チャリD legend stage1
「いいか、ここから坂を下って抜けた先のコンビニがゴールだ。いいな」
坊主ヘアの少年がコースの確認をする。少年は峠下克上という、自転車走り屋集団の代表だ。
「わかった」
その場に居合わせた全員が返事をする。
「よし、誰が出る」
コースの確認をした少年はいかにも余裕そうである。それもそうで、すでにのぼりの勝負は勝っている。しかも、数回走っただけでぶっちぎる程の早さだった。
「もう少し待ってくれないか」
と、一人の少年が提案する。
しかし、
「ダメだ。すでに三十分立っている。そこでへたり込んだやつも体力が回復しているはずだ」
と断った。
チームの誰もがあきらめ始めたその時、一本の電話が坊主少年に入った。
「どうした?」
〈一台、そっちに向かっている〉
「車か?」
〈いや、チャリだ。さっき、猛スピードであがっていった〉
「ならほっとけばいいだろ」
「ちょっと待ってくれ、どんなチャリだった」
〈荷台付きの黒のボディーに白のカゴだ〉
「もう少しだけ待ってくれ。そのチャリがうちの助っ人だ」
そう言った少年は希望に目を輝かせていた。
(ついに、来てくれたんだ。あの峠最速と言われたママチャリが)
「すいません、お待たせしました」
「あれ?中仁じゃないか」
目の前に現れたのは同級生の中仁だった。
「姉ちゃんは?」
「なんか、用事があるって」
終わった、そう思った。
「ここの下りなら毎回親戚の家に何か届けるのに通ってるので問題ないと思います」
「ちょっと待て、ここ最近はお前が走ってるんだよな」
「ええまあ」
つまり、ここ最近聞く噂は中仁ということになる。もしかしたら、いけるかもしれない。
「よしじゃあ、もういいか」
「ああ」
二人が白線を基準に並ぶ。
「お前、名前はなんて言うんだ」
「中仁」
「なあ、中仁今のうちに止めとかないか?恥かかずに済むぞ」
少し馬鹿にしたような言い方に中仁は少し腹が立っていた。
たかが、野良の自転車レースで粋がる意味がわからない。
せっかくだし本に書いてあった通りに動いてみよう。
「そういえば、名前を聞いてなかったや」
できるだけ、笑顔で友好を求めるように言う。
「俺は、下村だ。よろしく」
「よろしく下村君。ところでさ、下村君もこの勝負降りなくていいの?」
「ないね。負けるつもりもない」
「でも、ママチャリに負けたら恥ずかしくない?」
少しだけの挑発。効果はわからないけど、これで乗ってくるようなら楽勝だ。
「悔しいけど、恥ずかしくない。むしろ、うれしい」
「うれしい?」
「だって、それは自分が知らないところまで行っている人がいるってことだろ。そういうのわくわくしない?」
意外に、いいやつみたいだ。
「なんとなくだけど、仲良くなれそな気がするよ」
「おれも、そんな気がする」
でも、負けられない理由はある。向こうにもあるだろうけど、こっちは副賞の図書カード五千円分が待っている。
『とある』まとめ買いしてゴールデンウィークは本三昧にするぞ。
「よし、カウントはじめっぞ。5…4…3…2……1。GO!」
両者勢いよく飛び出す。
「おおっ、すごい飛び出しだ!でも、スポーツ車の下村のほうが加速は有利か!?」
「中仁には悪いがこのままちぎらせてもらうぜ」
全速力で下り始める。
すでにギアは2×7から3×6にシフトチェンジしていた。あとはこの勢いをいかに殺さずに進むか。下村はそう確信していた。
しかし、現実はそうはいかない。
シャー―ッ
「何の音だ?」
「わるいな、追いついた」
「なんだと!」
まさか、そんなはずはない。
いくら、スピードを殺さずに進むことを前提にしていたとはいえこぐのをやめていたわけではない。
コーナーもできるだけ最短コースで進んでいる。
中継担当も車がいないことはセクションごとに伝えてくれている。ギリギリに突っ込んでいるのになんで。
「知らないのか?ママチャリのほうが重い」
当然といえば当然だ。むしろ、その分加速が上がりやすくスピードが出る。
つまり、こげばこぐほどスピードが出るはずである。
「そして、F=ma。つまり、重くて加速度が大きいほうが力が大きい、つまり早い」
「なん………だと」
実際は全然違う。ただのにわか知識による妄言である。
というか、高度な計算もできるはずがない。なぜなら、中仁は数学が全然だめだからである。
しかし、それに動揺した下村が一瞬だけスピードを落とした。
「悪いが俺が勝つ」
「しまった」
待てよ、このママチャリよく見たらただのママチャリじゃねえ。
そのママチャリは、異様だった。マウンテンバイク用のタイヤに27段変速仕様である。
(どうりで早いわけだ。こいつのは市販品じゃない。カスタムオーダーだ)
「だからって、負けるわけにはいかない」
勝負は次の直角カーブ。あそこなら、絶対に減速する。その瞬間に加速度で有利なこっちがぶち抜いてやる。
しかし、中仁は全く別のことを考えていた。
(思った以上に差がつかない。まずいな。仕方ない、あれやるか)
ついに、勝負のカーブがやってくる。
少し外へと膨らみ、減速を開始する。
「あいつ馬鹿か。この先を知らないのか」
中仁が減速をしない。むしろ、スピードが上がっている。
「いや、知っているさ。だからだ」
「あいつなにを」
中仁の頭はすでにカーブ中のイメージでいっぱいだった。
自転車はFR車だ。つまり、カーブ直前でハンドルを九十度ひねると同時に後輪ブレーキをかける。この瞬間にドリフトが成立する。そして、慣性の法則で体が外に引っ張られる。だから、体をできるだけのぼり側に倒す。
あとは進行方向に全力でこぐ。
「ドリフトだと!!だがそれだと…タイヤがおじゃん……そうか、そのためのMTB仕様か!」
気づいたときにはもう中仁の姿はゴールまで見ることができなかった。




