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死なせない学生寮

「はー、疲れた」

 結局そのまま通常授業が行われ、気がついた時には夕方になっていた。

 まあ、4月からとは言っても、中途の転入生の一日などこんなものなのだと、思う。

 始業式からはすでに3日ほど経っているらしいし。

 本当は学校側も始業式の日から受け入れをしたかったらしいのだけれど、寮の居室に空きが出来て間がないらしく、準備に時間がかかるとのことだった。

 ……えっと。

 ……空きができるってことは?

 ……あれ?

 ……つまり、そういうことだよね?

 っていうか、この学校、どうなってるんだ。

 転入一日目から人死にを目撃するし。万全の自殺予防耐性を敷いているって聞いていたはずなんだけど。

 しかし、一日授業を受けている中では、この学校に自殺予防に関する落ち度があるとは思い難かった。というか、かなり徹底している。頭をぶつけようにもいたるところに緩衝材が入れられていて、怪我のしようがないし、そもそも椅子と机は柔らかい素材の物が床に固定されていて、持ち上げることすら出来ない。窓ははめ殺しで飛び降りることなど出来ないだろうし、ガラスも多分強化ガラスだ。あれは割れた時に粉々になるので、破片を凶器にすることもできない。学園長も言っていたけれど、紐をひっかけるようなところもことごとく排除されていて、ドアノブや木の枝の類いは存在しない。紐すら存在しないのだから、ノブの一つや二つあったところで特に困ることもないんだろうけれど。

 ここまでの環境を作られた上で死ぬということは、相当創意工夫をこらして、有り余る情熱を持って自殺に踏み切っているとしか思えない。

 ……ご苦労なことだ。

 そもそも、どうしてそこまでの気力がある癖に死ぬんだろう?

 ぼくにはそこまでの情熱はない。

 自分の存在が消えてしまえばいいのにとは常々思っていたけれど、だからといってそこまで苦労をして死のうとは思っていない。

 こうやって渡り廊下を歩いていて、角を曲がったときとかに、ふーっと身体が隅々まで粒子になって、空気に溶けていってしまえばいい。それがぼくの、理想。

 っていうか、寮がなぁー。いきなり、ほぼ事故物件確定っていうのはなぁ。

 考えごとしてる間に、着いてたけど。

 ぼくは学生寮を見上げた。

 学校の比較的オーソドックスな外見とは違い、学生寮は非常に現代的な建物だった。壁面においてガラス張りの部分の割合が多く、廊下まで明るそうな雰囲気だ。

 建物に入ってすぐの事務所を覗くと、寮母さんが応対してくれた。

「あ、転入生の星本ゆずるくんね」

「はい。よろしくお願いします」

 頭を下げた。

「今日はクラブ活動には参加せずに帰って来たの?」

 まだ若い、20代後半と思わしき寮母さんが首をかしげた。

 そういえばクラスメイトは皆、忙しそうに学校の各地へと散って行ったのだった。

 休憩時間の立花さんやソラの話から考えても、確かに、この学校に所属する限りは、大半の生徒がクラブ活動に参加しているようだ。

 でも、そんなにすぐに所属するクラブを決めなければならないとは言われていないし、転校初日から喜び勇んでクラブ活動の見学をするほど、情熱に溢れているわけではなかったので、授業が終わると同時に寮に足を向けたのだった。

「あ、ちょっと荷物の整理もしたかったので」

 やる気がないので、と答えるのもなんなので、寮母さんには、とりあえず無難な答えを返しておく。それで納得したらしい寮母さんは、笑顔で部屋の鍵を渡してくれた。

「ああ、そうそう、星本くん、ご両親から預かっていた荷物も届いているわよ」

 そう言ってボストンバッグをカウンターの上に載せる。

「あ、はい」

 それは、入校する前にぼくが「入校のしおり」を見ながら用意したものだった。

 しかし、荷物を受け取った時に、僕は驚くことになる。

 ……妙に荷物が軽いような気がするけど?

「星本くん、持ち込み禁止品が入ってたから、荷物の一部はご両親にお返ししてるからね」

 さらりと寮母さんが補足する。

 ……そうなのか。

 持ち込み禁止品というものがある、というのは「入校のしおり」にも確かに書かれていた。ただ、「自殺企図に使用出来るおそれのあるもの」というふんわりした指示しかなかったので、まぁ、なんとなくカッターナイフとか、ロープとか、そういう類いのものは駄目なんだろう、というくらいの意識しかしていなかった。

