帰ってきた出来損ない2話
正樹が次の依頼現場に向かっている頃。
サラは少し目の虚ろな数人のチンピラに囲まれ、裏路地に連れ込まれていた。
「私、急いでいるので貴方方に関わっている時間はないのですが? いい加減にしないと警察を呼びますよ?」
サラの容姿故か、脅したにも関わらずニヤニヤした笑みを浮かべながらチンピラの一人が誘ってくる。
「なあ姉ちゃん。 そんなツレナイ事言わないでさ、少し遊びに付き合ってくれたらいいんだよ。 直ぐに気持ちよくなって、病み付きになる位の薬だからさ。 慣れれば快楽の虜だぜ?」
慣れた感じでそう言い寄るチンピラに対し、サラは少し強行手段に出る事にした。
「遠慮します。 もう付き合いきれません! 少し痛いですが、我慢して貰いますね!」
サラはそういうや否や、左手に填めていた術式グローブから神霊銃を素早く形成すると、チンピラに向かって発砲した。(日本でも実弾でない術式拳銃なら、術者連合のワッペンさえ貼れば携帯は認められている。・・・知らない一般人は多いが)
パシュパシュパシュッ!
「ぎゃーー!!」
「痛てー!!」
数発の掠れた発砲音が響き、数人が悲鳴を上げた後・・・。
不意に立ち上がったチンピラの様子が変わっっていた。
「・・・あ、あれ? 俺なんでこんなとこにいるんだ?」
「確か女あさりに女子高に侵入してた筈だよな?」
「ああ、いい薬が手に入ったから、その試の筈が? なんでだ?」
「お? そこの姉ちゃん! 俺らと遊びに行かねえか? 金なら出すぜ?」
一連の会話を聞いていたサラは不思議に思い、傍にいるであろうシルキの眷属に尋ねる。
(どういう事でしょうか? さっきまでの虚ろな感じも消えてますし。 薬がどうとか言ってますから、麻薬の一種でしょうか?)
この問いに、シルキは眷属を通して
<そうだねー。 正樹の加護付与付の神霊銃は悪霊や妖魔関係には効果が絶大だからね。 見たとこ呪いの感じではないにしろ何かの術的要因は有りそうだから、少し金を出してサンプルを貰っときなよ。 50万位なら後々の被害を考えれば必要経費で落として貰えると思うからさ。>
(・・・そうしますか。 こんな事で一々正樹さんに頼っていては、幾ら実力が付いても半人前ですからね。)
<そういう事だね。 じゃ、勉強の心算で交渉しようか?>
(はい!)
気合を入れて答えながら、サラはチンピラに近づくと
「あのー? 遊びには行けませんがその薬とやらを売ってくれませんか? 少し興味がありますので。」
サラの言葉にチンピラの一人がニタッと口を歪ませて反応し、
「お? 姉ちゃんも興味津々か! 良いぜ、まだ結構あるから・・・5万でどうだ?」
「・・・少し、高いですね。 お試しと言うなら、数があるなら3万でどうですか?」
その少女の言葉に更にニヤッと笑いを浮かべたチンピラは
「姉ちゃんもなかなか交渉が上手いな。・・・分かった! 3万で手を打とう。・・・気に入ったらこの番号に連絡をくれ。 誘導員が指定した場所に案内してくれる手はずになってる。・・・じゃーな。」
チンピラの一人がそう言って、県内の電話番号と思われる数字の書かれた紙をサラに渡し、残りのチンピラを連れて裏路地を出て行く姿を呆然と見ながら
(どうやら思わぬ収穫があったようですね?)
<その様だね。 恐らく交渉中の値段に暗号が含まれてたんじゃないかな? 性能のいい薬なら、5万では売ってくれない筈だし。 それを更に値切るなんて裏事情を知る者だろうって判断じゃないかな?>
(ええ。 上手く行けば密売組織の一つを潰せそうですね。)
<まー。 今はそれより依頼人の処へ行こうか。 少し遅くなったから正樹が先に着いてるかもしれないよ。>
(そうですね。行きますか。)
そう言って、依頼人の所へ向かい歩き出した。
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「すんませーン。 術者協会から依頼されて来た森羅でーす。 依頼人はいますかー?」
「遅いぞ! 俺達風祭より遅れてくるとは大した大物だな。 何処の術者だ?」
正樹が依頼人の家に入った時に聞こえた第一声がこれであった。
(・・・? 確か風祭って十森の傘下の、風の聖霊術の家系だったか?)
