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ヘタレ伯爵と戦乙女  作者: アストロ
と松葉杖の少年王
19/34

一通目 暴力的な部下

「おいローデリック」


ササナ国民の皆さんこんにちは、第五代ユリウス領伯爵、ローデリック=アルファロメオ=シルヴィア=ヨハネス=ハーネットです。会釈すらできない御無礼をお許し下さい。だって俺、首根っこ掴まれて宙釣りにされてる最中だから!


「あたしに仕事押し付けて女と婚前旅行だぁ?禿げろ」


成人男性一人を持ち上げているなんて信じられないほど華奢な腕の持ち主は、透き通るような肌に燃えるような紅の髪、大きな水色の瞳の一見すれば可憐な、中身はぐれてる年齢不詳の女性、マリアベル。


「三十路前で額が後退して、シャンプーを使うか洗顔用の石鹸を使うか迷う呪いをかけてやる!!」


呪いの割に死ぬほど具体的である。指が離れ、床に落とされた俺は息も絶え絶えに激しくせき込んだ。


「ねぇ、俺、上司だよね、お前の上司だよね!?」

「お飾りのくせに上司面してんじゃねぇよ。実質的な会計、書類審査、渉外、その他諸々、誰がやっていると思っているんだ?あぁ!?」

「……すいません」


彼女は俺が留守の間、いやそれ以外でも執務を任せている執事だ。特に今回は長く領を空けたので頭が上がらない。先ほどから巌の如く沈黙していた、長期滞在の主な原因でもある幼馴染兼護衛のメディシーナが口を挟む。


「執事殿、婚前旅行など、まるで結婚を前提にしている仲のようではないか。リックとは他人以上知人以下だ」


追撃が何気に痛い。


「だとよ、知人以下。親父に花を贈られたくらいで、仕事ほっぽって出て行きやがって。業務が溜まるのにちっとも帰って来やがらねぇ。てめぇは領民の命を預かる領主だろうが。本当なら一日だって穴を空けて良い仕事じゃやねぇんだぞ!?」

「でも陛下の命を狙う奴らが……」

「てめぇの大事な陛下を言い訳にすんじゃねぇよ!事件が解決したってのに、呑気に里帰りに行ったのは誰だ!?飛んで帰って来ることだって出来たはずだろ!?」

「……すいません」


ランクへの旅が終わりササナに帰国した俺は、子供時代を過ごした農村を訪れた。


――リックじゃないか?


ゴーレムに立ち向かった時より恐ろしくて、メディシーナに引き摺られどうにか村を訪れた俺。桑を片手に声をかけたのは、昔の遊び仲間だ。故郷は過去のままで、そして変わっていた。畑や家々は懐かしさを感じさせるほどなのに、そこに住む人々は離れていた年月を感じさせた。

俺が居ない間に新しく村に来た者もいた。村を出た者もいた。亡くなった者もいた。俺の服を見てへりくだる者もいた。遠巻きにしている者も確かにいた。

けれど。モーリーは俺たちを家に招き、彼が射止めたかつてのマドンナ、ナタリー嬢の手料理を振舞ってくれた。そこへエドが酒瓶を持って現れ、夜遅くまで思い出話に花を咲かせた。彼らは屈託なく受け入れてくれ、離れていた日々も身分の壁も感じさせなかった。それがどれだけ嬉しかったかなんて、言うまでもない。公爵の息子で伯爵を継いでいることは結局言えず仕舞いだったが、いつか言えたらいいと思う。

背中を押してくれたメディシーナには感謝している。が。


「謝るならサルでもできるんだよ!サルの方が高尚だ、反省までするんだから」


嵐が去るのを待つように身体を小さくしていると、意外な人物が俺を庇った。


「マリアベル殿、こ奴を故郷に送ったのは私だ。領を預かる義父がいるのに浅慮だった。どうか許して欲しい」


いつも冷たくされているためか、メディシーナが下げた頭に後光が見える。


「しゃあねぇ。説教の時間も惜しいから、グレイシー嬢に免じてこの程度にしといてやろう」


そう言って、ポケットから手帳を取り出した。


「明日から四時起床、先々月の法案に目を通して、十時に地元の有力者と会談。議題は堤防の整備について。一時から住民の陳情を聞いて、三時に役所の査察、六時から森林保護法整備の会議、終わり次第各町村の会計報告を読んで、深夜二時に就寝。因みに食事は一分な」

