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ヘタレ伯爵と戦乙女  作者: アストロ
と戦乙女
11/34

十通目 夜会での捜索

「遅ぇ」


光に満ちたきらびやかな通路を、先程から無為に行ったり来たりしている。舞踏会用の衣服は一応ササナで用意してきたのだが、やはり流行の最先端ルテティアでは野暮ったく見え、荷にしたせいで皺も寄っている。

さてどうしたもんかと思い悩んでいたら、控え室にお針子やメイドたちが呼ばれていた。国王が気を効かせてくれたらしい。さすがに凝った刺繍は無理でも、既製品を手直しするくらいなら夜会に間に合う。

用意された衣服は膝まで達し、上から下までボタンで止められる二枚のチュニック(上着)。生地はドローク(絹毛交織地)。胸元を飾るのは従来のレースの代わりに原色のクラヴァット(ネクタイ)。身体の線もあらわなそれは、ジュストーコルと言うらしい。奇抜な格好だが、動きやすい。ササナでも流行らないだろうか。

白粉や付け黒子、カツラも勧められたが、断固拒否した。馬鹿にされようが、お化けみたいになるのは嫌だ。

それにしても。用意された控室は最高級の調度品。温かいレモネードも、言う前に用意される。外国人に破格の待遇である。うちの陛下情報を売った代償だとは……思いたくない。

テンションが落ち込んできたが、相変わらずメディシーナは現れない。女って何で仕度に時間がかかるのやら。

ん?待てよ。「女は仕度が遅い」と言う条件Aに、「メディシーナは遅い」と言う条件B。すると……おおっ、「メディシーナは女である」と言う条件Cを導くことができるわけだな!なんと奴は女だったのだ!

いや、わかってましたよ。わかってましたけど、ほら、事実を再確認することってあるじゃん。いつも通る道の端に花が咲いているのを発見した、みたいな。特にメディシーナは言動が勇ましいので、女性であると言う事実をついつい忘れがちである。


「リック、待たせたな」


何かを悟りかけていたら、ようやく背後から声が聞こえた。振り返って。


「ほぅ」

「へぇ」


滅多に無いことだが、お互いに感嘆の声を上げた。亜麻色の髪は流行のように被り物をするのでなく、結って花を刺しているだけだが、それが艶やかさを引き立てる。ドレスは瞳に合わせた翡翠色にスラッシュ(切り込み装飾)が施され、襟と袖はランク風にレース控えめ。さらに剣士であるせいか、その辺のなんちゃら夫人と比べて断然シルエットが美しい。ところで胸が当メディイーナ比の数倍あるのだが。


「着飾れば小指の爪の垢くらい見映えはする。さすが公爵子息と言うところか」

「今の今まで忘れていたが、お前男爵令嬢だったんだな。虫眼鏡で眺めれば、ほんの、うっすら、僅かながら、貴族の品格がある」


皮肉にしか聞こえないが、俺たちには精一杯の褒め言葉だ。……褒め言葉ですよね、メディシーナさん?


「しっかし、女は化けるんだな。剣振るしか脳がない野生動物もちゃんと淑女レディに見える」

「ちゃんと武器もあるぞ。ほら」


メディシーナはサテンのペチコートの裾をまくりあげる。剥き出しとなった太ももにガーターベルトとナイフを納めた革のホルダが装着されている。が。


「ば、馬鹿!嫁入り前の娘が男の前ではしたないことするんじゃねぇーよ!!」


何よりも処女雪のように白いももに食い込む黒いレースに目を奪われた。禁断の果実を縛る紐が余計に柔らかさとエロさを強調し、鼓動が駆け血流が加速する。女の裸を見たこと無いうぶではないけれど。しかしメディシーナの太ももには強烈な魔力があった。惚れた弱味なのか。


