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この感情に名前をつけるならば  作者: 二条 光
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 オレとアイツは団地の同じ棟に住んでて、物心ついた時からいつも一緒だった。

 アイツの兄貴のマサくんは団地のガキ大将。年上からは可愛がられ、タメや年下からは慕われる、そんな存在。

 オレの兄貴とマサくんが仲がよくて、自然とオレたちも2人について回っていた。

 アイツは小さい頃から男みたいに力が強くて、おまけに負けず嫌い。マサくんの後ろ盾もあったから、みんな、アイツにはかなわなかった。小さい頃はよく、オレと殴り合いの喧嘩もしたっけ。

 そんなアイツに、初めてカレシができたのが中1の夏休み。


「お前、カメと付き合ってんの?」

 

 オレはいつものようにアイツの部屋で寝転んで、まるでさっき見たドラマについて語り合うみたいな軽い口調で訊いてみた。


 昔から、暗くなるまで遊んで晩メシの時間までどちらかの部屋で過ごしていた。そして、そのままどちらかの家で家族みたいに一緒にメシ食ったりして。

 3つ年上の兄貴とマサくんの2人は中学に行ってから、オレたちと遊んでくれなくなった。

 だけど、オレたちは変わらずつるんでいた。

 段々と、ガキの頃からつるんでる女とは話すのが恥ずかしい、みたいな雰囲気が漂うようになっても、2人でいる時だけはオレたちは変わらなかった。


 もちろんそれでも、オレは男にアイツは女に、姿形を変えていたのは避けられないことで。

 成長するにつれいつしか、一緒にフロに入らなくなり、一緒にガッコーに通わなくなり、ガッコーでハナシをすることもなくなり、つるむダチも変わった。

 それでも、放課後一緒に過ごす習慣とその時の関係だけは変わらなかった。


 今思えば、意識してることをお互いに気づかないふりをしていたんだ。近すぎて距離感が掴めなかった。


 アイツはバレー部の練習で毎日、朝から晩までガッコー。

 オレは特にすることもなく昼まで寝て、オカンの小言から逃げるためと涼むために「勉強する」とウソついて、図書館へ駆け込む。

 活発的なアイツと自堕落なオレ。育った環境だけがオレたちの距離を繋いでいた。



 そんなある日。


慎吾しんご、電話っ」


 今日は図書館に行くのすらかったるくてクーラーのない部屋で湯だっていたら、台所のほうからオカンの怒鳴り声が聞こえた。


「そんな大声で叫ばんくても聞こえるしっ」


 暑さでイライラしていたこともあって襖を乱暴に開ける。その態度に、仁王立ちしてオレを睨みつけるオカン。オレは首をすくめ、子機を耳に当てた。


『早くスマホ買ってもらえや』


 同じクラスの松浪まつなみがかったるそうに言う。


「うっせ、バカ」


 そう、オレにはスマホがない。ガラケーすら持っていない。1学期の成績が良かったら買ってもらえるはずだったのに、ヘタこいたから。

 ちなみに次のチャンスは冬休み。2学期の終わりまで買ってくれないらしい。


『カメと原口ハラグチ、付き合ってんの?』


 ドキッ!!

 アイツの名前が出てきて、ガラにもなくドキッとしてしまった。

 しかも、付き合ってる!?


「ぶはっ。わざわざ電話してきていきなりそれか」


 くそっ。自分でもわざとらしいくらい吹き出してしまった。

 思わずTシャツの胸をぐっと掴む。

 動揺してなんかいない。ただ突然だったから、ビックリしただけだ。

 体中の汗がブワッと噴き出すのも暑さのせいだ。


『なんだよ、お前だったら知ってるかと思ったのに』

「知るかバーカ」


 なんだか責められているようで居心地が悪い。


『てか、オレ、慎吾が原口と付き合ってるもんと思ってたし』

「アイツとはそんなんじゃねぇしっ」


 そう、そんな関係ではないのだ。

 なのに、自分の否定的な言葉がひっかき傷をつける。やけに。



「―――……なんで知ってんの?」


 机に向かっていたアイツが椅子を回転させ、オレを見る。イヤそうなカオで。

 オレは座りなおし、胡坐を組んだ。


「松浪が言ってきた」

「ふ~ん」


 それだけ返すと、アイツはまた机に向かう。


 扇風機と網戸越しの風は日が沈んだというのにまだ熱く、部屋はムシムシとしていた。


 なんだかおもしろくない。ワケもなくイライライライラする。

 一番近くにいると思っていたヤツのことを他からきいた疎外感。居場所がなくなるさびしさ。大事なおもちゃを、誰かに横取りされたような気持ち。

 自分でわかるだけでも最低限これだけの色んな感情が渦巻いていた。


「好きなのかよ」


 アイツの背中に向かって発した声は自分が思った以上に低かった。

 精神的にもオレと向き合う気がないのか、こちらを向く気配は全くもってない。


 あー、マジでイライラする!


「……わかんない」


 一瞬間があってからアイツは答える。


「は?イミわかんね。じゃあ、なんで付き合うんだよ」

「付き合ってほしいって言われたから?吉田よしだくんのことキライじゃないし。付き合ってもいいのかなと思って」

「……ふ~ん、ふ~ん、ふ~ん」


 オレたちはこの会話を最後に1年くらい口をきかなくなった。目も合わないような状況になった。

 というか、オレが一方的に避けていた。一度避け始めるとブレーキがきかなくなって、あっという間に世界からアイツがいなくなってしまった。

 その間にカメとアイツは別れたりオレにもカノジョができたりして、オレらの関係は完全に“同じ団地に住む同級生”という肩書きになった。

 アイツをオンナとして意識した時、オレとアイツは小さい頃仲が良かったという過去形の関係になった。

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