モリスの生活
「モリスが地球と踊るとき」の第二弾です。
◆はじめに
僕は安川はじめ。モリス・サンホセ・エドワードという女優がたった一人だけ所属している芸能プロダクションの…社長だ。
社長と言っても、権力は一つもない。
事務所も、以前助手をやっていた映画監督安西美幸、いや改名してヘルシー安西になったんだった、のところに間借りさせてもらっている。
しかも、つい先だって、ちょっと大きめのネズミを4匹もつれて帰ったので、危うく
去勢させられそうになったくらいだ。ああ、ネズミの方は本当に去勢させれていた。
まぁ、それは仕方ない。増えちゃうから、ネズミ算というくらいには…。
よって、現在の住人の序列は
監督
僕
モリス
ネズミ
って僕は思ってるんだけど…
モリスの中では
ネズミ
監督
モリス
僕
って…思われている気がする。
ああ、監督はもっとすごい!
自分
その他大勢
…かな。
ほら、また、聞こえる。監督の朝のルーチン。
「私は完璧!今も、昔も、これからも!」
監督が朝日に向かって、高らかに宣言する。いつもの朝が始まった。
健康な監督は実に無敵だ!
昔、不健康だった時も、映画に関しては、その才能を発揮していたけれど、それには
僕の助けが必要だった。
しかし、健康になったら、そんな助けはいらない。
なんでも自分でできる。
…と思っていたら、僕以外の者にやらせていた。
ネズミたちだ。
このネズミたちは、根角さんという、とある犯罪者から託されたのだけど、
監督のネズミ使いの粗さは、あっぱれだ。
監督に世界征服の野望がなくてホントに良かった。
何をどう仕込んだのかは分からないけど、今となっては、ネズミたちが食事の支度以外は全てできるようになっている。さすがにヘルシーを名乗るだけあって、衛生面を考慮して台所仕事だけは人間がやることにしたみたいだ。
しかし、洗濯物を持って、あちらこちら行き来するネズミはゼンマイ仕掛けのお人形みたいで本当にかわいい。僕って意外に小動物マニアなのかも。
こんなにかわいい小動物を「日本の王様」って思ってる人、それがモリスだ。
小さいころに自分の国で出会った日本人に「ネズミの嫁入り」って昔話を聞かされて、それが本当だって思ってる。
ひとつ気になったので、モリスに聞いてみた。
「日本の王様がかなり働かされてるみたいだけど、それはいいの?」
「はたらくのはいいことだから、いい。王様は国民のために一番はたらく。」
僕は、ははーっとひれ伏した。
筋が通ってる。
あれ?
そういえば監督が、ずっと部屋から出てこない。
朝、のりとかハサミとか言いながら、うろうろしてたから、何か作るんですかって聞いたら、「ひ、み、つ」っていって、嬉しそうに腰をクネクネさせてた。
あれから部屋にこもりっきりだ。
何をしてるんだろう…
まあ、監督ことはいいさ。
それより、モリスのショーをもっとグレードアップさせたい。
そう、僕たちはワンダーランドという所で、ダンスのショーと子どもたち相手の教室を運営することを仕事にしている。
ワンダーランドがどんなところかというと、
僕たちが見たスタッフ募集の紹介ページにはこう書いてある。
“犬好き、猫好きさん、集まれ!こんな楽しい施設で、あなたも働きませんか?スタッフ大量募集”
誘い文句には該当しないが、オープニングスタッフで大量募集は魅力的だし、なにより、ダンスショウの仕事というのが、モリスにはぴったりだ。
九時から五時までダンス教室とダンスショウをセットで2時間、3回公演。間に1時間ずつの休憩。日給18000円。破格の待遇。
僕たちにはぴったりだ。
昨今のペットブームをこれでもかと取り込んだこの施設。
完璧にターゲットをペット愛好家の富裕層に絞っている。
ほとんどが年間パスポート会員で、一般のチケットは半年待ちだ。
遊戯エリアは14歳未満入場禁止、14歳未満は全員キッズステーションにお預かりなのだ。
0歳から2歳までは専門の保育士さんが預かってくれる。
3歳から14歳までは、ダンス教室、手品教室、学習塾、体操教室。スペシャルラインナップ、なんでも好きな体験ができる。僕たちが担当するのもこのゾーンの子どもたち。
子供は子供で0歳から三歳までは専門の保育士さんが楽しませてくれるし、それ以上の年の子供は、ダンス教室、ダンスショウ、あるいは手品教室、手品ショウ、または学習教室、自分が興味をもったプログラムに参加して楽しんでいる。
だ、か、ら。
待ってる間に、愛犬、愛猫を楽しませてあげましょう!