<うん。 それで合ってるよ。 けど、精霊の声も聞こえない三下ばかりの奴らだけどね? 大方、十森の威光を笠に着た馬鹿者が派遣されてきたんじゃないの?>
等と、例の如くシルキと話し合っていたら、正樹に見覚えのある面影を見たのか、先程とは別の者が声を掛けてきた。
「ん? 貴様、まさか正樹か? 日本に帰ってきていたとは知らなかったが、まさかお前がこの依頼を受けるとはな。 悪いことは言わんから、やめとけ。 出来損ないのお前には荷が重い。」
と、明らかに馬鹿にしたような口調で話しかけてきた者に、今度は正樹の方に覚えがあった。
「ああ、誰かと思えば風祭のへっぽこ術師、健吾と隆文か。 お前らの方こそ大丈夫か? お前らの命綱の聖霊術はお前らが言う出来損ないの俺ですらかすり傷も付かんほどにヘッポコだったじゃないか。 そんなので依頼を満足にこなせるのか?」
そう正樹が挑発すると。
「ふんっ! お前は知らんだろうが、俺たちはお前の兄妹だった、二人の助手になってるんだ。 お前の妹と弟はお前と違い優秀だぞ? 高1の今の段階で、既に上位の精霊術を扱えるんだからな。」
そんな誰の自慢か分からない自慢を風祭健吾から聞かされた正樹はアホを見るような蔑んだ目で二人を見ながら
「へー? 上位の精霊級が使えるようになったって事は、対話は出来るようになったのか。 それは凄いな。 こりゃー明日作ってやるSAを何にするか迷うなー。」
そんなことを呟いていた。
そこへ依頼人が現れた。
「やあ、遅れてすまない。 ん? 依頼を受けてくれるのは4人だと聞いたが? あと一人は来てな・・・」
依頼人が「・・・いのかね」と言おうとした所で残りの一人が来たようだった。
「遅れてすいません。 途中、チンピラに絡まれて追い返すのに手間取りました。」
「あ、サラか。 シルキから聞いてるよ。 ついさっきその事でシルキに、協会にいる眷属に伝えて貰うようにしたから。 後で教会で報告を聞こう。」
「はい、分かりました。」
正樹とサラが話している最中、風祭の二人が変な視線を送ってきたが、流石に依頼人の前で言い争う事はしないようだった。
「話は終わったかね? どうやら事件性の高い物らしいが、先ずは私の依頼を終わらせてから行ってくれ。 こちらも困っているのでね?」
それから、依頼人は用件を話し始めた。
依頼はこの家の屋根裏部屋に出る悪霊と思われる霊を如何にかしてくれと言う物。
屋根裏部屋には依頼人の子供が秘密基地と称して色々な小道具やら、機材が置かれているのだが、いつからかそこに入ると急に頭が痛くなったり、腹が痛くなったりして、酷い時には意識が無くなるときもあったらしい。
余りにもおかしいという事で依頼人が知り合いの警察に相談した所、退魔特別管理室という部署を通して術者協会に依頼を持ってきたという話だ。
その話を聞いていた風祭健吾は
「それは典型的な悪霊の仕業ですね。 お子さんが何かやっている事は有りますか? 例えば降霊術にハマっているとか。」
何かおかしな話を持ち出してきた・・・。
(馬鹿かこいつは? それより聞くべきことが有るだろうが。)
<だよねー? こんなの呪いの藁人形の場所限定版だろうから、恨まれる心当たりを聞く方が早いのに。>
シルキの言う通り、この精霊が常駐する様になった世の中でも大昔の日本古来の呪いは残っており、古い風習を残す家系ほど、その呪いの効果が強い傾向にあった。
このタイプの呪いは大きく分けて三種類あり、場所を限定して効果を発揮するタイプは割と簡単で効果も高く、精霊を介さない魔術士(日本では属性魔術師、海外ではカラーズマジシャンと呼ばれる)が、簡易的な道具で出来る為所謂「素人術者」の魔術入門編として、一般人にさえ使われる呪いである。
