十二通目 王たる所以
庭園が夏の花々に彩られたある日、第三歩兵大隊の隊長及び副隊長は寺院宮殿に呼び出された。彼らは不安げに顔を見合わせつつ、陛下が日常的に使っている書斎に臨んだ。
「よく来てくれたね」
笑顔で出迎えた少年に二人は一先ず安堵し、定型通りの挨拶を交わす。
「先日の夜会も家族で出席してくれてありがとう。マーシア副隊長の娘さん、素敵なドレスだったよ」
「勿体ないお言葉です」
「今年は領が不作だと報告を受けて税を軽減したけど、どこにそんな余裕があったんだろうね」
ぶっこんできた。この会話の間合いの詰め方、慣れないと恐怖である。案の定、マーシアはたじたじになった。
「それは、娘に不自由させてくない一心で。親心と言いますか」
「ふーん。愛人に宝石を送ったり家具を新調したり宮殿の自室に武器を飾るのも親心なのかなぁ」
無邪気を装った独り言に、マーシアは息を根を止めた。
「財務長官が調べたんだけど、数字が不思議なんだって。提出された報告書には問題ないのに、出入りしている商人や裏ルートで調査するとお金の流れがそれ以上と言うか」
あくまでフレンドリーな口調なのに威圧感が半端ない。
「例えばフィリップ隊長、君も子飼いの部下にお小遣いや玩具をあげてるみたいだね」
部下の買収と武器の提供。軍人がこんなことをする目的は一つ。クーデターだ。
暗殺事件は単にライオネルの命を狙ったものではない。この国を掌握するための手段だったのだ。
「三日後に君らの引退の式典を開こう。自領で悠々自適な生活を送りなよ」
黙り込んだ二人に、まるで今日の天気でも言うように告げた。
「お待ちください、それはあまりに」
「我らの長年に渡る忠誠に対し、無慈悲ではありませんか!」
「勘違いをしているようだね」
その時彼らは、正面に座す国王の目が笑ってないのに気づいた。
「これは慈悲だ」
傍に控えていた俺に寒気がするほど、狂気すら思わせる冷徹な眼差し。
「弱者を甚振り、強者に擦り寄り、血税を横流しし、挙句反逆まで企てたキサマらの屑のような働きぶりに慈悲をくれてやると言っている。裁判沙汰にしキサマらを投獄するだけの用意があるが穏便に済ませてやろう。
あまり見苦しい言いわけをしないでもらえるかな。それとも僕の気の長さを試すつもり?」
引きつった愛想笑いですごすごと逃げ帰った二人を見送り、久しぶりに政治家、と言うより覇王モードを発揮したライオネルは小さく息を吐いた。
「ところでリック。騎士団長たちのこと、どこで嗅ぎ付けてきたの? 僕危ないことしないでね、って言ったんだけど」
「してない、してない! 友達にちょっと情報もらっただけ!」
だから俺にまで覇王の威圧を向けないで!
