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ヘタレ伯爵と戦乙女  作者: アストロ
と戦乙女
12/34

十一通目 無名の情報屋

賑やかだった舞踏会も、終われば嘘のように閑散とする。使用人たちがはけた頃合いを見測り、隣室を訪れた。念のために言っておくが夜這いではないので、正々堂々ノックしておく。


「おいメディシーナ、忘れない内に情報の共有を……」


メディシーナはベッドに腰掛け、くつろいでいた。寝間着用の襟のゆったりとしたドレスを着ているが、いつも結っている髪が鎖骨にかかり、しどけない様が妙に艶かしい。急いで目を反らし、古語を解読するかの真面目顔で手にした羊皮紙の焦げ端を眺めた。

不自然過ぎる。


「見る意味あるのか?それはキサマと同じとるに足らないものであろう?」


暴言にもう慣れ始めている俺がいる。


「でも何か気になるんだよ」


俺は意図的に未来を見る占いが得意ではない。水晶玉を眺めても向こう側の景色しか見えない魔法使いとしてはあり得ないレベルだ。しかし意図しない未来視、例えば第六感は異常なほど鋭い。自分や親しい人物のみと言う制限はあるが、何度も危機を救ってきた。その勘が告げているのだ。これは何かある。


「話し合いの前にちょっと手を貸してくれないか?」

「構わぬが」


床の上にチョークで魔方陣を書き、その上に焦げ端を置く。次に持たせた銅の鏡に映るようメディシーナを配置する。それからローズマリーの香を焚いた。海の雫とも呼ばれる地中海産のこの花は、記憶を高めるなど様々な効用があり、料理の匂い消しなど日常的にも使われる。花言葉は追憶。


「聖剣か魔剣を召喚するのか?」


精霊や悪魔と言う発想はないらしい。


「まあ見ていなって」


俺は木の杖を構え、息を大きく吸い込んだ。


「coipaim scathan an aimsir chaite(鏡面過去視)!」


こつん。杖で床を打つと、鏡に羊皮紙が映った。闇の中、明々とした火に包まれ、黒い穴が拡がっている。


「おおっ、キサマ本当に魔法が使えたのだな」


信じてなかったのかよ。

これは単に過去を映すのではなく、物の記憶、それも働きかけた人の意志を映す。例えば割れた花瓶の記憶から犯人を見る場合、故意犯は映っても過失犯は映らない。後者に花瓶を割ってやろうと言う意志が無いからだ。物体の過去の姿を知りたいだけなら使い勝手は悪いが、壊したり作ったり誰かが物体に働きかけた場面を知りたいなら大変重宝する類いの過去視である。鏡には他に火をつけたのであろう葉巻の燃えさしがあるが、人物の特定に繋がるものは映らない。そいつが知られたくないと思っているからかもしれない。


「メディシーナ、そこから書いてある文字が読めるか?」

「ユニ……?鼠?だめだ、スペルが欠けすぎだ」

「しかたない。もうちょっと巻き戻すぞ」


こつん。次に映ったのは丸められた羊皮紙を握る淡い色の手袋。運ばれているのか小刻みに上下をしている。


「何故だか見覚えがあるんだが」

「奇遇だな、私もだ」


二人して頭を捻り。


「ああわかった、アンリエッタ(仮)の手袋と同じものだ」

「何だって!?」


同じデザインの手袋なんていくらでもあるだろうが、ここに来て陛下の暗殺に関わっている可能性が出てきた。

こつん。

白紙の羊皮紙と、羽根ペンを握る女手。一目で女とわかるほど、その指はほっそりして艶かしかった。薬指には銀縁の指輪が嵌められ、白絹の手に映えている。つけられた宝石は明らかに異質だ。黒は地味だし縁起の良い色ではない。やがてインクの滴る羽根ペンが滑り出す。紡がれたのは期待に違わず流暢な文字。


───────────────


ユニコーンから蜂へ

海を越え鼠取りを探りにきた二匹


───────────────


魔力が途切れ、映像がブラックアウトする。


「何だ、今のは」


無言になった鏡にメディシーナは目をぱちくりさせる。


「海を越えるなど、根性のあるネズミだな。鼠取りに近づくなど愚の骨頂だが」


指先の震えが止まらない。だってこれは。


「愚かなのはお前だ!これは手掛かりかもしれないんだぞ!」


砒素は鼠取りにも使われる。ならばネズミは、陛下の暗殺を探りにササナから来た俺たちのこと。ユニコーンってのは恐らくそれを事前に知り得た女装男の主。そしてそいつに警告された蜂は、ランクにいる毒の提供者ってことになる。


「つまり……」


ようやく真実に思い当たった女の顔から血の気が引く。


「陛下の暗殺に与するものがあの会場にいた、と?」


夜を照らす華やかな舞踏会。色とりどりの衣装の人々の影で、俺たちを嘲笑っていたのは誰だ。会場を封鎖して一人一人に問い詰めてやりたい。


「今すぐ……いや、もう遅いか。至急招待客のリストを手に入れよう。気分が悪くなった人物や早退した人物についての情報も。それと」


指輪の宝石を三回まわす。


「よう、エリオット」


友人への直通回線の向こうから、不機嫌そうな応答があった。


「リック、人前でその名を呼ぶのはやめろと……」

「わかったよ“無名の情報屋”さん」


表向きは我が国一の貴公子、俺にとっては学友、つーか悪友。裏では情報屋と言う顔を持つ男、エリオット=キャメロン,トゥエンティ=アール=オブ=ヴィルヘルム(第二十代ヴィルヘルム領伯爵)。


「……なあ、この二つ名、格好付けすぎで恥ずかしくねぇ?」

「遅かったな。ルテティアついてすぐ連絡が来るかと思っていたんだが」


全力でスルーしやがった。ところで。


「……なんで知ってんの?」


だって俺は表向き自領に籠っていることになっているのだ。


「殿下の暗殺の件だろ?」

「なんで知ってんだよ!?」


国家レベルの機密事項だぞ!?