しかし、簡単で良く使われると言うのは、裏を返せば悪霊に取り込まれ易くなると言う意味があり、実際の犯罪においても、突如暴力的な行為に及んだ犯罪者の過去を調べると、呪い的な儀式をした経験がある者が全体の約3割に及んでいたとの警察署内の関係部署の調べにも上がっている。
正樹たちがそんな話をしている隣で未だに子供の趣味について聞こうとしている風祭の二人に、依頼人も子供を悪く言われたのを察したのか、少し不機嫌になり、正樹とサラに意見を求めた。
「二人の意見は参考にするとして、そちらのお二人の意見を聞かせてくれ。 どうやら二人とは意見が違うようだからね。」
依頼人のその判断に「はぁ?!」と拍子抜けした感じの声を上げたのは風祭隆文。
「おいおい、依頼人さん。 そんな出来損ないに依頼するより俺らだけに頼んだ方が安全だぜ? そいつは碌に術も使えない落ちこぼれの出来損ないなんだからよ。」
この言葉を聞いて不思議そうに正樹を見る依頼人。
「そうなのかい? 詳しくは知らないが、最低一人は優秀な者をと依頼したら、術者協会の者に森羅正樹という青年を紹介されたのだが・・・。 君は森羅君ではないのかね?」
その話を聞いた健吾が話に割り込み
「そいつは十森家の出来損ないで、家を追い出された十森正樹って奴です。 協会が手配するのを間違えたんですよ。 そんで実力を弁えずにノコノコ来ちまったんですよ。」
そして、隆文の方が正樹に向かって。
「分かったら大人しく帰れ! 足を引っ張られたら迷惑だ!」
そんな話を聞かされた依頼人だが、先ほどの悪印象があるため二人に好意を抱けない為か、一応正樹に話を聞こうとし
「二人はこう言っているが、ホントかね? 私は解決さえしてくれればどちらでも構わんよ? 幸い、其方の御嬢さんも、協会の話では優れた術者だと言う話だしね。」
そのままサラの方にも目を向ける。
対して、正樹は
「俺もどちらでもいいぜ? この国に来て頼まれていた依頼の片方は済ませてきているから協会に義理は果たしてるんでな。」
そして、サラに顔を向け
「この依頼に関しても、此方のサラが居れば呪術返しは教えてるから問題ないだろうし。・・・サラはどうする?・・・日本での初依頼を馬鹿な奴らの所為で・・・」
正樹が言い終わる前に隆文が叫ぶ。
「なんだと? てめぇ! ぶっ殺されてぇーのか? 落ちこぼれの分際で!」
「何言ってんのか分からんが、大昔の話をしてないで今の実力を考えろよ三下。 昔でさえ親の力に守られてなければ俺に喧嘩で勝てずに、術者としても術を使えなかった俺にボコボコにされてた奴が、俺の居ない間に偉くなったもんだな? 第一お前、今のお前らの状況分かってるか?」
ここで一旦話を止め、隆文の反応を待つ。
「状況だ?! 今は依頼の話し合いなだけだろうが! てめぇは要らねーって言ってんだよ!」
そこで、正樹は「馬鹿か?」と前置きして
「お前ら二人は、今さっきの発言で依頼人の信用を失いかけてるんだよ。 その事が分からん時点で術者失格もいいとこだ。 落ちこぼれ、無能以前の問題だな。」
理由を聞いた健吾が依頼人の方へ向くと、健吾の方を向き頷いて肯定した。
「どうだ? 依頼人有っての俺ら術者が、依頼人に悪印象を持たれる時点でお前らの方が落ちこぼれなんだ。 更に悪いことに、俺の予想ではこの人のお子さんは誰かに恨みを持たれて、局地的な呪いを掛けられてる。 おまえ・・」
今度は依頼人が正樹の発言に驚いて
「それは本当かね?! いったい誰だ?」
「さあ? 流石にそこまでは・・・。 俺が今出来るのは、掛けられているであろう呪いを相手に返す事だけだな。 本来の俺らが使う精霊を介した術では目に見えない所で行われている儀式は手を出しにくいんだが。 しかし、その場所が特定できている現状では可能だ。 要は呪いによって発生している澱みを精霊に辿らせて、効果を逆転させればいいだけなんだからな。 この手の呪術は、使用者を選ばない分ハイリスク・ハイリターンだ。 精霊に頼んで、少し脅かしただけで恐らく呪いが相手に還るだろう。」
