1 今世
更新は遅いですがちまちまと進めていこうと思います。
ふと、目覚める様に景色が変わった。
あれ?おかしい、私はさっきまで女性達と…どこに居たんだっけ?あと女性達って誰だっけ?
ふ、と自分自身の身体に違和感を覚えた。
ん?さっきよりも大分目がぼやけているような…。
ふっと、どうして自分はここにあるのだろうという疑問が頭に湧いた。
真っ暗な天井から目を逸らし、布団の上に寝転がっている自分の身体に目を向ける。足、お腹、手…と順番にゆっくりと見ていく。そして明らかに不自然な身体の作りに眉を寄せた。
どうして私の身体、こんなに小さいの?
いやいやいや、待って待って。
小さくて良いんだよ、合ってるんだよ。
だって私は赤ちゃんなんだから。
そう。赤ちゃ…ん?んん?んんんんんんん?
赤ちゃん?
「あぅあ――――――――――!?!?」
なんで、と口にしたはずの言葉は形を作れず、起こそうとした上半身はピクリとも動かない。
喉から声が出ることに慣れていないこの感じ。言葉が喋れなくて声の音量さえ調節出来ない。何処か懐かしくさえあるこの不自由感。間違いない、赤ん坊だ。
自分自身の声音にビクリと驚いた私は、自然に涙が出てくるのを止めること叶わず、慌てて抱き上げてくれた誰かに夜通しあやされ続けたのだった。
まさか感情すらコントロール出来ないなんて…と、遠い目をしながら。
☆☆☆
電車内で揺られる心地良さを思い出しながら、泣くのに疲れて腕の中で眠ってしまったあの日から数日。
優しい朝日を浴びて目を覚ますと、私はクーファンのようなものに寝かせられていた。欠伸をすると、視界の狭さに気がつく。あ、また泣き過ぎて目が腫れてる。
ここ数日、私がしたことと言えば、とある事情で不快な下半身に泣くか、乳母の乳を吸うかぐらいだ。後はひたすら寝るだけである。赤ちゃんだから当たり前なのだけど。
それにしても、赤ちゃんになってしまったからには身の周りの状況を把握することは難しいだろうと思っていたのだが…。以外にも、私の話題が上がるもので、私は早くもやる事がなくなり、ここの住人の会話に耳を傾けるしかやることが無い。
一日の中でも、私が暇を潰せる時があるとしたらそれは会話だ。
視界はぼやけていても耳はよく聞こえる。そしてその中に、普段聞きなれない単語がある事も。
なのでもっと多種多様な話題を私に提供して欲しい。正直に言うとこの身体、暇すぎるのだ。半日以上の睡眠しかする事が無いなんて最高?経験すれば分かる。そんなもの三日で飽きる。
纏めて言えば、私はどうやら前世の記憶を持ったまま別の人生を歩む、転生と言うものをしたらしい。正にライトノベル小説の定番である。ガッカリしている訳では無い、寧ろ確信が持てた時は大興奮した。どこにいるとも知れない神様に感謝するぐらいには嬉しかった。
勿論、喜べることだけではない。
私は地球上の一国である日本と言う国で、それなりの人間関係を築き、それなりの仕事をこなし、オタク業界で生き生きと人生を歩んできた。元々頭の造りが良くない私は一般的な仕事に就くのに苦労した。だけど家族や友人関係には恵まれていた。オタクで熱を上げてる間にアラサーになってしまい、親に心配をかけたのは心苦しかったけれど。日々を淡々と過ごす、実に普遍的な人生だった。
転生したと言う事は、私は死んだのだろう。今という現実がそれを物語っている。
私はとても我儘だ。死ぬ前は、何時死んでもいいやと思っていたのに、いざ死にましたとなると、あの努力はなんだったのだと考えてしまう。まだやりたい事が沢山あったのに、と。死んだ後になって後悔するのだ。後悔先に立たず。だけど人間そんなものなのかもしれない。
話が逸れた。
そんなこんなで私は転生者だと判明したわけだが、肝心なのは何処に転生したのかと言う事だ。これも纏めて言うと、どうやら憧れの異世界へ転生したようである。それも剣と魔法のある中世ヨーロッパ風の!