「へぇ。ま、今回は信じてあげるけど」
ライオネルは大きく伸びをした。
「三日か。準備をするのには足りるが、新たに人員を引き込むには短い時間だ。
あそこまで挑発したから、近いうちに何らかの行動をするだろう。監視をつけて泳がせて。どこまで反乱に荷担しているか把握できてないから、臣下たちを見極める良い機会になる」
「無駄にプライドの高い奴らだから権力と名誉がある内に行動を起こすだろう。三日後の引退式典、警備を強化しないとな」
「いや、警備は手薄にして。相手は警備のプロだし、普段より人員を割いていたら警戒するだろう」
「お前の考えはわかったが……大丈夫か?」
「警備の者は不自然でない程に、目立たない場所に配置すれば良い。裏切り者が入っていたら元も子もないから信頼おける者を。それに」
年相応の笑顔でにっこり笑う。
「護ってくれるんでしょ?」
「当たり前だろ」
何故こいつを護りたいのか。明確な答えは出てないけど。こいつがいつまでもただのガキみたいに笑っていられるならそれで良いと思える。
「でも不思議だね。彼らは小者だ。クーデターなんて大それたこと自力で考えそうにないけど。元手になる資金もないはずだし」
仮にライオネルを殺し寺院宮殿を占拠したって正当な手段でない限り同様の手段で容易く奪われるだろう。単に考えなしか。それとも黙らせるだけの力と自信を持った人物が後ろにいるのか。
「そのことなんだが」
俺はパリス公爵の名を挙げた。あの舞踏会での態度、どうも気になる。念のためマリアベルに調べさせたが、公明正大で名が通っているだけあり、不正の尻尾はつかめなかった。
「パリス公爵? それはないよ」
対し、ライオネルの反応はあっさりしている。
「信じたいのはわかるが、信じすぎるのは良くないぜ」
「そういうんじゃないよ。君も彼の人柄に触れればわかると思うけど。……そうだね。もし仮にパリス公爵が僕を裏切るのだとしたら、それは僕が王に相応しくないということだ」
重鎮を語る様は始終落ち着いていた。公爵を盲目的に信用しているわけではないようだが、どういう意味だろう。まあ、いい。三日後、真実は明らかになるはずだ。
‡ ‡ ‡
その日は、雲一つないよく晴れた日だった。嵐の前の静けさと言うべきか、窓からのそよ風は鳥の囀りをのせ、使用人たちは定時通りに職務をこなし、引退式典は恙無く始まった。舞踏会や祝賀会が行われるだだっ広い長方形のホールには正装した近衛兵たちが整列し、金管楽器が勇ましく空気を震わせる。
奥に座すライオネルの前で、主役である隊長ら、及びその同僚は整列し、近衛の偉いさん入れ替わり立ち替わりが挨拶を済ませ輝かしい経歴を紹介する。三日で用意したにしては上出来だ。以前から話を通してあったのかもしれない。
厳かに、つまり欠伸を噛み殺すほど平和に式典は進んでいく。事を起こすのは後日かそれともあきらめたのかと油断しかけていた。ライオネルが立ち上がったのを合図に、退官の儀式が始まった。叙任の儀式とは逆に主君に授けられた剣を返す儀式だ。本来騎士とは死を持って退官するのであまり名誉な儀式ではないが、怪我や老齢を理由に引退する前例はある。一番陛下に接近する機会。おまけに手に凶器を持っている。
何も起こらないわけ、ない。
「出来損ないの王子め、ここで死ねっ!」
武器の類は入り口で厳重な封をされたはずだが、侍従が買収されていたのだろう、副官が剣を抜く。しかしその刃は、王に届くどころか触れることすらなかった。
「……馬鹿な」
少年王の姿が揺らぎ、代わって現れたのは、女騎士。大学で叩き込まれた術の一つに変化の術がある。自身の姿を美女に変えたり、石ころを金貨に見せたり。特に自分と距離の離れた、動く対象については難易度が跳ね上がる。
