第 1話 - 繋がりの間
仕事中の休憩時間などを使って書き進めたものになります。
ストックはありません。もしかしたら期間が開くかもしれません。
歩道橋で思い悩んだ日から数日後。かの青年は旅行をする気満々でいろいろと荷造りを始めていた。
ある意味では青年自身が自分から取った初めての有給で、かつ長期休暇でもあるため、勝手がイマイチ分かっていなかった。分かっていないながらも、その荷物の中には自分のやりたいことをより集めたものだけが占められていて、他のものは最低限の身の回りの物だけになってしまった。それらは鞄に収まらず、大きめのキャリーバッグ1つ分になってしまっていた程だ。まぁ、この為に購入したキャリーバッグなのだが。
服装は、あまり意識をしていないがおしゃれな感じに仕上がった。白のシャツに新しくおろしたかのようなジーパンで、靴はそれに合うような茶色っぽい革靴をチョイスしていた。ラフな格好と言えば聞こえはいいか。春の終わりごろ、夏の始めごろにはちょうどいい服装だ。それなりに顔が整っている青年は、俗に言うイケメンの分類に入るだろうか。身体は引き締まっており、身長も178cmとそこそこ高く、すごく纏まっていた。
そして宿泊日当日。彼は少し後悔していた。
自然豊かなところにしようとインターネットで調べた結果、避暑地で有名な地域にある『祟籠燕』という宿屋にインターネットで予約を取り、1週間の宿泊予定だった。避暑地の中でも比較的涼しい地域にある宿屋で、山側にあるのが特徴だ。その割には電気・ガス・水道は完備されていて、インターネット環境もある。まるでビジネスホテルみたいな旅館だった。そしてそのお値段もなかなかにお安く、かつ気軽に宿泊出来るという、なんともいい環境なのである。出張もある程度経験がある青年は、趣味のノートパソコンと、LANケーブルさえあれば、LANケーブルからWi-Fi環境を手軽に構築出来る機材を持ち込んでいた。
「気分転換のために旅館へ泊まる手続きをしたのはいいものの……。また遠いところへ予約してしまったなぁ……」
距離は大方青年が住んでいる地域から片道で新幹線を使って2時間、そしてその駅に隣接されているレンタカー屋さんから借りたレンタカーに乗り込み、更に1時間、と言ったところか。道中にそう嘆いてしまうのは仕方のないことだろう。結構長いことかかったものだと半ば後悔していた青年は、旅館に併設されている大きな駐車場に車を停め、荷物を持って道をしばらく歩いたところに、お目当ての旅館にたどり着いた。
「外見は渋いなぁ」
インターネットでしかこの旅館の情報は見ていないので、いざ現地に着いてみると、この現代社会とは思えない程の立派な建物と、側に植え付けられているのか木が勇敢な姿で佇んでいた。日本古来の伝統的な日本家屋で、宿泊する人たちを圧倒していた。その姿に圧倒され、なかなか前に進めずに居る青年の横を、ある1人の女性が通っていった。
「あのー、すいません。通りますね」
そう一声掛けてからその女性は通り過ぎて行った。青年はその女性に見とれてしまっていた。
すれ違いざまに一瞬見えた顔はぱっちりとしていて、どこか幼さを受ける印象。髪型は色は黒で腰まで届くくらい長い髪の毛で、服装はこの周辺にはピッタリな和服を着ていた。柄は桜をイメージしたのか全体的に明るい色で統一されていて、桜の花びらを意識したのかところどころ花びらをあしらえたように描かれていた。その柄を映えるように帯が赤色の物を付けていた可憐な美少女だった。
「あ、はい……」
青年はそう声を掛けることしか出来なかった。
しばらくその場で立ちすくんでいたが、ふと我に返ると本来の目的である旅館へと足を進めた。
旅館の出入口へと足を運んだ青年は、今時珍しい引き戸へと手をかける。引き戸独特の音を出しながら引き戸を開けると、そこには1人の女性が正座で出迎えてくれた。その女性はこちらを見るやいなや、正しく頭を下げ、それからこう告げた。
「いらっしゃいませ」
そう声を掛けられて、ふと前を見上げ、目線を合わせると、さっきすれ違ったあの美少女だった。
「「あ、さっきの」」
見事に声がハモると、2人ともおかしくなったのか、笑いが込み上げてきていた。
しばらく笑って区切りが付いたころ、青年が話し始めた。
「本日この『祟籠燕』に予約していた松井 直樹と言います」
「はい。松井様ですね。お待ちしておりました。では、こちらにどうぞ」
綺麗に正座から立ち上がり、片手を広げると宿泊予定の部屋へと案内してくれた。玄関口から数分歩いたところにある、これまた見事な部屋へと案内された彼は、部屋の扉を開け部屋の中に案内されると、その部屋の内装へ見とれていた。
