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ヘタレ伯爵と戦乙女  作者: アストロ
と戦乙女
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一通目 初恋の君

西の島国、ササナ王国の首都ロンディニウムに位置す薔薇宮殿。

渡り廊下を横切れば、この国の技術は世界一、と称される幾何学模様の庭園が一望できる。名の通り薔薇の花が多く、葉や花弁が朝露に濡れている。アーチで天井を支える柱から切り取られた景色は、獅子が水を吐く噴水、女神の像、樹木など、一つとして同じでないよう工夫されている。五年ほど前の戦争で荒れ果てた庭園がこれほど回復したのは、現国王の治世が安定しているからだ。


庭園から治世に思考を飛ばしている間にお目当ての部屋にたどり着いた。目の前の扉をリズミカルに四度叩く。これは俺と中にいるであろう人物だけ伝わる合図だ。

返事が無いことは是であると解釈してドアを乱暴に開ける。部屋の主は書類片手に優雅に紅茶を飲んでいた。この宮殿で自身が寛ぐ部屋を賜っていることが、彼が実代の権力者であることを示している。


現国王の後見人であり、実質政治の舵取りをしているアルフォロメオ=ナディア=アウグスト=ドゥクス=フォン=ハーネットという僧正の説教のように長々しい名前を持つ、誠に残念ながら俺の父親。


「グジオラス送りやがった割には随分余裕そうじゃねぇか」


グラジオラスの花言葉は忍び合い、密会。恋人たちは逢い引きの合図にすると言う。さっきのノックと言い、秘密の合図を使うなんて、まるで恋人のようだ。俺だって四十過ぎのおっさんより若い女に送られたい。色気も糞も無いことだが、未だ国王を認めない臣下、反旗を翻さんとする属国、干渉する外国。現国王には、その背後のハーネット家には敵が多い。どこに耳があるかわからない宮殿で、俺たちは意思伝達に厄介な合図を使っているのである。

因みに先程のグラジオラスは「早くこっちに来い、但し内密に」という意味である。そんなこんで自領から一昼夜馬を跳ばし、駅で乗り継ぎ、早朝にようやくたどり着いた次第だ。


「で、今日は何のようでゴザイマスか、父上?」


お陰で寝不足で疲労も濃い。下らん用だったら殺す。


「実はね」


親父は笑みを深くした。


「そろそろ孫の顔が見たい」

「くたばれ糞親父」


殺気を飛ばして睨むと、四十過ぎのくせにガキのように唇を尖らせた。


「だってさ、お前ももう十八、結婚適齢期だよ? そろそろ身を固めてもいいんじゃない?」

「まだ結婚する気はない」


そっちこそいまだに独身のくせに余計なお世話だ。

そうは言っても、通常は幼い頃から許嫁が決められている貴族という身分。没落した令嬢との許されざる恋に落ちた父が、恋愛を自由にさせてくれているのはわかってる。


「ふーん。ライトブラウンの髪に翡翠の瞳を持った気の強い女性が好みみたいだけど」

「どぅわあぁ! 何故それを!?」


完璧な不意討ちだ。


「息子の交際相手についと統計をとった。今ので確信を得たかな」


ハーネット公爵はにこやかに紅茶を啜る。息子のタイプを把握している親父。鬱だ。

現ハーネット公爵、趣味は息子をおちょくることと公言して憚らない好好爺。

曰く、自分は直接手を下さず讒言と謀略で長兄を暗殺させ、次兄を追放した。

曰く、誰も見向きのしない農家で隠し子を育て、表向き独身を通し、外戚を狙う貴族たちを利用した。

曰く、貴族の大半が没落した王位継承戦争で静観を決め込み、最後に残った王子の後見に収まった。

謀略と陰謀渦巻く貴族社会で生き残ってきた、我が父ながら食えない男である。

風が吹いた。窓の向こうで木の葉が揺れる。

お遊びの時間は唐突に終わりを告げた。ハーネット公爵はすっと目を細め、囁くように呟く。


「殿下が毒を漏られた」

「ライオネルが!?」


思わず声を上げてしまった。部屋の外にまで聞こえたかもしれない。慌て取り繕い声を潜める。


「そ、それで、ライ……陛下は」


ハルシオン家八代当主、カレドニアを統合したブリタニア諸国連邦、初代王ライオネル。敵意を持つ者からは少年王と揶揄される齢十四の国王。

性格は極めて温厚、あどけなさは残るが聡明で、情が深い。

本来王位につけないはずだった五男ということもあり、家臣に畏まられるのを好まず、加えて年が近いこともあり、俺にとって弟のようなものだ。


「落ち着け、大事無い。まあ飲みなさい」

「お、おう」


親父手ずから俺の紅茶を淹れた。親父は貴族には珍しく、自分でできる身の回りのことは一通りやってしまう。それは公爵の三男坊という立場だったからか、護国卿という立場から暗殺を警戒しているのか。

