ドライブレコーダーに映っていたもの
「どうしたもんかなぁ。これ」
後頭部をボリボリと掻きながら独り言が溢れる。
時刻はもうすぐ1時を回ろうとしている。
もう終電なんてのはとっくに過ぎているし、タクシーで帰る金はない。
必然的に今日もここに泊まることになる。
仕事の関係上仕方ないのだが。
さて、目下の悩みのタネは目の前のモニターに表示されている動画ファイル。
動画の内容はとても人に見せられないようなものだった。
二日前の夜間、高速道路で軽自動車と大型トラックとの正面衝突事故が発生。
軽自動車は大破後炎上。トラックもフロント部分が大きくえぐれるほどの衝撃だった。
軽自動車に乗っていた女子大生3名は全員死亡。
トラックの運転手も腕や肩などの骨を折る重傷だった。
特に軽自動車に乗っていた子達の状態はひどく、場馴れしていた担当者たちですら気分が悪くなったというレベルであったらしい。
かつてであれば、聞き込みや現場検証などで多くの時間を要したものだが、現代の文明は実に便利なものだ。
まず当時乗っていた女子大生たちの身元確認だが、こちらは事故直前まで行っていたスマホのSNS投稿やGPS反応でほぼ確実に当人たちであることが確認が取れた。
さらに事故現場周辺には定点カメラがあったし、トラックにはドライブレコーダーが搭載されていたため、事故調査は比較的楽に終わるだろうと予想できた。
このドライブレコーダーの動画は事故の詳細を調べるには実に良い物証だった。
まず前を走っていた軽自動車が急に左に曲がり始め、防護壁に衝突。
その後180度向きを変えた軽自動車は、後ろに走っていたトラックと正面衝突。
実にわかりやすいものだった。
事故直前、トラックの出していたスピードは時速80km制限の中で96kmと超過していたし、車間距離も近いと言われても仕方ないところではあったが、まさか前の軽自動車が急に壁に激突して自分の前を塞ぐなど考えもしなかったのだろう。
過失割合のことや自分のトラックで轢き殺したことになる運転手の気持ちなど考えると不憫さを感じはするが、そこまでだ。
となると一つの疑問が湧いてくる。
なぜ、軽自動車は急に左にハンドルを切って壁に激突したのか?
考えられる要因はやはり運転者の操作ミスが筆頭に上がる。
話が弾んで、前を見てなくて操作ミス、有り得そう話だ。
脇見の他にも飲酒や薬物の可能性も否定はできない。
ということで、軽自動車に残ってた遺体の検死作業が行われることになった。
とはいえ、衝撃で体がぐちゃぐちゃになっている上に焼け焦げた遺体からまともな情報を得るのは難しいだろう。
あまり期待はしていなかった。
一方で興味深い報告が上がってくる。
女子大生たちが乗っていたとされる軽自動車にもドライブレコーダーが搭載されていたのだが、そちらのデータ修復が完了したとのことだった。
車の状態を見て諦めていたのだが、流石だと言うしかなかった。
だが、喜べたのはそこまでだった。
その報告から数分後に私のスマホにかかってきたのは、担当者からの呆然とした声だった。
そして今に至る。
そう、今見ている動画はその軽自動車のドライブレコーダーに残ってたものだ。
どうも搭載されていたドライブレコーダーは高性能らしく、車の正面だけではなく車内も撮れるものだった。
そして問題はその車内の動画だった。
道中はカット。女子大生たちの楽しい会話を見ていたいところではあるがそこは重要ではない。
異変が起きたのは事故が起きる5分ほど前。
後部席に乗っていた子が、ほんの少し前のめりになりつつ、運転席の肩部分に自分の右腕を乗せたところだった。
彼女の右腕がちぎれた。
ちぎれたとしか表現ができなかった。
切断されたというよりもそれが的確だった。
まるで彼女の腕の部分が粘土でできた人形だったかのように簡単に引きちぎれたのだ。
しかも彼女は右腕がちぎれたのを気にしていないのか、左手でペットボトルを持ちながら楽しいそうに話し続けていた。
そして事故3分前。異変は助手席の子へと襲いかかる。
