短めのピンク色の髪…ホワイトより背は小さいが、豊満で包容力のある胸部。スタイルも抜群な女の団員。
彼女は『創造』の魔力を持っていた。自分の持っている素材から、物を生成する魔力…ミカはその魔力でラッシュ師団で皆が使う武器を作っている。
今日もミカは…武器を作りながら団員の帰りを待っていた。
「…動きはなかったよ」
「…そっか。ネオカオスは動きなしか」
ネオカオスは今、この世界のどこかに本拠地を作っており、魔力の根源が眠る大地を探している。
ラッシュ師団はネオカオスの動きを探り、動いたところを叩く方針だった。
「ホワイト、戦闘とかはしてないよね?」
「うん…見つからずに行けた。けどわからなかった…」
「ったく…なんでこんな時に女の子に偵察なんか行かせるのかね」
「…仕方ないよ、他の人だって今、敵が動きそうなところを探しているんだし…」
「ったく…早く探せって思うわ。何してんのよ団長は…」
「あはは…」
ホワイトが苦笑いをする。
こんな修羅場な中でも、笑いは込み上げる。ただ、余裕がある顔ではなかった。
「…ホワイト」
「ん…?」
「その、辛いよね…色々」
「…」
ホワイトは黙り込む。
ホワイトは2年前にネオカオスのリーダーであるジハによって母親のリュンヌを亡くしている。
父親のソレイユも2年前から行方不明となっており、それもネオカオスが関わっているとラッシュ師団では考えられている。
それ故ホワイトは2年前からずっと表情が暗いままでいる。
なんのために自分は戦っているのか、なんのためにここにいるのか、それすらもどうでも良かった。
途方がないホワイトをラッシュ師団は保護し、ホワイトはラッシュ師団の団員として過ごしていた。
「あたしはあなたのことを一番受け入れているつもり。…だから、今は自分ができることを精いっぱいやろう。あたしがあなたを守るから…」
「ありがとう、ミカ…」
再び…沈黙が走る。
日が落ちて、夕暮れがやってきた。ミカは師団の皆が使う用の武器を作っていた。
そろそろ夕飯時だろう、そう思っていた頃だった。
突如、基地内でサイレンが鳴り始める。
チリリリリン…という、ベルのような音。緊迫した空気が走る。
『緊急事態!最寄りの街で大規模な火事が発生!消火ができる魔力を持つ者、回復の魔法を使える者は速やかに向かうように…!』
基地全体に放送が鳴る。団員の声が基地内に鳴り響く。
「……緊急…か」
「ミカ…!」
ホワイトが立ち上がる。
大規模な火事…それによる負傷者を回復するために、回復の魔法を使えるホワイトも向かわないといけなかった。
だが一緒の部屋にいるミカにはそれはできない。そして、消化に関する魔力も持ち合わせていない。
「あたしは回復も水も使えない。でもあなたは回復が使える。回復なら戦闘はいらないだろうし、行ってきて」
「…分かった」
「後…これ」
ミカがホワイトに武器を渡す。渡されたのは銃のような武器。
ホワイトが軽く握る。感触は軽く、握りも良い。
「あたしが作った耐熱性の武器、持っていって」
「…ありがとう。行ってくる…!」
「…ん。あたしは皆の武器を作る仕事がまだ残っているし、手が空いたら後であたしも向かう」
ホワイトは基地を出て、街の方角へ走り出す。
街の方角に向かっている団員は少数だった。
人は少なかった。人員不足だった。
「これは…」
街の殆どが炎に包まれていた。
辺り一面、何処を見ても炎。
放火による物なのか、魔力による物か、定かではなかったが、危険である事はホワイトでも理解できていた。
炎がないのは来る時に通った道がある背後と、近くにある森だけ。
ホワイトは地獄のような光景を、汗を流して見ていた。
「まさか…これもネオカオスの仕業…」
