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ヘタレ伯爵と戦乙女  作者: アストロ
と戦乙女
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七通目 ウィザート伯爵

「うらああぁああああ!」


晴天を切り裂く叫び。落ち葉の覆う石畳。ルテティアへ至る街道。治安は局所的に崩れるでしょう、てか崩れてます。

取り囲む刃は十を越える。お風呂入ったのいつですか?と尋ねたい野性味溢れた野郎たちは旅人を狙った物盗りのようだ。左右が森の、人気の無い箇所に至った途端に襲ってきた。死すら覚悟する人数差だと言うのに、剣を振り回す女騎士はお気に入りの玩具で遊ぶ子供のように満面の笑顔。

また一人、脳天に剣を食らって倒れた。刃すら交えない、一方的蹂躙。マンドレイクの後遺症も無く経過は順調である。


「ヒィィイーハァーッ!」


斬りかかってきた敵の胴体を奇声と共にふっ飛ばす。盗賊その一は仲間に着弾し、ドミノの要領で他盗賊を薙ぎ倒した。……ちょっと元気過ぎやしませんか? 例によって例の如くクロスボウで援護しているが、俺、要らなくね?

恐らく傭兵崩れであろう、武装した盗賊さんたちが引いていらっしゃる。

ところでこの盗賊、二人の旅人を襲うには規模がでかい。俺たち(主にメディシーナ)の実力を知っていたのか。最も本当に知っているなら、手を出さないのが賢明である。

幸か不幸か、俺は手持ちぶさただった。それ故に、気づいた。木の影から覗く影に。その焦げた匂いに。


「伏せろ!」


メディシーナは疑問を呈す間もなく指示に従ってくれた。直後に鼓膜を震わせた元凶が、木の幹に風穴を空ける。

鉛を吐き出す敵を、女騎士は睨む。彼女を狙う銃口。一丁は撃ったばかりだが、残り四丁も照準を合わせてやがる。


「次は外さない。武器を捨ててもらおうか」

「……っ」


頭らしき人物の指示に、早々にボーガンを置く。メディシーナは敵を見て、それを上回る憎々しさで俺を見て、剣を置いた。

何だ、その目は。俺さえ居なければこの絶望的な状況を切り抜けられると言いたげだな。俺だって使えるんだ、と主張させて頂く。


「忠告しておく。爆薬を身に付けてるから、使わない方が賢明だぞ」


そんなもん持ってるわけないから、はったりである。心中の趣味は無いらしいく、野郎共はわかりやすく一歩下がった。これですぐ撃ってくることは無いだろう。


「あんたら、ただの物盗りじゃねぇな」


ただの物盗りがこんなに銃を揃えられるものかよ。東洋からもたらされた新たな武器。ここ百年の内にあり得ないほど普及し、戦争に使われるようになったとは言え、まだまだ高価な代物だ。


「狙われる当てがあるのか?」

「ないと言えんこともない。俺の持ち物か?」


頭は、え?と言う顔をし、直ぐ様取り繕った。俺が国書を持っていると言うことを知らないのか。貴重な薬草目当てってわけでも無さそうだし。となると……。


「それもある。俺たちはとある方から始末しろと頼まれただけだ。悪く思うな」

「それ、女装の麗人じゃなかったか?アンリエッタとか言う?」


嘘っ、あれ男!?マジかよ、超ショック!とか何とか、素で驚いた顔が並ぶ。


「ふむ、そう言うわけで、報酬を貰う段取りになっている。但しその持ち物とやらを置いていったら、見逃してやろう」


性別も知らないと言うことは、下っ端か。これ以上情報は引き出せなさせそうだ。俺は内ポケットに手を伸ばした。


「俺の故郷には、勝ち負けを決める遊びがある。騎士、狩人、魔術師のポーズをとって三竦みを作るんだ」

「何を言って」

「狩人は騎士に勝つ。騎士は魔術師に勝つ。で」


真っ直ぐに拳を突き出す。


「魔術師は狩人に勝つんだ」


開いた手のひらには小枝。七度火にくべても燃えぬことから名付けられ、炎の女神の加護を受けるナナカマド。


「cosnaim tine me(火炎守護)!」


耳をつんざく音がした。銃が一斉に暴発したのだ。何故俺が銃と言う近代的な兵器ではなくクロスボウを使ってると思ってる。俺が魔術に精通しているからだ。魔術師に銃を向けちゃいけないことくらい、ササナならどんなガキでも知っている。銃を構えると言うことはすなわち、敵が起爆スイッチを握る爆弾が手元にあるに等しい。

呻き声が聞こえる。距離があってわからないが、顔の近くにある銃が暴発したのだから、相当悲惨なことになっているはずだ。ササナでも絶滅危惧種の魔術師なんて見たこともないであろう盗賊たちは、当然の如くパニックに陥り右往左往。