それが、ワンダーランドのコンセプトだ。
そんなワンダーランドの仕事は、段々軌道に乗ってきたけど、アンケートの結果がいまいちだ。
そのためには、もう一度客層をチェックする必要がある。
「モリスー、行くよー。」
「はーい。お待ちください。」
モリスがいつものように大きな荷物を持って出てきた。
「いつもたくさん持ってるけど、その荷物の中って何が入ってるの?」
「色々必要なものが入っています。飲み物とか食べ物とかバケツとか、ロープとか
全部言いますか?」
「あ、いや…いいや。聞いてごめんね。それより、早く行こう。」
僕たちが、いつもより早い時間に待合ゾーンに到着すると、端っこに小さな人だかりができていた。なんだろう、何かあったのかな?
いや、僕もミーハーだな…あれ、ミーハーって死語かな…とにかく気になるので行ってみよう。
近づいてみたら、人だかりの中心は、小さなテントだった。
オーソドックスな三角形のテントで風で飛ばないように、しっかりペグダウンしてあった。
「本格的なテントの立て方だよ。」
「そうなんですか?」
「うん、ちゃんとペグダウンしてあるし…ほら、あそこの紐、本当は長さ調節金具が必要なんだけど、それがないから、自在結びで調節してある。アウドドアの人かな…。」
「モリスも紐も結べます。アウトドアの人ですか?エビもできます。監督はエビができたら一人前と言いました。モリスは一人前です。」
「あ、監督はそんなことまで…モリスに教えてたんだね…
エビ…結ぶ機会がないかもしれないよ。僕は昔ボーイスカウトにいたから、教えてもらってけど…エビ結びは日常生活でなかなか利用する機会がないんだよね…モリスが自慢に思う気持ちは、すごくわかるよ、あれ、難しいもんね…」
「エビは使わないですか?でも、ほら、安川さん、あそこにエビがあります。」
モリスが指さした先、テントの入り口には、光るヤーンで作られた無数のエビがちりばめられた看板が置いてあった。真ん中にかわいい字で「うらない」と書かれていた。
エビにあんな使い方があるんだ…面白いな…
「ちょっと、並んでみよう。テントの張り方とか本格的で大胆で男っぽいのに、看板は女の子みたいだ。どんな人がやってるのか、気になる…」
「モリスはなんでも気になります。並びましょう。」
モリスに男っぽさと女っぽさの違いを聞かれて、しどろもどろ答えてたら、」あったい馬に僕たちの番が来た。
「次の方、どうぞ。」
聞こえてきたのが、思っていたよりも、ずっとやわらかくて、かわいらしい女の子の声だったんで、僕はびっくりしてしまった。
そして、ほぼ同時にモリスからも、エビに結んだわりとでかめのロープを手渡されたので、余計にあたふたしてしまった。
「よ、よ、よろしくお願いします。」
と右手と右足を同時にテントの中に入れた。
中に入ると、そこは少女らしく飾り付けられた、明るいほうの占いの館だった。
黒魔術の方をちょっと予想していたから、そこにも少しびっくりした。ファッション雑誌の後ろのほうに出てる星座占いみたいなイメージだ。色とりどり。
僕は、女の子の部屋に招待されたことがないので、すこし気恥ずかしい気持ちになってしまった。
心の中で「商業ベース、商業ベース」と訳の分からない呪文を唱えていたら、
さっきのかわいい声が
「何を占って欲しいですか?」と…
しまった!何も考えてなかった。
僕は、初めてかわいい声の主をまっすぐ見た。
かわいかった。
声と同じくらい、いや、声よりかわいいかもしれない。
僕はドキドキしてしまった。
最初、男かもと思ってたくらいだし、並んでは見たものの、占って欲しいことなど何一つない状態で、なんの期待もしてなかった占いの館で、僕の心臓がこんなに激しく動くことになるなんて…
僕が内なる僕と謎の葛藤している間に、
モリスがちゃっかり
「モリスはモリスをみてほしいです。」
としっかり自己主張をしていた。
モリスが頼もしく見えたのは、初めてだ。
「性格占いでいいですか?」
「はい」
女の子はモリスに椅子に座るように促すと、占いでよく見かける、細くて長い棒をジャラジャラ鳴らした。
一本。
二本。
三本。
順番に引き出すと、
「本当に珍しい。」とつぶやいた。
彼女はふぅ~と長く息をはくと、しずかに話し始めた。
「あなたは0(ゼロ)の人です。誰と関わっても、相手を巻き込んでゼロにします。
ん?人…だけじゃないかも…全部、地球も?宇宙も?」
モリスがキョトンとして言った。
「ゼロ?」