試しに頭の中に走る人間を思い浮かべてくれ。幻術は対象の表情、骨と関節の位置、筋肉の動き、重心の移動、光の明暗を違和感なく再現しなければならない。そして視点は全方面からあるのだ。それらを何も無い空間に頭で一から計算して作り出すことは、どんなに熟練の魔術師でも難しい。そこでライオネルの姿を、メディシーナに投影するという方法で乗り切った。離れた場所に立っていた松葉杖の少年は、奥の玉座に静かに座した。メディシーナは背格好も、容姿も似ているため、代役にうってつけだ。万が一術が揺らいでも見間違いで誤魔化せる。騎士だけにこの儀式のこともよくわかっているので、動きも合わせられる。
「貴殿らが女子の剣と嘲った剣、受けてみよ!」
鍔迫り合いに打ち負け、副団長の体勢が崩れる。すかさず追い討ちの牙が、その体躯を襲った。
その戦闘の合間に聞きなれた音がする。弓に矢を番える音だ。さっきまで楽器を奏でていた奴らが少年王に照準を定めていた。楽器のケースの中に飛び道具を仕込んでやがったか。
「放てーっ!」
同時に、俺の矢も天に放つ。
「|Beag beann ardú de gaoithe《風よ上昇せよ》!」
矢とともに、巨大な上昇気流が巻き起こる。天井の、くっそ高い宗教画が穴だらけになった。知るか、俺、魔術師だし、と開き直って視線を戻す。親の敵のように睨む騎士団長と目が合った。
「……」
「……」
とりあえず、にっこり笑いかけてみる。騎士団長は剣を振り上げた。
「魔術師を殺せーっ!」
ですよねー。近くにいた騎士が切りかかってきたのを、弓で辛くも受け止める。
「|Glac teas ar mo lamha《わが手に熱を》!」
「あちッ!」
騎士は思わず得物を取り落とした。対象を急激に熱する呪文、金属の武器に篭手なので熱も伝わりやすい。持ち直す隙を与えず、鎧の隙間に麻酔を塗った矢を打ち込む。息つく間もなく、次の相手に弓を構える。と、その相手が真横にふっとばされていった。
「何だその小賢しい戦い方は!」
メディシーナが剣戟と叱咤を飛ばす。
「か弱い男の子なんだからしょうがないだろ!」
彼女の背後に突っ込む騎士に足払いをかける。亀のように綺麗に転がった。
気づけば互いに背中合わせになっていた。ようやく余裕ができ周りを見回すと、乱闘があちらこちらで始まっていた。事情を聞かされていなかった騎士には戸惑いがあるようだが、どうにか剣で応戦している。押されている印象を受けるが数はこちらに分があるはず。しかし。
「味方はどっちだ?!」
どっちも同じ格好をしているのだ。正直検討つかん。
「敵さんは右腕に赤い布をしているみたいだ」
「そんな目印ではわからぬ!」
「じゃ、とりあえず親玉、あと」
剣を振り上げた敵の顔に矢を……と見せかけ股間をぶっとばす。
「襲い掛かってくる方が敵で」
「承知!」
無意識にあの言語オタクの姿を探していた。陛下の身辺を警護をしているはずだが何をしているのだろう。
‡ ‡ ‡
芝の刈り込まれた幾何学模様の庭園を見渡す渡り廊下。戦場となっているホールに繋がる主要な通路であるが、喧騒は未だ遠く、木漏れ日が移り行く様は平穏そのものだ。時折使用人たちが行き交うその通路に半仮面の奇怪な風采の男はいた。鋭い耳は始まった戦いを聞きわけていた。しかし彼の興味を引くような音は無く、支柱に背を預けぼんやり庭園を眺めている。
そこへぱたぱたと近づく足音。王宮の使用人が出すには耳障りなその音に、テオドール=サーベレッジ伯爵は背を起こした。
「おい君、ちょっといいかい?」
「申し訳、ございません。急ぎますので」
咳交じりのかすれた声。頑なに先を行こうとする金髪の使用人を、伯爵は半ば強引に引き止める。
「何、そんなに時間をとらせないよ。出身はどこだい?」
「……ロンディニウムに宿泊しています。では」
「待ちたまえ」
伯爵には無骨な指が肩を掴む。その指圧は、針を刺すようだった。
「通すわけにはいかない。君が参加すると王を護りきれないからね」
思わず手を振り払い距離をとる。その動きは、ただの女のものではない。
「どういうことですか」
