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解放剣奴冒険譚  作者: 花器クケ子
2/3

自由民終了

 ダタンが剣奴養成所を出てすでに一日が経過していた。未だどこの村にもたどり着いていない。見渡す限りの草原の中、土がむき出しの道をぽつぽつと歩いていた。

 今更ながら、養成所とコロシアムを行ったり来たりの生活を続けていたせいか、土地勘がまったく無いことにダタンは気づいた。

 要所要所に分かれ道があり、看板が立っているが、ダタンは文字を読むことが出来ない。


「参ったな……」


 ダタンは道脇の石に腰掛けると、袋から干し肉を取り出し、一口かじった。

 幸い季節はまだ春で、気持ちのいい気候だが、こうずっと代わり映えのしない草原を歩いているといい加減うんざりしてくる。


 とりあえず養成所がレノバス帝国南部の大草原にあることはダタンも知っている。そこから太陽の位置をみながら北へ向かっているはずだった。

北へ行けば村や町がたくさんあり、それからさらに北に行けばコロシアムがある帝都だ。ダタンはとりあえず一度は帝都に行ってみようと思っていた。


 剣奴だった頃に、帝都へはよく行っていたが、あくまで奴隷身分なので外を自由に出歩くことは出来なかった。檻の馬車でコロシアムへ入るまでの短い時間、格子の間から帝都の様子を見るしかなかった。


「とりあえず、早い所どこでもいいから村か町へ行かないと」


 金はかなりあるが食料と水がやや心もとない。太陽はすでに高く昇っている。ダタンは再び歩き出した。


 どれぐらい歩いただろうか、ふと前方から地響きが聞こえてきた。地平線の果てから黒い点がいくつも見える。走竜のようだ、人も乗っている。物凄い速さでどんどん此方へ近づいてくる


「とめてとめてとめて~!!」


 先頭を走っている走竜がこっちへ向かってくる。走竜は明らかに暴走していた、剣奴の頃に暴走した走竜と何度も戦ったからよくわかる。

 頭のトサカが立ち、目の周りに赤い斑点がはっきりと見える、興奮して我を忘れている証拠だ。騎手の泣きそうな絶叫が此方まで響いてきた。


 暴走した走竜がダタンの方向へまっすぐ近づいてくる。ダタンはとっさにグラディウスを抜くと、走竜とのすれ違い様の一瞬、道の脇に飛び移る一瞬に走竜の頭に縦に立ったトサカを横に薙いだ。

 走竜はトサカを切られると一時的に混乱して、おとなしくなる。理由はわからないが、剣奴時代に身に着けた知識の一つだ。


 トサカを切られた走竜は大きくもんどりをうって倒れ、騎手を吹き飛ばすと深い呼吸をしながらその場に伏せた。地に伏すその姿は四本足の大きなトカゲそのものだ。


「いったーい!何すんのよ!?コラ!!」


 草原に吹き飛ばされた騎手は小柄な女だった。上体を起こし頭を抑えている、あんなに元気なら怪我はないようだ。見た限りかなり若く、娼婦のような胸と局部を隠した小さな薄い服を着ている。

ダタンは立ち上がると、女の下へ駆け寄った。


「悪かったな、暴走した走竜をとめるにはこうするしかなった。立てるか?」


 ダタンが手を差し伸べると、女はいらだった様子で手をとった。


「ふざけないでよ!?あんたどうしてくれ――ヤバ……」


 立ち上がった女が、ダタンの後ろを見ながら青ざめ始めた。ダタンが振り向くとそこには、三体の走竜が佇んでいた。それぞれに人相の悪い男が騎乗して、鬼の形相で此方を睨んでいる。


