表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヘタレ伯爵と戦乙女  作者: アストロ
と松葉杖の少年王
21/34

三通目 領主のお仕事

市内に居住する貧困者虚弱者全般的救済に関する法律について、各区の区長……病に冒されて……体力があり壮健……が物乞いする……調査、行い、働かざる……能わざる貧困者には、市内に居住する貧困者及び虚弱者全般的救済は、さっき読んだ、その上着に標章を付し、衆人、知らしめ……上記以外の貧困者……処罰……。

ダメだ、文字が視界をスリップして脳に入っていかない。頭に軽い衝撃。丸めた羊皮紙で叩かれたらしい。


「おら、ペースが落ちているぞ」


欠伸を噛み殺し、しょぼしょぼする目を揉む。


「マリアベルさん、も、無理」


帰宅後四日間、初日を除いてほぼ徹夜に視察も加えた連日の激務。自作の栄養剤を飲んでいるが、限界のさらに底を抜けた。意外なことにマリアベルは迷うような素振りを見せた。昨日は通常運転(=超過業務)プラス彼女の食事に付き合ったので、罪悪感を抱いているのかもしれない。何をしたかは明言できないが、嫌いなものを残す子供を見張るおかーさんの役割と言っておこう。


「確かに能率が悪いな。しゃーねぇ」


積まれた羊皮紙の山を片付ける彼女に期待に胸を膨らませていると。


「教会の偉いさんが来ているから相手しろ」

「休憩は!?」


せめて一時間、いや十分寝かせて欲しい。


「誰が休んで良いなんつった?」


鬼だ、鬼がここにいる。

程なく、我がユリウス領の司祭が現れた。見事な白布の衣装に、見事なちょび髭に、見事な太鼓腹。


「随分お久しぶりですな、ハーネット伯。もう少し早く拝見できるかと思っていましたよ」


皮肉から始めた縦板に水の説法。要約すると「栄えある教会を再建」するために「偉大なる先代」のように資金を提供して欲しい。さもなければ「冥府に堕ちる」そうだ。

んなこと言われても俺、魔法使いだし。魔女狩り予備軍を積極的に支援したくない。


「聞いておられますか!?」

「はいはい、聞いておられますよ」


疲労もピークに達し、機嫌は最高潮ならぬ最悪潮である。


「建て直す必要があるのでしょうか? 先代が建て直しているでしょう? 雨漏りはしてないはずですが」

「ですからそれは」

「今年は孤児院に下水道整備、学校に図書館等教育施設の新設の予算で手一杯なんです。宗教施設に回せる余裕はありません」

「そんな即物的なものを優先する理由がどこにあるというのです。教会を支援することは魂の救済に繋がるのです。死後に神の身許に召されるのです」


何故だろう、同じササナ語を話しているのに言葉が通じない。


「死後の話をされましてましても。俺は現在進行形で生きていますし」

「あなたが魔法使いと言う噂は本当だったようだな。今の発言は神を軽んじるものですよ!?」


司祭が目くじらを立てているが、知るか。


「私はただ領民が路頭に迷わぬようにしたいだけです。主は目の前に倒れている人を助けるなと仰せなのですか?私は救いたい。いや、領主として救わなければならない。それは教会の再建や己の死後より優先すべきことなのです」


