エピローグと言う名の再出発
港のテラスで潮風に吹かれ、頬杖をつき海を眺める男。格好つけているわけでなく通話中である。
「その後、捕まったル=デ=ロア侯爵の自供では、首謀者はササナの武器商人、エドモンド侯爵らしい。とある情報筋によると、王位継承戦争中は敵味方に売り捌いてもうけたが、ライオネルの代になって平和になり、慢性化した経営が立ち行かなくなった。ま、逆恨みだな。逮捕の手配はそっちに頼んだ」
あれからメディシーナを治療させたり、帰国の準備をしたりてんやわんやだった。関わりたくない国王やサイモンには随分世話になってしまった。次に会うときは土産くらい持っていかねばなるまい。
「一方、アンリエッタだかアンリだかは未だに逃亡中だ。ランクとササナにも手配書を配っている」
エリオットにも協力を求めているが、女装に少年と言う複数の姿がある人間を探すのはなかなか難しいらしい。
「……と、報告は以上だ」
「ふむ」
指輪の向こうで親父は重々しく頷き。
「で、孫は出来そう?」
「てめっ、やっぱり知っていて護衛にしやがったな!?んなもの出来るわけねぇだろ!!」
悪戯好きの中年は全く悪びれない。
「一緒に旅をしていたんだし、同じ屋根の下、チャンスは幾らでもあったんだろ?何してんの」
「何で紳士を貫いた俺が叱られてんの?理不尽じゃね?超絶理不尽じゃね?」
「お前の場合は単に臆病なだけだよ。爪が甘いね。仕事も、女も」
「うるせぇーよ!」
親の小言と書いて余計なお節介と読む。
「時は戻らない。後悔するよ。前者はすぐに、後者は暫く経って」
不吉な親父の助言は下手な占い師より正確である。
「ま、せーぜー頑張りなさい?若いとやり直しが利くからね」
「それ、どういう意味」
聞き返す前に通話が途切れた。いくら呼びかかけてもうんともすんとも返って来やがらない。
「報告は終わったか?」
船の手配を頼んでいたメディシーナが戻ってきた。
「うん、まあ」
「これから向かうササナとの通話が指輪一つでできるのか。魔法とはつくづく便利なものだ」
魔法が褒められているのは自分が褒められているようでこそばゆい。照れ隠しに席を立つ。
「そろそろ行こうか」
「うむ」
水面は穏やかで、雲一つない空を映す。間もなくランクを後にする。命を狙われ剣を交え、散々だった旅路も思い返せば短かった気がする。
「そう言えばキサマ、何故魔法使いなどになったんだ?」
メディシーナの唐突な、今さらとも言える疑問。ライオネルの役に立ちたいとか母の病気だとか理由は色々あるけれど。
「お前には絶対剣で勝てないとわかっていたからさ、剣ではお前の足を引っ張るだけだと思った。それに一緒に戦うなら別のことが出来た方がいいだろ?」
剣士が負ける狩人に、魔法使いなら勝てる。会いに行けなくても、メディシーナを守りたい思いは胸にあった。
「なあ、メディシーナ。俺はお前が背中を預けるに足る男に成れただろうか」
答えを待つ気持ちは、祈りにも似て。けれどメディシーナは晴れ渡る空のように笑った。
「愚問だな」
そうだ、愚問だ。メディシーナは俺と共に戦った。その行為こそが、答えだ。
「遅い」
メディシーナは既に桟橋を渡っている。
帰国するササナに思いを馳せ、先を行く背を追いかけた。