「よくもやってくれたなぁ!?ミランダ!!金を返してもらおうか!」


 三人の中でもひときわ人相の悪い厳つい男が叫んだ。怒りでこめかみに大きな血管が浮き出ている。


「ハッ、全部使っちまったよ。あんなはした金でそこまで怒れるとは、アンタの器の小ささはレノバス帝国一だね」


 ミランダと呼ばれた女はダタンを盾にして、はき捨てるように言った。ダタンは今の状況についていけず、ただあたふたしている。


「おい!そんなに死にてぇなら今すぐあの世に送ってやる!!行くぞお前ら!」


 男は後ろの二人に合図を送ると剣を抜くと走竜から飛び降りた。ダタンと女にじりじりと近づいてくる。


「なんだテメェは!?死にたくなかったらその女をこっちに渡せ」


 状況が読み込めずあたふたしていたダタンは、その言葉で我に返った。そもそもなぜ自分がこんなことに巻き込まれているかわけがわからない。

 ダタンの頭にあることは『やっかいごとは勘弁してくれ』それだけだった。自由民と言えど、解放剣奴は社会的にきわめて地位が低い。何かあったとき、社会も司法も自分を守ってくれないことは明白だった。


「ちょ…ちょっと待ってくれ俺は」


「さぁアンタ!!このゴロツキ共をやって頂戴!」


 女はダタンの肩に手をかけると、三人のゴロツキ共を指差した。


「はぁ!?ちょ…」


「いいかい?ゴロツキ共、アンタ等なんてこの人にかかりゃ鼻くそみたいなもんさ、悔しかったらかかってきな!」


 ごろつき達の顔がどんどん紅潮していく。もう話すら聞かないことはよくわかった。


「上等だぁ!!!死ねぇ!!!」


 ごろつき達は激高して、剣を大きく振りかぶってきた、素人丸出しの大振りだ。長い間コロシアムで命を懸けて戦ってきたダタンにそんな剣があたるはずもなく、最小限の動きで剣を躱してゆく。

 例え相手が三人でも素人なら大体どこへ攻撃してくるか手に取るようにわかる。型も基礎もなくただ剣を振り回しても、ダタンのような熟練の剣奴を傷つけることは不可能だ。


 当然こちらからは幾らでも反撃出来たが、そもそもこのミランダという女も、ごろつき達も何者かまったくわからないから、うかつに殺すことは出来ない。ダタンは、無抵抗でごろつき共の剣を躱し続けた。


「なにやってんのよ!はやくそいつ等をやっちゃってよ!」


 ダタンの苦労も知らずに女は後ろから大声で叫んでいる。ダタンは一切反撃せず剣の雨を避け続けている。

 ごろつき共も息が上がってきていた。


「ちょろちょろしやがって、何なんだテメェは!?」


 ごろつき達の動きが止まり、大声でそう問われると、ダタンはここぞとばかりに両手を挙げた。


「だから待ってくれよ!俺はこの女なんて知らない、あんたらと争う理由は無い!」


「さて、どうかしらね」


ダタンが後ろを振り向くと、女が静かに深呼吸を始めた。


「アンタ、もう少しだけ時間を稼ぎな」


「はぁ!?お前!何を言ってん――」


「ゴロツキ共!この人がお前等弱すぎて話にならないってよ。恥ずかしくないのかねぇ?三人がかりで。」


 女が大きな声でそう叫ぶと、ごろつき共は再び狂ったように襲い掛かってきた。剣を避けることはわけ無いが、このままではキリが無い。簡単に殺すことは出来るが素性のわからない奴を殺すことは出来ない。

 仮に殺さずに痛めつけたとしても必ず将来に禍根を残す、せっかく自由民になったのにそれは避けたい。走って逃げることも可能だろう、だがそうしたらこのミランダという女は確実に殺される。

 ダタンはどうしようもなく、ひたすら剣を避け続けていた。


『糞山の王よ、不浄なる深遠の主よ』


 ダタンが剣を避け続けていると後ろから、女の声が低く響いてきた。


「お前何やってんだ!?逃げるなら逃げろ!」


『かの地とこの地を繋ぎ地獄の香りを今ここに聴かん』


 ダタンの声を無視するように、女はわけのわからない言葉をつぶやいている。

 女の周りに黒い霧のようなものが蠢いていた。普通じゃない、今まで感じたことのない悪寒が全身に広がった。


「アンタ!息止めな!!出来るだけね!」


 女がそう叫ぶと、ダタンは剣を避けながら、とっさに息を止めた。なぜかはわからない、だが長い戦いの経験からこれから起こる危機をとっさに察知した。


『我と汝の盟約を果たせ、我に仇なす仇敵に汝の吐息を吹きかけよ』


『神をも背く闇の吐息!』


『大悪臭魔法』(サタンズブレス)


