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シャワールームで美少女と


 うん、立花さん、やっぱり可愛いな。

 僕はあらためて彼女の美貌の吸引力に目を奪われていた。

 制服姿のままではあるが、ブレザーを脱いで、カッターシャツとスカートだけの、ラフな格好になっている。

「まさか、いきなり星本くんが訪ねてくれるとは思いませんでした」

 一瞬驚きの表情を見せた後で、立花さんはふわりと微笑んだ。

「あ。いや、その……ちょっと聞きたいことがあって。人がいる部屋を探してたんだ」

「ああ、そういえば、先ほどから近くの部屋のチャイムが頻繁に鳴らされていたような気がしますわ」

 立花さんがぽんと手を打つ。

 なるほど。

 って。あの。

 この学生寮の壁の薄さが気になるんですが。

「それで、聞きたいことというのは何ですの?」 

 しかし、このように純粋な表情で見つめられては、余所事を考えている余裕はない。

 僕は、素直に自室のシャワーの使い方が分からないことを話した。

 話を聞くうちに、立花さんの表情が、「なんだそんなことか」という安堵の表情に切り替わる。

「そういうことなら、話は簡単ですわ。お入りになって」

 そう言って、綺麗に揃えた手で自分の部屋を指し示した。

「え?」

 それって、立花さんの部屋に入って下さいって言う意味……だよね?

「どうぞ」

 困惑して入り口のとことに突っ立っている僕の様子を見て、立花さんがなおも促す。

「女の子が、自室に男をあげてもいいの?」

 おそるおそる尋ねた。

 いや、だって、間違っても学校の学生寮だし。

 一応さっき教室で話はしたけど、まだ初対面に等しいくらいの異性ですよ?

 だいたい、この学校、なんかやたら厳しそうですよね?

 さっきの持ち物検査のことを考えると。

 しかし、立花さんは、僕の心を読んだかのようなタイミングで、

「うちの学校は、とりあえず生徒が生きていればいいというスタンスですから、男女交際に関してはうるさいことは言いませんのよ」

 一笑みを浮かべて腕を広げてみせた。

「いや、でも……」

 立花さん自身の護身的な意味合いで、危険を感じないのですか?

 そこまでの美人さんなのに。

「それに、星本さんが私に対して不埒なことをするとは思えません。そのような思考をお持ちですか?」

 にっこり。

「いや、そんなことは断じてないけど……」

「では問題ありませんわ」

 立花さんはあっさり言うと、背を向けて部屋の中に入って行った。

 そこまで言われて引き下がる訳にもいかないので、僕は立花さんに続いて部屋に入った。

 うん。

 作りは一緒だ。真っ白の、殺風景な部屋。極端に少ない家具。

 心なしかふんわりと花のような香りが漂っているのが、ここが女の子の部屋だということを感じさせる唯一の要素だった。

「シャワーブースの使い方は、実は皆さん非常に戸惑われる部分です。この学校に入校した当初、誰もがつまづく最初の壁とも言えます」

 部屋の中をキョロキョロ見回している間に、立花さんの講義が始まっていた。

 僕は慌てて姿勢を正して、美しい唇から流れ出すガイダンスを拝聴する。

「まず、衣装がないことに、戸惑われるでしょう。しかし、心配する必要はありません。衣装が手元にあるのは一着だけ。このルールさえ覚えておけば、対処は簡単なのです」

 そこまで話すと、立花さんは先ほど僕が入って、20センチほど開きっぱなしになっていたドアに向かう。そして、自らそのドアを閉めると、ガチャリ、と鍵をロックした。

「まずは服を脱ぎます」

 美しい顔の美しい表情を崩さず、きっぱりと言われて、僕は動揺した。

 いや、これは……まずいんじゃないか。

 もしかしてこの美少女は俺を誘惑しているのか。

 普通の男子なら、こんなに美味しいシチュエーションはないだろう。

 しかし……。

 若干パニックになっていた僕は、一瞬後に立花さんが発した言葉に安堵した。

「……まぁ、ここで脱ぐ訳にはいきませんので、今回は脱いだと仮定しましょう。脱いだ衣服は、ここのボックスに入れます」

 そう言って立花さんが示したのは、ドアにくっついていた小さなボックスだった。

 なるほど、これは脱衣籠だったわけか。

「実は、学校から支給された制服には、ICチップが組み込まれています。きちんと制服が脱衣ボックスに返却されたことが確認されれば、こちらの脱衣ボックスの投入口は一度ロックされ、新しい着替えが、この……」

 そう言って、立花さんはボックスの下についていた、引き出しを開けてみせる。

「この取出口から新しい制服が出てきます。サイズに関しては投入時と同じサイズのものが出てきますので、サイズに違和感を覚えたときは、学校のシステムを利用して、変更申請をして下さい。ここまで、よろしいですか?」

「ありがとう。めちゃめちゃ分かりやすいです」

 そう言って俺は頭を下げた。

 ……それにしても、制服にわざわざICチップを仕込むというのは手が込んでいるな。

 位置情報とか調べて、生徒を監視しているんだろうか。

 何それ怖い。

「ICチップには、生徒のプライベートを守るために、GPS機能は搭載されていないそうです」

 またもや心を読んだかのようなタイミングで、立花さんが言った。

 うん、これはこれで怖い。

「皆さん気になるようで、必ずご質問をされるんですけど、このICチップは、あくまでも学生の衣服の返却を管理するためにつけられているそうです。洋服は布で出来ていますから、裂けばロープ代わりにもなるでしょう? でも、着ている服を裂いて自殺をしたら、あられもない姿で発見されることになりますわね? 発見時に遺体がバラバラになっている以上に、変態性欲を疑われる姿で死ぬというのは、皆さん心理的抵抗があるらしくて、こういうシステムになっているらしいですよ」

