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ヘタレ伯爵と戦乙女  作者: アストロ
と戦乙女
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九通目 国王との面会

その後もまあ、色々あったわけだが割愛して……。

俺たちは雪が降る前にルテティアにたどり着いた。遠目に見て、その大きさに圧倒された。大河の裾野に築かれた街。住居や車道は古い城壁からはみ出、尚も拡がり続けている。

首都だけあって人の往来も盛んだ。馬車がひっきりなしに脇を通り抜け、幸不幸な教会の行列に行き当たり、公示人が王の布告を読み上げる。また、百を越える職業ギルドがあり、材木商通り、象牙職人通りなど名のついた通りも見かける。市場には珍しい植物、厳つい刀剣、遠い異国の香辛料があり、目移りしそうだ。

これだけ人が集まれば異臭も相当なものだ。蝿の集る肉屋のそばや、宿無したちがたむろするスラム街には積極的に行きたくない。


「頭上にご注意!」


威勢の良い掛け声と共に汚物が落ちてきた。街を歩くのに帽子と高い靴は必須である。


「見ろ、お前のお仲間がいるぞ」


仮にも想い人が道脇の落下物を指差す。死にたくなった。


「お前言葉の暴力って知ってる?時に人の心を海より深く傷つけるんだぞ」

「そうだな。リックの仲間にされては気の毒だ」


大変失礼した、と糞の方に頭を下げやがった。


「泣くぞ!?いい加減泣いちゃうぞ!?」

「止めよ。男の涙ほど不愉快なものは無い」


心の中だけでさめざめと涙しながら、はたと気付く。もしかしてお前、肥溜めまみれにしたこと、未だに恨んでらっしゃいます?

「いや、気にしてない」と言われても戦々恐々だし、「勿論恨んでいる」と言われても立ち直れないので、精神衛生上の理由で捨て置くことにしよう。

目的地は街の中央にある一番立派かつ巨大な建築物なので迷うことは無いと高をくくっていたが、そうでもなかった。通りの目印は見落としそうなほど小さく、小道が入り組み、なかなか目的地が見えない。また、歴史のある街らしく、先々代の国王が建てたとか、どこぞの公爵が建てたとか、それっぽい建物も多い。さらに目を離せば刀剣や鎧を品定めしてたり、「こっちだ」と自信満々に正しい道を踏み外したりする某護衛もいる。

誰とは言わないが。

数十歩進む度に通行人に聞いて回り、結局地図を買う羽目になった。やっとの思いでたどり着いた時には、東にあった陽は西に移っていた。

午後の陽に輝く、伝統的な高いストレートな屋根に代わり平屋根の建物。古代式の円柱の軒蛇腹の上になんちゃら聖像やらなんちゃら記念品が設置されている。翼棟パヴィヨンの間には引き延ばされた長い露台テラスからは、大理石の庭園が楽しめる。掘も壁も無いはずなのに、圧倒的な雄大さは正しく「宮殿」である。

外国の宮殿に見とれたなんて、ササナ国民として悔しい。努めて何でもない顔で襟を正し、衛兵に要件を告げ役人を呼び出してもらった。

因みに衣服は近くの宿で着替え済みである。衣服は証明書以上にものを言う。国王直筆の手紙も平民の格好では信用されない。現れた役人は「何だよこんな時間に」と言う顔をしていたが、肩書きを名乗ったら即座に表情を引き締めた。


「わが君の使いで参った。国王陛下に内密の知らせがあるので、急ぎ取り次いでもらえないだろうか」

「少々お待ち下さい」


役人は一礼して時計と羊皮紙を取り出した。


「今の時間ですと、午餐デイネを終えられ、陛下は私室キャビネでおくつろぎです。ご案内しましょう」


時計と予定表さえあれば国王が今何してるか一介の農民でもわかるのが、この国の、凄いを遥か後方にスルーして怖いところである。王は目が覚めてから寝るまで衆人の目に晒され、王妃に至っては出産まで公開すると言う。考えられない。

この国は昔から比較的貴族の勢力が強く、現国王も少年時代は貴族の反乱に苦しめられたらしい。そこで人気取りのため、王家は国民に「開かれて」いるのだ。国王の食事を見学し、宮殿を巡るツアーまであるというから驚きだ。

通された部屋は、他の部屋同様、民に王の権威を見せつけるものだったが、かなりプライベートな性格を持っていた。鍵付きの革覆いの戸棚、猫脚のテーブルには銀の燭台、執務に使うのどあろう、モロッコ革の文箱(ふばこ)