 女が大きく息を吸い込み、吐き出した。だがそれは普通の吐息ではない。黒い、物がこげる際に立ち上るような真っ黒な煙だった。

 漆黒のその吐息が、瞬く間にダタンとごろつきの周りを包むと、ごろつき共の絶叫が聞こえてきた。


「オ゛オ゛エ゛ェ゛ェェ」


「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ェ」


 ダタンは息を止めたまま黒い煙の中を佇んでいた。あたりの様子はわからないが、ごろつき共の嘔吐の声ととしゃ物が地面にたたきつけられる音だけが響いた。

 この煙を吸ったら不味い、それだけはわかった。


 ダタンは息を止めたまま警戒していると、突然手を掴まれ、引っ張られた。煙の外へ出され、思わずしりもちをつく。


「さぁ逃げるよ!乗って!」


 見上げると目の間には走竜に乗った女が手を差し伸べていた。ダタンはわけもわからず手をとって女の後ろに乗った。

 ダタンが乗ると女は手綱をとり、走竜を勢いよく走らせた。


「こりゃいい走竜だわ、あのカス共いい物もってるわね」


 走竜は風を切るように走り続けている。ダタンはまだ夢を見ているように呆けていた。


「自己紹介が遅れたわね、あのゴロツキ共が言ってたけど、アタシの名前はミランダ。アンタは?」


「俺か?俺の名はダタン」


「よろしくね!ダタン」


 走竜に乗りながら気持ちの良い風が体を吹き抜けていく、なんだかドッと疲れがでて頭がうまく働かない。


「なぁ、お前は何なんだ?あのゴロツキ共は誰だ?なぜ追われていた?」


「まぁまぁ、人に物を聞くときは自分から答えるもんだよ。ダタンこそ何者なの?結構強いみたいだけど」


「俺は解放剣奴だ。やっと自由民になれて、帝都へ向かって旅をしていたんだ」


 ミランダは大きく感嘆の声を出した。


「どぉーりで、強いわけだ。さえないオッサンと思ったけど、人はみかけによらないね」


「大きなお世話だ。で、次はお前が答える番だ」


「アタシ?アタシは盗賊ギルドのメンバーだよ。さっきのゴロツキは帝都衛兵団の下っ端さ」


 何?盗賊ギルド!?帝都衛兵団!!??


「ちょ、ちょっと待て!!まさかさっきのやつ等は帝国兵士か!?」


「正式じゃないけどね、兵士の使い走りみたいなもんさ、兵士の目と耳になって帝都の犯罪者を見つけるチンピラ共ね。」


「お前が追われてた理由って……」


「もちろん、『盗み』が見つかってね♪」


 ダタンの顔から血の気が引いてゆく。かなりまずい状況だ、解放剣奴が犯罪者を助けてしまった。

 しかもさっき戦った相手は正式ではないとは言え、帝都衛兵団の下っ端だ、解放剣奴のダタンが捕まれば弁解の機会すら与えられないだろう。良くて懲役刑、悪ければ死刑だ。


「待てよ……さっきお前が使ったのって魔法だよな?たぶん毒だろ?あいつら全員死んでるんじゃないのか?」


 不謹慎だがどうか死んでいてほしい、やつ等が死んでいれば、証拠は残らない。


「アハハ、毒なんかじゃないよ。あれは悪臭魔法って言って盗賊ギルドに伝わる逃走用魔法さ。ものすごく臭い煙を吐き出すだけ」

「なれない奴が嗅いだら二日は吐き気が収まらないけど、死にはしないよ」


 ダタンは魂の抜けたように呆けて、うなだれた。


「まぁまぁ元気だして、御礼はするからさ。いっしょにギルド支部まで行こう?」


「クソッ!!」


 走竜は、風を切りながら草原を駆け抜けてゆく。空を見上げると、太陽の光が嫌に眩しく、ダタンはそのまま目を閉じて、力を抜いた。何も考える気にはなれなかった。


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