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ヘタレ伯爵と戦乙女  作者: アストロ
と松葉杖の少年王
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十一通目 情報屋の忠告

次の日の朝早く、俺たちは屋敷を出発した。本当は夜明けとともに奴の屋敷に張り込みたいくらい気がせいていたが、交渉相手の機嫌を損ねるわけにはいかない。

交渉材料であるブツは、革張りの旅行鞄に詰め込み、不機嫌な同乗者に預けてある。興味を惹く自信はあるが、どう出るか。もっと根本的な、奴が頑なに協力を拒む理由を解しない限り、意味がない気はしてる。通り過ぎる川岸に、鮮やかなアザミの蕾を見つけた。開くまでもう猶予はない。


「昨夜、陛下から辞任を言い渡された」

「ああ」


今日始めて口を開いた女騎士に気のない返事をした。夜会の後、陛下の命で俺の屋敷に戻された彼女は以来ずっと仏頂面である。


「キサマ、よもや余計なことを言ったのではあるまいな」


自分の悩みに思いやる余裕がなかったが俺だが、ようやく彼女の不機嫌の理由に気づいた。俺が余計な気を回したと勘違いし、プライドに障ったのだろう。


「いや。陛下が妃に嫉妬されたくないってな。俺は反対したんだが」

「そうか」


厳しかった視線がやや和らいだ。


「陛下は細君を大事にしておられるのだな」

「ああ、勿体ないくらいな」


ライオネルがあの女を大切に思う気持ちの一欠片でも、あの女はライオネルを思っているのだろうか。

愛情を向ければ同じだけの愛情が返ってくるなんて幻想だろう。それでも祈る。お伽噺のように『こうして二人はいつまでも幸せに暮らしました』という結末が来ることを。


「細君の方はそうではないようだ」


唐変木のメディシーナでも感じ取れる程、あの女は嫌悪を撒き散らしているらしい。一方通行もここまで来ると悲劇である。


「あの男も陛下を快く思ってないのだろう?」


メディシーナの目が問う。奴は俺の好意に応え得るのか。裏切る恐れはないか。


「信用できるのか?」

「できる」


あいつが信用できるかどうかは関係ない。だって。


「あいつが本気なら、陛下はとっくに死んでる」

例え俺が力を尽くしても、親父が謀略を巡らせようと、目的を達するだけの力を持っている。

「キサマにそこまで言わせる男なのか」


     ‡   ‡   ‡  


数十分後、その男に対面したメディシーナはポカンと口を半開きにしていた。


「リック、積極的に関わりたくないが敢えて問う。これは何だ?」


キャメロンの屋敷は郊外にあるが一世代前の荘厳なアーチ状の様式がまず来訪者を出迎えてくれる。キャメロン家はササナ王家より古い家の一つである。つまり主君を欺き、血縁すら騙し、存続してきた家である。

そのキャメロン家の、長椅子にかけた現当主は左手に淑女の柳腰を抱き、右側の夫人の耳元に何事か囁き、その膝に美女がしなだれかかっている。


「何ってハーレム?」


異国では多数の女性を侍らせる男の夢を体現する制度があるらしいが、それを思わせる何とも倒錯的な、独り身の俺には目に入るたびに気力がゴリゴリ削られる光景である。招かざる客である俺へのあてつけか。