ホワイトが考えている間、別の団員がホワイトの元へやってくる。
「新入りの回復の子…!」
「…あ」
「救助を求めてる人はあそこにいる。君の回復魔法を使ったあと、早く基地に運んで」
「っ…わかりました…!」
ホワイトは団員の声の元、すかさず向かう。
そこには人が多く倒れていた。
火傷をしていたり、燃えて倒れた木造建築に潰されていた人達まで…
「っ………!」
ホワイトは身体が震えていた。こんなに倒れてる人がいるなんて思いもしなかった。
恐怖で足が動かなかった。治さないといけない…心では分かっていた。
誰かが死んでるかもしれない…そう思っていても、怖い物は怖かった。万が一自分が火に燃やされたら…たまったものではない。
止まっているホワイトに対し、団員が声を掛ける。
「ホワイト!?何をぼーっとしてる!?運ぶのを手伝え!」
「あっ…はいっ…!」
もしも団員の言葉が無ければホワイトは動いていなかったかもしれない。
団員の言葉は厳しくも…どこかホワイトの緊張を解してくれていた。
ホワイトが重傷者を運ぶのを手伝う。
ホワイトが途中で煙を吸ってしまい、咳をする。
「ゴホッゴホッ…煙が…」
「しっかりしろホワイト!」
「…すいません…」
厳しい先輩の団員達。ホワイトにとっては地獄と地獄の二段重ねだった。
「……はぁ…はぁ…」
息が続かないホワイト。ラッシュ師団の基地の入口まで重傷者を運ぶ。
だが、一人運んで安堵している程の余裕はなかった。
「まだ大勢いる…急げ…!」
「はいっ…」
ホワイト達は再び街へ向かった。
汗水を流しながらホワイトは草の上を走る。
再び基地まで運んでいる最中の事だった。
ホワイトは、一瞬、燃えている方とは別の方角…森の方に人の気配を感じた。
ホワイトは目線を森の方へ向ける。
「…!」
「ホワイト!?どっちを見てる!?街はこっちだ…!」
人の気配と団員の声の二つを聞き、ホワイトは戸惑う。
ここですべきことは、この火事の謎を解く事よりも人命救助優先。
戸惑う理由なんて存在しない。今目の前で苦しんでいる命を救う事こそ、ホワイトのすべき事。
だが、何かを失うと思った気配を感じたホワイトは森の方角に進んだ。
「おいっ…!」
「ごめんなさい…森の方に人がいたのであっちを助けてきます、先に行っててください…」
咄嗟に嘘をつくホワイト。森の方に人がいるなんて全くの嘘だった。
ホワイトの言葉に団員は少し怒りを立てていたが…ここで食い止めても意味ない事くらい知っていた。
団員は、ホワイトの事を信じる事にした。
「分かった、気を付けろ」
「ごめんなさい…!」
ホワイトは人の気配を察知した方向にある森の奥を進んでいく。
―深い森の中…足元には生い茂っている草原。
ホワイトが恐る恐る森の中を歩く。
そして、森の中にある木々には銃弾のようなものが撃ち込まれているものが何個もあった。
「…これは…」
ホワイトは人の気配を追い掛けながら、その撃ち込まれた跡の光景を見る。
銃弾が撃ち込まれたような跡…ここで何かが起こっていたのかなんて分からない。
ただ、この先に何者かがいるのにホワイトは気付けていた。
「………この奥に、誰かがいる…!」
ホワイトは森の中を進み続ける。
そして…
「いた…!」
「…っ!?」
ホワイトはすぐさま武器を構える。
1本で銃と剣として使えるミカお手製の武器…『銃剣』。
ホワイトの目の前には…銃を持った赤色の瞳を持つ赤髪の男がいた。
「…女…か。動くな…!」
男がホワイトに銃を向けてくる。
ホワイトもそれに対抗するかのように銃のように銃剣を構える。
お互い引き金を引くだけで銃弾が出る状態。だが一向に弾を出さない男。
ホワイトが疑問に思い、男に質問をする。
「っ…あなたが街を燃やしたの…?」
「……お前等は簡単に奪った…」