 のだけれど。

 部屋に入って鞄を開いた俺は愕然とした。

 ……これは、ほとんど何も入っていないのと同じじゃないか。

 筆箱の中身がほぼ丸ごと亡くなっている。残っているのは消しゴムだけ。いや、えんぴつとシャーペンがなかったら意味ないじゃん。

 ノートはある。ペンがないから何も書けないけど。

 持参した私服も、下着と靴下をのぞいてほぼなくなっている。

 タオルすらない。いや、厳密に言えばタオルハンカチは入ってる。1枚だけ。

 携帯電話は当たり前のようになかった。充電器も含めて綺麗になくなっている。

 結構地味にダメージだったのが、お菓子がなくなっていたことだった。俺は無類の甘い物好きなのだ。

 枕……は、流石にセーフか。これがないと寝られないから、助かった。でもなんか新たな縫い目で来てるけど。って、コレ、もしかして開いたの? 絶対そうだよね。

 ……。

 一通りの荷物を検分し終わって、俺は溜息をついた。

 これではいくらなんでもだ。

 憤懣やるかたないぼくは、部屋に備え付けの内線電話の受話器をあげた。どうでもいいけど、コードレスなんだな、電話。こんなとこに金をかける必要はないだろうに。

 ワンコールで、さっきの寮母さんが出た。

「はーい、星本くんですね。どうしたの?」

 あっけらかんとした声だ。

 ぼくは怒りのままにまくしたてる。

「どうしたもこうしたもないですよ、荷物見ましたけど、いくらなんでもひどいんじゃないですか? ぼくの持ち物ほとんどなくなってるんですけど!」

「ああ……ちょっと待ってね」

 ぼくの返事などかず、一方的に電話が保留にされた。2分ほど待たされた後、保留が解除された受話器の向こうで、書類をめくる音がした。

「星本ゆずる、押収品リスト……ボールペン2本、シャープペンシル1本、ジャージ1組、カーディガン1枚、シャツ4枚、スラックス3枚、タオル2枚、携帯電話、携帯電話充電器、菓子類1式……菓子類は品目を読み上げた方がいい?」

「いや、そういう問題じゃなくて、理由が知りたいんですけど」

 口調が苛々したものになるのを自覚しながら喋った。

「理由ね……えーっと、基本的に文具類は皮膚に刺すことによる自傷のおそれあり、衣服関係とタオル、携帯電話の充電器は首吊りに使用されるおそれあり、携帯電話は、それを通じて自殺につながる有害情報を得るおそれあり、菓子類は有毒の物を持ち込んでいるおそれがあるため」

 既に文章になっているものがあるらしく、寮母さんはすらすらと読みあげて、

「何か不満があるなら、当学生寮には“人権に関する申立て委員会”というのがあるから、その申請用紙の記入欄を全て埋めた上で、校長室の前にあるポストに投函すること。ただし、以前同様のケースで申立てが却下されているから、申請にはそれなりに合理的な理由が必要だと思っておいたほうがいいかな。判例も寮母室に残ってるけど、見る?」

 と、締めくくった。

 ここまで聞いてぐったりしたぼくは、

「いや、いいです……」

 と力なく言って、受話器を置いた。

 ……色々と不満だらけだけど、仕方がない。

 っていうか、何をして過ごせと言うのだろう。

 部屋を見渡すと、これがまた殺風景な光景が広がっていた。

 部屋の面積の大半を占めるベッドに、教室にあったのと同じような、柔らかい素材で出来た立方体の机と椅子。そこに埋め込まれた学習用と思われるディスプレイ。その横に設けられた申し訳程度の本棚と引き出し。部屋の手前部分にはシャワーブースと思われる場所があった。ドアの内側には、郵便受けを少し大きくしたような、小さな箱形の物入れのようなものがくっついている。

 で、これだけ。

 恐ろしいことに衣装ケースすらない。

 うん、どうやって生活しろって言うんだろーね。

 ……まぁ、どうしようもない。

 多分みんな生活出来ているのだから、なんとか方法があるのだろう。

 とりあえず学習用の端末で学内システムにアクセスして、しばらく操作してみる。

 ……まぁ、面白くはないよね。そうだよね。

 だいたい、今時ネットが使えないっていうのはどうなんだ。有害情報からの隔離とやらなんだろうけど、フィルタリングソフトでも入れたらいいじゃないか。ぼくがいくらでも網をかいくぐってやるのに。……だから駄目なのか。

 五分で飽きて、ベッドに寝転がった。

 シーツが清潔で、適度に部屋も明るくて、空調もいい具合にきいていて気持ちが良い。

 ……シャワーでも浴びて、昼寝でもするかな。

 正直疲れた。だって、直接死体は見ていないにしても、人が死んだ現場にいたのだ。

 そして、シャワーを浴びようとして、ぼくははたと気付いた。

 ……着替え、なくね?

 ……バスタオル、なくね?

 ここは本来、寮母さんに聞くべきところだろう。しかし、先ほどのやりとりをぼくは今も根に持っている。あの人とは話をしたくない。学内システムにそういう生活上の基本的な解説が載っている様子もないし、これはどうしたものか。

 ……まぁ、普通に考えて、人に聞くしかないよね。

 これだけ広い寮ならば、誰かは部屋に戻ってきているだろう。

 ほら、ガリ勉くんとか、ひきこもり系とか、部屋で色々楽しみたい派とか。

 思い立ったら即実行、という訳で、ぼくは部屋を出ることにした。

 まだ友達もいないし、そもそもこの寮には表札がないので、隣の部屋から一つずつチャイムを鳴らしていく。

 ピンポーン。

 ピンポーン。

 ピンポーン。

 ……うん、いないな。

 もしかして、この学園において、クラブ活動というのはそこまで重視されているのだろうか。

 それともこの娯楽の少なそうな敷地内にで、どこか遊びに行く場所があるとでも言うのだろうか。

 分からぬ。

 だから、ひたすらチャイムを鳴らす。

 ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。

 もう諦めようか、という気持ちになってきた頃合いで、運良く返事が返って来た。

「はーい」

 ……考えても女子生徒の声のような気がするんだが、いいのか?

 普通学生寮って男子と女子が分かれてるよな?

 戸惑いを覚えているうちに、部屋のドアが開いた。

「あ」

「あら……」

 現れたのは、先ほどの美少女、立花華純さんだった。


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