「無理。睡眠時間二時間とか鬼かよ。休憩は!?」

「んぁ?んな暇があると思ってんのか?ザ・シーズン(社交界の季節)も間も無く始まる。一日三十時間にしても間に合わないくらいなんだぞ!?そもそもてめぇの自業自得が原因だろ!?」

「……はい」

「と言っても長旅で疲れているだろう。今日くらいは休め」


労わりの言葉と鬼畜部下の落差が見せる幻想だとわかっていても、この時ばかりは奴が天使に見えた。


「マリアベル、明日は星が降るのだろうか」

「降るか。てめぇがいねぇとチビその一その二がうるせぇんだよ。顔見せて黙らせて来い。今日は大目に見るが明日からは馬車馬を見習って働け。ご希望なら今すぐこき使ってやるが?」

「いえ、結構です」


言うだけ言うと、時間が惜しいマリアベルは背を向けた。


「あ、そうだ。お前、ちゃんと飯は食ってる?」


ことのついでに聞いてみたが。


「……てめぇに心配されるまでもねぇよ」


返答は固い。


「あとお前呼ばわりは止めろ。親しくもない男に言われると案外腹が立つ」


少なくとも一年以上の付き合い長いじゃないですが、マリアベルさん。樫の木の扉を音を立てて閉ざし、マリアベルは退出した。


「執事殿は御病気なのか?顔色も悪いように見えたが」


余程のことがない限り食欲が落ちないメディシーナは首を傾げている。


「そうじゃないけど。ちょっと摂食障害って言うか、あまり食事をしたがらないんだよ」


俺がついている時は気にしてやれるのだが、今回は不在が長かった。食事をあまり口にしてないに違いない。今夜食べさせてやらないと。兎の丸焼にかじりつく淑女は目を丸くし。


「どうせキサマが苦労をかけているのだろう。執事殿やキサマの部下、領民のためにもここで葬っておこう。おい、首を出せ」


一瞬で抜刀した。


「その場のノリで人の生死を決めるな!」

「ノリではない、不屈の意志だ」

「尚悪いわ!」


己の尊厳と命のためにも、メディシーナには俺を見直してもらわねばならない。一先ずマリアベル曰くチビその一に会いに行くことにして部屋を出た。

舞踏会を開ける程の広間はモノトーンの羽目板の壁と、タペストリーで覆われた家具。建築同時としては居住性の向上を図った斬新な作りだ。このカントリーハウスを建てたのは、先代ハーネット伯爵、つまり親父の兄である。ユリウス領、そしてハーネット伯爵という役職はハーネット公爵を継ぐ腰かけみたいなものなのだ。俺が継いだ時、趣味に走った彫刻や絵画が飾ってあったが、寒さが一段と厳しかった二年前の冬に全部売って領民の薪代にしてしまった。他にもガラスの張り出し窓から見える庭園はかつて薔薇に溢れた幾何学的構造をしていたが、今は香草や薬草を植えている。自慢の屋敷を台無しにした不調法な甥っ子の振る舞いを憤り、その内に化けて出てくるかもしれない。まあ、我が家には幽霊以上にオカルトな存在で溢れているが。厨房のドアを開ける。


「よう、小さな友たち!元気にしてきたか?」


壁に立てかけられたフライパン、床に置かれた水がめ、奥には石炭のオーブンという(貴族基準で)一般的な作りをしている厨房は、しかし幾つかの調理器具がミニサイズだ。その理由は。


「リックだ、リックだ!」

「久しぶり!」

「遅いぞ、何していたんだ」


鍋の隙間から、ボールの影から、暖炉の側から、人影がわらわらと集まって来た。手足はほっそり、卵みたいな顔は、実は年齢より遥かに若い。


「一辺に喋るなって」


メディシーナは頻りに目を擦り、瞬きをし、一フット(約三十センチ)ほどの彼らを見つめている。その様子に警戒して物陰に隠れたままの者もいる。


「遅くなってごめんな。紹介させてくれ。護衛騎士のメディシーナだ。メディシーナ、あー、こっちは屋敷の管理を任せている使用人と言うか……まあ見ての通りだ」


その名は、妖精。彼らはかつて、神であった。森や家を守り、人から崇拝され、時には人と共生した。しかし救世主教が彼らを異教の神に貶め、とるに足らない存在として駆逐していった。ここにいる妖精たちは、俺が拾ってきた者ばかりだ。出会った時、彼らは住んでいた家を追われ、人間の心無い言葉に傷ついていた。


