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ヘタレ伯爵と戦乙女  作者: アストロ
と戦乙女
13/34

十二通目 恋敵の情報提供

ジャン=サイモンと名乗ったその男は親衛騎兵ガルド・デュ・コルの六つの部隊のうち第一中隊に所属しているらしい。国王を守ることを目的にしたこの騎兵はルテティアに駐屯しており、最下級は陸軍少尉と同地位である。第一中隊は別名、


「カレドニア隊だと?」


不審感が全面に出た。断じてメディシーナにちょっかいを出したからではない。


「ササナに対抗するため、敵対するランクとカレドニアが手を組んでいた歴史は、ご存知でしょう?これは派遣されたカレドニアの騎士たちがランクの国王に忠誠を誓ったことから始まる由緒ある隊ですが、現在はランクの子弟が属する名ばかりの隊です。それに無名の情報屋からの紹介なのです。少しは信用して下さらないと」


エリオットが選んだのだから、最低限の信頼がある人物だとわかっている。だが俺はこいつが個人的にいけ好かない。彼が舞踏会で着ていた青色の制服は、市に住む若い娘の多くは彼らに関心を寄せるらしいってのも原因の一つだが、断じてメディシーナに(以下略)


「男の嫉妬は見苦しいですよ」

「うるせぇ!」

「無駄話はそこまでだ。協力してくれると言うなら信じよう。宜しく頼む」

「はい、宜しくお願いします」


ジャン=サイモンは机に羊皮紙を広げた。


「こちらが招待客のリストです。この内……」

「待て、お前どこまで知っている?」

「どこまで、とは?ササナ国王の毒殺未遂のことですか?貴殿方が我が国へ毒の提供者を探しに来たことですか?」


外国人相手に国家機密を喋り過ぎだ、エリオットの野郎ぉ~。


「勿論他言致しません。ご安心下さい」


信用していいものか。いや、良くない。見ず知らずの俺たちを善意で手伝うはずがないのだ。


「エ……無名の情報屋とはどんな関係だ?」

「持ちつ持たれつ、ですかね。今時王宮はコネがないと這い上がれません。情報は大きな武器に成り得ます。王が何を好むか、流行は何かなどは金になることもあります。私は貧乏子爵の五男ですが、この地位についているのは彼のおかげです」

「お前が故意に情報を漏らし、俺たちの捜査を妨害した場合に不都合はあるか?」

「既に無名の情報屋に半分の料金を頂いておりますが、残りが手に入らないことと、彼の信頼が無くなることでしょうか。特に後者は痛いです」


情報屋との繋がりを天秤にかけ、比重が傾く内は俺たちに協力すると言うことか。早く話進めろと睨むメディシーナを視線でたしなめる。これだけははっきりさせておきたい。


「メディシーナに近付いたのも情報屋の指示か?」

「はい、それもありますが。話している内にあまりの麗しさに心奪われ口説いてしまいました。お許し下さい」


ほら見ろ、とメディシーナが無い胸を張っている。


「いやでも、こいつこの見てくれで年がら年中剣を振り回しているような脳筋だぞ。おまけに貧にゅ……」


横からアッパーが飛んできて、顎が高く上がる。どう見ても淑女の仕業ではない。


「我が家は武官ですので、気にしません。寧ろ歓迎です。どうですマドモアゼル、私と結婚して下さいませんか?」


うわあああ、こいつさらっと、俺が十数年言えないプロポーズをさらっと言いやがった!表情筋を変えるのを忘れるほどパニックの俺の隣で、メディシーナは冷静に言葉を紡ぐ。


「有難いことだが私は女を捨て剣に生きると決めている」

「それは残念」


サイモンは片眉を釣り上げたが、どこまで本気なんだろう。


「では早速、その招待客の中で蜂と関連する家をピックアップしてくれ」

「蜂、ですか?まあ、いいでしょう」


ユニコーンも蜂も本人と何も関係ないところからぽっと出てくることはないだろう。象徴や婉曲を好む貴族だし。羽根ペンにインクを浸し、ずらり並んだ名前に印をつけ始めた。一方、こちらは暇である。邪魔にならない範囲で会話を振る。