「類は友を呼ぶと言うがキサマろくな知り合いが……いや、何でもない。憐れに

なってきた」


気遣いが痛い。何時ものように率直に嫌みを言われた方がまだましだ。


「それじゃ、私はハーネット伯と話があるから、次の逢瀬まで待っていてくれるかい、愛しい人?」

「もう、仕方ないわね」


ハーレム要員はクスクス笑いながら退室した。その後ろ姿にモテ男は贅沢な溜め息をつく。


「何で我が国は妻が一人なのだろうね。テュルクでは女を囲う後宮があり、東の大国セレスでは正室だけでなく側室を何人も持てるらしいのに」

「うちが救世主教だからだろう?」


救世主教の教義は一夫一妻制だ。厳格な宗派だと離婚や再婚も許されない。


「あーあ、つまらない国に生まれてしまったものだ」


メディシーナの拳が、全身が、震える。


「先程から黙って聞いていれば……っ。キサマの不埒な振る舞いは道義に反する!相手の女にも不誠実だとは思わんのか!」

「相手がそれで良いと言うのだから君がとやかく言われる筋合いはないと思うけど。そもそも個人の恋愛観は他者がどうこう言うものではないよ」

「世迷い事を。曖昧な態度は多くの淑女に気をもたせ、結果的に傷つける。さっさと一人に決め、身を固めたらどうだ!」


殺気すら含ませるメディシーナに対しエリオットは飄々とソファーでくつろいだままだ。


「俺は選ばないということを選んでいる」

「何だそれは。単に優柔不断なだけではないか」

「何かを選ぶということは、それ以外の選択肢を排除するということだ。例えばリックは魔術師だ。精霊や妖精といった古の神々を信仰している」

「信じるも何も存在してんじゃん」

「しかし救世主教はそうはいかない。人智を超えた力……奇跡を行うのは救世主であり神の御子のみ。神は唯一絶対のものである。救世主教の神を選ぶとその他数多の神々は排除される。中には魔術師自体が火炙りにされる国もある。リックの大好きな妖精が、目の前で唾を吐いたって救世主教の司祭は頑なに存在を信じようとしないだろう。

人は信じたいものを信じる。彼らの信条に反する真実を信じさせるのは骨が折れる。だから俺は目を瞑ってる人間には情報を売らないことにしている」


話を聞きながら何かがひっかかっていた。俺より遥かに機知に富み機微に聡いエリオットが単純細胞のメディシーナ相手に脱線している。

この煙に巻くような会話に何か意味があるのか。何れにしても収拾がつかなくなりそうなので助け船を出すことにした。


「要はお前が誰かと結婚するのは誰かと結婚しないということだから、結婚することを選択しない、と」

「端的にどうも。廻りくどくなっていけないね」


エリオットはコーヒーと紅茶どっち飲む? と聞かれて選ぶこと自体を放棄するものだ。


「なんだそれは。だいたい……」


さらに募る非難を手をひらひら振ってかわす。


「恋愛について君の忠言を聞く気はないよ、ミスグレイシー」


うわぁ、わざとらしく未婚女性の敬称をつけるなんて、メディシーナに対する嫌味以外の何物でもない。

メディシーナはギリギリ歯を鳴らしたが剣は抜かなかった。腹が立っても丸腰の相手に切りつけるような真似はしたくないのだろう。今度そのフェアプレイ精神を俺にも発揮してくれ。


「で、何の用だい、リック。こんな美しい人を侍らせるなんて君も隅に置けないね」

「知ってるくせに」


恨みがましく睨むと勝手を知った顔で頷いた。


「陛下の暗殺の件、だね」

「手がかりが欲しいんだ。関係ありそうなこと、気付いたこと、それこそ何でもいい。そちらの言い値で構わない」

「俺の情報料を払えるのか? 財政難で執事に大目玉食らってるお前が?」


毎度思うがこいつ、どこまで知っているんだ。だがこの秘密兵器の正体まではわからないらしい。

奴の目の前でメディシーナに持たせていた鞄を開く。


「妖精式空気銃、自動装填型」


のどが鳴った。

俺と違って生まれつきの貴族であるエリオットは一通りの教養を嗜んでいるが、特に狩猟に目が無い。

空気銃とは数十年程前に発明されたもので、弾が必要なく、悪天候でも撃て、反動も少ない。初期の方は威力が弱かったらしいが改善もされてきた。

狩猟に使う馬や犬、靴まで超一流のものにこだわるエリオットだ。妖精たちの魔法と技術の粋を集めて作られた最高傑作。食いつかないわけがない。


「そんなもんで俺がつれるとでも」

「空気銃は手間がかかるのが難点だった。一発撃つのにポンプでウン十回も空気を送り込んで圧縮する必要があるからな。これは周囲の空気を自動的に装填することで問題をクリアした。ただ、撃つと呼吸できんし一発ごとに移動せにゃならんのが問題と言えば問題だが……おーっと、触るなよ」