「良い奴ばかりだから、きっと気に入ると思う」


それでも人を好きでいてくれた凄い奴らだ。


「メディシーナ=フォン=グレイシーだ。こ奴とは腐れ縁だ。リックが世話になっているようだな。感謝する」


メディシーナは膝を曲げ、視線を下げながら丁寧に礼をした。こっそり息をつく。この際、年下のメディシーナが保護者面しているのには目を瞑ろう。

妖精たちは小さな体できびきび働いてくれるが、それを良く思わない、怖がる人間だっている。妖精が住むようになってから使用人は次々に辞めてしまい、今ではほぼ、と言うか全て残っていない。最も上司が魔術師になった時点で辞めた者も多かったが。俺が魔術師と言う立場だからか、どうしても立場の弱い者に同情的になる。そのせいで部下には逃げられ、領民には悪い噂をされているが、改めようとは思わない。普通の人間より彼らの方が役に立つってのもある。人件費が安いってのもある。


「これ、お土産のワインとチーズだ。さすがにミルクは日持ちしないから無理だったけど」

「わっ、ランク産だランク産だ」

「こら、一人占めするなよ」

「だって懐かしいんだもん」


手を叩く者もいれば、奪い合う者もいる。人数にしては少ない量でこの喜びようは、こちらとしても嬉しい。


「仲良く分けろよ~」

「もうっ、子供扱いして」

「そうだ、酷いぞリック」

「ぶーぶー」

「ごめん、ごめんって」


拗ねる妖精たちに、メディシーナは顔を背け頬を緩めていた。使用人たちと同じ反応を示すのではと心のどこかで恐れていたが、俺が惚れた女は懐が広いようだ。

その後、宴会を開くと言う妖精たちの申し出を、こわーい女執事を思い浮かべ泣く泣く辞退し中庭へ出た。寂しかった景色にクロッカスやスノードロップが咲き、木々がつけた芽は大きく膨らんでいる。寒さが和らぎ、暖かくなった春の日差しの下、足音に気づいたのか一斉に振り替えるのは、マリアベル曰チビそのニ。


「リックが来た!」

「違うよ、御領主様だよ」


椅子の上で足をぷらぷらさせている彼らは、身寄りの無い子供たち。奴隷商に売られていたり、親に捨てられ森をさ迷っていたり、街でスリをしていたりと境遇は様々だ。現在は屋敷の片隅で寝泊まりしている。


「ここでは先生と呼べ」

「はい、リック先生!」

「よし、良い返事だ」


騒ぐ子供たちと対照的に、教師は黒板の前で無言の礼をした。天気のよい日はここで読み書きなどを教えてもらっている。我が国の識字率は低い。しかし学ぶことは、就職の機会を広げるだけでなく、人間形成の一要素になり、国の発展に繋がると言うのが国王陛下のお考えだ。彼に賛同し、反対する貴族共を納得させるため、実験的に学校もどきを開いている。近隣の農村にも声をかけたが、俺が魔法使いと言う噂があるためか(真実だが)子供が集まらなかった。


「その女の人、リックの彼女!?」

「な、何を言っているんデスカ!?」


悪い気はしない。全く、最近のガキはませていて困る。


「私はメディシーナ、こ奴の騎士だ。それ以上ではないがそれ以下ではある」


どういう意味だ。


「やっぱりね、リックの彼女には綺麗過ぎるもん」


おいクソガキ、ちょっと殴らせろ。


「リック、お話して」

「先生」

「リック先生、今日はどんなお話ししてくれるの?」


俺はこの領で一番偉いはずなのに、子供との距離が近いのは、たまに子供時代や学園での出来事、仕事の話を誇張して面白おかしく話しているからだろう。なめられているというのもあるが。


「悪戯の話が良い!!」

「私、舞踏会の話が聞きたい!」


視線で教師に伺いを立てると、頷いた。ならば、と俺は教師用の椅子に深くかける。


「それじゃ、この前の冒険にしよう。ランクで暗殺者と戦った話だ。ここにいるメディシーナが大活躍して、ゴーレムも出てくるぞ。聞きたいか?」

「聞きたい!!」

「こと始まりは、屋敷に届いたグラジオラスだった」


ナイチンゲールの声が聞こえる。春の訪れを噛み締めながら、去った冬を語り起こしていた。

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