モリスのショー
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今回のモリスのショーは、「ワイルド」をモチーフにしていた。
前回が赤を基調とした長い布を使って、柔らかく流れるような演出だったから、がらりと雰囲気が変わっている。何回も見に来てくれるお客さんを飽きさせないための工夫なのだ。
安川はモリスに言った。
「今回のワイルドって、テーマは、野生であるさま、自然のままであるさま、荒々しく力強いさま、を表現しているんだ」
「安川さん、それ、何読んでる?じしょ?モリスも読みたい。」
「ち、聞いてんのかよ。辞書は勉強になるから、モリスように小学生の辞書を買ってあげるよ。
今回のショーがうまくいったらね。」
「安川さん、気合入ってる。和さんから電話来た?モリスが安川さんに電話してって言ったよ。」
「ば、バレてるのか…、ま、いいか、そう、和さんが今日のショーを見に来てくれるんだ。
だから、絶対失敗したくない。いいものを見ましたーって言って欲しいんだ!
モリス、ホント頼むね。」
今日で公演は3回目。段々、良くなっている、荒々しく力強い自然を舞台に再現できていると思う。見る人に地球に対する畏敬の念を奮起させるような神々しさを表現できていると思う。
そのために、用意した小道具は石と木だ。
自然を表現するのに自然のものを使う、そのまんまだ。芸がない。
自然というキーワードから思いうかべたものの中で、簡単に用意できそうなものを選んだ。
これでなきゃいけないなんて、ポリシーもない。あるもの、用意できる物を使ってなんとかするだけだ。
まずは石を落としたい。安全に。
最初は、ステージいっぱいにNASA開発の低反発クッションを敷き詰めて、落とした石の衝撃を吸収するという方法を提案したけど、それは、担当の田中氏に予算の関係でどうしても無理ですと言われた。
仕方なくモリスの膝の高さくらいに網をはることにした。帯のような網を張りめぐらせて、使う石は軽石にしてより安全に、さらに石が網の上に落ちてから網の中を転がるような設定にしたのだ。網は石にまとわりつくから、下に落ちて床を傷つけることもないし、目的外の所に転がり出ることもない。モリスに当たったり、客席に転がり出ることもない。
この案で、田中氏を説得してOKをもらったのだけれど、今回は想定外の出来事が起こった。
予定では、石は落ちて転がる以外の動きをすることはなかった。
ところが、いざリハーサルをしてみるとモリスが突然手刀を振り始めたのだ。
モリスは網に落ちる寸前の石を手刀で砕く。砕けた石は網の中に納まる。
転がる演出は消えたけど、こっちの方がいい。