「ついでに黒い宝石の銀の指輪をつけた女を知らないか?男かもしれないが」

「黒、ですか?ブラックオニキス、黒真珠、黒曜石……」

「んー、透明感があったように思えるが」

「ならば黒曜石、或いはブラックダイヤかもしれませんね」

「黒のダイヤがあるのか?」

「ダイヤは元々多色石ですから黒色もあります。不純物のない透明なものが好まれますが、色が美しい場合は高値で取引されるそうですよ。しかし黒は人気がないと思いますが……」


着目すべき新情報は無く、俺たちと同じ結論のようだ。しかしそんなに珍しいものなら入手経路から持ち主を特定出来るかもしれない。


「私からも質問して宜しいですか?」

「メディシーナにか?」


警戒も顕にすると、男は目を細めた。


「いえ、あなたに。今回の依頼はハーネット伯に出来る限り協力すると言う奇妙なものでした。無名の情報屋はあなたを気にかけておいでのようだ。ランクよりササナの事情に詳しいようですし」


無名の情報屋は五、六年ほど前から登場し、裏社会に知られているが、その呼び名通り名前どころか国籍、性別、年齢すら不明。裏社会の連中は奴の正体を喉から手が出るほど求めているのだ。


「さあ。将来性と金銭面じゃないか?ササナとのパイプを失うわけにはいかないだろうし」


疑いをかわすために言ったが、ひょっとしたらそうなのかもしれない。仄かに友情を感じているのは俺だけで。作物も鉱物もとれない辺境の領主に甘んじているが、エリオットは俺より遥かに才覚が上だ。正直、何を考えているのかわからない。


「そう言うことにしておきましょう」


サイモンは視線を羊皮紙に戻す。


「あんまり嗅ぎ回ると捨て駒にされるんじゃないか?」

「おや、そうでしょうか?誠心誠意仕えているので、これくらいは許容範囲かと」


確かに名前は知らなくともエリオットにこれだけの役目を任されているのだから、簡単に捨てられることはないだろう。作業が終わったらしい。サイモンは羽根ペンを置き、印をつけた名前を指差し説明していく。


「アルベイユ家は名前に蜂アベイユが入っていますし、ヴェルヌ家、サン=ジュスト家の領の名産は蜂蜜です。その他ピオジュ家は……」


かなり絞られたがそれでも十数ある。


「その中でうちの陛下を嫌っているのは?或いはササナ国王の暗殺に手を貸すほど金に困っていそうなのは?」

「ランク人は殆どササナ嫌いですが、特に有名なのはティエリー家、賭け事で困窮しているのはモルヴァン家……しかし今時、外から見えないだけでどこも似たり寄ったりの火の車ですからね。決め手にはなりません」


