第 3話 - 食堂と邂逅
説明回みたいなものです
タクシーに乗って、旅館『祟籠燕』戻ってきた彼は、受付を浴衣姿と鍵を見せながら通り過ぎると、彼が宿泊している『繋がりの間』へと戻ってきた。
ノートパソコンを覗いて見ると、部屋を出る前に予めアップデートを当てていたが、そのアップデートが正しく終了していて、かつ、充電が終わっていた。まさに一石二鳥である。彼が意味も無くゲームセンターへと足を運んだ訳ではなく、時間潰しも兼ねていたのだ。
「さて、もうちょっとかな」
彼はあるゲームのクライアントを立ちあげる。立ちあげるとランチャーが起動して、ゲーム本体の更新が始まる。残り時間2時間という表示が出ている。何か時間を潰せるものが何かないかと思い時計を見ると、18:45だった。
(そういえば、机の上にこの宿に関するパンフレットが置いてあったな)
パンフレットのことを思い出した彼は、そのパンフレットを手に取る。そのパンフレットには、こう書かれていた。
祟籠燕へようこそ
この度は、旅館「祟籠燕」へと足を運んで頂き、誠にありがとうございます。
旅館「祟籠燕」は、日本古来の伝統的な家屋をそのままに新しいことへと挑戦し続けることをテーマに取り上げております。
過去・現代・未来を融合させるべく、一層努力をして参ります。
今後とも旅館「祟籠燕」をよろしくお願い申し上げます。
【受付時間】
9時 〜 17時
【お食事】
朝食 : 7:30 ~ 9:30 まで
昼食 : 11:00 ~ 14:00 まで
夕食 : 17:00 ~ 19:00 まで
【入浴時間】
温泉は常時開放しています。ご自由にご入浴下さい。
【消灯時間】
24時前後を目途にお願いします。
それ以降は周りのお客様のご迷惑になりますので
物音を立てぬようお願いします。
以上の点をお忘れにならないようにお気を付け下さい。
それでは、よい旅になりますことを、心より願っています。
手に取ったパンフレットを見終わると、彼は改めて時計を見る。
(今が18:50だから……、夕食はギリギリか。お腹が空いているし、食堂へと向かうか)
お腹が空いてて、暇つぶしにはちょうどいいので、ギリギリだけど、大丈夫だろうか。そう彼は思いながら食堂へと向かうのであった。
彼の心配をよそに、食堂ではまだ食事の提供を行っていた。
(これは助かった)
安堵した彼は、特に食べるものを決めずに食堂へと足を運んだために、何かあるか分からない状況だったが、いざ入ってみるとなんとそこにはバイキング形式で食事が並べられていた。パンフレットに書かれていた通り、過去・現代・未来へと繋ぐ試みを実践している。これは本当に旅館なのか、と思うところはあるが、これがあのテーマに副ったことなのだろうと納得した彼は、大きめのお皿を片手に料理へと手を伸ばして行く。
バイキング形式として並べられていたのは、きちんと1ヶ所に整理整頓されたお盆・お皿・茶碗・丼・ちょっと小さめの茶碗・湯呑み・お箸・底が深めのコップなどと、幅広い食器が用意されている。
献立は炊き立てのご飯・親子丼の具・生卵・玉子焼き・温泉玉子・野菜炒め・お味噌汁・わかめスープ・茶碗蒸しなど、和に関する物が並べられていた。
その中から彼はご飯・卵・コップに注いだお水・お味噌汁・茶碗蒸しを取ってお盆を両手に持ちテーブルを探し始めた。
そのテーブルは食堂の半分くらいを占めていて、邪魔にならない程度に設計されているのか、意識することはなかった。
ごくごく普通の飲食店のようなテーブルで、テーブルの相席が10席、カウンター席が15席、厨房スペースは別にあるのか、辺りを見渡すが見当たらなかった。
大きく『この場以外から持ち込んだ飲食はご遠慮ください』と赤字で書かれた案内板を横目に、空いてる席に座り食べ始める。
このテーブル席というがなかなかに質素で、黒を基調としたのか、気の木目がうっすら見える落ち着きを持った4人掛けのテーブル席で、向かい合って食べるものらしい。この席は家族とかの大所帯での飲食向けなのだろう。今は1人旅というか、休暇を取っている身としては心許無い。そのカウンター席はテーブル席と比べてちょっと狭いが、それでも1人で過ごしたい時にはぴったりの席だろう。そういう彼も今は1人なので堂々と座れるカウンター席へと腰掛ける。
席に座って分かるが、いくらカウンター席とは言え、椅子は柔らかな素材を使っているのだろう。見た目では硬そうな印象だったがいざ座ってみると柔らかく座りやすい。そのカウンターも黒を基調として木目が見えて落ち着きを与える印象だ。どうやらテーブル席とカウンター席は同じ材質で統一されているのだろう。
(これはこれでいいな)
そう思う彼であった。
席へと座りいざ食べ始める彼。
彼はそれなりにコダワリを持っていて、ご飯と卵と言えば、やることは1つしかない。
『卵かけご飯』しかない。
炊き立てのご飯ならなおのことおいしいのだが、ちょうど炊き立てのご飯で、新鮮な卵なら文句なしである。まさに至高の時(ハッピータイム)である。
まずは卵を研ぐ。その為に小さめのお椀を用意する。そして黄身が割れないように卵を割る。ここに卵の殻が入り込まないように気を付ける。うまく割れたら、そこに少量の醤油を垂らす。出来るだけ空気を入れ込むようにしてかき混ぜる。そのあとに、ご飯の上にかける。これでほんの少しかき混ぜてから頂く。
「うーん! おいしい!!」
まるでビールを飲んでクーンと来ているような、そんな表情をしながら食べ進めていく。
「よっ、兄ちゃん! いい顔して食べるね!」
「うわぁ!?」
いきなり横から声を掛けられたものだからびっくりして変な声を上げてしまう彼であった。
「隣、いいかい?」
そう声を掛けてきたのは、10代後半だろうか。髪の色が黒で、腰までかかるストレートロングのどこかの高校の制服だろうか。上は濃い黄色というか、肌色に近いブレザーに、ワンポイントの蝶ネクタイをしている。その蝶ネクタイの色は群青色だろうか。下は黒色と灰色をうむく合わせたチェック柄のプリーツスカートだった。身長は彼よりやや小さめだろうか。どこにでも居そうな普通の清楚な印象を受ける女子高生だった。
「えぇ、どうぞ」
断る理由もないので了承する。
「それじゃあ、失礼します」
一言断りを入れてから彼の左側へと座った。
「あれ、それお酒……」
座って早々、見た目に対して『ワンカップ』と書かれたものを飲もうとしていた彼女に、「それはまだ飲めませんよ」と遠回しに声をかけようとする彼だったが
「あぁ、こう見えてもアタシは成人してるから」
と返されて、一瞬言葉を失った。
「えぇ!?」
どう見ても普通の清楚な印象を受ける女子高生なんですけど!?
「こら、声が大きい! アタシだってこんな格好したくないわ!」
小さい声で怒鳴る彼女は、少し声を赤らめながらそう答えていた。
【初版】2016/03/17 12:00