「奪った…?」
「お前ら人間は…大切なものを簡単に奪っていった。それがか弱い女だったとしても…!」
「…え…どういうこと…」
ホワイトは武器を下ろして男に近付く。
男の言う事をホワイトは理解できなかったが、少なくとも何か事情がある事は察せていた。
だがそんなホワイトに容赦せず、男は銃を向け続ける。
「動くな!」
「っ…」
「…動くなら、撃つ…」
「それは私も………!」
ホワイトは再び銃を向ける。
二人が銃を向け合う。
「……撃てるのか?お前にその銃が」
「…………撃て…る…」
「撃てないだろうな?」
「っ…」
ホワイトは武器を握りしめる。…腕が震えていた。
ホワイトに人を撃った事なんて、ある訳がなかった。
ホワイトは回復の魔力で…人を回復させるためあまり前線には立たなかった。だから武器を持つなんてことは滅多になかった。
だがホワイトは咄嗟に武器を…目の前にいる男を撃ち殺す為に持ち替えてしまっていたのだ。
「…そもそもお前は、痛みを知ったことがない身体をしている」
「…どうしてそれを…」
「見ればわかる。一度も戦闘せず、一度も怪我を負わず負わせず…!」
「っ…!」
ホワイトが引き金に指を持っていく。
そして…ホワイトは彼に向けて撃ってしまった。
パァン…!と、大きな銃声が森林に鳴り響く。
「あっ…」
「……」
男はその攻撃に反応しない。
…ホワイトの銃撃は、外れていた。
男のすぐそばにある木に撃ち込まれている銃弾…それがホワイトの撃った物か、男が予め撃った物かすらも分からない。
「…下手だな。人を殺すことが…!」
「っ…!」
再び大きな銃声が鳴り響く。
そして、ホワイトの腹を銃弾が貫く。
「ぐっ…!?」
ホワイトが倒れてしまう。
ホワイトが今まで感じた事のない激しい痛みが彼女の身体を襲う。
ホワイトの腹から血が出る。血は地面に垂れ落ちる。
少量の血だったが、ホワイトにとっては十分な致命傷だった。
「…うぐっ…」
ホワイトが撃たれた場所を押さえながらその場に横たわる。
男がホワイトに近付き、ホワイトの服の胸倉を掴んでホワイトの顔に銃を突き付ける。
引き金を引けば、ホワイトは即死してしまう。そんな状態だった。
「…撃てたことだけは褒めてやる」
「うぐっ…離…して…はぁ…はぁ…」
「…女を殺す趣味はないが…俺に敵対するなら別だ…」
「…っ……助…けて…」
男が銃の引き金に指を触れる。
ホワイトが絶体絶命のその時…救いの声が舞い降りる。
「ホワイトを離せ…!」
「あ?」
「……!」
ミカが二人の元に駆け付けていた。
「ミ…カ…」
「…仲間か。お前も女かよ」
「……女、舐めんなよ…」
ミカが男を強く睨む。
男がホワイトを一度睨んでから、ミカの方を睨む。
「…こいつは満身創痍だな。…俺に歯向かうなら、お前から始末してやる」
男がホワイトを投げるように離す。
男にはいつでもホワイトを殺せる状態だった。だからここで取った選択は、ミカから殺すようにした事。
ホワイトが地面に少し転がる。
「うっ…」
「…その判断が命取りになるわよ」
「それはこっちのセリフだ…」
ミカが剣を魔力で生み出す。
武器錬成の力…ミカの『創造』の魔力の一つだ。
男を殺す為、男に剣を向ける。ミカに男を殺す気はかなりあった。
何せ、仲間であるホワイトを怪我させた罪は重かった。
そしてこの事件の首謀者である可能性もあった。そのまま殺しても…問題はなかった。
「…武器錬成の力か」
「他にも色々作れるわよ?改心するならば…アンタの武器を作ってあげてもいいわよ?」
「…笑わせるな」
「笑いたいのはこっちよ…!」
ミカが瞬時に動き、男を斬り付けようとする。
男はそれにすぐさま反応し、銃で剣を受け止める。
ミカの剣と男の銃がぶつかり合う。
