チャリD
「ねね、おじさん」
「はい、なんでしょう」
「自転車が欲しい」
「なんでまた急に」
姪の急な提案に驚きを隠せないものの、できるだけ平然を装ってみた。
確かに、今まで徒歩で済ましていたから楽な移動手段が欲しいというのはすぐに思いついた。
(でもなあ、ケガとかすると俺が滅茶苦茶言われるからなあ。というか、殺されるよな)
「ないと困るか?」
「なくてもいいけど、もっといろんなところに行ける」
「みんなが、持っているとかではなく?」
「ではなく」
うーん、正当な理由もなしか。せめて、理由があればこじつけるぐらいはできるんだけどなあ。
この時、中仁としてはメイの願いを叶えたかった。しかし、姉への恐怖と過去のトラウマがそれを躊躇させた。
そう、それはメイと同じぐらいの中学の夏のことだった。
「おじさんちょっと待って、なんで回想にーー」
無視しよう
………
「いいか、ここから坂を下って抜けた先のコンビニがゴールだ。いいな」
坊主ヘアの少年がコースの確認をする。少年は峠下克上という、自転車走り屋集団の代表だ。
「わかった」
その場に居合わせた全員が返事をする。
「よし、誰が出る」
コースの確認をした少年はいかにも余裕そうである。それもそうで、すでにのぼりの勝負は勝っている。しかも、数回走っただけでぶっちぎる程の早さだった。
「もう少し待ってくれないか」
と、一人の少年が提案する。
しかし、
「ダメだ。すでに三十分立っている。そこでへたり込んだやつも体力が回復しているはずだ」
と断った。
チームの誰もがあきらめ始めたその時、一本の電話が坊主少年に入った。
「どうした?」
〈一台、そっちに向かっている〉
「車か?」
〈いや、チャリだ。さっき、猛スピードであがっていった〉
「ならほっとけばいいだろ」
「ちょっと待ってくれ、どんなチャリだった」
〈荷台付きの黒のボディーに白のカゴだ〉
「もう少しだけ待ってくれ。そのチャリがうちの助っ人だ」
そう言った少年は希望に目を輝かせていた。
(ついに、来てくれたんだ。あの峠最速と言われたママチャリが)
「すいません、お待たせしました」
「あれ?中仁じゃないか」
目の前に現れたのは同級生の中仁だった。
「姉ちゃんは?」
「なんか、用事があるって」
終わった、そう思った。
「ここの下りなら毎回親戚の家に何か届けるのに通ってるので問題ないと思います」
「ちょっと待て、ここ最近はお前が走ってるんだよな」
「ええまあ」
つまり、ここ最近聞く噂は中仁ということになる。もしかしたら、いけるかもしれない。
「よしじゃあ、もういいか」
「ああ」
二人が白線を基準に並ぶ。
「お前、名前はなんて言うんだ」
「中仁」
「なあ、中仁今のうちに止めとかないか?恥かかずに済むぞ」
ー現代ー
「って言われたから腹立ってぶっちぎってやったことがあるからなあ。自転車は不安だよ」
「なんの話?」