俺はいつものように砂糖を一杯入れ、紅茶を口にして……吹き出した。


「にっが、なんじゃこれにっが!」

「やーい、引っ掛かった引っ掛かった!」


いい年こいた男が悪戯好きの少年のように手を叩いて喜んでいる。何なのこのおっさん。

小瓶の砂糖を嘗めてみると、苦い。どうやら苦味のある白い粉末にすげ換えていたようだ。いつも砂糖を一杯入れる俺を嵌めるため、わざわざ取り寄せたのだろうか。

何故こんなこと……ライオネルのことになると冷静さを欠く俺を気遣ったのか。

顔を見るとまだニヤニヤしていた。いや、単に悪戯したかっただけに違いない。


(主に親父の)緊迫した空気が和んだところで、詳しい説明があった。事件は親父がグラジオラスを伝書鳩に託した三日前の昼下がり。アフタヌーンティーを飲もうとした我らが国王陛下は、紅茶をかき混ぜた銀のスプーンの色が黒変したことに気付き、毒を口にせずに済んだという。


「犯人は」

「現在調査中だ」


その日の夕刻、紅茶を出したメイドが同じ毒を飲んで死んでいたのが発見された。そいつが直接の犯人ということなのだろう。しかし、俺が聞いている犯人はそっちじゃない。

その背後関係。ライオネルを殺そうとした人物、または組織。

メイドの血縁、友好関係にはそれらしき人物は見つからなかったという。だとしたら、一体誰が?


「それで、俺に何をさせたい?」


国王陛下の暗殺未遂。内密の知らせ。急に呼び出された俺。


「話が早くて助かるよ。

陛下に使われた毒は砒素、無味無臭かつ無色、知っての通り特定の鉱物から取ることができる。問題は今回使われた毒が、水に解けやすく、少量で非常に毒性の高い、精錬されたものになっていることだ。これは我が国に無い技術だ。ランクの上位貴族の暗殺に多く用いられる」

「つまり、俺にランクに調査に行けと」


陛下の毒殺にはランクの貴族が関わっている可能性が高い。入手経路がわかれば、国内の犯人も自ずから絞られる。親戚や商業関係を徹底的に洗えばいい。


「そう言うこと。これ、陛下の親書。ランクの国王に調査の協力を求める旨と、貿易についてのエトセトラ、それから首脳会談の申し込みなんかが書いてある」


手土産のノリで手渡されたが、蜜蝋で厳重に封をした国書である。


「ランクの国王が暗殺に関わっていたらどうするつもりだ」


その場合、協力もへったくれもあったもんじゃない。ランクに到着した瞬間、即葬り去られる可能性もある。


「ああ、それは無いよ」

「なんでそう言い切れるんだ?」


親父は少々バツの悪い顔をした。


「ランクの国王は家の殿下を気に入っているからねぇ」


どういう意味か聞く前にこの話題は打ち切られた。


「調査はくれぐれも内密に。陛下の毒殺のことは伏せている。国際問題になる懸念があるし」


確かに犯人がわかってない状態で下手に公開すると、毒の元であるランクに要らぬ疑いがかかる。国王の殺害だ。下手すれば戦争、なんて事態になりかねない。


「じゃ、俺がランクに赴く名目は? グランドツアーか?」


グランドツアーとは、文字通り大陸への長期旅行、貴族の子弟の教育の仕上げと言うのが目的だ。洗練された言葉、身のこなし、ファッションのランクのルテティアはこの旅行の最初で最重要な目的地である。尚、大陸の高価な彫刻、絵画、古文書、タピストリーなどの文化財を収集する目的もある。