「護衛に支障は無いことを指摘しただけだ。いくら私でも衆人に見せたりしない。それにキサマは男ではないからな」

「……」


意中の相手に異性として意識されてないとは。目の前が真っ暗になる。


「俺だって男だぞ!生物学上は!」

「剣も振れん軟弱なやつのどこが男だ」

「御前試合で国中の剣豪を捩じ伏せたお前こそ女じゃねぇ!」

「何を!?花も恥じらう純情乙女だろうが!」

「寝言は寝て言え。お前が乙女なら、俺は国中のまな板をエスコートしなければならなくなる」

「貴様はまな板相手に欲情するのか。始末に終えんな。三秒以内に自殺しろ」

「性急すぎる!って、何故剣を抜いている!?」

「介錯は任せろ」

「それは自殺ではない、他殺と言う!自他の区別もできんのか、このアメーバ脳!」

「国益のために害虫が駆除されるのだ、大した相違では無い」

「役目を忘れんな!俺は国益のために遣わされた大使だぞ!?お前はその護衛だろうが!」


すると意外にも、メディシーナは素直に剣を納めた。安堵も束の間。


「つまり役目が終わったら斬って捨てよと言うことだな。了解した」

「すんじゃねぇ!」


初恋の相手に殺害予告をされるなど、恋愛小説も裸足で逃げ出す斬新な展開である。そもそも、その手の王道は綺羅綺羅しい舞踏会で出会う美しい(そして金と権力がある)異性とのロマンスではないだろうか。

残念ながら絶好の舞台だと言うのにロマンスは欠片もなく、薔薇大理石のメインホールへ入場した。

銀の肘掛け椅子があり、昼には謁見も行われる御殿は夜へと装いを変えていた。暖炉の火が明々と燃え、床には毛足の長い深紅の絨毯。背の高い銀の甕には葡萄酒、レモネード、果物のジュースなどなど。馬の蹄型の立ちテーブルには皿がピラミッド型に並べられ、もぎたてや砂糖漬けのフルーツ、ケーキ、氷菓子が盛られている。

花畑のように色とりどりの衣服に身を包んだ男女は、扇の影から異国の招待客を観察している。気付いてない振りでメディシーナをエスコートしながら、その中に異質の視線ものがないかこちらも横目で観察する。


「それじゃ、確認するぞ。陛下毒殺未遂の協力者は、ササナから来た俺たちを間違いなく警戒する。俺たちの目的を知るために接触してくるかもしれないし、逆に怖がって近付かないかもしれない。話しかけてきた人間、遠巻きにしている人間、怪しげな人間の名を頭に叩き込め」

「……その情報収集、私もやるのか?」

「平均的に女は男より口が軽い。少なくとも、そう思われている。俺は接触があるなら、お前の方だと踏んでいる」

「しかし私は、流行りのファッションや音楽など、さっぱりわからんぞ。話が出来るかどうか」


令嬢のくせに昔から剣以外のほぼ全てに興味と知識が無いメディシーナは、銅を金に変えろと難題を吹っ掛けられたかのような悲壮さ。


「そんなことだろうと思って、ほら」


懐から取り出したのは小さな冊子(ブック)。夜会は、貴族が何より大切な人脈、つまりコネを拡げる機会である。しかし踊った相手や交わした会話など、全て記憶出来るわけない。これはそういったものをメモするためのものだ。


「空き時間に使用人なんかにランクの流行りを聞いておいた。ササナ語の発音も付けてある。話題に困ったら使え」


ブックを受け取り、メディシーナは何事か言いかけた。しかしその言葉はどこぞの誰かの「夜に咲く一輪の薔薇よ。どうか一曲踊っていただけませんか?」と言う歯どころか聞いているこっちの耳まで浮く台詞が打ち消した。ホールでは管弦楽の音色に合わせ、既に何組かの男女が踊っている。ランク一の夜会だけあって場の空気すら華やかだ。


「一曲くらい踊るか?その、怪しまれるし」


ランク人のように気障に、とは言わないけど。退路を塞ぎ仕事に託つけ誘うなんて、いつもながら意気地がない。


「仕方あるまい」


差し出した手にサテンの手袋が重ねられ、心臓が跳ねる。


「そういやお前、踊れるの?」

「デビュタントは済ませてある。が、三年ぶりだ。昨今は舞踏より武道を鍛えている」


誰が上手いこと言えと。


「キサマは?」

「幸運だったな。俺はなんと舞踏会の花形、我が国一の貴公子……の、知り合いだ」

「む?それは安心の根拠となり得るのか?キサマ自身の能力と何の関係が?」

「細かいことは気にするな」


小休止の後、優雅なワルツが始まった。最初の内は足取りも怪しかったが、スポーツが得意なメディシーナは直ぐに調子を掴んだらしい。一方俺はリードのため腰に回した手に、これは嫌らしくない嫌らしくないと言い聞かせるのに精一杯である。