正樹の説明を聞いた依頼人は早速とばかりに頼もうと正樹に声を掛けようとするが
「待ってくださいよ。 そいつの話が正解かどうか分からないのに、答えを出すのが性急に過ぎます。 先ずはさきほどの話の通り、我々が問題の場所へ行って調べて来ましょう。 話はそれからでもいいでしょう?」
この提案に依頼人も
「分かった。 では、君等が解決できなかった場合にそちらの方にお願いするとしよう。 それでいいかね?」
そう言って正樹とサラの方へ振り向いて聞いてくる。
「ああ、恐らくは何もない筈だからな。 直ぐに結果は出ると思うから、俺たちは待ってるよ。」
正樹はそういうと、サラと二人で一旦ここに残ることにした。
そうして、先ずは風祭の二人が現場へ向かうのだが・・・。
結果は二人とも意識不明の昏睡状態。
どうやら馬鹿者二人は、碌に精霊の制止を聞かぬまま(精霊が止めたのはシルキに確認済み)現場を見ようとし、黒く澱む空間に入り、直後に気絶したらしい。
その後、改めて正樹たちに依頼してきた。
「二人には申し訳ないが、このまま気絶していて貰おう。」
そう判断した依頼人は、改めて正樹とサラを見据え。
「森羅君、悪いがそういう事なんで頼むよ。 この二人には協会を通じて依頼人に対する言い回しも勉強させる様に頼んでおくから。」
「俺はどちらでも良いいさ。 こいつ等の様な手合いは向こうでも多少はいたから慣れてる。 それよりも、早速現場に向かおうか?」
そう尋ね、依頼人に連れられて屋根裏部屋に向かった正樹たちが見た物は・・・。
「・・・ハァー。 あいつ等、これだけ澱んだ空気でよく入って行ったな・・・。 精霊も近寄らない位じゃねえか。」
そう正樹が言う様に、現場には悪霊の影響でドス黒くなった空間が広がっていた。
場所を特定する呪いの為、逆に悪い要素が凝縮されてしまっているようだ。
この空間に気付かない時点で術者としては失格だろうと、正樹の隣にいたサラは思った。
正樹はこの現場を見て、サラの呪術に対する経験値を溜めるのに好都合だと判断し、除霊をサラと精霊に委ねることにした。
「・・・サラ。 この位の悪霊なら君でも十分に除霊できる。 精霊に手伝って貰いながらやってみて? 駄目そうなら加勢はするから。」
「・・・解かりました。やってみます。」
引き受けたサラは、先ず風の精霊シルキに悪霊に繋がる呪いの元を特定して貰う。
次にその儀式をしている者の近くにある物を教えて貰い、色々と動かしたりして貰いながら反応を待つ。
すると不意に空間が崩れだし、近くの窓を掌のごとく固めた黒い靄で開け放つと、一斉に外へ向かって飛び出した。
傍で見ていた依頼人は、突然開け放たれた窓にも驚いたが、それ以上に目の前の鮮明になった屋根裏部屋への階段に驚きの表情をしている。
どうやら、黒い靄の影響で一般人にさえ分かるくらいの視覚的な変化があったようだ。
「・・・ご苦労様、サラ。 依頼人さん、もう大丈夫ですよ? 試に俺が入りますね。」
正樹はそう断りを入れてから屋根裏部屋へ入ると、色々な機材が置かれた部屋に何の影響も受けることなく入ることが出来た。
試に依頼人にも確認して貰い
「・・大丈夫のようだ。 これで依頼は終了だな。」
「わかった。 ありがとう。 後日指定の口座に依頼料を振り込んでおくよ。 今回は助かった。 また何かあれば依頼するよ。」
「ええ、今後ともご贔屓に。・・・では、サラ。 協会の方へ戻ろうか。 さっきの薬の件で何か分かったことが有るかも知れないからね?」
「はい。」
こうして、二人でする日本での初めての依頼は終了した。