「この時期に陛下の腹心で護国卿子息のお前がグランドツアーに出たと知られれば、陛下の毒殺に関係があると言うのは子供でもわかるよ。まだまだだね」


鼻であしらわれた。イラッとしても許される範囲だと思う。


「お前には商人として旅をしてもらう。ルテティアの宮殿へは身分を隠しようがないが、その前に要らぬ警戒をされ、妨害や証拠隠滅されるのは避けたいからね」


調査のためだと思えば、商人に扮するのに異議は無い。俺は元々貴族としてのプライドが無いし。だが、そうなると別の心配がある。盗賊とか海賊とか。身分上、大々的に護衛をつけられないし、護身術は学んでいるものの心許ない。


「少ないが護衛をつける。安心しろ、国中の剣豪を下した猛者だ」


それなら心強いが……親父は妙に愉しそうである。凄く嫌な予感がした。


旅のルートや荷物など、細かい打ち合わせが一段落ついたところで尋ねてみた。


「ライオネルに会えるか?」


親父は肩を竦めて見せる。


「お前はここにいないことになっているんだよ? 諦めなさい」

「そうだよな……」


項垂れる俺に、親父は「そう言えば」と嘯く。


「殿下から伝言。“心配症のリックに、僕は大丈夫だよって伝えて”と」


苦笑が漏れる。俺が抱える不安や心配は、あの心優しい少年に全て見透かされているのだろう。年下に気を使われるなんて面目丸つぶれだ。


「用心するに越したことはないと釘を指しといてくれ。まあ、親父が目を光らせてるなら安心だが」


任せなさいと言うように、親父は大袈裟に頷いた。


「そっちこそ、気を付けるんだよ。こそこそ嗅ぎ回る鼠がいるみたいだから」


鼠、ねぇ。親父の情報網に存在が引っ掛かって正体が掴めないと言うことは、それなりに腕が立つ間蝶と言うことか。


「ではリック、この旅に幸多からんことを」

「おう、まかせとけ」


出来るだけ軽い調子で、ひらひら手を振り退出する。父の職務は大分手伝うようになったが、外国での調査を任されるのは始めてだ。自信たっぷりに見えてるといいが。




扉を閉じた途端、不安がぐっと肩に圧し掛かる。この国に王太子、つまり次期国王はいない。現国王、ライオネルは王位継承戦争をたった一人生き残った王子。彼が失われればこの国は戦乱に逆戻りだ。

彼の暗殺は外国の差し金か、現体制への不満か、或いはただの私怨か……どういう形にせよ国内の何者かが一枚噛んでいるのは間違い無い。

朝露に濡れた芝生。使用人もいない静寂の回廊。平穏だ。表向きはそう見えたって、火種は燻っている。平穏は紙一重のものなのだ。

俺の鬱々とした気分とは裏腹に、空はどこまでも晴れ渡っていた。こんな天気なら、子供の頃は遊ぶことだけを考えていれば良かったのに、全く大人になるってのは、ろくなことじゃない。溜息を一つついて、歩き出す。護衛殿はこのすぐ先、ドラゴン像の傍に待機しているらしい。


「……っ、……っ」


何かが聞こえる。人声のようでもあったし、風の唸りのようでもある。


「……三十三!……三十四!」


耳を澄ませれば何てことはない、どこぞの騎士が素振りでもしているのだろう。朝早いのに熱心なことだ。


何気なくそちらに視線をやって……目を、奪われた。

金色の朝日が写し取った一枚の絵。結い上げた栗色の髪、後れ毛が風に揺れる。美姫の如き麗しさなのに、身体を覆うのはドレスでなく白銀の鎧。

美しいものはしばしば人成らざる者に喩えられる。その姿もまた、神々しい美しさを持っていた。しかしそこに、妖精ニンフのような可憐さはない。北の神話に出てくるヴァルキリーのような凛々しさと勇壮さがあった。戦乙女は俺の姿を認めると手を止め、皮肉げに口の端を上げた。


「おなごのスカートを捲るのを至高の喜びとしていた貴様が公爵子息とはな。出世したものだ」


動揺が走る。この女、俺の過去を知っている?


「どなたですか?」

「どなた、だと?」


彼女との距離が一気にゼロになる。気づけば胸ぐらを掴まれていた。遠慮無いその手つきに覚えた強烈な既視観。


「よもや数々の嫌がらせ、忘れたわけではあるまいな?」




初恋の君、メディシーナ=フォン=グレイシー。

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