窓際に佇む彼女が説明を始めるため口を開く。
「本日から松井様が宿泊されるお部屋は、こちらの『繋がりの間』となります。このお部屋にはこのお部屋専用の鍵がございます。その鍵を無くされるとこのお部屋へ入れなくなりますので扱いには充分にご注意下さい。もし無くされた場合、代金をお支払い頂きます」
彼女から手渡された鍵は、一見普通の鍵に見える。昔よくあったあの金属で出来たあの鍵だ。5cm程だろうか。縦に長い四角い透明な棒に金属と透明な素材を埋め込んだようなものだった。この縦に長い四角い透明な棒は恐らく持ち手部分なのだろう。
「そちらがこのお部屋の鍵となります。このお部屋は、そちらの鍵を持って近づくと施錠が解除されます。何か御用があれば備え付けられている黒電話にて事務所までご連絡下さい。係の者がお伺いします。但し係の者は全ての部屋を解錠出来るマスターキーを所持していますので、その点はご了承ください」
そりゃそうだろう。マスターキーが無ければ部屋の掃除とかが出来ないだろうし、万が一解除出来ないとなると仕事が出来ないだろうし、仕方ないことだろう。
「このお部屋にはインターネット設備が備えられていますのでご自由にご利用下さい。インターネットのご利用に際には閲覧制限は設けられておりませんが、ご利用になる際には充分にご注意下さい。インターネットは、光回線となっております」
「はい、分かりました。わざわざありがとうございます」
「いえいえ」
(さっきもそうだったけど、綺麗な人だなぁ)
彼は内心でこう思っていたが、それは終わりを告げる。
「以上でこのお部屋と、設備に関するご説明と致します。それでは、ごゆっくりおくつろぎ下さい。失礼します」
言うが早いか、彼女は案内が終わったと判断してかこの部屋から出ていった。
「よしっと、ゆっくりするかな」
そういうと彼はさっき説明を受けたことを頭の中で復唱しながら、持ち込んだ機材を使って早速WiーFi環境を構築し始めた。
「さて、早速やるか。今どきインターネットが使えないとなると結構不便だよなぁ。ADSL回線だと思っていたけど、光回線とは嬉しい誤算だな」
彼の自宅には趣味でもあり仕事でもあるインターネット環境と、パソコン、ノートパソコンが合わせて数10台もある。それらは有線、無線で接続されていて、1台はホームサーバーパソコン、1台はゲーミングパソコン、1台は作業用パソコン、1台は完全仕事専用パソコンと、それぞれのパソコンに用途に合わせて使い分けられている。
有線接続は速度が速いというメリットがあるが、コードが長ければ長いほど速度が遅くなるというデメリットがある。
逆に、無線接続はLANケーブルを張り巡らせずに済むというメリットがあるが、回線速度は安定せず、電波が上手く入らないことが多いというデメリットがある。
まさに一長一短なのだ。
この旅行のために用意した機材と、ノートパソコンをキャリーバッグと手持ち鞄から取り出し、早速インターネットへと接続する。彼の自宅で予めインターネット接続の設定をしていたので、サクサクと設定が完了する。
ここで電源の確保も忘れずに。ノートパソコンを起動しっ放しじゃあ、ノートパソコン本体に付属されているバッテリーが無くなってしまう。それを避けるためにコンセントから電源を取り、ノートパソコンに繋げる。
大抵は2口しかないので持ち込んでいた1口から3口に拡張出来る物を差し込んでから、電源を取る。これはあるのとないのとでは大違いということを彼は知っていた。次いでやし、携帯の充電もやっておく。これでインターネット周りの準備は整ったことになる。
「なんだか日本古来の建物なのに科学の力が交わっていてよく分からんところだな」
建物は伝統的な日本家屋なのに対して、中身はごくごく一般家庭に匹敵する程の設備が備わっている。なんだかチグハグな気がしないでもない。ハイテクなのか、ごくごく昔ながらの旅館なのか、そんなことを言ったらキリがないのでそういうことにしておくことにする彼だった。
「さて、やることも終わったし、温泉でも入るか」
早速彼は着替えを持って温泉へと足を運ぶ。この土地にあるということは、それはまた絶景なのだろうと胸を踊らす。
「おっとっと。携帯携帯っと」
彼の持っている携帯電話は、防水・防塵機能があるものを選んでいる。極力水へとつけないことには越したことがないが、彼はそれを視野に入れず、どことなく持ち出している。まぁ、それで絶景を撮れるという点ではいいのかもしれない。携帯することに意味がある。その為の携帯電話なのだから。