今日一番の笑顔で玄関を示す。


「さあ、このお話は終わり、お出口はあちらです」


司祭は苦虫を潰した顔をしていたが、くるりと踵を返し、足音荒く去っていった。その途端、隣室に繋がる別の扉がわっと開く。


「追い出した、追い出した!!」


聞き耳を立てていたのであろう、妖精たちが雪崩れ込む。


「リックよく言った!」


喝采を上げ、部屋中を駆け回る。窓から司祭に向けて蜘蛛やら生ゴミを投げるものもいた。奴らにとって自分たちを駆逐した教会は目の敵である。

神と言うやつはなんて不公平なのだろう。ある者の居場所を奪い、ある者を迫害し、時には命まで奪う。

信じれば救われると言うけど、信じない者は救われないのか。自分を崇める奴らしか大事にしないなんて、随分懐の小さな奴だ。


「よし、宴会を開こう」

「そうしよう、そうしよう」


妖精たちは思い思いに楽器を構える。


とてちっとてったんてんぺろぷー ててっとぱむぱむつってっしゃん


「うら、てめぇら仕事の邪魔だ」


陽気な音色を女執事が引くワゴンの音が妨害する。


「わー、年増だー」

「鬼女が来たぞ、逃げろー」


きゃっきゃ騒ぎながら妖精たちは蜘蛛の子を散らすように退出した。


「後で禿がす」


マリアベルは淑女らしくなく中指を突き立てた。

マリアベルはワゴンの上のクロッシュ(釣鐘の意)を開ける。皿に盛られているのは今日のディナー。最近は一、二分で済む軽食続きだったのでゆっくり食べられるのは嬉しいのだが……。舞い上がる香ばしくも甘い匂い。うちの屋敷で作っている焼き菓子だ。売れ残った商品を試食し、原因を分析し売るための検討をする。早い話が在庫処理である。


「甘いものは嫌いではないが、こうも菓子続きだと参るな」


メディシーナが渋い顔で菓子を摘まむ。菓子には幾らかのハーブが混ぜてある。薬品臭さが問題だったが、香りの良いものを薬効を損なわぬよう配合した。ランクで味は改良済みである。


「何がいけないのだろう。日々の生活で健康的なハーブもとれるし、薬を嫌がる子供も食べられるし画期的だと思うが」


時代を経るごとに森は拓かれ、食料を生産する畑や、商品を生産する牧場になっていった。しかし森は珍しい植物の宝庫であり、人に恵みをもたらす栄養分であり、水を堰き止めるダムであり、動物や妖精たちの住処である。我が領は屋敷の周辺等に多くの森が残っている。前任者を始め今までのハーネット伯は、公爵になる前の腰掛けと言うこともあり、あまり領地経営に熱心でなく、主に狩猟を楽しむために利用していたからだ。

グレイシー男爵を見習って畑を作ることも考えたが、もし森で採れるものに商品価値ができれば、森と人とが共存していくことができるかもしれない。今の所理想ばかりで現実がちっとも伴わないが。


「やっぱり高いからじゃね? てめぇのとこは、付加価値に手を伸ばせる富裕層が少ねぇし」


マリアベルが掴んだ焼き菓子が粉々になった。馬鹿力過ぎる。


「で、これは何なのだ?」


メディシーナはパラパラと粉々になった菓子を摘まみ、匂いを嗅いでいる。


「主な成分はフェンネル、ゲンチアナ、カモミール……」

「草の名前など言われてもわからん」

「フェンネルは下腹部の冷痛、腎虚による腰痛、胃痛、嘔吐、脚気……」

「だから、結局何なのだ?キサマの話は専門用語ばかりでさっぱりわからんぬ」


…………。


「「それだ!!」」

「む?」


俺とマリアベルは立ち上がった。


「思えば商品開発をした俺もマリアベルも薬に詳しすぎて一般人には疑問符がつく難解な用語を苦も無く操っていた」

「そのため、顧客に説明する努力を怠ってきた。草の名前も知らねぇ奴らに専門用語を並び立てても呪文にしか聞こえねぇ。客に商品をろくに理解させずに売るなんて、三流の詐欺師以下の商売だ」

