79話 今昔天使物語 ~落ツル花ビラアト一枚~
「よし! これで完成だ!!」
美紀正路と楓が出会ってから数週間。
すっかり馴染んだ二人は、この日楓の住んでいた小屋を新しく作り直していました。
「わあ! 凄く広くなりましたね、天使さん!」
「だろう? 慣れない力仕事ではあったが、少し頑張ってみたよ」
小さな台所に、寝ころぶことも出来るぐらいの広さの居間。
材料は全て木ではありましたが、その小屋は十分立派で二人の努力がうかがえます。
「それじゃあ天使さん。今日のご飯を釣りに行きましょうか!」
「おお、もうそんな時間か。よーし、今日こそはたくさん釣ってみせるとも!」
「前は一匹も釣れませんでしたからね」
「ぐぬう……」
この森には綺麗な池があり、時々二人はそこに魚を釣りに行っているのでした。
もっとも彼は今まで一匹も釣れたことはありませんでしたが……。
ー森の奥の池ー
「か、掛かった! これは大物だぞ!!」
静かに座っていたから彼が突然立ち上がり、興奮した顔つきでそう叫びます。
確かに糸はピンと張っており、力強く彼を引き返しているではありませんか。
「本当ですか!? 天使さん頑張ってください!!」
「ああ! うぬおおおおおおおお!!!!!!!」
ありったけの力で引っ張りますが、なかなか竿は上がりません。
それどころかズリズリと彼は引っ張られてしまっています。
「わ、私も手伝います!」
「あ、ああ! 頼む!」
楓も後ろについて、全力で竿を引いていきます。
すると少しずつ竿は動き出して……!
「うお!!」
急に強くなりました!
対抗するかのように強くなった力にとうとう二人は耐え切れなくなってしまい……。
「うわああ!!!」
ボチャーン!!!
と、勢いよく池にダイブしていきます。
「だ、大丈夫か、楓!」
「わ、私は大丈夫です。天使さん、魚は!?」
「あ!」
しかし、彼の手に竿はありません。
落ちた拍子に放してしまったようです。
「そんな! 池に落ちてまで頑張ったのに! これじゃあ濡れ損じゃないか!」
「あははは! 魚さんの方がちょっと強かったですね」
しかし、楓は口ではそう言いつつも顔は笑顔でした。
そんな楓の表情につられて、彼もつい笑ってしまいます。
二人は池の中でびしょぬれになりながら、大笑いしてしまいました。
「いつか……、いつか必ずあの魚を釣ってみせる! もはやこれは私の夢となりつつあるぞ!」
日差しに当たり服を乾かしながら、彼はそう叫びます。
なにせ、さっきの魚は彼の初フィッシュ。
その分、逃がした悔しさも大きいのです。
「あはは! そうですね、いつか二人でその夢は叶えないとですね」
「……。楓には、何か夢はないのかい?」
「夢……ですか?」
そう言われ、楓は少し青空を見ながら考え込みます。
しばらくして彼を向き直すと、少しキリッとした表情で答えました。
「私の夢は、皆が仲良く暮らせる世界です」
「皆が仲良く……」
「私みたいに『普通』じゃない人も、『普通』の人も皆が楽しく、仲良く暮らせるような世界を私は作りたいです」
そう言う楓の表情には憧れと期待と、ほんの少しだけの悲しさがありました。
「……そうだね。その夢もちゃんと叶えないといけないな。私は君を幸せに生きられるようにようにすると決めたからね!」
「ありがとうございます。天使さん」
「さあて! 魚釣り再開だ! そうしないと今日のご飯はなしになるぞ!」
「それは大変ですね! 特に天使さんが」
「え?」
すっかり乾いた服を着なおし、再び竿を手に取ります。
ヒュンと糸を勢いよく、池に投げる楓の表情はとても生き生きとしていました。
「……しまった。竿がない」
ー夕方ー
「ちゃんと感謝してくださいね? 私が釣らなかったら、天使さんのご飯はなかったんですよ?」
「面目ない……」
結局あの後、竿をなくした彼は魚を釣れず、全て楓に任せきりになっていしまっていたのでした。
しかし、楓がバケツ一杯に魚を釣ったおかげでどうやら彼も今日は食事にありつけそうです。
「あれだな。今度行く時は予備の竿も持って行かないとダメだな」
「そうですね。そうしないと天使さんは魚釣れなくなっちゃいますもんね」
「ぐ……。よおし! 今日は釣りで不甲斐ない所を見せたぶん、張り切って料理するぞ! ちょっと期待しててくれ!」
「やったー!!」
二人で魚いっぱいのバケツを持ちながら、夕日に照らされる道を今朝作り直したばかりの小屋へ向かって歩いていきます。
二人が出会った頃は、木々が赤く染まっていましたが、もう木に葉っぱはほとんど残っていません。
しかし、今日は代わりに空が明るい赤に染まっているのでした。
ーそれから、さらに数日ー
「うおお。今日は雪か……」
釣りの日からさらに数日。
すっかり季節は冬になり、この日は辺り一面雪景色でした。
「凄い! 綺麗ですね!!」
「そうだな……。しかし、君がこの雪の中を歩いていくのは少し危険だ。今日は私が食料調達してくるから楓はここで待っていてくれ」
「そうですか……。ちょっと雪で遊びたかったです……」
「なあに、明日になれば雪はもう止んでいるさ。そうしたら安全に遊べるよ」
「本当ですか! じゃあ明日は雪遊びですよ!」
「うん、約束しよう! それでは、あまりたくさんは用意できないだろうが、雪の中食料調達に行ってくるよ!」
「いってらっしゃーい!」
こうして彼は今日は一人、雪の中を歩いていくのでした。
しかし、それは間違った判断でした。
彼は、美紀正路は油断していたのです。
『人の欲』の恐ろしさを、彼は理解できていませんでした。
ガララっとドアの開く音がします。
「あれ? 天使さん随分早く帰-」
しかし、そこで楓は言葉を遮ってしまいました。
なぜなら目の前にいたのは、美紀正路ではなかったのです。
しかも一人ではなく、数人の大人たちでした。
「……え? あ、貴方たちは……?」
しかし、大人たちは楓の質問には答えません。
「本当なんですか? このガキが綺麗な石ころを作り出すって」
「さあな。でも、それを確かめるのは簡単だ、ちょいと痛めつければいいだけだろ?」
「もしホントだったら俺達も貴族の仲間入りですね!」
その日、山は一見雪に覆われ真っ白に見えました。
しかし本当はこの日も、出会いの日のように、釣りの日のように、この山は赤く染まっているのでした。
次回 80話「今昔天使物語 ~ソシテ花ハ枯レテイク~」