「その銃、殴りにも対応してるんだね」
「…だったらなんだ?」
怒り気味の男に対し、ミカがニヤリと笑う。
ミカはこの男に負ける気はサラサラなかった。
余裕な表情を見せながらも、怒りを決して忘れないミカ。
「私が改造すればもっと上手く使えそうね?」
「……クソが…!」
「…よいしょっと!」
ミカは男の銃を剣で切り上げ吹き飛ばす。
男の持っていた銃は地面に転がり落ち、男が丸腰になる。
「…!」
「丸腰だね。じゃあ、さようなら」
ミカが男に剣を振りかざそうとした。
だが…男は一瞬の怯みも見せず、攻撃に動きを移す。
男が右腕を構える。
「舐めるなよ」
「…!」
男は右手から炎を作り出し、ミカに向かって放つ。
男の持つ炎の魔力が、ミカに襲い掛かる。
大きく近接していたミカは炎に当たってしまう。
炎に当たってしまえば、本来なら人間はひとたまりもない。
だがミカはそんなのも気にせず、炎の中から現れる。
「…あっつ…お前そんなのも使えるのかよ」
炎を気にせずに話し出すミカ。
ミカが剣で炎を振り払う。
服に少し傷が付いた程度でミカの身体には殆どダメージが無かった。
「…何故俺の炎が効かない…?」
「師団で鍛えられたから…かな?なんて。とりあえず、これで火事の原因が分かったね。アンタの炎で確定だ」
「……チッ」
「…団長」
「…!」
ミカの言葉と同時に、男を囲むようにラッシュ師団の団員が周りに現れる。
そして男の前に…団長と呼ばれた男が立つ。
「…団長…だと…!?」
「…よくもまあ、やってくれたな。関係ない人まで巻き込み、そして俺の大事な団員を傷付けてくれたなぁ…?」
「ランス…さん…」
ホワイトが見上げた先に立つのは、ラッシュ師団団長のランス。
ラッシュ師団団長のランス…師団の皆には優しく振舞う憧れの団長。
だが威厳もあり、恐ろしい威圧感を今目の前の男に見せる。
「…くそっ…舐めやがって…!」
男は銃をすぐさま左手で拾い上げ、ランスに向ける。
だが隙は与えない。与えさせない。
「おっと」
ランスは男の動きを読み、左腕を掴む。
ガッチリと男の腕を掴むランス。
「っ…!?」
「このまま折ってやってもいいんだぞ?」
「離せ…!」
男が抵抗するが、ランスによってもう片方の手で右腕も掴まれる。
身動きが取れない状態の男。
「っ…」
「確保だ」
男がランスによって捕らえられた。
傍にいる団員が拘束した男をランスから貰う。
「はい!」
「……手こずったねホワイト」
「………」
ランスがホワイトの方を向く。
ホワイトは傷口を押さえながら、だんまりとしていた。
「ホワイト?どうした?」
「…その人を…連れていかないで……!!」
ホワイトが突然、大声を出す。
どういう訳か自分を傷付けた男を庇おうとするホワイト。
「何を言っているんだホワイト。君はこいつに殺されそうになったんだぞ?それでもこの男を…」
「だからって…ダメ…です…その人を…殺さないで…ゲホッゲホッ…」
ホワイトは咳をする。さっき受けたダメージが身体中に効いてしまってる。
ホワイトの口から血が垂れる。
「っ…血…が…」
「殺しはしない、拷問さ。ただ、ネオカオスの一味だとしたら話は別だけどな」
「…やっぱり…殺すんじゃないんですか…」
やっぱり殺す…その言葉の意味はネオカオスであるなら生かしてはいけないという事だった。
だが男はネオカオスではない。
今回の火事の首謀者である事は概ね確定したが、ネオカオスとは関係のない男だった。
「…ははは…俺はネオカオスなんかじゃねえよ。ただの殺し屋さ。…もっとも、誰もかも殺そうとしてる訳じゃねえ…悪しき人間への復讐だ…」
「…話は後で聞こう」
ランスが男を連れていく。
「ダメ…連れていかないで…!」
ホワイトがランスの腕を掴む。