「至急、効用の欄を腹痛とか、便秘とか子供でもわかる言葉にしよう。取り扱う商人たちにも説明会を開く。商名も“腸スッキリ”とかいっそ俗っぽい名前に」

「それもどうかと思うがな。しかし」


興奮して踊りださんばかりの俺たちは、ぽかんとしたメディシーナに目を向ける。


「剣振るしか能が無い野郎かと思っていた。案外役に立つんだな」

「お前の単純さがこんなところで社会に貢献するなんて!」


鞘から剣を抜く金属音。


「馬鹿にしているのか?」


逃げ回って体力を消費した後、商品宣伝会議をし、今夜も更けていった。


     ‡   ‡   ‡


輝くような鮮やかな空に、野は青々とし、シロツメグサやロベリア、アザミが咲き乱れる。

伸び始めた草を押し潰し、子獅子がくつろいでいる。鬣もない幼さなのに、その風格は王者のそれ。平坦な丘を見つめる瞳は、不思議と馴染んだ翡翠。

匂い立つ風に葉の区別がつかないほど生い茂った草原は波打ち、子獅子が目を細める。

こちらまで和んでしまうような、穏やかな盛夏の風景。

ふと、子獅子の背後で何かが動いた。

風のせいかと目を凝らせば、糸杉の影に白い四つ足。

美しい姿に似合わず、酷く獰猛な伝説の生物、ユニコーン。

剣のようなその角は、無防備な背に狙いを定めている。

子獅子はまだ気付いていない。

獲物を前にしたユニコーンはゆっくりと体勢を沈め、……次の瞬間、蹄で地を削った。


     ‡   ‡   ‡


「危ない、ライオネル!!」


飛び起きた俺は書類の塔を倒し、現状把握に一秒を費やした。

見慣れた執務室。新たな書類を取りに行ったのであろうマリアベルの姿は見当たらない。


「どうした、キサマ」


メディシーナがドアの縁で懸垂をしているが、突っ込んでいる余裕はない。夢だった? いいや、違う。俺は指輪を三回まわす。


「エリオットォ!!」

「しーっ、子猫ちゃんが起きちゃうだろ」


こいつまた女を連れ込んでいるのか。んなことどうでも良い。


「陛下は無事か!?」

「何だよ急に。元気も元気、昨日もディナーを残さず平らげた。メニューは若鳥のソテーに……」

「良かった……」


誰が国王の夕食を知りたがるのか気にならないこともないが、一先ずほっとして力が抜けた。しかし情報屋は爆弾を投下する。


「てっきり毒殺未遂の首謀者が死んだ件で連絡してきたかと思った」

「何だって!?」

「知らなかったのか? 結構噂になっているぞ。五日前の朝、監獄で冷たくなっているのが発見された。監視をしていた騎士団の面子で持病による急死と言うことでかたがつきかけている、が」


声が一段階低くなる。


「侯爵の白目は、黄色っぽくなっていたそうだ」


身震いした。力なく横たわるメディシーナ。黄みを帯びた眼。そして、不敵に笑う女装男。


「噂も知らずに連絡してきたってことは……お前、夢を見たな」

「いつもいつも怖い。お前が実は魔法使えるって言っても、俺は驚かないぞ」

「んなもんなくてもわかるっつーの。お前は真っ先に国王の安否を確かめた。挨拶も無しの切迫ぶりから、情報を得てすぐ連絡してきたと察せるのにも関わらず、確かめる、と言う行いは、その情報が不確定であることを示している。ところがお前は、今最も旬な噂を知らなかった。領に籠り業務に追われ、情報収集能力が著しく低下しているにも関わらず、国王が危いと言う。ならば世間とは切り離された、独立した情報源から得た、と言う推測が成り立つ。お前は魔法使いだ。お前の予知能力を、俺も知っている。ならばそこから知り得たとするのが最も自然じゃないか?」


さっきから寒気が止まらない。


「もうやだ、お前と縁切っていい?」

「はっはっは、何を仰る。俺なんかお前の身内に比べたら可愛いもんだって。で、どんな情報得たの?さあさあ、吐いちまえよ」


こっちの気も知らず、口調がうきうきしている。


「ね、俺、お前にとって何なの? 良くて観察対象、悪くて毛色の違う情報源?」

「何言ってんだ、友達だろ?」

「たった今わからなくなったから、友達の定義教えてくれる?」

「勿論、情報を交換し合う関係のことだ」


俺はつかの間、嘆きの壁の前で膝をつく旅人となった。しかし情報通のこいつならば、何かがわかるかもしれない。俺は先ほどの夢の話をした。


「獅子はササナ国を象徴するから、ササナの危機と解釈もできるが、お前は殿下だと考えたわけだな」

「俺は身近な人物の危機しか予知できないからな。国なんて尊大なもの、成功したためしがない」

「夢見の才がない一般人からすれば、十分すぎると思うが。ところで、咲いていた花には意味があるのか?

