那須与一ゲーム
「たっだいまー」
「はい、おかえり」
同時のタイミングで帰って来たのだが、いつもこんな感じで姪のただいまに俺が答える。
「それでね。なつき君が『ありがとう』って言った後に号泣しちゃって。そしたら、私ももらい泣きしちゃってーー」
ああ、だから迷子になった小学生みたいに二人とも泣きながら帰ってきたのか。
そのせいで、サクラと二人でてんやわんやしながら介抱して大変だった。どうしたのか聞いても、なんでもないっていうし深く聞こうとしたらサクラに『男女の問題に首を突っ込もうとする馬鹿がいるかー!』って怒られるし。
「ねえねえ、おじさん見てみて」
姪が持っていたのは矢の先に吸盤がついている子供用の玩具が握られていた。
「それ何すんの?」
「えーっとねえ…あっ、これ持って」
おれの質問は無視されて日の丸の扇子を渡された。
「でっ、それを頭の上になるように持って……そうそう」
ん?なんかこの光景教科書かなんかで見たことがあるような気が…。
「えいっ」
「うわぁ!」
こいつ、容赦なく射やがった。
「ちょっとよけないでよ。せっかく”那須与一ゲーム“してるんだから」
「どんなゲームだよ。殺す気か!」
おじとしていや、一人の大人として猛抗議する。
「ガタガタ言ってねえで腹くくれや」
鬼のような形相……こういうところは着実に姉さんに似てきているよな、間違いなく。
「はっ、はい」
ああ、終わった。どうして、断れないんだよ。終わった…いくら吸盤だとはいえ間違いなく死ぬ。
「じゃあ、いくよ。おじさん」
もう、ここまで行けばうまく当たることを願うしかない。
室内が静寂につつまれる。
「えいっ」
かけ声とともに矢が放たれる。
さすがに幼児用ということもあって矢が少し遅い。でも…やっぱ無理。
矢をすんでのところでよける。
「もう何でよけるのよ」
「いやいや、普通よけるって。じゃあ、次俺がやるからお前立ってみろよ」
「嫌ですー。おじさんの射たやつどこに飛ぶかわからないから嫌ですー」
「さっきから扇子じゃなくて顔面に飛ばしてるやつが何言ってんだよ」
「あらあら、ずいぶんと仲がいいみたいでお母さんうれしいわ」
「あれ?姉さんどうしたの急に帰ってきてびっくりしたよ」
どうしてこのタイミングで鬼神が帰ってきてるんだよ。やばいよ、というかこの人鍵を渡しているとはいえ無音で入ってくるとか怖すぎるよ。
ただ、今の話しかけられた一瞬で扇子と弓矢はすでに片づけてある。さすがに、仲良くじゃれ合ってるだけぐらいになるだろう。
「少し早いけど夏休みをもらえたの、お父さんも少しのあいだだけなら外食でなんとかするっていうから先に来たのよ」
少し早いけどってまだ七月ですけど。
「そうなんだ、言ってくれてれば迎えに行くなりなんなりしたのに」
「だって、連絡したらサプライズにならないでしょ」
「たっ、たしかにそうだね」
「ええ、でもびっくりしたわ。こんなものが飛んでくるなんて思はないから」
「こんなもの?」
「これはいったい…どういうことかしら」
額を指さす。
「あっ……」
さっきメイが放った矢が見事におでこに張り付いていた。
「もちろん、覚悟は出来てるんでしょうね」
「いや、これはメイが先にしようと言いだしてまさか姉さんが帰ってきているとは思わなかったわけでその……偶然そうなっちゃった的な。はははははっ」
「そうそう、おじさんの言う通りだよ。さすがにそんな出迎え方わざとできないし、しようと思わないし怒られるのわかっててやるわけないかなーはははっ」
この後、滅茶苦茶怒られた