ランクはササナと違い、貴族は一年中ルテティアに入り浸っている。聞いた話では、領を任された執政官が暴利を貪り、貴族は雀の涙ほどで遣り繰りしているらしい。


「メディシーナ、ブックを」

「そうか、今宵接触のあった輩の中に犯人がいるのだな!?」


メディシーナは興奮に頬を紅潮させた。


「いや、逆だ。よく考えろ。犯人はあの書状を見ていた。俺たちの目的を探る必要が無い」


ならば下手に接触しようとせず人波に紛れたはず。犯罪者が無闇に騎士団に近づかないのと同じ原理だ。


「なるほど、一理あるな。マスカール家、フォンテーヌ家、それから……ド=ヴィルパン家? はて、聞き覚えがあるが」

「貴女に二番目にダンスを申し込んだ方ですよ」

「感謝するジャン。ではド=ヴィルパン家」


親しげなのが腹立つ。ところでサイモン、お前いつから観察していたんだ。


「クレマン家、ジュネスト家は賭けで同席だった。オードラン家は途中で話しかけてきた。それからバティーニュ家は……」


次々に名前に線を引いていく。最後に残った名はたった一つ。




「はじめまして、ラ=モット=ル=デ=ロア侯爵」


現在対面しているのは白髪混じりのどこかくたびれた印象を与える男。サイモンの情報に寄ると、紋章に蜂が入ったこの侯爵家は現王家創立時から続く名門で、大臣を何人か排出しているがここ数代は振るわないらしい。ところでこの名前、どこからが家名だ?


「ササナのハーネット公爵の息子、ローデリックです。こちらはグレイシー男爵令嬢のメディシーナ」

「ハーネット伯爵ですね。存じております」


握手の最中、侯爵は眼球を落ち着き無く動かしていた。見るからに後ろめたいことがありそうだ。


「護国卿子息がこんなあばら屋に何のご用でしょう?」


持ち主があばら屋と評した邸宅は、アーチ型のフランス窓、それに合わせた大きな鏡、絵画で飾られた迫り上げの天井、鏡、窓間などには蔦を模した華麗なボアスリーは夕焼け色に染まっている。ただよく見ると、壁はひび割れたまま放置され、シャンデリアには埃が積もっているのがわかる。


「実は老朽化したカントリーハウスを建て直すことにしまして。ランクの建物を参考にしたいと言ったら、国王陛下からこちらの館を紹介されました」


王の名を出せば門前払いはないはずだ。紹介状も書いてもらっている。書類を揃えていたせいで来るのが遅くなってしまったが。


「ランクの国王陛下を拝見致しましたが、お年の割にご健勝のようで。国としても喜ばしいことですね」

「ええ、まあ」

「対して我が君は最近体調が優れません。是非あやかりたいものです」

「ははははは」


それとなくカマをかけてみたが、壊れたように笑う侯爵は蒼を過ぎて白い。正直運や勘でここまでたどり着いたので、推理は穴だらけだ。しかしたった今、犯人の可能性が見えてきた。


「ではこちらに……」


小刻みに震える手を伸ばし、侯爵は案内を始めた。


「いいえー、お気遣い無く。突然お邪魔したのです、侯爵のお手を煩わせるわけにはいきません。幸い、こちらのサイモン卿が案内を買って下さいましたし」


気障男にぶっつけ本番のアイコンタクトを送る。


「実は私、古い建物が好きで、建てられた経緯や技術に詳しいです。ササナ語も喋れますし、きっとハーネット卿に楽しんでいただけるはずです。この邸宅はルテティアで最も美しい建物のひとつであり、財務官のもとで建築工事は進められていましたが、正面と両側の翼が出来上がっていた時点で手放され、当時の国王に重用されたル=デ=ロア侯爵が譲り受けました。この立派な庭、前の建物と翼は子孫によって建てられたもので……」


アドリブでよくもここまでペラペラ喋れるもんだ。古い建物好きと言うのはあながち嘘ではないだろう。


「では侯爵、お宅を見て回る許可を頂けますか?」


侯爵は渋々頷いた。忌々しげな視線を背に、早足で大階段を昇り、近くの書斎に入った。歴史ある建物だけあって家具も一流品だが、見ている暇は無い。


「メディシーナ」

「今のところ不穏な気配は無い」

「サイモン」

「こちらに」


やつが掲げたのは、この屋敷の図面。


「よし。もう帰ってもいいぞ」

「無名の情報屋にハーネット伯をサポートするように仰せつかっております」

「いらん。帰れ、今すぐ帰れ」


これ以上メディシーナに近づいて欲しくねぇんだよ!