例えばシロツメグサは復讐、ロベリアは悪意……おいおい、なかなか愉快な花言葉だな」


家の陛下はよっぽど好かれているらしい。偽令嬢の憎悪が浮かぶ。


「時期は草の背丈とアザミが咲いていたことから、六月から七月だと思う」

「さすが魔法使い、夢に出てきた植物で月がわかるのか。今は四月前だから、二、三ヶ月後ってことか」

苦さが込み上げる。言葉にすると突きつけられたようで。もう猶予はないことがわかる。

「それでエリオット、ユニコーンについてだが」


ユニコーンから蜂へ

毒を提供したランクの貴族、ル・デ・ロアなんちゃら伯爵に警告した紙切れ。

首謀者と目された侯爵は死んだ。国王を付け狙うユニコーンが生きているとすれば、黒幕は別にいる。


「心当たりは?」

「お前、そこまでわかっててないの?」

「え?あるのか?」


沈黙の後、不自然なほど間延びした声で返答があった。


「……さあ、皆目検討もつかないな」

「嘘つけ、さっき」

「あ、子猫ちゃんが起きる」

「おい!?おい、エリオット!!」


はぐらかされた。だがランクで正体を知られる危険を犯してまで部下を派遣してくれたエリオットだ。故意に情報を伏せているとしたら、理由は何だ?

考えている暇はない。上着に袖を通す俺を、メディシーナは怪訝な目で眺める。


「出かけるのか?」

「これからロンディニウムに向かう」


すぐそばで雷が落ちた音がした。マリアベルが使いにくいと文句を言っていた華美な机が真っ二つに割れ、ほっそりした拳が添えられている。


「あたし、言ったよな?一日を三十時間にしても間に合わないくらいだって」


幽鬼の如く青い炎がゆらりと見上げる。


「わかってる」

「わかってねぇ、まるでわかってねぇよ! てめぇの脳味噌軽石で出来てんのか!? 領主であるてめぇが職務放棄したせいで、領民が飢えるかもしれねぇ。てめぇが不在のせいで盗賊に殺されるかもしれねぇ。てめぇが決断を誤ったせいで望まない戦乱に巻き込まれるかもしれねぇ。

てめぇの手には領民の命運が握られている。てめぇはてめぇが思うより遥かに多くの責任を背負っている。それをマジでわかっているのか?」


乾いた関節の鳴る音。勿論淑女どころか女が出す音じゃない。


「殴ったらちったぁマシになるか?それとも馬に乗れない程度に足の骨折ってやろうか?」


正直、逃げ出したい。折れてしまえば、痛い目に遭わなくて済むだろう。だが、主張を通すには立ち向かわなければならない。震えないように腹に力を込める。


「陛下の命が危ないんだ。ライオネルがいなくなれば乱世に戻ってしまう。その火の粉はこの領の民にも及ぶだろう」

「詭弁だ。てめぇは結局、領民よりてめぇの陛下が大事なだけだろ?」


顔も見たこと無い人々よりも弟のような少年を優先する。それは臣下としては正しいかもしれないが、領主としては失格だ。そんなことわかっている。


「お前の言うとおりだ。陛下は地盤も弱く未だに王位を疑問視する声も多い。そこに前回の暗殺騒ぎだ。疑心暗鬼になっていてもおかしくない。周りが全部敵でも俺は、俺だけは陛下の味方になってやりたいんだ。

それに俺は民のことは心配していない。だってお前がいる。誰より頼れる部下に俺の領を任せている。だから」


恥も外聞も殴り捨てて頭を下げた。相手を納得させる弁もない。言い逃れも思いつかない。ならば罵られても、後ろ指差されても、誠意を前面に出して要求を押し通すだけだ。


「要はあたしに丸投げするってことか。随分堂々とした職務放棄だな」

「ごめん、マリアベル。でも俺は」


さらに言葉を重ねようと上げた顔に、羊皮紙が一巻きぶつかった。


「首都に行きゃ職務から解放されると思ったか?生憎だがやることが腐るほどあるんだよ。そこに書いてある法案を今期中に成立させろ。成立出来なくてもせめて渡りはつけろ。プラス、チビその二共の職業訓練の人件費や施設に充てる社会教育の管理費及び振興費の予算を勝ち取れ。言い訳は許さん」


留守を任せろ、とは口が裂けても言わないだろうけど。


「……ああ」


背中を蹴飛ばしてくれたのがわかって、頬を緩めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