「だって君、嘘をついただろ?」
予備動作無くナイフが投擲される。しかし次に目を見開いたのは攻撃を仕掛けた側だった。音も無く引き抜かれた半月刀が、全てを打ち落としたのだ。
「その武器、リックが言っていた奇妙な音の暗殺者か」
「答える義理はありません」
「そうかい。では」
伯爵は地を蹴った。
「せーぜー素敵な音、聞かせてくれたまえよ?」
‡ ‡ ‡
当初の動揺も収まり、味方は落ち着きを取り戻しつつある。一方、次々に手駒を減らす敵は焦っているようだ。このまま押せばこちらの勝利だ。
「救援はどうした!」
壁にへばりつくような二階席で高みの見物をしている騎士団長は、部下に怒鳴り散らしている。
「それが、音沙汰がありませんッ」
宮殿内は警戒されるため警護も少なめだが、城の外と彼らの館の周囲は監視を名目に兵で固めている。そう簡単に突破できないだろう。
「パリス公は? 城門前に待機している手はずだ」
パリス公、やはり加担していたか。彼に来られると厄介だが、金属音が響く室内と違い外は平穏そのもの。
「あ奴、裏切りおったか!」
どこかで状況を窺っていたのだろう。旗色が悪いと知り、鞍替えしたのかもしれない。さすが狸。長く生きているだけはある。
「そこまでだ」
ようやく階段を上りきったのだから前口上無しで突撃すれば良いのに、わざわざ敵さんの前に立つのは正々堂々が座右の銘の女騎士。
「騎士気取りのビッチに、ペテン師の負け犬か」
「訂正しろ。負け犬はあんたの方じゃねぇの?」
騎士団長の顔色が変わる。
「それと」
クロスボウに矢を番える。
「ここにいるのは最高の戦乙女だろうが」
一二歩踏み出そうとしたが、いつもなら真っ先に敵に襲い掛かる元気っ子が時が止まったように突っ立っており、進めない。
「何してんの?」
「……ふんっ! 参る!」
八双の構えのまま駆け出し、近くにいた部下を腰から腿に凪いで半ば八つ当たり気味に沈める。
「フィリップ様ーッ!」
彼女の剣は獲物に届かず、身を挺して庇う部下たちに塞がれた。俺たちが彼らの相手をしているその隙に。
「くそっ」
騎士団長は手摺を乗り越え、躊躇せずに飛び降りた。俺が放った矢は僅かに遅れ、後ろ髪をかすったのみ。結構な高さもあった。下に蠢く武器たちに串刺しにされる危険もあった。だが運は彼に味方した。人のいない床に転がり、奇跡的に無傷なのか、そのまま走り出す。
「どけっ!」
敵味方を押しのけ、我武者羅に目指すその先には、座したままの王将。
「しまっ……」
乱戦で陛下の周りは手薄。出遅れた俺たちに立ちはだかる距離。クロスボウで狙うが矢は障害に阻まれ届かない。メディシーナが手すりに足をかけたが間に合わない。その時陛下は――。
‡ ‡ ‡
先ほどまで静かだった渡り廊下に、絶え間なく音が響く。自然のものではない風に木の葉が揺れる。鎬を削る刃のあまりの激しさに、火花が散った。頭、腰、肩、喉、腕、また喉。左右の腕が別々の生き物のように意思を持って刃を振るう。上に攻撃が集中している、と思えば、刃を埋め込んだ爪先が足元を襲う。跳躍でかわし一息ついたその鳩尾を、逆の足が容赦ない膝蹴りで狙う。運よく受けた肘が衝撃で痺れる。この間戦った女騎士に劣らない、いや、それ以上の剣士である。こんな型破りな剣捌きを剣術と呼ぶならば、だが。
一撃一撃が重い半月刀の猛攻。加えて予想の出来ない変則的な足技。四本の腕を相手にしているようなものである。十八番の間合いであるはずの接近戦が、致命傷を避け防ぐので手一杯。勝機を計算する。相手に飛び道具はない。距離を保っての攻撃ならば、或いは。
渾身の力で鍔迫り合いを振りほどく。張り詰めた糸が撓むように、出来た隙に手に持つ得物を投げる。喉へ、もう一方は心臓へ。相手の攻勢が防御に転じたその間、床を踏み、空いた手で体重を支え、離れた場所に着地する。手に馴染んだ武器を犠牲にどうにか稼いだ距離。先の攻撃に対処し終えた敵は間合いを戻さんと地を蹴る。少年は六本のナイフを同時に投げた。全てにマンドレイクを塗ってある。どれか一つでも当ればこちらの勝ちだ。