怪我で弱くなっているホワイトの手。ランスにとっては子供に掴まれた程度の掴み。
「ホワイトっ…!」
「ダメ…殺しちゃ…ダメ…!」
「…ミカ」
「……ん」
ランスのアイコンタクトにミカが従う。
ミカがホワイトの腕を掴む。
怪我で弱くなったホワイトを、ミカは軽々と拘束する。
「離して…ミカ…!」
「ホワイト、今は落ち着いて」
「辞めて…お願い…離して…」
「落ち着いて…!」
ホワイトがミカの拘束から抜け出そうとするが…途中で力及ばずな事に気付く。
「あっ…」
ミカがホワイトから手を離す。
ホワイトは絶望したかのように膝を地につく。
ランスと団員が拘束した殺し屋の男が見えなくなっていく。
「っ………」
「どうしてあんな事言ったのさ…」
「…あの人…辛そうだった…殺し屋って言っても…酷い事をされたんだきっと…」
ホワイトが涙を流す。
だが涙を流している状況ではない。
事件の謎はひとまず解けた。あの男が火事を起こした張本人。
ホワイトが言っている事は、単なる私情に過ぎない。
「…甘いよ」
「っ…」
「ホワイト、アンタは甘すぎる。…今回は相手が1人で良かったけど、そんなんじゃすぐに殺されちゃうよ…」
「…どうして…どうして…っ!」
「…幸せもあれば不幸もある。全て運命。運命は変えられない。…だから、決まってる運命の前に何が出来るかを考えるべきなんだよあたし達は」
ミカがホワイトに手を差し伸べ、立ち上がらせようとする。
ホワイトが言葉を零す。
「…なんなの、運命って」
「…ん」
「運命って何…何なの…?」
「…ホワイト…?」
「運命…そんな簡単に言わないでよ…お母さんが死んだのも…運命って言うの…?」
運命と言う言葉はホワイトにとって禁句の様な物だった。
母が死んだのも運命。男を救えなかったのも運命。
だがそんなの、ホワイトにとっては許せなかった。
「私は一体なんのために…」
「今はアンタのできることをするだけだよ。いつかその時が来る。…我慢するんだ」
「っ……」
事は後味が悪いまま…だが一段落した。
―ラッシュ師団の基地…自分達の部屋に二人が戻ってから数分。
「…いたた…」
ホワイトの傷の治療をミカがする。傷にしみる消毒綿。
ホワイトの腹にミカが優しく包帯を巻く。
「応急処置は終わったよ。まあ後は自前の回復魔法で少しでも緩和しておくといいかもね」
「うん…ありがとう…」
ホワイトは傷口に回復魔法をかける。
「…なんで他の人の話を聞かずに森に行ったの…?」
ミカが不安そうな顔をしてホワイトに聞く。
「…原因が…知れると思った…から…」
「…だからって勝手な行動はダメ。団員の奴も、あたしも、あなたの事を考えて今回は救助の方に専念させたの。でもあなたは…」
「…ごめん」
ホワイトは悔しかった。
ホワイトは自分の無力さに泣きそうになっていた。
「あたしは大丈夫。たぶん皆もそんなに気にしていないと思う。街の人は全員無事。火傷とかしている人は少しいるし、建物に潰されてた人もいたけど皆すぐに助けれた関係で命に別状はない。ホワイトも軽傷で済んで良かった」
「…ねぇ、あの人はどうなるの?」
ホワイトが腹を押さえながら立ち上がる。
ホワイトには殺し屋の男の処分が気になっていた。
「あぁ、殺し屋って言ってた奴?」
「うん…。あの人奪われた…ような事を言ってたし…なんか過去にあったんだと思う…」
ホワイトの真剣な眼差し。
ミカは一瞬、ホワイトに意外さを覚えた。
「…そっか。まあ殺し屋ってそもそも犯罪者だし、なんかしら悪い方向で処理されるだろうね」
「そんな…」
「…決めるのはあたしじゃなくて団長だからさ」
「…私、ランスさんのところに行ってくる」
ホワイトが立ち上がる。