それだけじゃない。私は貴族の中の貴族、侯爵家の第二息女としてこの世界に生を受けたらしい。名をリアフィーナ・アルビストン。これが今世の私の名前だ。異世界へ転生できただけでも凄いのに貴族の中に生まれると言うのは奇跡では無いだろうか。
「おはようございます奥様、お嬢様」
興奮的に一人語りをしていると、唐突に声が部屋の中に響く。声の主を求めてまだ据わっていない首を回した。それにしても視力が悪過ぎて周りの物が区別できないのが辛い。
私が声の主を探していると、今度はすぐ側で凛とした女性の声が聞こえた。
「えぇ。おはよう」
それと同時に身体が浮く。先程の声の主は母親の乳母であるフリーダだったらしい。抱きかかえられたと思う暇もなくまたすぐ別の手に抱かれる。
顔を上げると目の前にあったのは、穏やかな顔で私を見つめる女性。銀髪に菫色の瞳、鋭い目付きに彫りの深い顔、いかにも外国人風の美女であるオフィリア・アルビストン。この人が現侯爵家の夫人であり、私の今のお母様である。
「お茶の準備ができておりますが、飲まれますか?」
「頂くわ」
天蓋付きの大きなベットに腰をかけ優雅に紅茶を飲む。正に貴族のような振る舞いに思わず惚けてしまう。…しかしこの光景を毎朝見ていると、異世界ではなくタイムスリップした気分に陥る。
「リアフィーナ様の様子はいかがでしょう」
「変わりないわ、体調は。でも全く泣かなくなってしまったの。朝、昼、夜と時間を問わず目を離せばすぐぐずり始めていたのに…。まさか後遺症とか…」
「ふふ。心配し過ぎると体に毒ですわ奥様。そんな時もあります」
「そうかしら」と眉を下げて私を見つめるオフィリアは不安そうに私の頬に手をかざす。
実は私は記憶を思い出す前、死に直面する高熱に魘されていたらしいのだ。うん。全く記憶が無い。だけどオフィリアの顔が事の重大さを物語っている。申し訳ない気持ちと共に、心の奥から湧き上がる温かさに目を細めた。
良かった。其の実、貴族に転生できたことは正直嬉しいが、同時に子供や育児に興味が無い、或いは暴力的な指導を行う親ではないかと不安に思っていたのだ。
もう一度オフィリアの顔をよく見る。心配そうに私の頭を撫でる彼女は、正真正銘、娘を気にかける親だ。そういう虐待的なものとは無縁だと思う。良かった、私の今世の人生は滑り出し順調らしい。
何だか全部の境遇が良すぎて、後で怖い目に合いそうだけど。
「そう言えばあの人は?」
「旦那様は既に宮殿に」
その時の無関心そうに「そう、早いわね」と呟くオフィリアの瞳が寂しそうに見えたのは私の見間違いだろうか。やめて、順調とか言ったそばから夫婦が不仲とかフラグ立てないで!
「朝食の準備をお願い。それからリアフィーナにも」
「かしこまりました」
そして私はフリーダに抱えられ、扉へと向かう。扉の先には私の乳母が居るのが見えた。
向かう途中でカチャンと置かれたカップが自然に動き出す。ふわりと宙を舞い、ティーカートの傍で待機していた若い侍女がそれを驚いたように受け取る。
魔法だ。
それを見たフリーダが顔を顰めた。
「奥様、こんな事に魔法を使うなど…」
「たまには使わないと、使えなくなってしまうわ。ただでさえ我が国は既に魔法が衰えているのだから」
私がこの世界を元のとは異なる世界だと断言出来るのがこれだ。
私が生まれたこの世界では、衰退を辿る一方なものの魔法は一般常識らしい。魔法が使えると分かった私は狂喜乱舞し…てはないけれどそれほど嬉しかった。異世界だと分かった時の比ではない。
だが残念ながら魔法のことは聞くことができなかった為、半分やけくそで大きくなった時の楽しみに取っておくことにした。
フリーダはやれやれ、と言うふうに溜め息をついた後、扉の方へ行き私を手渡すと、オフィリアの着替えの用意に取り掛かった。
私を手渡された私の乳母であるフェアルは静かに礼をし、若い侍女とともにオフィリアの部屋を出て、長く広い廊下を静かに歩いた。
暫くゆらゆら腕の中で揺られていると、ふとそれが止まった。二人分の足音も聞こえなくなったので、立ち止まったのだと分かる。
何だろう?