 なるほど。

 さらに心を読んだような形で立花さんが説明してくれたが、非常に合点のいく説明だった。僕だって、上半身裸とか、最悪下半身が下着姿で死ぬのは嫌だ。

「とは言え、そもそもこの学校の制服は強化布で出来ていますから、そうそう簡単に裂いたりはできません」

 そう言って立花さんはにっこり笑う。

 うん、色々突っ込みたいけど、立花さんの笑顔が綺麗だからもういいや。

「じゃあ、いよいよシャワーの浴び方を説明いたしましょう」

 そして、立花さんは躊躇なくシャワールームへと足を踏み入れた。

 彼女に続いて入って思ったのは、シャワールームの狭さだった。

 元々一人用なのだから、考えてみれば当然の話だが、二人で入ると、20センチと離れていないところに立花さんの後頭部が見える。近くで見ても、一本一本が真っ直ぐに下に降りていて、キューティクルが輝く綺麗な髪の毛である。

 そして、彼女から漂うほんわりと良い香りを感知して、僕の身体は再び緊張に包まれた。

 少しでも手を伸ばせば、そこには女の子の柔らかい身体がある。

 体温さえ感じられるのではないかというくらいに、近い。

 しかし、立花さんはこの不自然な状況に何ら疑問を持っていないようで、僕に背を向けたまま、シャワーの使い方を説明してくれる。

「シャワーのボタンはここにあります」

 そう言って、壁に張り付いた水色の円を指差す。

 壁の模様かと思っていたが、ボタンのようだ。

「そして、これが、シャンプー。こちらが、コンディショナー、これが、ボディソープ」

 次々と指差される先には、それぞれ、ピンク、クリーム色、緑の色の円があった。よくよく見ると、それぞれの円には、W、S、C、Bのアルファベットが書かれている。Water、Shampoo、Conditioner、Body soap、の略だろう。

「それぞれの液体は、天井から降ってきます。ボタンに対応した色のところから降ってきますので、上手に受け止められるようになってください」

 見上げると、確かに、天井には、壁のボタンと同じ色の円形の模様が4つ描かれていた。

 ……それにしても、凝ってるな。

「ちなみに、シャンプー、ボディーソープ、コンディショナーは、完全天然素材から作られているそうです。過去に大量のシャンプーを飲んだ生徒がいたそうですが、味が不快なだけで、体調には全く変化が見られなかったと伺っています。それから、シャワールムに水を溜めて溺死しようとする方がまれにいらっしゃいますが、排水溝に詰め物をして水位を上げたところで、一定の水位を越えるとアラームが作動し、救命班が部屋に急行してきますので、裸を見られたい願望をお持ちの方以外に対しては、おススメは出来ません……ここまで、よろしいですか?」

 そう言ったところで、立花さんは首だけを動かしてこちらの方を振り向いた。

 顔近いよ!

 焦った僕は若干後ずさりながらコクコクと頷く。

「あ……あ、うん。で、でもっ、なんでこんな仕組みになってるんだろうな?」

「勿論自殺を予防するためです。シャワーヘッドやノズルを使っての首吊り、あるいはシャンプーボトルに異物を貯めこむことでの服薬を防ぎます」

さすがにこの距離は立花さんも気まずかったようで、すぐに顔を逸らして淡々と説明をしてくれた。

「あ、あのさ!」

「はい?」

「ちょ、ちょっとだけ、あの、近くでボタンを見てもいいかな? その……立花さんにどいてもらって」

「あ、いいですよ」

 空気を変えようとして、そんな発言をしたのが、そもそもの間違いだった。

 いや、どいてもらったら、遠くなるじゃないか。

 そんなしょうもない発言が、その時の精一杯だったんだ。

 しかし、それならば僕は一度、シャワールームの外に出て、立花さんがシャワールームを出るのを待つべきだったのだ。

 その一手間を省き、僕は壁際に寄り、立花さんの通過を待った。

 のだが。

 まぁ、狭い部屋でのことなので。

 一瞬、僕の太ももの、結構きわどいところに、立花さんの手が当たってしまったのだ。

「あら、ごめんなさい」

 立花さんが慌てて言ったのだが、その時、既に僕の耳にはその言葉が届いていなかった。

 一瞬にして目の前に立ち上がる記憶。

 暗い部屋。

 淡く光るオレンジの電気スタンド。

 女の手の生々しい感触。爪にはピンクのマニキュアが塗られていた。

「うわあぁっ!」

 僕は叫び、転びかけ、壁に手をついた。

 次の瞬間、僕の皮膚が温かい液体を感知する。

 なんだこれは……。

 ……血?

 いや……。

 ああ……。

 シャワーか。

 良かった……。

 ただのシャワーだ。

 転んだ時に思わず瞑ってしまった目を、うっすらと開くと、目の前に……。

「大丈夫ですか?」

 立花さんの顔のアップ。

 だけならまだ良かったんだ。

 でも、立花さんにもシャワーのお湯が、かかっていた。

 考えてほしい。立花さんのその時の服装を。

 ……カッターシャツに、スカート。

 ジャケットは着てなかった。

 濡れたカッターシャツがどうなるかって言うと。

 張り付くよね。身体に。

 透けるよね。明らかに。

 立花さんの胸元には、くっきりと水色の水玉模様のブラ……。

 フラッシュバック。

 沈み込むベッドのスプリング。

 自由にならなかった手足。

 もたれ掛かってくる身体の重み。熱かった。

 そしてはだけたシャツの胸元にのぞいた……同じような水色の……。

「ぐわぁぁぁぁぁーー!」

 叫んで、僕は気を失った。


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