「……ふふっ」


吐息が届く距離で、メディシーナが微笑した。


「急にどうした」

「いや、何だかさっきから可笑しくてな。よもやリックにエスコートされる日が来ようとは」


左右にステップを踏みながら、珍しく素直にそうだなと頷く。俺はちょっと前まで農村の悪ガキだったのだ。男爵令嬢のメディシーナとはどうしよもない身分差があった。それがこんなところでこんな服を来てダンスしている。どんな賢者にも予想なんてつくわけない。

曲が終わり、小ヴァイオリンの余韻が尾を引いていく。好きな女が自分の腕の中にいるのが奇跡のようで。見つめ合うこの一瞬が過ぎてしまうのが惜しい。しかし課された責務がそうさせない。指先にほんの少し力を込め、離しがたい手を離す。


「じゃ、これからは別行動だ」

「武運を」

「お前も」


     ‡   ‡   ‡


宴もたけなわとなり、目的もなく会場をぶらぶらしていた。夜会はただ踊るだけの会ではない。劇や遊戯、賭博も盛んだ。一夜の内に屋敷が買えるほどの金額が動くこともある。疑われぬよう程々に負けたが、情報収集のついでにかなり稼がせてもらった。元々手先が器用で、母の助けになるならと村唯一の酒場に入り浸って小金を得ていた。しかも今は魔術まであるのだ。

重くなった財布に手を添えておく。聞いた話では夜会にはスリが出没するらしい。勿論見分けなんかつかない。最近はスリだって着飾っているのだ。


「どうだ、楽しんでいるか?」


声をかけた相手を見て慌てて膝をついた。日がある頃とは雰囲気もがらりと変わっている。黒テンのビレッタ(ベレー帽もどき)で片耳を隠し、マントはダマスク織、襟は三段のボビンレースのフレーズ、緋色のプールポアンは埋めつくさんばかりの金銀の刺繍、絹のバ・ド・シュース、さり気なく宝石をあしらった短靴。当世の高級品ばかりを集めた生地を、流行りと考えられる限りの意匠を凝らして仕立てた、権力者らしい堂々たる装いだ。同じ国王であるはずのライオネルを思って涙が出てきた。持っている絹の靴下は一二足で、履くのが勿体ないからと箪笥の肥しにしているのだ。


「お気遣い感謝します」

「探し物は見つかったか?」

「簡単にはいかぬようですね」


世間話や商談を装ってササナとの人脈を持つ者や急に羽振りが良くなった者などを探ったが、確証を得るまでには至らない。何しろ数多の参加者がいる。


「で、あろうな」


王は憤ることもなく頷く。


「ライオネルから儂のことは聞いているか?」

「はい。とても親切にして頂いた、と」

「そうか」


返答は間違いではなかったらしく、目尻に皺が寄る。


「ライオネルは年のわりにあり得ぬほど聡明だ。それを驕ることなく努力を惜しまない。儂は子供時代は恵まれず、座学の機会を得られなくてな。古語すら読めぬと諸王に馬鹿にされることもある。そんな儂を、ライオネルは尊敬していると言ってくれたのだ。……あの子をササナなどに帰したくなかった」


建前や下心だってあるはずだ。それでも熱と重さがある言葉は、王の本音に聞こえた。


「血族にすら疎まれ、骨肉の争いに巻き込まれ、刺客には付け狙われ、聞けば幽閉までされたそうではないか。それが今度は毒殺未遂だと?王冠など捨てて逃げ出してしまえばいいものを」