「そんなの限られた情報で推察できる。前者はカントリーハウスの使用人の動向や目撃情報で裏はとれている。特に宿や船では暴れすぎだ。後者は……メイドの蒸発とかキナ臭いからカマかけてみた」


ぐっと息が詰まる。つまり未熟な俺の反応が確証を与えてしまった。


「だからって、普通暗殺に結び付くか?」

「一流の薬剤師がハーネット公に呼ばれた記録もある。それ以前に国王命なお前が秘密裏に国外にいるんだ。それなりの理由だろ」


さすが、の一言に尽きる。エリオットは国内で手に入らぬ情報は無いと(主に俺に)言われる凄腕の情報屋である。


「俺、時々お前の友達辞めたくなる。お前と話していると裸にされていくみたいだ」

「俺は女性を裸にする趣味しか無い」

「よく知っている」


節操無しのくせに威張るな。


「裸と言えばリック、初恋の相手と一夜を共にしながら未だに手を……」

「うわああぁああああ!」


奇声で遮った。背後には怪訝な顔のメディシーナがいるのだ。

指輪の向こうで忍び笑いが聞こえる。からかわれたらしい。


「お前マジで何なの?愛か?愛ゆえなのか?だとしても許さん。ストーカーも真っ青だ。ひょっとして今回の黒幕もわかってんじゃ」

「目星はなんとなく」

「マジすかっ」


既にわかっているなら、俺ランクまで来る意味ないじゃん!


「言っとくが、証拠は無い。国王を狙うだけあって一筋縄じゃいかない。あのハーネット公ですら手こずっているみたいだし」

「不確定でいいからその情報も売ってくれ」

「お客様、こちらの情報は料金先払いでござぁい」

「この前のカードの勝ち分」

「あれはお前がイカサマしたからだろう?」

「魔術師に勝負を吹っ掛ける方が間違っているのだよ、貴公子サン」

「吹っ掛けたのそっち。女の前で断れないことわかっていて、汚ねぇぞ。でもざぁーんねん。あれっぽっちじゃ今回の情報分にも足りませぇーん」

「守銭奴め」

「何とでも言え。情報は金なり、だ」


この格言が実践されているのがこの男の凄いところである。


「今回分って、俺がどんな情報求めているかわかってんの?」

「殿下に盛られた毒の入手経路を探るため、ついでに和平交渉の便りを持ってランクまでやって来た。で、ルテティアに着いてからでなく舞踏会が終わったこのタイミングで連絡してきたってことは、何らかの手掛かりを掴んだ。が、ランク貴族の事情に明るくないお前は、駄目元で俺に連絡してきた。違うか?」

「超怖っ!鳥肌立ったぞ!」

「情報を求めるってことも相手には立派な情報と成り得る。学べ、リック君」


情報分析は貴族に必須の技能なのだろうが、一生かかっても身に付けられそうにないです、先生。


「おいキサマ」


黙っていたメディシーナが割って入る。


「先程から殿下殿下と。王子につけるならまだしも、王ならば殿下ハイネスより陛下マジェスティであろう?」

「グレイシー嬢」


とっくに身元を知っているらしいエリオットは、紳士の態度(マダムキラーモード)に改めた。


「長く国外にいた貴女にはわからないでしょうが、ササナの貴族たちは我が君を認めていない者が多い。後見人のハーネット公ですら、です。影でも日向でも陛下と呼ぶのはリックくらいなものです」

「それは、彼が幼いからか?」

「それだけではありません。何しろ殿下は……」

「それ以上言ったら幾ら友達でも怒るからな」


俺は陛下を貶すような言葉は許せない。それも、本人にどうしよもない事柄で。国王である以前に大切な弟だからだ。


「お前はあのお子様に心酔し過ぎ」

「何を言う。うちの陛下は世界一だろうが」

「はいはい。話、戻すぞ。ランクの貴族についての情報だったな」


文句は言い足りないが堪えておく。


「って言うかお前、海外の情報も入ってくるの?」

「さすがに俺も国外までは目が届かないさ。だから商人と繋がりを持ったり、各国にスパイを派遣したり、要人を買収したりしている」


どう考えても、辺境の伯爵の仕事ではない。その内こいつ、世界征服でも始めるんじゃないだろうか。


「ランクの部下とはもう接触しているだろ?」

「え?」


その時、扉が開いた。警戒する俺たちの前で、侵入者は帽子を取り頭を下げた。


「改めまして、ムシュー、マドモアゼル、無名の情報屋の駒、ジャン=サイモンです。以後お見知り置きを」


メディシーナと踊っていた男がそこにいた。

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