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魂のレッドライン  作者: ギン次郎
1章 夢を見た天使
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65話 村正ちゃんの小さな大冒険(前編)

「ゴホッ」


 気が付いたときには、もう既に遅いと言うのは実際問題よくあることだ。

 熱中症ものどが渇いたと思った時に、水を飲んでも遅いと言われるように。

 そしてそれは風邪にも、同じことが言えるのであって……。



「ゴホッゴホッ!」


 本日、何度目かの咳。

 いつものように皿を洗う光だが、いつもは皿洗い中に咳はしない。


「……ご主人?」


「ん?」


 村正ちゃんに声をかけられ振り返った光の顔は、普段よりも明らかに赤かった。

 呼吸もハアハア言っており、心なしか見た目も辛そうである。


「もしかしてご主人。風邪ひきました?」


「……うーん。別にゴホッなんともないと思うけどな……」


「いや、さっきから咳ばっかりじゃないですか。ちょっとこれ、脇に挟んでください」


 半分呆れながら村正ちゃんは、ずいっと光に体温計を差し出す。


「なんともないと思うよ?」


 ピピピ、ピピピと音が鳴り、体温計を覗いてみると……


「……39.8℃」


「なっ!? 病院! 病院行きますよ! ご主人!!」


「ええー!?」



「なんで、そんな高熱で普段と同じような生活してるんですかね?」


 布団に横たわる光を見下ろしながら、村正ちゃんは本当に訳が分からないという顔をしている。


「う~ん。全然気が付かなかった」


「……」


 この人、もし一人暮らししたら風邪で死ぬんじゃないだろうか。

 村正ちゃんはわりと本気でそう心配してしまった。


「まあ、ただの風邪らしいから。しばらくすれば治るよ」


 そう言って、再び起き上がろうとする光。

 もちろんそれを村正ちゃんが見逃すはずもない。

 珍しくちょっと怒りながら、光を制する。


「ご主人!? 何考えてるんですか!?」


「え?」


「『え?』じゃないですよ! 病人は薬飲んで、さっさと寝ててください! 皿洗いぐらい私がやっておきますから!」


「いや……本当に大丈夫なんだけどさ」


「いいですから!」


「はい……」


 村正ちゃんに怒られ慣れていない光は、そこで再び布団にもぐる。


「まったく。今日は宇水さんも、リームさんもいないんですからね!」


「はーい……。あれ? やべ、薬きらしてたか……」


 言われた通り、薬を飲んで寝ようと思った光なのだが。

 病院で処方された薬とは別の、いつも風邪の時に飲んでいる薬がなかった。


「しょうがない。買ってくるか」


 そういってもう言われたことを忘れたのか、またまた光は起き上がろうとする。


「ああ! だから言ってるでしょうが! 薬を買うのぐらい、私に任せてください!」


「え?……大丈夫? 買ってこれる?」


 まあ、光が心配になるのも無理はない。

 実際のところは詳しく知らないが、見た目は小学3年生ぐらいの女の子なのだ。

 一人で買い物は少し心配になっても……まあおかしくはないだろう。


「舐めないでください! おつかいぐらい一人でできます!」


「そう……? じゃあ、メモ書くから買ってきてくれる?」


「お任せくださいな!」



 というわけで村正ちゃんはじめてのおつかい。

 行く先は隣町の薬局。

 そこに行くには一回バスに乗る必要がある、ちょっとはじめてにしてはハードルの高いおつかいだ。


「まったく……。ご主人は風邪ひきだというのに隣町まで行こうとしていたんですか。大丈夫ですかね、あの人」


 しかし、自分のことは棚に上げ、光の思考回路の心配ばかりの村正ちゃんだった。


 バス停まではそう遠くなく、歩いて5分程度。

 別にここまで来るのは難しいことではない。


「ここで待っていて、次に来るバスに乗ればいいんですね。らくしょーじゃないですか!」


 すっかりご機嫌の村正ちゃん。

 ルンルン気分でバスを待つ。

 すると……。


「ちょっとお嬢ちゃん、いいかねぇ」


「ん? 私ですか?」


「そうよぉ。道を聞きたいのだけど」


「お任せください!」


 道に迷ったお婆さんに声をかけられた。

 しかし、万能木刀村正ちゃんに戸惑いはない。

 こんなハプニングにもちゃんと対応できるのだ。


「~で、ここの角を右に曲がってー」


「ここかい?」


「あ、違います。もう一つ手前です」


 そうこうしている間にバスは到着。

 しかし、地図の方に気を取られている村正ちゃんは気づかない。

 そのままバスは村正ちゃんを乗せずに行ってしまった。


「で、ここのパン屋さんの隣ですね!」


「おお、そうかい。ありがとねぇ」


「これくらいお安い御用ですよ! あ、ちょうどバスも来たみたいです! それでは!」


 そう言って何も知らない村正ちゃんは、別のバスに乗ってしまった。

 乗るときに行先を見ておけば済んだ話なのだが……

『次のバスに乗る』そう覚えていた村正ちゃんは、うっかり忘れてしまったのだ。



 ー30分後ー

「あ、あれ? おかしいですね……」


 結果、絶対ここではないと一瞬で分かるよく分からないところについてしまった。

 微妙に緑がある、田舎っぽい街。

 さすがにここの薬局に光がよく来ている……ということはないだろう。


「ま、まあ! これぐらいならまだまだらくしょーです! ここでバスを待って戻ればいいだけなのですから!」


 しかし村正ちゃんはまだ冷静さを失わない。

 こういう時は焦れば焦るほど良くないのだ。


 しかし……


「うえ~ん……」


「……ん?」


「お母さ~ん……」


 同じバス停の陰に泣いている男の子がいることに気づいた。

 村正ちゃんよりもさらに(見た目は)幼く、小学2年生ぐらいだろうか。


「どうしたんですか?」


「……あのね。外に遊びにいって、ちょっとこっそりバス乗ったら……帰れなくなっちゃったの……」


「ああ……。もうどうして男の子はそうやって先のことを考えずに行動するんですかね……」


 自分も今、経緯が違うとはいえ似たような状況にあることはまたまた棚に上げ。

 村正ちゃんは男の子の話を聞く。


「貴方はどこから来ちゃったんですか? 自分のお家ちゃんと言えますか?」


「えっと……五林町の悠佐 紬(ユウサ ツムギ)です……」


 五林町は六文町の隣町のことだ。

 ちなみに光が住んでいるのは『六文市』の『六文町』である。


「五林町は……あ! 貴方は運がいいですね! 私もちょうど五林町に薬を買いに行くところなのです! ならこの村正お姉ちゃんが薬を買うついでに貴方をお家に帰してあげますよ!」


「ホント!?……でもお姉ちゃんはなんで薬買うのにここに来たの?」


「それは……ちょっと間違えちゃったんです……。とにかく! 五林町に行きますよ! ほらバスも来ました!」


「うん!」


 果たして村正ちゃんはちゃんと薬を買って家に帰れるのか。

 紬くんはお家に帰れるのか。



 ーその頃、城内邸ー

「村正ちゃん……遅いな……」


 光くん、1時間ぐらい薬も飲めず一人きり……。


次回 66話「村正ちゃんの小さな大冒険(後編)」

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