食事
「ちょうどよかった。今からカレーを作るにしても時間も人手も足りなかったから」
「うちの余ったパンがこんな形で役に立つとは思ってもいなかったけどね」
そういうと彼女は、ニンジンを指さしながら「取って」といった。
少しでも時間が惜しいのですぐにニンジンを手渡す。
彼女の名前はサクラ・オルコットといって偶然にもマチちゃんとファミリーネームが同じである。一応前にマチちゃんに確認をとったことがあって、親戚ではないことは確認済みだ。
「相変わらず、大勢が集まった時はカレーなんだね」
「カレーは少なくとも二日は食べれるからね。多めに作っておいて損はないし」
「それには賛成するけど、なんで洋食レストランなみの鍋でつくるのさ!」
コンロの上には業務用のアルミ寸胴がおかれている。
「だめか?」
「だめじゃないけど…」
彼女は、少し考えて「火力は足りるの?」ともっともな質問をする。
「なぜかは知らないけど、うちだけ業務用小規模店舗向けのコンロなんだってさ」
「なぜそんなものが一般家庭に?」
「知らないよ。卓也に聞けば?」
「いやよ。サークルのメンバーの中で八伏先輩と卓也が一番何考えているかわからないのに…」
彼女はできるだけ卓也に聞こえないように小声で言った。
「人を怪物みたいに言うのはやめてくれるかな」
「うわっ!」
見事に二人のビビった声がハモった。
「いい、いつから後ろに」
サクラは、卓也を指さしながら震え声で質問する。
「火力の話ぐらいからかな」
「アパートの持ち主が説明する必要があると思って」と卓也は付け加えた。
「そこまで深く掘り下げて話を聞くつもりはないけど」
それを聞くと卓也は「あっそ」といってそそくさと歩いて行ってしまった。
「まったく、どんどん暗殺者みたいに気配が消せるようになっているじゃない」
まったくもって同感だ。
「じゃあ、炒めはじめようかな」
「えっ、もう切り終わったの」
「あとニンジン待ちだけど」と言って鍋を温め始める。
おれ自身は雰囲気重視派なので物はそろえるが作り方は一般的で、炒めて煮込んで、ルーを入れて弱火で煮込むただそれだけだ。
「あいかわらず、切るのだけは遅いんだな」
「うっさい!」
全力のローキックが入る。
「うちから持ってきたカレー粉取ってくるからニンジンお願い」
そういうと、リビングの自分のカバンにむかって歩いて行った。
俺は鍋の様子を見ながら、ニンジンをさっさと切っていく。
「なあ、卓也」
「なに?」
「おまえ、いつまで後ろに立ってんの」
卓也はさっきからニコニコしながら後ろに立っている。
「だめ?」
「怖いよ」
「いやあ、ここからだと恋愛ドラマ見なくてもおなか一杯になるぐらいの甘酸っぱいストーリーを見放題だからね」
キッチンはカウンターを挟んでリビングとつながっていて、そこから姪となつき君がみえる。
「警察にでも何でも捕まればいいのに」
「ひどいなあ。まあ、でも昔に比べたら明るくなったよね」
「そうか?昔からこんな感じだと思うけど」
「一時期に比べればの話だよ」
一時期に比べれば…か。
「まあ、いい傾向だと思うよ。お前が自信持っていてくれたらみんな楽しくいけるんだから」
「ああっ!ちょっとお鍋から煙出てるよ。もう何やってるの、野菜どころか家を焼くつもりなの」
「そういうつもりはないけど」
「じゃあ、ほら。早く作ろ、向こうでおなかすいたって騒いでたし」
まあ、いい傾向ならいいか。