「おはようございます、ルティアーヌお嬢様」
「おはようございます」
ルティアーヌ。ルティアーヌ・アルビストン。その名前は、何度かオフィリアの部屋で聞いたことのある、私の今世の姉の名前だった。
フェアルに沿って侍女という形で二人が挨拶をする際に、腰を綺麗に降ろす過程で、そっと自分の姉を盗み見る。
ぼやけている視界に見えるのはまだ幼いシルエット。ストレートな銀髪に深紅のドレスを着こなして、仁王立ちしてこちらを見ている。…いや、睨んでいる?
「おかーさま、どこ?」
可愛くてコロコロと鈴の鳴るような声。まだ使い慣れてないぎこちない語呂が素晴らしく母性を刺激する。つまり、声だけで既に最高に可愛い。
確か私より一つ上で、今年二歳になるんだったか。何だそれは一番可愛い時期じゃないか。あぁ、赤ちゃんに転生したのが恨めしい…!!
そんなことを考えながらルティアーヌの顔を想像していると、フェアルが口を開いた。
「お嬢様。奥様は体調が優れなく、今日も部屋でお休みになるとのことです」
え?何それ初耳なんだけど。
うちのお母様、体調不良だったんですか?
「おかーさま!」
「お嬢様、奥様には会えません。それよりもルーナはどうしたのです?」
「おかーさまがいい!」
ほ、ほらぁ〜!ルティアーヌ泣いちゃうよ?手を握って必死に涙堪えてるじゃん。
フェアルちょっとルティアーヌに厳しくない?何か会わせたくない理由でもあるの?
「奥様は本当に体調が優れないのです。ご理解くださいませお嬢様」
「……」
えっ、本当だったの!?普通に嘘ついてるのかと思ってたよ。疑ってごめん。…確かに思い出してみれば顔色があまり良くなかった気がしないこともなく思えてきた。
でも、だからって会うのすら駄目なのは可哀想じゃないかな…。子供は無条件に親を愛するものなんだよ?
ルティアーヌはフェアルの言うことを理解したのか、顔を伏せた。スカートを託し上げる様に握り込められた小さな手が痛々しい。
一方でフェアルは、ルティアーヌのその様子に心からほっと一息ついていた。
「お嬢様、ただ今ルーナを呼んできますので…」
「……ぃや……」
素早く若い侍女に目配せし、ルーナ(多分侍女)を探しに行かせようとした時、ルティアーヌから小さな声が漏れた。
『いやだぁぁぁあ――――――――――!!!!』
と、思ったら爆発した。
とんでもなく大音量で発せられるきいきい声に鼓膜が破れそう。咄嗟にフェアルが私を包む毛布で耳を塞いでなかったら確実に耳が死んでいた。
肺が小さいせいか、耳鳴りのような声は数秒後に止む。
だが、それだけではなかった。
ガシャン!と何かが倒れた音と共に聞こえる「きゃぁ!お嬢様!」という悲鳴。
目を開けると、そこには体内の水分を身体の穴という穴から出し、暴れ回るルティアーヌの姿。先程の激しい打撃の音はティーカートをルティアーヌが倒した音だったらしい。カップは割れ、お茶は零れ、廊下は塗れ、カーテンにはシミが付き…大惨事である。
「おかーさまがいい!おかーさまがいいの!!」
「お嬢…ルティアーヌ様、落ち着いてくいたっ!!」
慌てて若い侍女が止めに入るが、噛み付かれ、髪を引っ張られ…高い位置で結ばれたツインテールがまた鬼の角のよう。こちらも中々の惨事である。
…なるほど、こりゃー体調が良くないお母様とは会わせられんわ。
「だからあれほど目を離すなと言ったのに…!」
フェアルの切実な想いが声によって伝わってくる。
私片手に頭を抱えた彼女の心労を読み取り、私は今世で初めて同情というものをした。
あと、先程の言葉を私は撤回する。
私は結構面倒臭い環境に生まれてきてしまったようだった。
*
まだ続きます。お付き合いくださいませm(_ _)m
誤字脱字、文章がおかしい、単語の使い方が違う等あればコメントよろしくお願いします!!