それには全面的に同意する。だが。


「陛下は、なさいません」


どれほど困難や危険が待ち構えていても、ライオネルは絶対に投げ出したりしない。


「誰よりササナのことを思い、我が身を犠牲にすることを厭わない。陛下は……ライオネルは、真にササナの王です」


ちっぽけで偉大なあの少年は、誰より王に相応しい。贔屓目かもしれないが、そう思う。


「それに陛下は死にません。俺が、死なせません」


あの少年を守るためなら何だってやってやる。持っているものを全て投げ出したって構わない。


「そちのような男が傍にいることは、ライオネルにとって幸運だ。己の言葉に違わぬよう励め」


ふっと唇を緩ませた王は、限りなく優しい顔をしていた。


「ところでハーネット、あれはそちの相手ではなかったか?」


星を散りばめたシャンデリアの下。指差した先には、肩に手を回し、影のように寄り添う男女。見知らぬ男と、メディシーナ。脳神経が瞬間的に沸騰し、拳に爪が食い込む。


「突発的な用事が出来ました。失礼致します」


常識を欠いて慌ただしく立ち去る俺の背に、野太い笑い声がぶつかった。


「リック!」


メディシーナは俺に気付くと、文字で黒くなったブックを得意気に掲げた。


「見ろ、こんなに情報を得たぞ」


他の男の腕の中で笑顔を浮かべているのを見たくなくて。乱暴に腕を掴み、直ぐ様引っ張った。


「もう行くぞ」

「は?ちょっと待て。まだ話を」


男は片眉を吊り上げる。


「おやおや、随分嫉妬深いパートナーですねぇ」


男は銀の飾紐を肩から斜めにかけた青色の軍服を着ている。顔立ちも整っているし、異性に慣れているであろう奴の余裕の態度にまた苛立つ。メディシーナはドレスの裾をつまみ上げ、丁寧に淑女の礼をした。


「ジャン、今宵は楽しかった。礼を言う」

「いえいえこちらこそ」


二人が俺の知らない時間を共有していたと思うと、黒い感情が堆積していく。礼が終わるや否や名残惜し気なメディシーナを反転させ、ずるずる引き離した。


「おい、離せリック。何を苛立っている」


壁に突き当たりテラスに出て、ようやく前進を止める。


「他の男に近付くんじゃねぇ!」


澄んだ闇夜、月光に浮かび上がる白磁の肌。物怖じせずに見上げる翡翠には揺るぎ無い意志が煌めく。メディシーナは異性から見て魅力的なのだ。失念していた。


「情報収集しろと言ったのはキサマではないか」

「別にあんなやつに近づかなくたって、他にも情報源あるだろ。女とか女とか女とか」

「虫を見て逃げ出す貴婦人らが私と話が合うと思っているのか」

「……思わないけど」


農村育ちのメディシーナは男に混じって昆虫を追いかけることも多々あった。繊細なご令嬢にとっては異国人どころか異星人である。


「それにあの男、なかなかの情報通であった。必要としているものを得たのだから文句は無かろう」


言い返せない。いつもと違い、今の俺は感情的で、メディシーナは理論的だ。


「あの男に何かされなかったか?」

「ダンスに誘われた。ペラペラよく喋る男であった。でもまあ、褒められて悪い気はしなかったな」


あからさまに面白くない顔をした俺を見て、はっはーん、とにんまりした。


「キサマ、妬いているのだな」

「ななな何を言っているのですか、メディシーナさん!」


自分で言うのもあれだが、動揺しまくりである。


「また異性に声をかけられなかったものだから、もってもての私が羨ましいのだ。違うか?」


うん、違う。やはりメディシーナはメディシーナである。ほっとしたと同時に脱力である。


「そんなわけねぇだろ。声ならかけられたぜ。たくさんな。今の俺は公爵子息、ハーネット伯だからな」


外国と言えど、一国の権利者の息子。淑女たちは先を争うようにダンスに誘ってきた。連中は、俺の何を見ているのだろう。地位や身分を取り払った俺自身に興味なんかないくせに。


「ていっ」


渾身のチョップに頭が陥没した。痛い。


「何しやがる!」


手で擦り涙目で睨むと、メディシーナは鼻を鳴らした。


「また女々しいことを考えていただろう。鬱陶しい」


落ち込んでも優しい言葉をかけてくれないあたり結構メディシーナである。項垂れたついでに、足元に黒っぽいものが落ちているのに気づいた。


「あれ?」


拾い上げるとどうやら羊皮紙の燃え端のようである。何か機密事項でも書いてあったのだろうか。……気になる。


「どうした?」

「いや、何でも」


気紛れで内ポケットにしまっておく。


「ならばもう戻るか。慣れぬことをしたので疲れた」

「ああ」


結局重要な手がかりを見つけられないまま俺たちは会場を後にした。

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