「連れないですねぇ。ササナ語が通じるのは事実ですし、腕は立ちますよ。決して非番で暇だし面白そうだからとか、思っていません」


確実に思っていらっしゃいますね。


「通訳してもらわなくても充分喋れる」

「そのようですね。外国語が苦手なササナ人にしては発音も完璧です。ランクに滞在して長いんですか?」

「いや。知り合いにしごかれただけだ」


友人の拷問のような語り口を思い出し、少し気が遠くなった。


「キサマには便利な知り合いが多いな」

「失礼な。まるで俺が損得で交友関係を築いているような言い方じゃないか」


俺の友人は単にアクが強烈なだけである。


「あー、冗談でなく速やかに帰って欲しい。これから救世主教のランク人にとって少々刺激が強い光景と言うかなんと言うか」

「魔術ですか?」


俺の秘密は筒抜けか、エリオット。実名を十代の恥ずかしい青春の記録と共に公表するぞ。


「ご安心下さい。ランクの貴族と言うのは王によって熱心な救世主教徒となったり、無神教徒となったりします。信仰とはその程度のものです」


それってどうなんだろう。ころころ信条を変えるなら、下手したら魔術師の俺より信仰心が無いと言えるんじゃないか?


「わかった。いいか、くれぐれも他言無用だからな」


隠しポケットから銀の鏡を取り出す。古い文字で囲まれた表面には先ほど登ったが映っている。


「握手のついでに侯爵に術を仕込んでおいた。彼の見たものがここに映る」


但し効果は二時間ほど。今回はそれで十分だが。


「予告も無しに来て、しかもどこを見て回るかわからない。俺たちに見られたくないものもある侯爵はきっと戦々恐々だぜ。真っ先に重要な証拠を隠すはずだ」

「なるほど、根性が悪いですね」

「さすが悪知恵が働くな」


あれ?貶されているようにしか聞こえない? 無駄口を叩いている間に映像は移動を始めた。覚えのある両脇の片蓋柱を通り過ぎる。


「侯爵の現在地は……ふむ、ちょうど玄関にいるようですね」

「む?外に出た?」


今は常緑樹のみだが夏は美しいであろうランク式の庭園を横切っていく。


「はて?今宵はこれと言った夜会もありませんし、何より家は財政難で余計な外出は控えているはずですが?」

「妙だな」


庭の端で侯爵に命じられたのか、馬丁が慌てて馬を繋いでいる。どこに客を持て成しもせずに外出する家主がいるだろう。


「……つけてみるか」


証拠も何もないこの段階で逃げるつもりか。雇い主に俺たちが来たのを知らせるつもりか。監視している俺たちを見越した罠の可能性だってある。しかしこの不審すぎる行動を見過ごすことは出来ない。


「サイモンはここに残れ。戻らなかった場合は、お前の国王と、無名の情報屋に伝えてくれ」


エリオットなら親父に知らせるなり適切な処置をしてくれるはずだ。侯爵はたちまち準備が整った馬車に乗り込んだ。急がなければ。


「待って下さい」


手を広げ扉を塞ぐサイモンの瞳からは嘘くさい愛想笑いが消え、どこまでも真剣だった。


「この方はあなたの大切な女性ではないのですか?彼女を危険な目に遭わせるおつもりですか?私も多少剣は使えます。ですからここに残るのは……」


癪に障るがこいつの言う通りだ。生きて帰れる保証はない。メディシーナを思うならここに残したほうが……。


「ジャン、私は女である前に騎士なのだ」


メディシーナが一歩前に踏み出す。


「ここに残れば確かに安全だろう。しかし守られるのはメディシーナ=フォン=グレイシーではない。私の仕事は剣を振るうことだ」


そうだ。こいつは止めたって聞かない。自ら喜んで危険に飛び込んで行くような人間だ。

呆然としているサイモンに苦笑いを向ける。ならば俺の仕事は彼女を安全な家に縛りつけておくことではなく。


「そういうことだ。悪いな、留守番を頼む」


隣で全力で守ることだ。

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