全身にまだ痛みが残っていたが、そんな事すら気にしていなかった。
「…まあ止めないでおくよ。行ってらっしゃい」
ホワイトが部屋から出て、ランスの元へ向かおうとする。
―ラッシュ師団基地の…牢屋…
殺風景な雰囲気を醸し出す場所…ホワイトには似合わぬ場所だった。
だがそんな場所でも、捕らえたネオカオスを取り締まったり…先程の男のような犯罪者も取り締まっていた。
「で、お前はネオカオスの一味なのか?」
ランスが殺し屋の男を縛りあげ、尋問していた。
「な訳ねえだろ…俺は…あいつを…殺されて…っ…!」
「だから自前の魔力で街を焼いた、へぇ。幸い死人は出なかったがお前がしたことは悪い事だ。…まあ牢獄にでも入っておくんだな」
「……くそっ…」
ランスが男を牢屋に押し出す。
ホワイトが二人の元に駆けつける。
「…ランスさん…!」
「ホワイト、怪我の方は大丈夫か?」
「だっ…大丈夫です…」
大丈夫ではなかった。
だがここで大丈夫と言わないと話は続かなかった。
ランスは察していたが、ホワイトの気持ちを尊重した。
「ならいいんだ。お前が無事ならそれでいい」
「…その人は…どうするんですか…」
ホワイトが男の方を向く。
男はランスの目を強く睨んでいた。
「気になるのか?」
「…その人、過去に誰かを殺されたって…今…」
「はははっ、やっぱ聞いてたか。ここの団員の自由な出入りは禁止しておくか。セキュリティ甘めだな」
「…殺されたん…だよね…」
ホワイトが縛られている殺し屋の男に近付く。
男はじっとこちらを見つめるとホワイトを見下ろす。
「…なんだよ」
「…私はあなたを救いたい。…だから」
ホワイトが言葉を続けようとしたが、ランスがホワイトの腕を掴む。
「勝手な事はやめるんだホワイト」
「っ…ランスさん…」
「理由は何であれそいつは罪を犯した。それに、そいつは君を殺そうともした男だ」
「そうですけど…でもっ…!」
「やめておくんだな」
殺し屋の男もランスに続き、ホワイトの行動を否定する。
「っ!」
「…ホワイトって言ったな。…お前は俺みたいに大切な物を背負っていないだろ?だったら尚更だ。お前は今後も仲間のためにネオカオス相手に戦っていればいいだけだ。たかが俺一人のためにこんな事してたら本当にすぐ死ぬぞ」
「っ……」
ホワイトは涙を出しそうになったが、敵の目の前で涙は出せまいと堪える。
「…私、戻ります…」
「あぁ、次は勝手な行動をしないでくれ。お前に死なれるのは、俺の心情としても困るんだ」
「…はい」
ホワイトはその場を後にし…部屋に戻った。
―その日の夜…
「………」
ホワイトは寝転がりながら上の方を向いていた。
「ホワイト、眠れない?」
ミカが話し出す。
ホワイトは街を燃やした男の事が気になっていた。
「大切なものを簡単に奪っていった。それがか弱い女だったとしても…!」
男が発したあの言葉の意味は一体…なんだったんだろう…と思うホワイト。
「…うん。あの人が気になる…」
「牢獄行きでしょ?なら殺されることは無いよ」
「……でも」
「ネオカオスの一味じゃないならまず殺されることはない。覚えておくといいよ」
「殺す殺さない…じゃなくて…」
「なんか変な物、背負わせちゃったね。…早く寝ておくといいよ」
「…」
二人が話し終わった直後だった。
突如ガラスが割れるような音がした。
ホワイトはすぐさま起き上がり、その方向を窓から眺めていた。
そして、逃げているかのように走る影を目で捉えた。
「…あれは…」
「…もしもし…ん…分かった」
ミカが通信機を使って連絡をしていた。
「ミカ…?」
「アイツが脱獄したって。どうやって抜けたかは分からんけど。…まああたし達が動くことではなさそう。専門の人が捕らえに…」
「っ…!」
ミカの言葉を聞き、ホワイトはすぐさま部屋を出る。
