88話 大切な思い出
「……楓?」
震えるような声で、小さく小さく呟き沈黙。
しかしすぐに気を取り戻し、元の調子に戻る。
「ありえない、楓がここにいるはずがない!!」
驚きと怒りの混じった声で美紀 正路は叫ぶ。
しかし、光は臆さなかった。
「いいえ、ちゃんといますよ。エルメさんに連れてきてもらったんっです」
「なッ……!」
目を見開き、動かない美紀 正路。
表情はこわばっているが、まだ普段の調子は崩れない。
「まさか……。いや! しかしだ!!」
「忘れてはいませんか? 俺の次元眼は普通じゃなくて、数字にすれば0.5~1.5を見えるということを」
「……! だと、してもだ! 私にそれが見えるはずはない!!」
「出来るんですよ、宇水は『感覚の共有』が出来るから。邪竜の時にもやっていたでしょう?」
「……!! ……な、なら君は」
美紀 正路は核心をへと迫った。
「本物の楓なのか……?」
すると今まで黙っていた少女は笑顔でゆっくりとー
『はい、そうですよ天使さん。私は正真正銘の楓です』
優しく語った。
その瞬間、美紀 正路は崩れ落ちる。
床に手を付き、膝は折れ、顔には涙が浮かんでいた。
「あ、ああ……! すまなかった……本当にすまなかった!!! 楓!!」
そして、その口から零れたのは謝罪。
「私が、私が不甲斐なかったばっかりに、君を助けられなかった! 君を意味もなく苦しめてしまった!!」
『天使さん……』
「君は私を助けてくれた! 君は私にたくさんの思い出をくれた!! なのに、なのに、私は君に何も出来なかった!!!」
次々と零れ落ちる気持ち。
それは美紀 正路が貯め込み続けた思い。
「君が一番辛い時に、私は君のそばにいなかった! 君が傷つけられている時に、私は君を助けられなかった!!」
「私は君に何もできなかった……」
泣きながら彼は、叫び続けた。
しかし、楓は怒ることも悲しむこともしない。
『いいんですよ、天使さん。……それに天使さんは私にたくさんのことをしてくれましたよ?』
「……え?」
『今まで誰かと一緒に遊んで、食事をして、眠って、笑って、楽しんで、そんなことをしたことなかった私に、貴方は全部をしてくれました』
『貴方だって私にたくさんの思い出をくれました。私の知らなかった……出来なかった全てを与えてくれた』
「そんな……!」
『いいえ! してくれました!』
キッパリと言い切る楓。
そこには何者も入る余地はない。
『そんなに自分を卑下しないでください。私は天使さんのことを怒ったりも、恨んだりもしていません。寧ろ、返しきれないほどの感謝と恩でいっぱいなんですよ?』
「それでも……君のくれたものには及ばないさ……。君は私の命を救ってくれたのに……私は君の命を救えなかった……」
『でも代わりに天使さんは、私の人生を救ってくれた』
「……? 人生を……?」
『はい! あのまま貴方と出会わなかったら、私はきっと死ぬまで楽しいことはなにも出来なかった。そんな暗い暗い人生に、貴方が明るさをくれたんですよ?』
「私が……?」
『さっきも言った貴方がくれた思い出の全部が、私の貰った人生の明るさなんです』
「……なッ!? か、楓!?」
少しづつ薄れていく楓。
そろそろ『感覚の共有』の効果が切れ始めてきたのだろう。
『だからもう私のことは気にしなくても大丈夫です。これからは自分のために……昔の優しくて、暖かい貴方でいてください』
「待ってくれ! 待ってくれ!! 楓!!」
彼が呼び止めようとも、身体の薄れは止まらない。
そして楓は最後にー
『たくさんの思い出をありがとうございました。天使さん』
感謝を残して、笑顔で消えていった。
「楓ーーーー!!!!!!!!」
残ったのは美紀 正路の叫び。
切なく反響を繰り返すも、その声にもう返事はない。
逆光のなか、彼は静かに鳴き続けていた。
「分かっていた……本当は分かっていたんだ……。君はこんなやり方は望まないことぐらい……。でも、どうしても許せなかった……。君を無惨に殺した人間のことが……」
しばし、うずくまっていた彼だったが、いつまでもそうしていたわけではなかった。
スッと立ち上がると、背後の大きな機械に近づき……
パチッと機械の電源を切った。
「これで……世界のバランスが崩壊することはない。クロカゲによって死んだ人間達も、皆生き返るだろう」
「……美紀さん」
「謝罪の言葉で済むようなことじゃないのは分かっている。それでも、どうか言わせて欲しい」
落ち着いた、そしてどこか満ち足りたかのような様子で彼は一言。
「天界と下界、多くの人々に多大な迷惑をお掛けした……本当に申し訳ない」
ー少し、時間を置いてー
それから美紀は駆け付けた天使に連れられて行った。
これから彼は、この罪を償わなくてはならない。
彼女が……楓が望んだ彼が帰ってくるのは、もう少し先のことになりそうだ。
でも、もう彼は道を踏み外すこともないだろう。
「終わったな……」
リームがそっとそう呟く。
「そうだな……。これで終わったんだな」
なんとなく俺も実感がわかず、小さく呟く。
が、そんな俺の背中をトンっと押す人がいた。
「もう! 何、ボケーっとしてるのよ! もっと喜べばいいのに」
「……シナトス」
「これで死神病で死んだ人たちは生き返る。もちろんヒカルのお婆さんもね!」
「……そうだね。そうだ、いろいろあったけど、俺達は勝ったんだ!」
その時、夜が明けて朝日が差し込んでくる。
まるで俺達の勝利を祝福するかのように、暖かく明るい日差しは天界と下界を照らす。
俺達の大勝利だ。
次回 89話「穏やかな日」




