81話 楽園の生まれる夜
「……」
重い、あまりにも重い美紀正路の話に俺達は何も言い出せなかった。
酷い、酷すぎる。
あまりにも理不尽な話に、何と言えばいいのか分からないほどだった。
「なんだ? 私の話が君達の予想以上に重かったのかな?」
「……」
「なに、そんなに憐れんだり同情する必要もない。だから私は君達の前に現れたんだ」
「え……?」
「夜明けと共に全ての人間は生まれ変わる。争いも差別も感情もない、楽園に居るべき存在になる」
「……!」
「だが、もう誰も止めることは出来ない! 天界は既に抑えた、そして下界から天界に通じる道は全て封じた! もうお前たちが邪魔することも出来ない!!!」
「なッ!?」
「はははははは! せいぜいそこで世界が変わる瞬間を待ちわびているがいい!!」
「ま、待て!!!!」
手を伸ばしながら駆け寄ってももう遅い。
霧のように彼は消え去り、何もすることは出来なかった。
「不味いことになったな……」
リームが今までにないほど、焦りと緊張の混ざった表情で言う。
なんとかして俺達も天界に行かなくてはならないのだが、その方法を封じられてしまった!
「何か! あの絨毯以外に天界に行く方法はねぇのかよ!!」
薫も叫び散らすが、あるならリームやシナトスがこんなに悩むことはないはずだ。
あの絨毯以外に天界に行く方法なんて……。
……絨毯?
あれ? 俺は確か……何かを……。
その時、ポケットの中にある何かに気づく。
それは何の変哲もないボタンだった。
「!! ご主人! それは……!!!」
「そうだ! ロメリアさんに貰った天界に瞬間移動できるボタン!」
「そうか! それがあったか!!」
俺、村正ちゃん、リーム以外はこのボタンのことを知らないので『ん?』という表情で首をかしげる。
「えっと……。と、とにかく! これで天界に行けるんだ!!」
「なッ!? なんでヤケッパチそんなもの……まあいい! 行けるなら今はそれでいい!」
「さあ! 皆、城内 光に摑まるんだ!!」
リームの声を聞き、全員が俺にしがみつく。
しかし、俺はすぐにはボタンを押さなかった。
「ヒカル? なんで押さないの?」
「このボタンはね、まだ試作品で……行くことは出来ても帰ることは出来ないんだ」
「……」
「だからもうどんなに危険になっても逃げることも出来ない。皆、本当にそれでも行く?」
今までとは違うのだ。
もう撤退は出来ない。
勝つか、負けるか。
その二択しかもう選択肢はない。
そして負けは死を意味する。
しかし……俺を離した人は一人もいなかった。
まず、薫がポカッ……いや結構ガツンと俺の頭を殴りながら言う。
「馬鹿野郎、てめえ一人にいいカッコさせるかよ。そんなズルいこと俺は許さねえぞ」
宇水さんも柔らかい笑顔を作って、優しく言う。
「私は元々、皆さんを助けるためにこの街まで来たんです。最後までしっかりお供させていただきますよ」
リームは相変わらずどこか楽しそうな表情だ。
「我々が行かないと言っても君は一人で行くんだろう? 君に寂しい思いをさせる訳にもいかないからね。一応教師だし」
シナトスもフフッと笑いながら、しかしキリッとした表情で俺の肩を押す。
「私は死神なのよ? 今更自分の『死』を恐れると思って? そんな心配するのは百年早いんじゃない?」
そして最後は村正ちゃんだ。
「ご主人、どうやら反対する人はいないようですよ?」
まったく。
こんな非常事態だというのに、つい笑みがこぼれてしまった。
しかし、それは別に憐みでも侮蔑でもない!
「そうだな! それじゃあ行くぞ、皆!!!」
「おう!!」
そして俺は力強くボタンを押した!!
ー下界、八雲神社ー
「にゃにゃにゃ!? やばいにゃー! なんかいっぱい来た!!!」
ドドンパがテンパりながら、指さす先。
空から大量のクロカゲが迫ってくる。
「なんと……まさに悪霊じゃな……」
「メチャクチャ多いのですよ……。全部退治するなんてとてもじゃないけど……」
アリサも珍しく弱気なことを言う。
実際、空から神社に迫るクロカゲの数は尋常じゃなかった。
まさに視界が全て黒に染まるほど。
が、次の瞬間。
黒と黒の間に、裂け目が出来る。
「!?」
戸惑うアリサの後ろから、斬撃を放った者の声が聞こえる。
その声の主は、本堂の屋根の上に立っていた。
「まったく……。最近は耳鳴りが酷いと思ったら、こんな悪霊が蠢いていたのか……」
【シャアアアアアア!!!!】
クロカゲが群れをなし、声の主に襲い掛かる!
「フフッ……」
しかし、クロカゲたちは声の主に辿りつく前に、霧のように消えていく。
アリサたちの目には、声の主がジャンプしたようにしか見えなかったのだが。
声の主はアリサのすぐ近くに着地。
「貴女がこの神社の巫女とお見受けした」
「え? そうですけど……」
「この悪霊退治、私にも手伝わせていただけないだろうか? どうも私は少し出遅れたようなのです」
「手伝ってくれるのは嬉しいのですが……貴方は?」
その声と同時に再びクロカゲが迫る。
しかし今度は斬りかかることせず、チョイと首を傾け簡単にクロカゲをかわした。
その時、顔を隠していた笠が吹き飛んでしまう。
そこから見えた顔は……女性の顔だった。
そして女性はクロカゲたちに向け、声高らかに宣言する。
「私は『聴覚』の特異器官、音無 静夏!! 悪霊たる汝らを音もなく消し去ってみせよう!」
ー六音時高校ー
「あわわわわわ! どうしよう、追いつめられちゃったよ!?」
「ああもう! 光達は何してるの!?」
校庭の隅に追いつめられたヒナと茉子。
ヒナは勇敢にクロカゲたちに向けて、竹刀を向けるも太刀打ち出来そうにはない。
しかし、ヒナが怯えることはない。
「く、来るならきなさいよ! 一匹残らず、蹴散らしてあげる!!」
【ウウウ……シャアアアアアア!!!!】
ヒナの声に煽られてか、一匹のクロカゲが飛び出すが……。
そのクロカゲはヒナの竹刀ではなく、突如として上から現れた誰かによって消し飛ばされる。
「ダメねぇ。女の子に怪我させようなんて……これはオシオキが必要ね」
「……汝のその口調は初めて出会うものに混乱を呼ぶ。どうにか修正することは出来ないのか?」
「あら? ドロンには言われたくないわ」
「……」
茉子とヒナはまったく何も言えなかった。
目の前にいるのは女性と古風な口調の人……ではない。
そこに現れたのはオネエ口調で話す男性と、緑色のスライムみたいな生き物だった。
「もう大丈夫よ、お嬢ちゃん達! アタシがバッチリ守ってあげるからね!」
「……あ、貴方は誰なんですか?」
「ふふん! 聞いて驚かないでね? アタシは『味覚』の特異器官、伊龍真 新谷 ! 気軽にいーお姉さんと呼んでね♪」
ーそして、天界ー
「着いた!!!」
光達は見慣れたロビーに無事到着。
建物があちこち崩れ、叫び声が聞こえる!
「とりあえず! 奥に行くんだ!!」
美紀正路を追って天界にたどり着いた光達。
そして遂に六文市に訪れた、『味覚』と『聴覚』の特異器官。
この瞬間を持って、決戦の火蓋は確かに斬って落とされた。
次回 82話「蘇る炎魔」