その間メディシーナは剣を拾い、傍にいた野郎の胴を薙いだ。さらに稲妻となって移動し、相手が斬りかかる間もなく首筋に振り下ろす。


「待て、怯むな、構え」


唾を飛ばす頭に麻酔付きの矢をプレゼント。細かく上下関係の決まっている軍と違い、こう言う集団は頭を潰せば烏合の集だ。


メディシーナが敵を斬り、逃げる奴らを俺が射る。辺りはたちまちむさい男の気絶体ばかりとなった。

さて、こいつらの処遇だが、この先にあるかどうかもわからない騎士の詰所まで連れて行くわけにも、引き返すわけにも行かない。仕方なしに、無力化して木にくくりつけ、張り紙をしておいた。


「彼らは盗賊です。女装男の甘言に騙され、旅人を襲った挙げ句返り討ちに遭い、放置プレイ中です。

これを見た親切な方は、彼らが新たな性癖に目覚めぬ内に最寄りの騎士団にお知らせ下さい」


こう見るとなかなか同情に値する連中である。


     ‡   ‡   ‡


空を蠢く枝に、落ち葉の厚い絨毯。旅立つ鳥に、寝床を探す動物。森は冬に向けて静かに準備を整えている。裸となった木々の中、常緑の葉を風に揺らし、叡知と年月を湛えている、大きな樫。根を下ろしたヤドリギにも動じず佇む姿は、森の主の風格である。


「この道が神に繋がっていますように。

風がいつも背を押し、

陽は頬を暖かく照らし、

雨が勇めて下さいますように。

神と共に旅を続けていけますように。

今も、これからも」


同様の追っ手を警戒し、俺たちは一時的に街道を外れ森の中を歩くことにした。幾らメディシーナが強く、俺が魔術を使おうとも、銃による不意討ちは防ぎようが無い。それは森を踏み荒らすことと同義である。森に住む生き物や精霊に少しでも誠意を見せようと、木の足元にひざまずき祈りを捧げた。ちゃんとした供物は無いので、供えたのはアーモンド入りの菓子。森の小動物や妖精の腹に収まることだろう。


背後のメディシーナは一連の動作を無言で眺めている。


「聞きたいことがあるんだろ?」

「ふむ、わかるか?」

「だってお前、考えてることすぐ顔に出るじゃん」


ならば遠慮は要らないと、盛大に顔をしかめる。


「水臭いでは無いか。何故言ってくれなかった」

「ここは、魔術師が保護されているササナでは無いんだ。救世主教の信仰は厚く、未だに魔女狩りも行われる。魔女のみならずその関係者もな」


ギリギリまで言わなかったのは、メディシーナを守るためだ。知らなければ罪に問われることもない。……甘いかもしれないが。努力も虚しく、これでメディシーナを巻き込んでしまった。


「馬鹿が。役目を果たせと言ったのはキサマだ。私はキサマの盾、言わば運命共同体だろうが。任務期間中は、例え全てが敵となってもキサマを守る。キサマが私を守ると誓ったようにな」

「メディシーナ……」


声が掠れそうになって、言葉を切る。

ササナ国立グランタ大学魔法学部初の卒業生、それが俺のもう一つの肩書き。

自分の力の無さに絶望することはあれど、俺は、魔術師となった決断を悔いていない。だからと言って、向けられる悪意に慣れたわけじゃないし、慣れるものでも無いだろう。

魔法使い、人間を越えた力を持つ者は、或いは古くから畏怖と迫害の対象だった。救世主教が普及してからは後者が激化し、謂れの無い差別を受けてきた。例えば四月末にあるヴァルプルギスの夜。古い異教では、春を祝う神聖な日であった。しかし事実は歪められ、魔女たちのサバトの夜に貶められた。魔法使いは何世紀も身に余る憎悪を受け、天災や伝染病、ことあるごとに生け贄とされた。魔法を使えることを隠してたのだって、本当は彼女に軽蔑されるのを恐れていたのかもしれない。

そんな俺を、メディシーナは守ると言ってくれた。その一言は、どんな呪文より効力がある。


「ところで正体を隠さなければならなかったとしても、もっと早く言えば魔法で旅が快適になったのではないか?火を出したり、空を飛んだり、姿を消したり」

「お前な、魔法使いを何だと思ってるんだよ」

「魔法を使う者だろ?」


その認識は正しくもあり、誤りでもある。魔法はただの便利な道具では無いのだ。


「まじないには、三つの力がいる。一、信仰。結果の発生に疑いを抱いては魔法は使えない。二、言霊。言葉には不思議な力がある。また、精霊や悪魔に対して『察してくれ』と言うのは叶わぬこともあれば、思いがけない結果になることもあって非常に危険だ。三、自然。例えば木の杖、動物の骨、宝玉。まじないには媒介がいる。身一つで全てを意のままに操ると言うことは不可能だ。魔法使いは所詮人間だ。自然の力を借りなければ魔法を使えない」


魔法使いが木の杖を持ち、魔女が箒を持った姿で描かれるのは三つ目を反映してのことだ。我々は万能で無い。天災は防げないし、死人は生き返らない。大自然が定めた法の内で力を行使するに過ぎない。