「いたっ!」という声を出しながら、前にかがむ。
かがむと同時に彼女から何かが落ちるのが見えた。
拡大するべきではない。脳内ではそう警告を出していたのに、指は操作し続ける。
拡大及び画像解析を行った結果、彼女から落ちたのは、彼女の眼球。右目だった。
「いたい、いたい。目になんか入った。いたい」
顔を上げた彼女の右目にはむしろ何も入っていなかった。
助手席の子が苦痛を訴える中、後部座席の子は構わず話し続ける。
だが、その内容は意味のわからない言葉の羅列に変わっていた。
そして事故30秒前。
最後の異変が起こる。
今まで何もなく、何も喋らず、ずっと黙って前を見て運転をしていた女性が一瞬なにか声を上げる。
そのまま彼女の首から上が画面で見て右にスライドする。
そしてそのまま落下する。
そして体もそれにつられるように右に傾き、すぐに凄まじい揺れが起きる。
壁に衝突したのだ。
衝突した車内には、無数の肉体のかけらが宙を舞っていた。
その異常な空間には女性たちの声が響き続けていて、それをかき消すかのように重低音のトラックのクラクションの音が鳴り響いた後、先程よりずっと大きい揺れが起きたところで動画は終了した。
担当者はこれを見て、私に即時連絡をしてきたのだ。
彼は震える声で私に「どうすれば……いいですか?」と相談してきた。
私はすぐに彼からこの動画データを預かり、今に至る。
どうしたら良いのか? だって? 私にだってわからない。
この動画が加工されたいたずらでないと仮定した場合。
彼女たちは事故を起こす前に不可思議な現象で体がバラバラに引き裂かれた結果事故を起こした。
という結論になる。
今だけは、このドライブレコーダーという文明の利器を恨んだ。
文明が進んだ結果、多くの不可思議、異常存在などというものは偽物、空想という認識が進んできたはずだ。
ところが、ここに残されたのは、その異常な現象が起きたという確かな証拠になる。
問題は誰がこれを信じるのか?
という点になるわけだ。
すでに担当者の彼には策を講じてある。
「ドライブレコーダーの破損がひどく、データは修復できなかった。自分は何も見れなかった」
と報告するようにと。
そう、こんなものはなかったことにするのが一番だ。
あれだけの事故だ。大破したドライブレコーダーを修復できなかったからと言って誰も責めはしないだろう。
ドライブレコーダーが修復できなかった以上、後は検死結果を待つだけなのだが、すでに報告が上がってきていた。
こちらもいくつかの問題点があったが気にする必要はない。
事故の前に運転手の子が死んでいたなど些細な問題だ。
アルコールも、薬物も検出はできなかったがそれも問題はない。
彼女は会話に夢中になっていて運転操作が疎かになっており、壁に衝突した。
これでいい。
これでいいのだ。
余計なことを話す必要はない。あとはこの動画を消してしまえば証拠はない。
すべて終わる。
担当者の彼には良いカウンセラーを紹介してあげよう。
それで今日の仕事は終わりだ。
太るかもしれないが、とっておきのカップ麺で夜食を取って、仮眠して、今日こそは家に帰ろう。
そう思っていたのに。
娘の顔が頭に浮かんだ。
いま高校生になる自分の娘。
汗臭いだの、口うるさいだの、色々言われるけれど。大事な娘だ。
自分の命よりも大事な娘だ。
事故死した彼女たちにも親がいるはずだ。
もし自分が事故死した子の親だったとするならば。
真実を知りたいと思わないだろうか。
自分の娘が会話に夢中に運転操作を誤って事故を起こしたで納得するだろうか。
――自分ならばしないだろう。
ならばすることは決まった。
とはいえ、これを公の場に公表することは流石にできない。
幸いなことかどうかはわからないが、この手の案件をよく担当している男を知っている。
スマートフォンの連絡先一覧から彼の名前を探し連絡をかける。
深夜遅くになるが、コールは少し待つだけで済んだ。
「夜分遅くにすまない。君にお願いしたいことがあるんだが……」