すると相手は予想外の行動に出た。手近の壁を駆け上がったのだ。足が浮き、地面と垂直だった身体は平行。下段のナイフは意味を無くし、上段のナイフは打ち落とし、最後の一つは半仮面が弾く。距離は振り出し。但しこちらの得物は減った。ナイフで攻撃を受け止め、思わず舌がなった。
「楽しめないよ。悪態は有声音でしてくれたまえ」
平静に、真摯に、要求する言葉は、暗号のように意味不明だ。肩で息をするこちらとは対照的に、余裕を滲ませる言語学者は呆れ気味に呟いた。
「しかも声変わり中かね。一体何で女の真似事してんだい」
彼の言葉を徹底的に無視していた少年だったが、それは琴線に触れた。
「あの方はっ、孤児となった僕にっ、生きる意味を下さった!」
男へと変わろうとする喉で声を絞り、少年は吼える。
「だから僕は、何を犠牲にしても、構わないっ!」
「本来の音も偽って、かね。憐れな」
彼の闘志を、怒気を、覚悟を捌き、伯爵は心からの同情を見せる。
「終わりにしてあげよう」
伯爵は唐突に剣を鞘に収めた。敵を屠る絶好の機会だ。だというのに、視界がかすむ。足から力が抜け、膝が折れる。何故。まとまらなくなる頭で答えを探す。苦しくなった呼気を紛らわせようと喉を掴んだ指先が、首筋を穿つ針の存在に気づいた。
「何、毒を扱うのは君だけではないと言うことさ」
そうか、あの時――。最初に彼が肩を掴んだ時から勝負は決まっていたのだ。
力を振り絞り得物を投げたが、指の感覚が無いその手では、勢いも切れもない。
落ちる目蓋を懸命に開く。こんな所で終われない。自分は役目を果たしていない。やるべきことは残っている。まだ、まだ……。
「安心したまえ、発音器官に別状はないよ」
気休めにもならない一言を機に、意識が途切れた。
‡ ‡ ‡
迫りくる凶刃に、国王は肘付き椅子を頼って静かに立ち上がり。
「悪いけど」
松葉杖を構え、不自由な左を軸に一歩踏み出した。
「まだ死ぬわけには、いかなくってねっ!」
一瞬の攻防。騎士団長の顔には最後まで嘲笑が浮かんでいた。それはそうだ。彼は何十年も訓練を積んできた職業軍人。一方、相手はその彼が馬鹿にしてきた足が不自由なひ弱な少年。だが彼は、迎え撃たんとするその姿勢に、瞳に宿る不屈の意思に、気づくべきだった。
二つの剣は互いの喉元を狙っていた。それぞれの勢いは相殺され、しかし力のある方が押し切り、相手の刺突をずらす。少年の細腕から繰り出されるには遥かに鋭い剣。それは鎧の上からでも的確に喉元を捉え、騎士団長の意識を奪う。
誰もが、その光景に見とれていた。国王は足元に崩れた騎士団長に一瞥すると、大して感慨も無く、再び玉座にかけた。
それを合図に、皆が止めていた呼吸を再開する。
「陛下の御手を煩わせるな!」
聞き覚えのある、エウスカル訛りの騎士を筆頭に声が上がる。勝利は完全にこちらに傾いた。濁流のような勢いは留めようが無く、己の武器を捨て、投降するものの出始める。その中で。
「惜しい」
目を見開き、身じろぎもせず、女騎士は慟哭した。
「稲妻の如きあの速さ、鋼の剣にも競り勝つあの冴え、最大限の力を発揮するあの腕、動かぬ足を補うあの体幹、それらを裏打ちする修練、そして敗北を恐れぬ豪胆さ。これ程の才の持ち主を、私は他に知らない。もし両の足が動くなら、彼は一流の剣士であっただろう。何故神は彼に祝福と呪いを与えたもうた。なんと疎ましい。なんと悼ましい」
鑑定士がくず石の中から宝石を見出すように。少年の剣士としての真の資質を、彼女は理解した。そしてそれが五体の瑕疵のため損なわれ、原石のまま終えることも。
「それは違う。陛下は足が動かない。だからこそ剣を極めた」
その足のため侮られ、彼は処刑を免れ生かされた。幽閉の中、刺客相手に己の杖を武器に生き延びた。
「お前の言う呪いが、陛下の祝福だ」