他に水晶や象牙のチェスの駒やダイズ、宝石で飾られたトゥールニケ(ルーレットに似た回転具)などの遊戯品の数々。部屋中央の四本の脚柱の玉突き台は新品らしく、グリーンが鮮やかだ。

王は、ビロードの上着と、シベリア栗鼠皮のついたボタンどめの胴衣と言うラフな出で立ちをしていた。部屋には侍童や話し相手に選ばれた果報者の貴族たちもいたが、輪の中心にいるので一目でわかる。小男と聞いていたが、誰より背が高く感じるのは底の高い靴とカツラのためだけではない。顔の皺は老境に差し掛かっているが、瞳の輝きは自信と威厳に満ちている。


「我が城へようこそ、ハーネット伯爵」

陛下(サ・マジエステ)。この良き日に御拝謁の機会を賜り……」

「前口上は良い」


あらかじめ練習してきたランク語の連なりがぶった切られた。内心ムカつきながらも、さっさと本題に入る。


「これから私が口にするのは秘められたこと故、出来ればお人払いを」

「何と無礼な、外国人無勢が」


取り巻きたちが鼻息荒く憤慨するが、王は軽く手を上げ制した。


「許す」


連中はあからさまに不満げだったが、渋々と退室し、残ったのは護衛だけとなった。王は椅子のひじ掛けを指先で叩く。


「さて、魔術師伯爵。儂に手間をかけさせたのだから、さぞかし大した用であろうな」


魔術師伯爵とは、俺の通り名だ。伯爵と言う地位に就いている者が魔法使いだなんて褒められたことではないから、国内でも限られた者しか呼ばれない。ましてここは救世主教を奉じる国。つまらないことなら火炙りにすると言う脅しか。


「我が君より文を賜っております」


ライオネルの国書を取り出すと、銀の盆を持った兵が近付いてきた。別の兵がペーパーナイフで封を切る。最終的に盆上の国書は供物のように王に捧げられた。権威ってのは厄介なくらい形式的で、つまり無駄なものである。文に目を通した王は、みるみる色を変えていく。


「ライオネルが……っ」


王は、血の気の失せた面を上げる。


「おい若僧!ライオネルは確かに無事なのであろうなっ!」

「はい。大事には至らなかったと聞いています」

「万が一何かあったら、キサマに針穴を開けてやるわっ」


意外だ。ササナとランクは古くから犬猿の仲である。潜在的敵国の主が毒を盛られたのだから、喜んだって不思議では無い。確かにライオネルは人質としてこの国に居たことがあり面識もあるだろうが、それにしても私情が入りすぎている。

そう言えば。王のそばにいた使用人は侍童ばかり、やたら見てくれの良い美少年たちだった。心なしかライオネルに雰囲気が似ていた気がする。

嫌な可能性に思い当たって、背筋に電流が走る。まさか、そっち系? ……親父が言葉を濁したわけである。


「ふむ」


読み終わると文を置き、重々しく頷く。


「我が国の毒が使われたとあってはこちらも見過ごせぬ。あいわかった、儂のきゃわゆいライオネルのためだ、全面的に協力しよう」


誰のライオネルだ、誰の。何にせよ、うちの陛下の身が守れるなら(別の何かが危うい気もするが)文句無い。


「知っているかと思うが、使われた毒は数十年前我が国で頻繁に暗殺に使われたため、現在は製造は禁止されておる。それでなくとも毒の精練法は各々の家で門外不出である。今も作ることの出来るとなると、それなりに由緒ある家柄であることが予想される。が、正直どの家が製造可能かまでは把握しておらん。都合良く、今夜は高位の貴族らを集めた舞踏会を開く。そなたらも招待しよう」

「感謝します」


犯人がいるとして、自分の作った毒が他国の王の暗殺に使われたのだ。内心はびびっているだろう。ササナから来た俺たちが現れれば何らかのアクションがあるかもしれない。手がかりは少ないが、機会をくれた王には礼を述べておく。この際王の目的には目を瞑ろう。


「ところでハーネット、そちはライオネルに兄のように慕われているのだろう?」

「ええ、まあ。私には過ぎたことですが」

「ならばライオネルの好みは熟知しているのだろう?」

「え」

「そろそろ誕生日だろ。気の利いた贈り物がしたい。おい書記、さっさと入室しろ!ハーネット伯爵の言葉を一言一句たりとも逃すな!」


その後一時間近く拘束され、胸に押し寄せたやるせなさは、やけに後悔に似ていた。

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