エリオット自身の言葉を裏切り、伸びていた指から距離を取る。


「まだ試作段階だ。それに取引する気もない奴には触らせるつもりはないね」


思惑通りの反応に意地悪く口角を上げた。


「ふ、ふん。興味ない」


言いつつ、未練たっぷりに視線をちらつかせている。


「どうしてそこまで頑ななんだ?」


欲しがってるのは明らかなのに意地を張っているようにしか見えない。目的のために手段を選ばず冷静な判断を下す奴なのに珍しい。何が彼をそうさせているのか。


「頑ななのはお前の方だろ」


しかしエリオットは不機嫌に腕を組む。


「どういう意味だ?」

「何故自分の身を危険に晒しても陛下を護ろうとする?」

「当然だろ」

「当然じゃない。お前、陛下に入れ込み過ぎだ。ローデリック、学友からの忠告だ。何かを選ぶと言うことは、何かを選ばないと言うことだ」


滅多に呼ばない正式名を冗談を交えない真剣さで呼ぶ。


「殿下には後ろ楯も無く、未だに議会から王位を疑問視する声が上がる。代がかわれば先代の寵臣が宮廷を去るのが常なのはわかっているだろう? それでなくても、人は変わるものだ。いつ殿下の気が変わってもおかしくない。

戦乱になれば舵取りは難しいが、ハーネット家は足元がしっかりしてるし、どっち付かずと言うのも悪くない選択肢だ。ほどほどにしておけ」

「構わない。ライオネルが死ぬ時が俺の死ぬ時だ」


はあ、と大袈裟な溜め息をつかれた。


「いつもいつも思うけど、お前の忠誠心変態臭い。お前が殿下に恋心を抱いてるって情報があるが真偽はどうだ?」

「茶化すな」

「恋愛対象じゃ無いってんなら、その度を越した忠誠心はどこから来るんだ?殿下とお前は赤の他人だろ?」

「他人なんて思えない。俺にとってあいつは弟だ」

「違うな」


いつも俺が口に乗せる弁解を切り捨てる。偽りを許さないアイスブルーの瞳に、思わず怯んだ。


「お前は殿下の不自由な身体と容姿に死んだ母親と会えない幼なじみを重ねていただけだ」

「そうじゃな……」

「嘘つけ。薄々自分でも気付いているだろ? だから、さ」


友人は疲れたように睫毛を伏せた。


「もう、いいだろ? 母親は既に死に、幼なじみはお前の手の届くところにいる。いい加減兄弟ごっこは止めて手を引け。見てらんないんだよ」


ライオネルに初めて会った時、確かにメディシーナに似ていると思った。家族を亡くしたばかりの俺は新しくできた弟を大切にしようと思った。それが全く無関係だとは言えない。

刃を突きつけるような厳しい言葉は親愛だの思慕だの、俺が曖昧に済ませてきたことをえぐり出す。俺の身のために国王を、あの少年を見捨てろと言う。その裏に心配だと聞いた気がした。


「……だったら、だったらどうしたってんだ! 赤の他人? 主従関係? 知ってんだよ、そんなことは。でも大切なんだ。力になってやりたいんだ。例え誰かを重ねてるだけだとしても、ほっとけるかよ」


俺自身の言葉が嘘だとしても。

あいつの幸せを願う、この気持ちは偽りじゃない。


「あ~も~、馬鹿のつくお人好しが」


貴公子は姿勢を崩し、ご自慢の金髪を掻き毟る。


「近衛歩兵第二大隊の隊長、及び副隊長に不透明な資金の流れがある」

「……お前」


エリオットは不貞腐れたようにそっぽを向いている。照れくささと言うより忌々しさで。自分の意思に反して情報をくれたからだろうか。


「おっと、俺が告げ口したなんて言うなよ。俺が"無名の情報屋"ってのはあくまでも秘密だからな」

「ありがとう。近い内に銃の完成品を渡す」


急ぎ寺院宮殿に行きライオネルに報告しよう。対象を絞られればあの仕事中毒者が怪しい数字を見い出すだろう。勇み足で踵を返すと優秀なドアマンがすかさず部屋の扉に手をかける。


「礼を言うのは早いんじゃないか?」


背中に小声の呟きがぶつかる。


「え?」

「俺は目を瞑ってる人間に情報しんじつを売る気はないからな」


気になる言葉を残し、扉が閉じた。

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