第 2話 - 温泉と娯楽
今はお昼過ぎ。ちょっと早いけど景色を楽しみたい彼は、温泉に入ることにした。夜景もいいが、陽が出ているときもなかなかに綺麗なものだ。なんせ景色を見渡せることが出来るのだから。お風呂への準備をしようとクローゼットを開けると、浴衣が置かれていたのでそれに着替える。
(なるほど。これなら着替えはしばらくは不自由しないかもしれないな)
風呂に入るための一式を荷物に入れていた彼は、持ち込んだものを手に取り、部屋の出入口にあったスリッパに履き替えて、案内表示を見ながら浴場まで向かう。
彼はある物の前に立っていた。旅館に有ってなくてはならないもの。それは暖簾だ。
「男湯」・「女湯」
そう書かれていた。
彼は迷わず男湯に入る。もしここで女湯に入るとまず間違いなく叩き出されるだろう。温泉のマークに、生地が青の物か赤の物かと思っていたが、これは予想外だった。殴り書きで書かれていたそれは、何とも味のある物だった。
脱衣所に入ると、これまた意外なことに吹き抜けになっていて、天井が高い。明かりも眩しいことはなく、ちょうどいい明るさだ。吹き抜けになっているのは恐らく換気をしやすくする為だろう。暑すぎず寒すぎず、湿度も高くなく、ちょうどいい温度設定にされていた。浴場に入る手前の壁には、注意書きが掛けられていた。その注意書きは、プラスチックで、白の台紙に、黒と赤で文字分けされている。
【入浴時の注意】
・まずは掛け湯を行い
お身体を充分に洗い流した後に
浴槽にお浸かり下さい
(「掛け湯」と「洗い流した」の部分が赤字で書かれている)
ごもっともである。
小さい頃家族と旅行に行ったときは掛け湯をせずに入ると、その度に怒られていたが、これはいいと思う。何より見やすい位置にあるからだ。
掛け湯を終えてしばらくしたあと、身体を洗う。持ち込んだボディーソープを……、っと、あるじゃないか。もともと持ち込んだ物は捨てるつもりでいたし、備えられているならこれを使うのは次回以降にするか、と納得した彼は持ち込んだ物を使うことにした。
ゴシゴシゴシゴシ。
規則正しい音を浴場に響かせながら身体を洗っていく。早い時間帯のためか、誰も居ないため余計響く。まったりとした空気を堪能する。1度大浴場へと向かって浸かり、ここでお待ちかねの温泉へと入る。温泉と言えば露天風呂。露天風呂特有の、ひんやりとした外の少し冷たい空気と、お湯から立つ湯気が合わさって幻想的な光景が見ることが出来る。
巨大な石、岩石などを巧みに埋め合わせて作られている露天風呂は、どこか懐かしい気持ちを思い出させるような気がする、そんな感じだった。流石にお湯が漏れないように加工はされていたが、それでも充分だった。
お湯が張られていて、ちょうどいい背もたれになっている部分があるのでそこに腰掛けると、今までの苦労を忘れることが出来るような、そんな幸せな時間が過ぎていく。
「いい湯だなぁ」
彼がそう呟いてしまうのは、仕方のないことなのだろう。それぐらいには彼はリラックスしていた。この露天風呂から見渡せる風景をスマートフォンのカメラに収めると、それを待受画面にしてから、またゆっくりと時を刻んでいく。露天風呂に浸かり始めてだいたい30分が経ったころだろうか。そろそろ逆上せてきた彼は露天風呂を後にする彼であった。
すっかり気分をよくした彼は、着て来た浴衣に着替えて宿泊している部屋に戻り、「こういう時くらいは、自由気ままに過ごしてもいいだろう」ということで、それに従い財布とスマートフォンを持って繁華街へと遊びに行くことにした。
これから部屋を離れるということで事務所に連絡を入れる。
「これから繁華街へと足を運びますので、部屋を離れます」と。
留守の看板を掛けると、鍵がキチンと掛かっていることを確認してから部屋を出て、旅館から出ていく。
繁華街の方は、流石と言うべきか。人の量がすごい。観光客で賑わっていた。
ご当地名物のお土産然り、食品然り、食材然り、いろいろな物がお店に立ち並び、出店まで出て賑わっていた。
半ば圧倒されつつ彼は繁華街を歩いていく。何か気になったものはスマートフォンでメモを取り、それを試しに買って食べたり飲んだりして見定めをしていく。会社でお土産を渡すつもりはないので、品定めするだけしてそのままのつもりでいる。ここまで賑やかだと気が滅入ってしまいそうになる。それでスマートフォンである場所を探すことにする。
「ちょっと遠いな。まぁいいか。筐体遠征にはちょうどいいか」
彼はスマートフォンで地図アプリを立ち上げ、現在位置より1番近いゲームセンターへと足を運ぶことにした。歩き始めて5分が経ったころ、ようやくお目当てのゲームセンターが見えてきた。この距離ならタクシーの方がよかったか。そう思う彼なのだった。
お目当てのゲームセンターに着いて、とりあえず飲み物が欲しくなった彼は、その建物内にある自動販売機へと向かう。そこで彼が買ったものはペットボトルに入ったミルクティーだった。まともに飲めそうだったものがこれしかなかったからだ。
炭酸水は……疲れやすくなるからあまりよろしくないらしいし、ココアは……気分じゃないし、コーヒー……は昔胃を壊したことがあるから飲めないし、結局このミルクティーになったのだ。
飲み物を買ったから、コーナーを見て回る。やりたいのは……っと、あったあった。
それは仕切りが設けられていて、音が聞こえやすくなっていた。彼が探していたのは、俗に言う音楽ゲームというジャンルのゲームで、彼はその中の1つ、音符が画面の上から下へ流れていくような物をやっていた。彼はそれはもうハマってしまい、いつの間にかもう1年経っていた。
その機種名は「beatmaniaⅢDX」というものだ。DJシュミレーションゲームというジャンルで、7個の鍵盤と1つのターンテーブルがセットになっていて、ターンテーブルが左側にあるのが1P、ターンテーブルが右側にあるのが2Pという仕様で、片側を使うのがSP、それらを1人で両方を操作するのがDPだ。DPはSPと比べると飛躍的に難易度が高く、上級者向けと言われている。流石に彼はDPなど出来ないのでSPでやっているが、いつかはDPに挑戦しようと思っているらしい。
今作で23作目(実際には24作目)になるそれは、まるでDJをやっているかのように出来るゲームなのだ。
筐体にカードをかざし、暗証番号を打ち込むと、ゲームサーバーに保存されているプレイデータをそのカードに保存されているIDでプレイデータを読み込み、ゲームを始めていく。分かりやすく言うならば、メモリーカードに保存されているプレイデータを読み込むと言えば分かるだろうか。
その音楽ゲームを運営しているのは、ゲーム業界では大手の分類に入る「CONAMI」。それに追従する形で「SAGA」など、いろいろなゲームメーカーが音楽ゲームへ参入している。
彼はゲームをやって行く。ふと時計を見ると1時間半が経っていたので「このプレイで最後にしよう」と曲を選んだら、ゲージの選択を誤ってしまったためにすぐにゲームオーバーとなり、なんとも間抜けな終わり方となってしまった。
「最後のプレイ」でちょうどいい区切りになったのでゲームセンターから出る。すると夜の帳が降りてくる頃合いだったので慌ててタクシーを呼んで宿屋へと戻る彼だった。
【2016/03/14 21:00 初版】
ごまかし方はこれが精一杯でした。
因みに作者は、copula SP六段です。
THE SAFARIの壁