「ちょ…ホワイト…!?」
ホワイトは男が逃げた方向に走り出す。
「……はぁ…はぁ…」
走り続けるホワイト。人影に追い付く。
ホワイトが走って逃げる殺し屋の男の腕を掴む。
「待ってよ…!!」
「…あぁ?なんだ、またお前か。っていうか足早いな。よく俺に追い付けたな」
「はぁ…はぁ…」
ホワイトが息切れをする。
男が少し呆れながらもホワイトを見つめる。
「…怪我の方、大事にしろよな。俺はまだこの世界でやることがあるからここで縛られる訳には行かないんだ…」
「…ねぇ…過去に何があったの…?」
ホワイトが息切れしながらも男の瞳を見る。
「お前に話す意味があるか?」
「ある…私だって…お母さんを失ってる…。お父さんもきっとネオカオスに……まだ分からないけど…」
「……ふぅん」
「…実は何のために戦ってるのかも…分からない…」
「…それがお前が背負う物か?分からないだらけなんて曖昧な…」
「っ…わ…悪い…?」
ホワイトが顔を赤くしながら怒る。
怒り慣れていないホワイト、怒りの表情を男に見せる。
「いいと思うさ。曖昧くらいが丁度いい」
男が少し笑みを見せる。
ホワイトは男の笑みを見て、少しだけホッとする。
「…俺はあいつといたんだ。だけど、あいつは何も罪を犯してないのに賞金首だった。…そいつを狙う輩から俺はあいつを助けようとした。…でもできなかった。あいつは人間によって撃たれた。…その後撃った奴を俺が殺してやった。…でも、そいつの元に行ったらそいつはいなかった。…あいつは…奪われたんだ」
男が持っている事情を聞いて、ホワイトは何も言葉が思い付かなかった。
思い付いた言葉は、謝罪だった。
「……なんか…言わせてごめん…」
「いいって別に。…ってかお前…撃たれた相手と話せるなんて凄いな…警戒しないのか?」
「…背負う物が、似てたから…」
「…まあ確かにな」
男が目を逸らす。
ホワイトが男を上目遣いで見つめる。
「…脱獄…したんだ」
「あんな守り、脆すぎだ」
「…ねぇ、私達の仲間にならない…?」
ホワイトが提案した。
「改心するならば…アンタの武器を作ってあげてもいいわよ?」
ミカの言葉を思い出すホワイト。この人には話が通じる、この人なら…改心ができるかもしれない、そう思っていた。
そして何より…気になっていた。
「…は?」
「事情をちゃんと話せばランスさんも分かってくれるはず。…ダメかな」
「…」
男が黙り込む。
そこにランスが駆けつける。
「見つけたぞ!」
「っ!」
「ホワイト、追いかけてくれてたのか」
「…ランスさん、この人…仲間にしませんか…」
ホワイトの意外な言葉にランスが驚く。
「何を言い出すんだ。そいつはお前を…」
「私と同じ物、背負ってるんです」
ランスはホワイトのその言葉を聞き、一瞬考える。
ホワイトの事情を知っているランスは、ジンの抱えているホワイトと同じ物が気になっていた。
「同じ物か」
「…もう、誰も失いたくない…彼もきっと同じことを思ってます…。だから…!」
「お前は?殺し屋をやめて俺らの仲間になるか?」
「……俺は…」
男はランスの声を聞いて目付きを変えた。
「…ついていきます」
「…!」
男がホワイトの目を見る。
「…もうひとつ、守りたいものができたから」
「そうか。じゃあ明日から励んでもらうぞ」
「…あぁ」
この日…新たな意外な仲間が、ラッシュ師団に加わった。
――男が街を燃やした日の翌日…
ラッシュ師団基地の廊下にて…ホワイトと男が話す。
「…そういえば名前聞いてなかったね、なんて言うの?」
「…ジン」
「ジン君…か…宜しくね」
「ホワイト、おはよ…ってそいつは!?」
ミカが二人の元へやってくる。
ホワイトの前では少しだけ気を許すミカが、突如としてジンに敵意を向ける。