「要約すると、お前は一定の条件をクリアせねば魔法を使えない、と。使えんな」

「そうあるべきだ。人間には過ぎた力だよ」

「リックのくせに小賢しいことを言う」

「俺も年を重ねていますから」


一頻り笑って。


「メディシーナ、お前は人より力を持っている。そのことについて考えたことはあるか?」

「そのこと、とは?」

「力を持つ者は、強者だ。強者は弱者を搾取し、蹂躙出来る立場にいる」

「私はそのようなことはしない」

「わかってる。俺が言いたいのは、それが可能だと言うことだ。お前は強い。その強さは何かを変える力になるかもしれない。利用したがる輩もいるだろう」


魔法使いたちは過ぎた力を、自然の理に従い、世を捨て隠者となることで自らを律しようとしている。……俺は別として。


「お前を縛る道理は?進むべき道は見えているか?」


メディシーナは真っ直ぐだけれど、だから心配だった。彼女は既に権力争いに巻き込まれている。俺が巻き込んだ。間違った身の振り方は滅びに繋がる。メディシーナが自分の頭で考え、その結果俺と道を違えたとしても、恨まない。寧ろ祝福してやる。俺は滅んでも、あの少年に尽くす道を歩むと決めたから。

メディシーナは天へと剣を掲げた。


「私は国王陛下に忠誠を誓う。それこそがササナの騎士の誉である」


恨まないと言ったばかりなのに、同じ陣営であることに酷く安堵した。


「ライオネル……陛下に会ったことあるのか?」

「見たことすら無い」

「おいっ」

「人となりはわからんが、それがどうしたと言うのだ。陛下の治世に戦乱は無く、民は飢えない。それだけで忠誠を誓うに足る」


肩の力が抜けた。何だ、こいつはちゃんとわかっているのだ。

例え顔を合わせたことなんかなくても。誰より民の幸せを願う我らが国王陛下を。

会話も一段落し、持ってきた固形燃料で火を起こし食事の準備を始めた。今日はハーブたっぷりのシチューだ。食材は、森の恵みのお陰で事欠かない。


「しかし、アンリエッタと名乗る者は、何故陛下を害せんとするのだ?唯一の王族が亡くなれば国が乱れることは必定であろう?」


疑問も最もである。ようやく戦争の傷跡から癒えたササナの民にとって、今の世は暮らしやすいはずだ。国王を葬って時計の針を逆戻りさせてまで、得るものは何だ?


「あいつが淑女と言うのは偽りだ。だがあいつがメディシーナに向けた憎悪は本物だ。あいつの主は、奴が語ったのと似た境遇なのかもしれない」


家が落ちぶれ、望む望まざるに関わらず、誰かの情けにすがってしか生きていけない、とか。


「となると、王位継承戦争の敗者か」

「国王が討たれ、事実上属国となったカレドニア貴族って線もある。それを言うなら、先の教会法で力を失った教皇派の可能性も。或いは武器商人とか」


メディシーナは塩をかけ、火で炙っただけの兎の丸焼きにかぶり付く。実にササナ国民らしい豪快さである。


「陛下には敵が多いな」

「為政者だからな」


政治とは利害の主張の中で何を切り捨て、何を保護するかを絶えず天秤にかけていくことだ。みんな幸せと言う選択は皆無。此方が立てば彼方が立たぬなんて事態、ざらにある。幾らうちの陛下が優しかろうと、知らず知らず恨みを買っているのだろう。

ところでメディシーナ、小骨を吐き飛ばすの止めなさい。仮にも淑女なんだから。


「それにしてもアンリエッタが男だったのは残念だったな。異性に言い寄られ、悪い気はしなかったのではないか?」


盗賊どもに然り、好意を向ける美女に心動くのは男の性だろう。しかし人の悪い笑みで好きな女に冷やかされるのは、色々辛いのだが。


「俺にも女の好みくらいあるってーの」

「ほう、キサマの好みとな?どんな?」

「良くも悪くも一振りの剣のような女だ。強く、正しく、美しく、意地っ張りで融通が利かないところもあるけど、こちらが羨むほど真っ直ぐなんだ」

「そのようなおなごがいるのか。全く興味わかんが」

「……」


ここまで言っているのに、わからないのか。


「時々、俺はお前が大脳どころか小脳が無いのではと疑っている」

「小脳が無ければ剣を振ることは愚か二足歩行すらできんわ。馬鹿め」


してやったり、と得意気に胸を張っている馬鹿に、本気でため息が出た。


「なら、お前の理想は?」


何気無い話題を装っているが、全聴覚神経を集中させている。頬にうっすら朱が差す。初めて見る彼女の恥じらいに、目を奪われた。


「キサマの父親、素敵だな」

「ぶっ」


口内の実在しないお茶を吹き出した。


「なんだ、その反応」

「あり得ないあり得ない、だいたい親子程歳が離れて……」

「年上は好みだ」

「年上過ぎるわ!結婚したら即介護、葬式だろーが。俺の方が年齢的に相応しいだろう!」


これ以上無いくらい仄めかしてしまったが。


「キサマなんか、世界で最後の男になっても拒否する」


告白する前に全否定とか。心は抉られ止めどなく血を流す。


ああ、濁り無き秋の陽よ。


目頭を押さえ天を仰いだことを。どうか今だけは。


眩しさのせいと言い訳させてくれ。

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