「…ミカ…ジン君は今日から私達の仲間だよ」
「…はぁ…アンタ…次ホワイトに手を出したら即刻殺すわよ…」
ミカがジンを上目遣いで睨む。
ジンに対して「今にも殺してやる」という眼孔を見せていた。
「ちょっとミカ…」
「…絶対に殺させない」
「ジン君…」
ジンの意外な言葉にホワイトが顔を赤くする。
「…まあ、ミカ…?って言うのか、宜しく」
「宜しく…ってアンタねぇ…」
ミカがジンに怒りを超えて、もはや呆れを覚えていた。
「ジン…やっぱりここにいたか」
「…ランス」
ランスが三人の元に来る。
「呼び捨てはやめておくんだな。さん付けするか団長ってでも呼んでおくんだな」
「…じゃあ、団長」
「お前に話がある」
「…わかった」
ランスがジンを連れて共に団長室へ向かう。
「?」
「大丈夫、すぐ戻る」
―ラッシュ師団基地…団長室にて。
「話って、なんだよ」
「お前は確か過去に何かあったんだよな?」
「それがどうかした?」
「…お前には少し楽になってもらおうと思って」
「…は?どういう…!?」
ランスがジンの頭を掴む。
「おい…何しやがる…やめ…」
ランスが少し息を止める。
「離せ…!」
ジンがランスに抵抗しようとする。
「………」
ランスがジンの頭から手を離す。
「…団長?何したんだよ」
「…いや?何も」
「何もって…」
ジンがランスの目を睨む。
「で、それで話ってなんだよ」
「…いや、今のだけだよ」
「なんだよ今の」
「ははっ、頭の大きさを検査してた」
ランスのその言葉にジンの目付きは戸惑いを見せていた。
「意味わからん…。じゃあ行ってくるからな」
「ん。じゃあホワイト達と仕事に励んでくれ」
「…ん」
ジンがランスの元を後にする。
ラッシュ師団基地の廊下にて…
「…おまたせ」
ジンが二人の元に戻る。
ミカはジンが現れてから再び目付きを変え、ジンを睨んでいた。
「ジン君…何を話してたの?」
「…いや、それがわからん。団長に頭触られた」
「え…ほんとに何があったの…」
ホワイトが少し引く。
「…さぁ?」
「それより早く行こう…!」
「あぁ。ホワイトとミカと俺で三人で行動…なのか」
「うん!」
「…はぁ…昨日まで敵だった奴と探索…ねぇ」
ミカがジンを見ながら少し頬を膨らませる。
「…まぁそう言わずに…仕事行こ?」
「あ…あぁ…そうだな…」
一方、団長室にて…
ランスはとある資料を書いていた。
「…団長、どうして奴を受け入れたんですか。アイツは街を焼いて…」
ランスに話しかける団員。ここにいる団員はランスの側近的存在だった。
街を焼いた男であるジンを仲間に受け入れるというランスの不可解な行動に疑問を持っていた。
「いいじゃないか。被害は出なかったし、街は燃えたけど。まあ、敵の敵は味方って言うだろう?」
「…アイツがネオカオスと対立しているってことですか?」
「そういうことだな」
ランスが資料を書き続ける。
「…そういえば、さっきアイツに何してました?」
「ん、バレてたか。大したことじゃないぞ」
ランスが手に持っているペンを回して話す。
「――記憶の削除、かな」
後書き~世界観とキャラの設定~
『ジン』
…元殺し屋の少年。現在はラッシュ師団のとして活動中。ホワイトと同じ18歳…かも。
炎の魔力を操る事が可能で、持ち前の銃を火炎放射機として使う事も可能。
元殺し屋で過酷な環境を生きた故に戦闘力も高い。ネオカオスに対して大きな圧力となるだろう。
殺し屋をしていたが性格は荒々しい訳ではなく、意外と大人しい寄りの性格。だが戦闘になると少し荒っぽくなりやすい。
ホワイトにラッシュ師団に誘われ、入団。
そして、殺し屋時代に何か大事な物を失っている。
身長と体重は一般的な男性18歳と同じくらい。